ランドの実力
その後、店のマスターの計らいでミリンは早めに休憩時間となった。
ホールのテーブルを一つ使って三人分お茶が並んだ。
しかしランドはミリンの話が気になって口を付ける気にはならない。
この中で一番喉カラカラなのに・・。
「う~ん、私も色々のお客を相手にしているから、詳しくは分からないけどぉ」
ミリンはカウンターの隅を示した。
「いつものあそこ、カウンター席でランドさんとエリィさんが飲んでたわね。最初の内は二人とも笑いながら話をしてたわね」
そこはランドも覚えていた。
リリィの失敗談や本日の変わったお客の話などで盛り上がっていた時の事だ。
「それで『今日は二人ともお酒のペース早いなぁ』って思ってたんだけどね?」
「・・・ちなみにどれくらい行ってた? 昨夜の僕たち」
「ん~~~~」
ミリンは指折り数えてみる。
酒の種類や数を全て把握している彼女は昨夜に消費した酒類の数を全て覚えている。
酒の仕入れなどは実は彼女の仕事だった。
「ワインが5本、ビールが6本・・カクテル4杯、蒸留酒が一瓶、あと米酒は一升行ってたっけ?」
「・・・何やってんだろう・・・昨日の僕は・・」
ランドは昨夜の自分の所業に頭を抱える。
いや正確には“僕ら”か・・。
幾ら酒に強くてもあんまりな量である。
「そんでね? 珍しく二人してグダグダな感じに仕上がってきてね? 昨日はみょ~にくっ付き始めてたのよねぇ・・・」
「グ!」
ランドは噴出しそうになるのをグッとこらえた。
「く・・・・くっつきって・・・どっちにどっちから?」
「ん~~~~両方?」
「両方!?」
「エリィさんはエリィさんで甘えたみたいにランドさんの肩に頭乗せてるし、ランドさんはランドさんでエリィさんの髪をかき上げて“イイコ、イイコ”してるし・・・」
「・・・・・・・・・」
ランドは顔面が熱暴走するのに耐え切れずテーブルに突っ伏してしまった。
『何をやってんだ昨日の僕は! そんな恥ずかしい事をしてたのか!?』
「遠巻きに見てたけど、あんまり良い雰囲気なんで・・・あ、あら? ランドさん?」
テーブルに突っ伏したランドの頭からは煙が出ていた。
『今なら恥ずかしさだけで死ねるかもしれない』そんな事を本気で考えるくらいに・・。
そんな彼の横でインガは呟いた。
「う~ん、じゃあαの方が濃厚かな?」
「!! イ、インガ君!」
「あるふぁ?」
意味の通じないミリンは首をかしげた。
ランドの頭からモクモク煙が上がっていたその時、酒場の扉がバンッと乱暴に開かれ、一人の屈強な大男が入ってきた。
「おおう! ここは酒場か? 酒持ってこい!」
背中に大剣を背負った短髪筋骨粒々な見るからに戦士風の男は顔が真っ赤である。
明らかに既に酔っ払っていた。
そんな大男だが、酒場のウェイトレスであるミリンは臆する事無く対応する。
当然彼女も酒場の店員としてこういった輩は慣れているのだ。
今さらこの程度で臆するほど初心でも素人ではない。
「すみませんお客様、ただいま当店準備中ですので・・・」
しかし丁寧に説明するミリンに大男は不満そうに詰め寄った。
「準備中だと?ならその男はなんだってんだ?」
「あの・・彼は私個人の友人でして・・」
そこまで聞いた大男は突然激高した。
「なんだてめえ! ダチなら良くても俺はダメだってのか! ああ!!」
「いえ、決してそのような・・・」
そんな風にミリンが絡まれそうになったその時、二人の間にランドが割って入った。
「店長!」
「ランドさん!」
インガとミリンが心配する中、ランドはいつもの営業スマイルで大男に対峙した。
「すみません、私は彼女の休憩時間にお邪魔しただけで営業とは何も関係ないんですよ」
ランドは店とミリンに落ち度が無い正論で宥めようとする。
しかし一度テンションの上がった大男は止まらない。
「なんだてめえ!すっこんでろ!」
勢いに任せて大男は岩石のような拳を振り下ろす。
「危ない!店長!」
インガは悲痛な叫びを上げた。
だが次の瞬間、悲鳴を上げたのは大男の方、ランドは一瞬で大男の背後へと回り込み右腕をねじり上げていた。
「いてててててててて!!」
「お客さん、暴力はいけませんよ、お店に迷惑です」
ランドが手を離すと大男は勢いよく離れて、今度はしっかりと構える。
「野郎!」
大男は突進して掴みかかった。しかし・・・・
ストン・・・・・
実に軽い音で大男は店の床に寝転がっていた。
突進の力を利用して、あくまで怪我をさせないように床に転がす。
歴戦の戦士であればそれがどういう事か分からないはずは無い。
大男は全身から急激にアルコールが抜けて行く気分に晒された。
「ね? 止めましょう? 危ないですから・・・」
「は・・・はい・・」
大男は一気にしおらしくなって素直にそう言った。
そうこうしていると禿げ上がった戦士が酒場に入ってきた。
「おい! なにやってんだ! 準備中って書いてるじゃねえか、店に迷惑かけんじゃねぇ!」
その人はいつぞやの動物クッキーお買い上げの戦士である。
ランドと目が合うと向こうも気が付いたようだ。
「あ、道具屋の店長じゃねえか!」
「・・・お久しぶりです」
禿頭の戦士は床に転がった大男を助け起こして頭を下げる。
「すまねぇ店長、コイツここん所気が立てってな・・」
起き上がった大男は恥ずかしそうに顔を背ける。
「それで昼間からお酒を?」
「・・・ああ、前の町で依頼を失敗しちまって・・それが今も尾を引いててな・・」
大男はすっかり酔いのさめた顔でミリンとランドに頭を下げた。
「・・申し訳ない、つい酒が多くなってしまって・・」
そう言って大男は仲間に支えられてスゴスゴと店を出て行った。
「ランドさん、すみません、ありがとうございました」
礼を言うミリンにランドは手を振って答えた。
「イヤイヤ、むしろ僕たちがいたせいで絡まれたようなものですし・・」
そのランドの横で一番驚いていたのは付き合いの浅いインガ君。
人当たりの良いこの店長が、まさかこんなに強いとは思っても見なかったのだ。
「へえ~店長強かったんだね~、あんな大男を手玉に取っちまうなんて・・」
言われてランドは少し気恥ずかしそうに俯く。
「ん、ん~前店長の教えだよ。客商売たるものある程度身を守るすべは必要だってね・・少々鍛えられたんだ」
『屈強な戦士と渡り合える実力を少々とは言わないと思うのだが・・』そんな事を思うインガは一つの事に気が付いた。
「あ・・・でもこうなるとβの可能性も出てくるか?」
「・・・・・・え?」
ランドの表情がまたもや硬直する。
「だってあんな大男と渡り合えるんでしょ? それなら武芸者のエリィさんだってどうこう出来なくも無いんじゃ・・・」
確かに相手の力を利用するランドの身に付けた武術には人を押さえつける技法も存在する。
エリィ自身以前に『素手では君には敵わないな』と認めたくらいだ。
楽観論が崩れ去り、再び犯罪方向の妄想が戻ってくる。
泣きながら抵抗しようとする彼女を無理矢理武術まで駆使して手篭めにする自分……。
ランドは静かに店の椅子の上に立って、梁にロープを渡す。
縛りを確認してから首を・・・
「わああああ! 店長イカン! 想像! あくまで俺の想像!」
「ちょっとランドさん! ウチの店に変な噂が立つから止めて!」
首吊りの酒場、何としてもそんな都市伝説は願い下げのミリンであった。




