燃える下着
微妙に最低な題名。
エリィの目は本日極限まで曇っていた。
何故なら魔鉱炉から漏れ出る殺気に何一つ気付いていないのだから。
普段であれば鞘に収まった発動前の呪いの武具ですら見分ける事ができるのに・・。
理由は単純、うわの空で見ていないのだ。
「はあ~~~」
溜息と共に魔鉱炉の蓋を開くと高温に熱せられた空気が一気に肌を焼く。
熱いのは分かっているのにエリィはぼんやりと赤い炎を眺めていた。
手には何故か男物の下着。
「どうしよう・・・」
妹のリリィは先ほど「用事があるから」と出て行ったので、現在店にいるのはエリィ一人。
聞き込み調査の結果は、今までの自分の人生では考えられない行動ばかりで、今の所考えが一つも纏まらない。
エリィは師匠である父からは『鍛冶仕事の最中は雑念を捨てろ』と散々教え込まれた。
それは別に『製作に魂が入らない』とか芸術家的な概念じゃなく、単に『高温作業で余所見は危ない』からだ。
一応その辺は頭で分かっているらしく、さっきからエリィは作業を始めようとしては止めて、やろうとして止めて・・を繰り返している。
平たく言うと魔鉱炉の蓋を開けたり閉めたりを繰り返しているのだ。
急激な温度変化も良い事では無いのだが・・・。
「私・・本当にランド君と?・・・」
昨夜の目撃談と手にある下着、結論は分かりきっている。
「冷静に・・・冷静に考えてみよう。エリィ、冷静に考えるのよ? 仮によ? 仮に素面の状態でランド君に誘われたら・・・貴方はどうする?」
自分で自分に言い聞かせて熟考する。
そしてエリィの頭は大爆発を起こした。
「~~~~~~~~!!」
どうやら物凄く恥ずかしい妄想をしてしまったらしい。
エリィがそんな感じで頭を抱えていると、作業場のドアからノックが聞こえた。
作業場のドアは言わば勝手口、武器屋姉妹もいつもは生活扉として多用している。
エリィは妹が帰って来たと思い「何よもう!人が悩んでいるのに!」と半分切れながら勝手口を勢い良く開いた。
だがエリィはそこにいた人物を目にして腰が抜けそうになる。
「・・・ラ・・・ランド君・・・・」
「・・・・どうも・・エリィさん・・」
『大事な話があります』ランドのその言葉で、比喩ではなくエリィの心臓は一瞬止まった。
その後は、これまた今まで体験した事のないような速度の脈拍が全身を駆け巡る。
「は・・・話・・・って・・なに・・・かな?」
二人がいるのは作業場なのだが、別に狙った訳でも無いのに丁度二人が対峙してるのは魔鉱炉の前、演出みたいに二人の間に口の開いた魔鉱炉が燃え盛っていた。
「実は・・ですね・・・」
すごーく言い辛そうにして、ランドはポケットから何かを出そうとする。
「今朝、起きた時・・・僕はこんな物を・・・持ってまして・・・」
「!!」
エリィはそれだけでランドが今『何を』出そうとしているのか瞬時に察する。
途端に顔を真っ赤にしてランドを止めた。
「いや、いい! 出さなくていい!・・・・大体予想付くから・・」
「!!」
今度はランドの時が止まった。
「・・・・という事は・・・え~~~っと・・・・」
「う・・・うん・・・・・」
両者共に理解した。
『昨夜何かがあった』事を。
しばしの沈黙・・・そしてランドは急にガバッとその場で土下座をした。
「申し訳ありません!」
「わ!」
エリィはランドの唐突な行動に面食らった。
「持っていた『あれ』と自分の行動を考えれば、明白! 昨夜僕はエリィさんに大変な事をしてしまったようです! ・・それなのに・・何一つ覚えていないんです!」
「・・・・え?」
エリィはあっけに取られた。
「男として・・・そして人として自分がした事を『記憶に無い』で済ませる事が最低なのは分かっています!・・もしも気が済むのであれば・・」
「ちょ、ちょっと待って・・」
一人で盛り上がるランドをエリィは制止する。
「覚えていない? 昨夜の事を?」
「・・はい・・大変申し訳無い事に・・」
自分と関係を持った事を覚えていないなど万死に値する。
そう考えていたランドは当然最高に罵られる覚悟をしていた。
だが彼女の答えは予想外のものだった。
「私も・・覚えていないのよ・・昨夜の事・・」
「・・・・エリィさんも覚えていない?」
正確な情報、もっと言えば自分の罪状が判明するとまで思っていたランドは目が点になる。
「・・・少し二人の情報・・・交換してみない?」
「・・・・そうですね・・・」
それから二人の今朝からの行動、そして調査結果の交換が行われた。
その際、各自物証が見つかってから、ほぼ同じような行動を取っていた事が判明する。
下着発見、酒場、川辺の屋台、サザナミと巡った順路は聞き込みの通りである。
さすがにイチャイチャを見られていた下りははしょるが、それでも『同一の情報』を互いが保持している事は予想できるので、情報交換は互いに真っ赤になって行われる。
「・・・それで、最後に私は明け方、君に送られて帰って来たってリリィの証言にいたると・・・、筋は通っているね・・・」
「・・そう・・ですよね・・」
エリィはランドを見てみる。
顔は下を向いているのに終始顔が真っ赤だ。
それはいつものランドの姿、見ている内に段々と自分がいつもの気分に落ち着いてきているのが分かる。
そうすると、ちょっとだけいつもの意地悪をしたくなる自分が現れだした。
その他の感情もあるのだが、エリィはそっちの方はあえて無視する。
「・・でさ・・ランド君、君は・・・どう思った?」
「え?」
「私と・・・その・・・」
しどろもどろ、最後は声になっていない。
でも普通なら言葉になっていないが、エリィが何を聞きたいのかは明確に分かった。
幾らなんでもランドもそこまでウブでも鈍くも無い。
「・・・・・・・・・」
ランドはエリィの顔を見たまま息が止まった。
エリィも答えを真剣な表情で待っている。
しばしの沈黙、作業場では開けっ放しの魔鉱炉の燃える音だけが響く。
ランドはその答えを持っていた。
何故なら先に同じ事をインガに質問されていたのだから。
エリィという他者にとってどうであるかではなく、一人の人間として、一人の男ラインフォードとしてどう思ったのかを・・・。
ランドは紅潮した顔で沈黙を破った。
「正直・・・・・・・・・って思っちゃいました・・・・・」
「え?」
「エリシエルさ~ん、いるかい?」
「「!!!」」
消え入りそうな声でランドが言った瞬間、作業場の扉が急に開いて声が掛かった。
そこにいたのは駐在兵士のノールさん、急な登場に結構近い距離で話していた二人は慌てて離れる。
それと同時に二人は手に持っていた物をそれぞれ魔鉱炉に投げ入れてしまった。
「「あ・・・・」」
我に帰った時には既に遅い。
所詮はどちらも可燃の布製品、あっさり溶解した金属に溶け消えるみたいに燃え尽きてしまった。




