開店 小さな常連さんとお隣さん
とある世界のとある町、世間では国が滅ぼされただの、魔物が攻めて来ただの、それに対抗して勇者が立ち上がっただの、色々噂は飛び交ってはいるのだが、都市と都市を繋ぐ中間地点にあるこの町『サンライト』には無縁な話で、今日もゆったりとした時間が流れていた。
そんな町にも『サザナミ』という名の道具屋が一軒だけある。
色々な商品を扱っているそこは、一人の青年が店長を勤める小さなお店だった。
店長の趣味もあってか店の中にはコーヒーの香ばしい香りが漂っている。兼業で喫茶店のような事もしてる為、町民からもお昼の溜まり場として重宝されていた。
朝早く店の掃除を終えた時、店の扉が“カラン”と鳴って開いた。
本日最初のお客さんのようだ。
「いらっしゃいませー」
店長の名は『ラインフォード』、齢19歳と若年ではあるが、その人柄から町の皆から親しみを込めて『ランド』と呼ばれている。
お客さんは10歳位の女の子、店にとっても顔なじみである。
「お、アンちゃん、おはよう」
「ランド兄ちゃん、おはようございます!」
舌足らずだが元気良く挨拶する女の子、家の家事を頑張って手伝ってくれると親御さんが自慢するくらい出来た子である。
本日は朝からお買い物のお手伝いのようだ。
「今日は何が欲しいのかな?」
「ん~と・・」
アンがポケットから小さなメモを取り出して渡す。
そこには買い物が書いてあって、『道具屋』『武器屋』『酒屋』と区別されていた。
「あ~~はいはい・・」
ランドはメモに従って商品を選択し始める。
「え~乾パンに魔除の香、簡易カンテラが十個・・獣の麻痺針が百・・・アンちゃん、お父さんの仕事のお買い物なのかな?」
少女の父は狩人だ、商品のラインナップで気が付いたランドが聞いてみると、アンちゃんは満面の笑顔で頷いた。
「うん!今日から2~3日出るから、良い子にしてろって言ってた」
「そうか・・なるほどね・・」
ランドは全ての商品を紙袋に入れて、メモ用紙と一緒にアンに持たせてあげる。
「はいよ、重たいから気をつけてね」
「は~い、ありがとう!」
「はい、あとこれはオマケね」
そう言ってランドは小さい袋に入ったクッキーを渡す。袋の中から漂う甘い香りにアンは更に笑顔を強めた。
「ランド兄ちゃん!ありがとう!」
少女は意気揚々と荷物を抱えて扉から出て行く。さすがに両手が使えないので扉はランドが自ら開けてあげて見送った。
「ちゃんと手を洗ってから食べるんだよ」
そうしていると今度は横から声が掛かった。
「ランドさん、おはよー」
「おお、リリィちゃんおはよう、朝からどうしたの?珍しい」
赤毛を両端で縛った中々可愛らしい彼女の名前はリリシエル、道具屋サザナミの向かいにある武器屋『ソードアイランド』の看板娘だ。
姉と二人で切り盛りしている店だが、彼女が主に販売と経理、姉のエリシエルが鍛冶を担当しているのだ。
愛称は姉を『エリィ』妹が『リリィ』と呼ばれている。
ご近所だが、彼女はたまにコーヒーを飲みに来るくらいで店に来る事は結構まれである。
ランドから武器屋に行く事は商売上結構あるのだが・・・。
ランドの『珍しい』にリリィは目に見えて頬を膨らます。
「だって、今日の朝ごはんの当番はお姉ちゃんだったんだけどね? 昨日の夜は遅かったらしくて『死にそう・・・今起きたら天地がひっくり返る・・・』って」
「あら、エリィさんが?何か大仕事でも入ったの?」
腕前は超一流でこの町だけではなく、都市にまで名が知られているエリィには時に『聖剣の鍛錬』や『伝説の武具の修復』などの大仕事が飛び込む事がある。
そんな時は他の仕事を断ってまで不眠不休となるのだが・・。
「違うわよ、タダの二日酔い!ランドさんも一枚噛んでいるんでしょ?」
「あ~~~、ま~~~~ね~~~~~」
憮然とするリリィにランドは曖昧に同意した。彼女の姉エリィとランドはしょっちゅう町の酒場で一緒に飲んでいる、要するに飲み仲間だ。
別に約束した訳でも無いのに、夜に酒場に行くと必ずどちらかがカウンターに座っている、そんな感じである。
昨夜もランドが先にカウンターで一杯引っ掛けているとエリィが突入して、一緒に飲んでいたのである。
「・・でも昨日はそんなに深酒しなかったと思ったけど?」
晩酌を幾度となく共にしているランドは彼女の姉がどれだけ酒に強いのかは知っている。
たかだかワイン一本程度(ランドの感覚も少々酒豪である)で酩酊しないはずなのだが?
そう思うランドにリリィは“チチチ”と指を振った。
「ランドさん、昨日お姉ちゃんに余計な物をあげたでしょ?」
「余計な物?・・・・・・・ってまさか!」
「そのまさかです、お姉ちゃん帰ってから『あれ』を全部飲んじゃったんですよ!」
「うわ~~~強いから少しずつって言っておいたのに・・・」
昨日彼は最近手に入った珍しい酒をエリィに渡していた。
米から作ったという濁り酒は甘みが強く非常に美味だった。
グイグイ行くと後が大変だとは言っておいたのだが・・。
「しばらくはあの『どぶろく』ってお酒は渡さないで下さいね!」
「あ・・・はい、すみません・・・」
飲んだのは彼女の姉がやった事でランドが謝る事はないと思われるのだが、生来人の良い彼は謝ってしまう。原因を作ったのは自分だと思っているようだ。
「ま、そんな訳で朝ごはんのパンと、二日酔いに効く薬みたいなのあったよね?それを頂きたいんですけど?」
「オーケー、パンは今朝焼いた奴があるから・・・良いとして・・・『酒消茸』は在庫があったかな・・・・ああ、あったあった」
注文のラインナップを棚から取り出してリリィが持っている籠の中に入れる。飛び出したバケットは焼きたての良い香りをかもし出しているが、一緒に入った『酒消茸』は無臭だが独特な緑色をしていて何とも食欲をそそらない。
「酒消茸は生の方が効きは良いけど物凄く不味いから、一度火を通して・・・」
「あ、大丈夫です・・」
ランドが服用し易い用法を提示しようとすると、リリィは何やら背筋が寒くなるような薄ら暗い笑顔で説明を制した。
「このまま口に突っ込んでやりますから、当番をサボった罰です・・」
「あ・・・あらそう・・」
『この娘は怒らせてはいけないな』そんな事を考えランドは彼女の姉の平穏を祈る。
この世の支配に乗り出した大邪神がこのキノコを生で食ったせいで『地上の食い物は食えた物じゃない!』と地上制服を諦めたという伝説の不味さを秘めているとまで言われる茸だ。
黒いオーラを纏って店を出る彼女を見送り『今夜の酒は控えようかな?』そんな事を考えるランド店長であった。