バカボンクレーマー
指輪の話が広まってからしばらくしてからの事。
そろそろ噂話も沈静化して指輪目的で店に来る客が少なくなって、サービスコーヒーも終わって良いかなーとランドは考え始めていた。
客が途切れた合間を狙って店の前を掃除していた。
「お手伝いするからウチの前もお願い」と途中から加わったリリィと一緒に掃除をしていると、店の前に向こうから来た馬車が停車した。
それはミノマイのバカバシャなどではなく普通の馬車なのだが、身分の高い者が乗りそうな高級感がある。御者も正装しており高めの感じが出ている。
「ランドさん、これって公用車じゃ?」
リリィの予想通り、御者に馬車の扉を開けられて降りてきたのは帽子に口髭を蓄えた初老の男性であった。
「領事長?」
ランドの言う通りその男はこの町を含めたこの辺りの地方を治めている貴族、バン・コマイ・シン領事長、平たく言うと先日のボンボン貴族、ミノマイの父親である。
「君が、ラインフォード氏かね?」
領事長は威圧的でもないのに威厳のある佇まいでランドに尋ねた。
「そうですが・・ウチの店に御用でしょうか?」
言いつつランドは先日のミノマイの捨て台詞『パパに言い付けてやる』を思い出していた。
『まさか本当に親父に頼んで営業停止でもさせるとか・・・』ランドは内心不安になる。
だが、領事長の話はランドの予想を大きく外していた。
「実はな、うちの息子がココの店から物騒な物を売りつけられたと言っておるのだが・・」
領事長がそう言うと馬車の中からやつれ気味のミノマイが降りて来た。
先日とは打って変わり、悪趣味ギラギラな服は着ていない。いや、よーく見るとギラギラにしていた宝石などの装飾品がはぎ取られたような痕が残っている。
それでも前に比べると『見れた格好』と思えるのだから不思議だが。
「パパ! こいつだよ! 僕にあの指輪を売りつけたのは!」
ミノマイは恨みがましい目でランドを指差した。
「・・・・は? 指輪?」
「とぼけるな!あんな『不幸の指輪』を寄越したせいで僕は大変な目に遭ったんだ!」
まるでランドに二の句を告げさせないように、ミノマイは矢継ぎ早に吠える。
「あれからと言う物、単位は落す、フィアンセの皇族からは振られる、ギャンブルでは大負けして身ぐるみ剥がされる、今はゴロツキに絡まれて応戦しようとしたら剣が柄からすっぽ抜けて通行人に当たって莫大な慰謝料を請求されているんだぞ!」
「だから手入れしろって言ったのに・・・・・」
ランドはむしろ怪我をしたという通行人が心配になった。
言われて売り物で考えても頭の中のリストには上がってこないランドだったが、ミノマイが持っていた指輪を投げて寄越した。
反射的に受け取ったランドは青い宝石を見てようやく何の事か思い至る。
「あれ? この指輪、茶箪笥の引き出しに入れといたのに・・」
「今! 貴様、今気が付いた・・・」
ミノマイが指輪を手に入れてから実に二週間は経過している。
高級な宝石であれば一日に一回は確認しようとするのが常識だ。
ミノマイも指輪を持っていた時は毎日確認したくらいなのに。
ミノマイは自分が不用意な事を口走ろうとしている事に気が付いて慌てて口を噤んだ。
当然『盗まれた事』にはもう気が付いていると思っていたのだが・・。
そんなランドにあっけに取られるもののミノマイは気を取り直し、大仰に指差した。
「ふ・・ふん! 惚けても無駄だ! その指輪が持ち主に不幸をもたらす事を知っていて僕に売りつけたのは分かっているんだ!」
「呪いの指輪? コレが?」
その名称はランドにも聞き覚えがあった。
持ち主に対して多大な不幸を呼び込む指輪。噂では国が滅んだ事もあるという曰く付きの一品だ。それがこの指輪であるとするなら『引き取るだけでいい』と言った前の持ち主の様子が負に落ちる。
しかしその事を踏まえて、この男がやろうとしているのは逆恨み以外の何者でもない。
さすがのランドもこの場で彼が指輪を所持していたのは自宅から『盗んだ』であろう事は予測が付く。
盗み取った指輪で自分に不幸が降りかかったのに『この指輪を持っていたこいつのせいだ』と結論付けて父の権力を傘に着て復讐しようと企んだのだった。
自己中心主義もいいところである。
「次期領事長である僕にこんな目に遭わせやがって! パパ! コイツは極悪人だ! こんな道具屋は取り潰してこの男は即刻死罪に!」
「ふむ・・・」
興奮するミノマイに唸る領事長、ランドは正直状況に付いて行けていなかった。
「え? あの? ちょっと?」
混乱するランドの前に領事長が歩み出て、息子とは違い落ち着いた口調で話す。
「ラインフォードよ、刑罰の有無は分からんが、一度聴取させては貰えんか? 詳しく聞いてみない事には・・・」
息子に比べて冷静な領事長。その言葉にランドは頷いた。
「・・分かりました。良く分かりませんけど、そうした方が良さそうですね・・」
その二人のやり取りに納得しないミノマイは更に興奮を強める。
「パパ! 聴取なんか必要ない! こんな極悪人嘘しか言わないに決まってる! なんなら今この場で僕が!」
「そんな事はさせねえ!」
ミノマイが剣に手を掛けた瞬間、朗々とした女性の声が響いた。




