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ご無沙汰してます、母上

「久しぶりにお手紙をくれたと思ったら、『妹が現れました』だなんて…。あの子、ちゃんと血は採ってるのかしら」

挿絵(By みてみん)

 艶やかに流れる美しい黒髪が、白い肌によく映える。

 誰かと同じ面影。

 そう、森の奥深くに隠れ住むどこかの若い吸血鬼と──

「そろそろこちらに戻って来てくれば良いのに。あの子ももう身を固めてもいい頃だけど、どうしましょう。もしかして、もう誰かいい人がいたりするのかしら。ねえ、どうなの?」

 話を振られ、カイルの使い魔は小首を傾げる程度に留めた。

 余計なことは絶っっっっっ対漏らすなと主より厳命されたのもあるが、だいたい引きこもりの主のところに訪れる客人など、兄くらいのものだ。そんな情報を伝えたところでどうなるものでも無い気はするものの、、一介の使い魔である蝙蝠としては忠実に従ってみた。

 その内、主人の兄の使い魔とまた息抜きがてら話してみたいものだ。

 以前に機会があった時は、

「自分の御主人様の事ですら把握しきれない私には判断付き兼ねますな」

 と、難しい顔をされたが。

「いやいや、あのお兄さんの事を全て分かるなんて誰も不可能だと思うんスけど……」

「でも、仕えがいはあるんですよねぇ。あのお美しい声で命じられると、何があろうと果たさなくては! と気が奮い起ちますから」

「……」

 吸血鬼の主で、しかも兄弟だと言うのに何という違い。うーん、職場変えたくなってきた。

 いやいや、今の御主人様だって良いところはあるんだぜ?

 あまり使役せず休暇はいっぱい与えてくれるし。だって滅多に外に出ないから使い魔を出す理由もないからな。

 普段は植物の精気ばっかり吸ってて、たまーに森に迷い込んだ不幸な旅人から血を戴く程度だからいつも喉は渇き気味で、こちらまで常時ダイエットしてる気分になれるし。

 わぁ、やっぱり生まれてくる職場を間違えた。

 そんな使い魔の葛藤も知らず、彼女はもう一度、愛息からの手紙を読み直した。

「妹が欲しいって事かしら? ラルクと仲良しだけれど、あの子もお兄さんぶりたくなったのかも。ふふっ、やっぱりまだまだ子供ね」

 母上様、色々と誤解していらっしゃる。

 だが使い魔風情が口を挟める訳もなく、蝙蝠は沈黙を貫いた。

「妹……そう言えば、あの子」

 ふと、彼女は長い睫毛を伏せる様に目を細めて呟いた。

「あんな可愛らしい子が妹になったら、カイルもきっと喜ぶでしょうね」



「帰りなさい」

「いーやーよ」

 青年と少女とで既に何十回も繰り返されたやり取り。ああ、早く使い魔帰ってこないかなぁ。

「カイルお兄ちゃんがあたしをちゃんと妹だって認めてくれるまで、ぜーーーったい諦めないんだから!!」

「認めるも何も、俺にはさっぱり分かんないんだよ! だいたい、君だってヒマだろ? ここにはお人形や玩具だってないんだぞ!!」

「あー、子供扱いしてる! ひどい! レディに向かって何て失礼なの!!」

「妹扱いしろと言いながら子供扱いはひどいって意味わかんねーよ!」

 延々と続く応酬に、最早観客はいない。

 傍観者を標榜するラルクはと言えば、すっかり気を抜いた様子で暖炉前のソファに横たわって寛いでしまっている。他の者が同じ姿勢をとればただだらしなくしか見えぬであろうその姿すら、彼ならば一枚の絵のように美しく許される。

「じゃあカードで勝負よ!」

「おういいとも!」

「ハンデはつけてよ!」

「こんな時だけ子供かよ……。あーはいはい、いいですよお嬢さん。その代わり負けても文句は無しな」

「ふん、お兄ちゃんこそその言葉忘れないでよね!」


「……kとAのツーペア」

「はーい、こちらはフルハウス! これで十連勝!! ほーらこれで文句ないでしょう?」

「……ハンデOKとは言ったけどさ」

 苦虫を束にして噛み砕く様なカイルの視線が、テーブル上にオープンにされたカードから向かいに座るシャルロットへ、その隣に腰を下ろす優美な姿へと移る。

「兄貴はねーだろ!!」

挿絵(By みてみん)

「ハンデはハンデでしょ」

 それはハンデじゃない。約束された勝利だ。

「だいたい兄貴も何で加勢してんだよ! 我関せずがモットーな孤高の黄金の吸血鬼だろ!!」

「退屈に変化をもたらすにはやぶさかでない」

 弟のたっての願いで逗留してやっているが、流石にこの膠着状態にも飽きてきた。そろそろ次の手が欲しいところだ、と、欠伸を噛み殺す様な表情を天上の美貌は見せつけた。

 カイルとしては色々ツッコみたいところだが、先に解消したい疑問がまだまだ山とある。

「でさ、きみ、何が目的なの? 俺の妹になっても何も良いことないぜ? きみだって親がいるだろう」

「まぁっ! わたしがそんな利害関係などを求めて迫っているとでも思ったの? ひどい! 侮辱だわ!!」

 あーいえばこーいう。

 そんな単調でラルクには退屈な、カイルにとっては休まらない日々に、ようやく変化が起きた。



「ああ、喉が渇いた。ねえカイルお兄ちゃーん、血が飲みたぁい」

「水をねだるみたいに気軽に言うなっ!」

 その夜も、日没と共にまたリビングでの賑やかな会話から始まった。

「そうだな、この家を訪れる時は予め喉を潤して来ねばならん。何せ、吸血嫌いの主だ」

「ええーっ! 吸血鬼なのに血を吸わないなんてアリなの?!」

「いや、流石に俺だって全く吸わないわけじゃ無いけどさ、こんな辺鄙な場所を通る人間なんて……」

 控えめなノックの音が、吸血鬼達の会話に割り込んだ。

「失礼いたします。ご主人様、大層な剣幕の方がいらしておりますが、いかが……」

 言いかける召使いを押しのける様にして、顔を朱に染めた黒服の老紳士がリビングへ乱入した。

「シャルロットお嬢様、ご無事でございますか?! 純潔は守られてございますか!!」

 その叫びだけ聞けば、ここは凶悪な誘拐犯の潜む館だ。

「この様な辺鄙な場所へお嬢様を拐かすなど、しかも惑わしの結界まで張る手の混みよう、レルヴァーン家の御令嬢と知っての……」

 だが、老人の暴走もそこまでだった。

 部屋に佇むシャルロットと、同族の男の存在を認めたのだ。

 この気品、この雰囲気、決して人である筈が、いいや、同族でも決して同列には誰も並び得ない。

「こ、これは、我が無知の所行とは言え大変な御無礼を……!」

 顔面蒼白になった老紳士は即座に片膝をつき、白髪頭を垂れた。

 無頼な来客に気を留めることもなく、ソファでワインを啜りながら寛ぐ黄金の吸血鬼へと。

「まさかまさか、これほどまでとは……! そのお美しさ、噂に聞く『黄金の吸血鬼』の面影そのままでございますな。流石あの御方の弟君であらせられます──」

「それ、俺! 黄金の吸血鬼は本人で、ここの主も俺!!」

 貴族に相応しくない無骨な怒声に、老人は名残惜しそうに目の前の男から視線を剥がし横へと流した。

 不機嫌を絵に描いた様な顔でこちらを睨む黒髪の若い男。

「はっ……この御方が……カイル様?」

 カイルではなく、問いかけた老人の視線はやはりラルクへ向けられた。

「ああ」

 金の髪が気怠げに縦へと振られたのを見て、ひどく残念そうに老人の視線は再びカイルへと戻った。

 美しい黒髪、すらりと伸びる長身、秀麗な美貌。上質な衣服。確かに容姿は貴族として申し分ない。

 ああ、最初にこの眼が惹きつけられたのが、かように美しすぎる黄金の吸血鬼で無ければ──

 魅了された意識を正すべく、黒服の老人は白髪頭を大きく横に数度振った。

「取り乱したとは言え、大変な御無礼を致しました。申し遅れましたが私、シャルロット様付きの従者で、セドリックと申します」

 姿に相応しい朗々とした声で、老人はピシリと背を正した。

「で、さ。結局この子はなんなの?」

 無礼を咎めるのも面倒だ。率直なカイルの問いに、セドリックはコホンと軽く咳払いをした。

「この方はレルヴァーン家が一子、シャルロット・ド・レルヴァーン様でございます」

「いや、名前はもう知ってるよ。この子が俺の妹って言い張ってるんだけど……」

「妹……それはでございますが……」

 老人は困惑した様に白い眉を下げた。

「今を遡ること少し、我が主の奥方様、メリル夫人のパーティでの事でございます」

 メリル夫人──

 具体的なその名に、カイルの脳裏に朧気な記憶が甦る。

 それは、元は人でありながら吸血鬼へとなった母を、厭うこと無く受け入れた数少ない彼女の友人の名だった筈。

 吸血鬼貴族、メリル=レルヴァーン夫人……

 余計なことは言うな、と細眉を吊り上げるシャルロットの強い目線から顔を逸らし、セドリックは二人の紳士へ説明を続ける。

「カイル様の御母堂が御来訪のおり、それぞれのお子様のお話になりまして、談笑に居合わせたシャルロットお嬢様がカイル様のお話を聞き、大層興味を抱かれた様でして……」

「……で?」

「シャルロット様は以前より、その、素敵な兄が欲しいと我儘を仰っており、その……」

 嫌な予感。予感どころじゃない。確信。

「若く美形で血筋も問題無く、貴族社会や家柄に執着を持たぬ、そして心優しいと言うカイル様ならば、きっと自分の兄に相応しい、と……」

 幼女の従者の声はだんだんとか細くなり、額に滲む汗をシルクのハンカチでぬぐう動作が反比例して大きくなる。

 窓は閉じられ風も無いのに、目の前に立つ吸血鬼の黒絹の様な髪がゆらゆらと逆立って見えた。

 それに動じる事もなく、無邪気にシャルロットが話を続ける。

「お兄ちゃんのお母様に館のだいたいの場所はお聞きしてたけど、まさか本当にこんな辺鄙なところだとは思わなかったわ。ラルク様にお会い出来なければ到底たどり着けなかったもの」

「私はお止めしようとギリギリまで馬車で説得を謀ったのですが、隙をつかれて撒かれてしまい、ようやく今宵お見つけした次第で……」

 ああ、やっぱりこの金色の悪魔はトラブルしか運んで来ない。

 いや、それ以上にツッコまねばならないことが今はある。

「妹じゃねーーーーーーーーー!!」

 誤解して申し訳ありませんでした、母上。非社交的で世捨て人的な生き方の息子でごめんなさい。でも勝手によその家から自称妹なんて送って来ないで下さい。

「そうね、血族と言う意味では確かに違うのは認めるけれど。妹がダメだって言うなら……じゃあ……お嫁さんにしてくれる?」

 妹から花嫁へのまさかの格上げ。

 頬をほんのりと赤らめ、潤んだ瞳で見上げる幼女からの突然の愛の告白。それは怪しい趣向を持っていない男の心すら揺り動かしそうな魅惑に満ちている。

 だが、今回の相手にはかすりもせず、

「無理」

 にべもない即答。

「今すぐ式をだなんて我が儘は言わないわ。わたしが大きくなるまで、とりあえず婚約という形で許してあげるから」

「許す許さんじゃなくてさ、いやそれより何できみが主導権握ってんだ! つーか妹から嫁っていきなりステップアップしすぎだろ!!」

「光栄に思ってもらいたいわね」

「全く思わねーよ。てか、赤の他人って分かったし、お迎えも来たことだしとっととおうちに帰ってくれ」

「なにその態度! フィアンセに対して紳士じゃ無いのね!!」

「フィアンセじゃねーーーーーーーーー!!」



 結局、シャルロット嬢は従者セドリックに抱えられる様にして馬車へと引きずられていった。

「無礼者! 覚えてなさい! 絶対わたしは戻ってくるんだから!! それまで首を洗って待っててよダーリン!!」

 愛の言葉と言うより復讐者の呪詛と思しき叫びを残し、騒々しい来訪者達はようやく引き上げてくれた。

 そして事が片付くと、ラルクの姿までも消えていた。

「……」

 すっかり脱力し、愚痴をこぼす相手もいないまま、カイルはようやく空いたソファへへたり込んだ。

 もう何も考えたくない、と目を閉じた時、聞き覚えのある羽音が聞こえた。

 翼が窓に当たる音に、召使いが窓を開けると、夜風と共に小さな獣が舞い込んだ。使い魔の帰還だ。

「ご主人様、戻りました。母上様よりお言付けです。曰く──」

 横たわったままのカイルの耳元で羽ばたきながら、蝙蝠は告げた。

「妹が欲しいなどと子供みたいな我が儘を言う歳でもないでしょう、そろそろ身を固める事も考えなさい、と」

「もうほっといてくれ!!」

 なんという事でしょう、遠路はるばるの使命を果たした忠実な使い魔へ、主が与えたのは労いの言葉ではなくいきなりの罵倒だなんて!

 転職など叶わぬ悲しき身を少しでも慰めるべく、カイルの蝙蝠は心の中に忍ばせてある『いつか果たしたい仕返し帳』にポイントをひとつ追加し、ふて腐れながら主の影へと引っ込んだ。

 当分は呼ばれても出て来てやらないぞ、とストライキ気分まんまんな使い魔の心境も今は思いやれず、黒髪の吸血鬼はぐったりと動けなかった。

 他人と関わりたくないからこうして引きこもっていても、トラブルの方から容赦なくやってくるなんて。

 いっそ兄の様に気ままに旅でもしてた方がいいのだろうか。でもやっぱりそんなの自分の性に合わない。

「とりあえず……寝よう」

 まだまだ夜明けまで時間はあると言うのに、夜に生きる吸血鬼らしくないこの男は早々に地下室の棺桶へと戻ることにした。

 せめて夢の中では平穏な時を過ごさせてください、と願いながら。



 木々が立ち並び、細く荒れた道を、黒い馬車は平地を往くように軽やかに走って行く。

「見てらっしゃいな。もうちょっと大きくなったら、今度こそ落としてみせるんだから」

「はあ……本当にお美しかった。あんな御方にお仕え出来たらどんなにか……」

 馬車の中と御者台でそれぞれ自由な呟きをこぼす少女と従者を、夜空に浮かぶ月だけが優しく照らしていた。

「また会いに行くからね、カイルおにいちゃん」


お読み下さりありがとうございました。

もうちょっと三人の日常廻りを書いてもいいかな?とも思いましたがグダグダになりそうだったのでとりあえず今回はこの辺で。

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