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虹色幻想

白花冠(虹色幻想8)

作者: 東亭和子

 小さな白い花が咲く草原に男の子が一人でいた。黒い服を着た男の子は、しゃがんで泣いていた。小さな手で一生懸命涙を拭っている。

「何を泣いているの?」

 同じ年くらいの女の子が不思議に思って聞いた。

「お母さんが僕を置いてどっかに行っちゃったんだ」

 男の子はさらに激しく泣き出した。女の子は困ってしまった。

「…寂しいの?」

 男の子はうなずいた。その様子を見て女の子は小さな白い花で冠を作った。そしてその冠を男の子の頭に乗せて笑った。

「これでもう寂しくないよ。だってずっと一緒にいれるんだものね!」

 男の子は泣き止んで頭の上の花冠に触れた。柔らかな感触、草の匂い。

 男の子は女の子の輝く笑顔を見た。

「花冠の意味くらい知ってるわよね?」

 男の子はうなずいた。それを見て女の子はホッとして胸に手をあてた。

「約束ね。大きくなったら私に花冠をちょうだい。この白い花冠をちょうだいね」

 二人は小指をからめ、約束をした。

 風がふいて小さな白い花が揺れた。


 ジーンの母親が無くなってから十年の時が過ぎた。あの頃、ジーンは幼すぎて母親の死を理解していなかった。ただ、もう母親に会えないという父親の言葉だけが、幼いジーンを悲しませた。

 葬式の日、草原で悲しむジーンにユーリは優しく花冠をくれた。それからこの草原で白い小さなが花が咲くたび、二人は恥ずかしそうに笑った。

 やがて二人は大人になった。あの日の約束を果たす時が来たのだ。

 二人は手を繋ぎ白い花が咲く草原を眺めていた。強い風が吹いてユーリの長い髪が、スカートが揺れた。二人は強く手を握って微笑みあった。

 もうすぐだね、と。

 しかし戦争が起こった。この国を守るために、国中の男達は行かなくてはならなくなった。

 ユーリはジーンを戦争に送り出した。

「戦争が終わったら結婚しよう」

 ジーンは白い花冠をユーリの頭に乗せた。そうして愛おしそうにユーリの髪を撫でた。

「気をつけて。ずっと待っているわ」

 ユーリはジーンの手に頬ずりをし、涙をこらえて笑った。

 ジーンはうなずくと戦争へ行ってしまった。


 長かった戦争が終わっても、ジーンは帰ってこなかった。皆はジーンは死んだのだ、と言った。

 ユーリは信じなかった。毎日町の中央にある塔へ登った。その塔は五階建ての石造りで、四階までを食料貯蔵庫として使用していた。五階は見晴台となっており、そこにいれば必ず村へ入って来る人を見ることが出来た。

 雨の日も、風の強い日も、晴天の日も、ユーリは待ち続けた。

 やがて人々は戦争の痛みを少しずつ癒した。

 ユーリの父親は娘を不憫に思い、結婚を勧めた。ジーンを忘れるように、と。

 ユーリは首を横に振った。

 塔の窓辺にもたれてユーリは世界を見ていた。ジーンのいない世界など考えられなかった。ユーリの頬を涙が伝った。戦争が終わってから一年が経った。それでもジーンは戻ってこなかった。

 本当は分かっていた。でも自分が認めたらこの世界から完全にジーンは消えてしまう。それが悲しかった。

 遠くで人影が見えた。村へと近づいてくる。

 ユーリは急いで塔を下りた。村人がユーリの様子に驚いた顔で見ている。ユーリは足が鉛のように遅く、もどかしかった。

「ジーン!」

 男が振り返りユーリを見る。ユーリはがっかりした。男はジーンではなかった。

「ソーマ、一人で帰ってきたの?」

 ユーリはソーマに近寄り、尋ねた。ソーマは頷いた。

「ジーンは死んだ。ごめん、助けられなかった」

 ソーマが俯いて、目を逸らした。

 世界が黒く染まったように思った。

 遠くで名前を呼ばれた気がした。ユーリはそのまま気を失った。


 目が覚めたら夢で、ジーンはあの草原で笑っているような気がした。

 ユーリは草原へ向かった。

 誰もいない草原は、小さな白い花が風に揺れているだけだった。

 ジーンは死んだのだ。

 ユーリの頬を涙が流れ落ちた。


「ジーン!どこにいるの?」

 草原をユーリは駆けた。左右を見回す。ふと遠くに小さな頭が見えた。ユーリは安堵し、静かに近寄った。

「ジーン?」

 小さな頭がユーリの声に反応し、動いた。

「母様!」

 そう言ってユーリに抱きつく。ユーリは愛おしく、その小さな体を抱きしめた。

「何をしていたの?」

 ユーリはジーンが座っていたところを覗き込みながら聞いた。そこには小さな白い花が散らばっていた。花を集めていたようだ。

 ユーリはジーンと共に座り込み、白い花で冠を編み始めた。ジーンは不思議そうな顔をしてユーリの手元を見ている。

「これ何?」

 ユーリは手際よく花冠を完成させ、ジーンの頭に乗せた。ジーンは花冠を触りながら嬉しそうにしている。

「これは好きな人にあげるものなのよ」

 ユーリがそう言うとジーンは頭の冠を取り、ユーリに乗せて笑った。

「じゃあ、母様にもあげる!」

「ありがとう」

 ユーリはジーンを抱きしめ、頬ずりをした。ジーンがくすぐったいと笑った。

「ジーン!ユーリ!」

 草原の向こうからソーマの呼ぶ声がした。ユーリは振り返って手を振った。そうしてまた花冠を作り、ジーンの頭に乗せた。ジーンが嬉しそうな顔をした。

 ジーンは私の元へ帰ってきた。ユーリは満たされていた。

 ソーマが近づいて座った。ジーンは花冠を受け取り、ソーマの頭に乗せた。

「父様、大好き」

「ありがとう、ジーン」

 ソーマはジーンを抱きしめ、膝に乗せた。

 暖かな日だった。

 三人は白い花冠を頭に乗せ、幸せそうに笑った。


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