お母さんとお買い物
お母さんと久しぶりにデパートへの買い物だ。
駅前行きのバス停に向かう途中、近所のおばさんに会った。
「あら、石川さん。これからお出かけ?」
「ちょっと駅前のデパートまでお買い物です。」
「親子揃って買い物っていいわよね。」
さっさとデパートに行きたいのに、いつになったら話が終わるんだろう…。
すると、暇そうにしているわたしにおばさんが話を振ってきた。
「今日はお母さんとお出かけなんだね。」
「うん、そうだよ。」
「あれ、紗香ちゃん。学校の名札なんて付けてどうしたの?」
「えーと、これはね。みんながさやかのことを小学生として見てもらうために付けてるの。」
「あらあら、そうなの。」
「誰にも幼稚園扱いさせないようにね。」
わたしは誇らしげにおばさんに話した。
「にしても、紗香ちゃん。名札に付いてるバッジ、学級委員ってすごいじゃない。」
「昨日からなったの。」
「なかなか学級委員なんてなれないから、なれてよかったね。」
「うん!」
「おっと、そろそろわたしも失礼しなくちゃ。ごめんなさいね。」
そう言って、おばさんは話を終えて去っていった。
「話が長くなっちゃったね。」
「あそこのおばさん話好きだからね。」
「さて、バスに乗って行こうか。」
歩いて5分でバス停に到着。
「えーと、次のバスは8分後かな。」
「バス行ったばっかなの?」
「ううん。ちょうど間くらいの時間に来た感じだね。」
「ふーん。」
「ところで、紗香ちゃん。」
「なーに?」
そう言うと、お母さんはしゃがみはじめて、わたしの胸の名札を手に取った。
「今日は、紗香ちゃんは学校の名札を付けています。」
「うん、そうだね。」
「だから、今日の紗香ちゃんは、「いしかわさやか」ではなくて、「鷹見小学校1年 いしかわさやか」なわけです。」
「…どういうことなの?」
「簡単に言うと、この名札を付けてることで、紗香ちゃんは鷹見小学校という名前を周りの人に教えてるの。」
「どこにも鷹見小なんて書いてないよ?」
「でも、名前の上に校章が付いてるでしょ? 人によっては、その校章を見て鷹見小学校だってわかる人もいるのよ。」
「このマークを見てわかる人もいるんだ。」
「さらには、名札の色で学年までわかる人もいるかもしれない。」
「ふーん。」
「名札一つで身元が特定されるときもあるんだよ。」
「そうなんだ。」
「もし、その格好で紗香ちゃんが変なことしたら「鷹見小学校1年 いしかわ」って子が変なことをしてるって、学校に連絡が行って…。」
「うん…。」
「学校の先生に怒られるかもしれないよ。」
「それはやだ!」
「だからさっきも言ったけど、名札を付けている以上は鷹見小学校の児童としての責任を感じて行動するようにしてね。」
「はーい。」
そしてバスが到着し、わたしたちはバスに乗った。
一人用の座席が1つずつ少し離れて空いていたので、それぞれバラバラに座った。
「それじゃ、お母さんは奥の空いてる座席に座るね。」
「はーい。」
そう言って、お母さんは奥の座席に座りに行き、わたしは手前の空いてる座席に座った。
すると、わたしたちが乗車した次のバス停から、ひとりのおばあさんが乗車してきた。
わたしは、すかさずおばあさんに座席を譲った。
「おばあさん、どーぞ。」
「あら、いいの? じゃ、失礼しますね。」
おばあさんは喜んで座席に座った。
席を譲ったわたしも少しうれしくなった。
しばらくすると、おばあさんは立っているわたしに声を掛けてきた。
「ねえ、お嬢ちゃん。」
「はい?」
「さっきは座席を譲ってくれてありがとうね。」
「どういたしまして♪」
そのあと、おばあさんはわたしの胸の名札を指差した。
「その名札、もしかして鷹見小学校?」
「えっ、うん…。」
おばあさんに学校名を答えられてびっくりした。
「やっぱり。わたしの孫も鷹見小だから、その名札を見たことがあるもんでね。」
「へえー。その人は何年生?」
「確か5年生だったかね。」
「それじゃわからないや。」
5年生なら名前を聞けば知ってるだろうが、今は1年生だから知らないふりをしておくか。
「まあ、今日のことは今度孫にでも話そうかね。黄色の名札の「いしかわ」って子に席を譲ってもらったってね。」
「なんか照れるな…。」
その後も、終点に着くまでおばあさんと会話をしたのだった。