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ニジコン  作者: 倉木さとし
第一章
4/5

3

 飲み会は、誰もゲロを吐くことなく終わった。

 小松が帰ってからは二時間、沙耶が部屋を出て行ってからは一時間が経っただろうか。

 家に一人きりになったときから、茂は和室にこもりっぱなしだ。


 茂が借りている部屋は、一人暮らしにしては広い間取りになっている。襖付きの和室。キッチンと繋がっている洋間。トイレと浴室は別だ。

 食費や光熱費を浮かせるために、茂はギリギリまで九登に引越してこなかった。そのため、荷物の整理がまだ終わっていない。

 和室に並べようと思っている鞘香のグッズも、まだ段ボール箱に入ったままだ。新婚生活を迎えるまでには、なんとかしておかねばと考えている。


 飲み会で体力を消耗したので、荷物の整理はまた後日にしてもよかった。だが、高校生の性欲が茂の体を突き動かした。

 ムラムラしている。

 デスクトップパソコンをちゃぶ台の上に設置し、超能力疾患のゲームをはじめた。舞台になった町に戻ってきたテンションもあり、最初からプレイする。


 途中、シーン再生でゲームを楽しめばよかったと、何度も思った。

 ゲームの主人公の名前を『シゲル』と打ち込んだことに、後悔を重ねて三〇分。いま、お目当てのエロシーンにようやく辿り着いた。

 パソコンのモニターをみつめ、茂は鼻息を荒げる。

 制服の上にエプロンをつけた神楽木鞘香が、シーツの上で横になっている。


『シゲル、朝食――んっ』


 鞘香の口を塞ぎ、シゲルが舌を入れる。

 この静止画には、何度もお世話になっている。だからこそ、しみじみ考えてしまう。

 大きな美術館に飾られている絵の中には、何億円という値打ちのものがある。だが、このイラストだって、ある意味では億の価値があるだろう。いま見ている静止画だけで、何億もの子種を失ったのだから。

 ヘッドホン越しに、鞘香の喘ぎ声が聞こえてくる。

 マウスを動かして、オートモードボタンを押す。

 これで、わざわざ左クリックをせずとも、彼女は喋ってくれる。


『もぅ、本当にバカなんだから』


 両手が自由になったので、すぐさま茂はベルトに手をかけた。手馴れたもので、ズボンと同時に、パンツも下ろす。すでに、性器は天井のほうをむいている。


『まぁ、そんなところも嫌いじゃないんだけどね』


 和室を見渡して、ティッシュの箱を探す。

 チラとモニターに視線をむけると、シゲルがコンドームを探している描写が書かれている。見つからなくて、生でいいという流れになった。だが、こちらはティッシュがなくても大丈夫ということにはならない。

 ふと、小松が飲み物をこぼしたのを思いだす。それを拭くために、洋間でティッシュを使った。あいつ、面白いことをひとつもいわなかったくせに、余計な手間だけかけさせやがって。


『うん、いいよ好きにしても』


 可愛いことを鞘香がおっしゃるので、小松への苛立ちが一瞬にしてどうでもよくなる。

 彼女を置き去りにするのは忍びないが、茂は立ち上がった。

 ヘッドホンを雑に投げると、スピーカーからコードが抜けた。


『んんんんんんんんんっ――』


 鞘香の声を聞きながら、下半身丸出しで茂は和室を飛び出した。

 なんだか解放的な気分になって、バカみたいに両腕をあげる。

 そのままドタドタと足音を出して、洋間までかけぬける。

 一人暮らしは最高だ。親と暮らしていては、こんなことできない。


 洋間は蛍光灯が明々とついていた。なんだ、電気を消し忘れていたのか。まぁいい、ティッシュの箱を探すために、電気をつけるタイムラグがなくなるのは、悪いことではない。


「ティッシュ~♪ ティッシュ~♪ オナニーティッシュ~♪ ん?」


 ティッシュの箱よりも先に、茂は生身の女性の姿をとらえる。

 最悪だ。

 帰ったはずなのに、なんでここにいる?

 沙耶が部屋の中央で、かがんでいた。

 全てがスローに見える。沙耶が携帯電話を手にしていることから、電話を取りに戻ってきたのだと、一瞬のうちに悟った。

 そして、彼女が茂の股間をガン見しているのもわかった。


「ぐぶぇっ」


 沙耶に気をとられて、走っていることを忘れていた。

 速度を緩めぬまま、そのまま壁にぶつかる。

 背中から床に落ちていく。それぐらいでは、ぶつかった衝撃を完全に殺すことができない。両膝が両肘にぶつかる形で仰向けに倒れてしまう。

 ひらたくいってしまえば、沙耶にチンコはおろか尻の穴まで見られる体勢になった。


 まるで時が止まってしまったかのように、二人とも微動だにしなかった。

 なにも声を発することもない。

 だが、時間は進んでいるのだ。

 その証拠に、和室からは鞘香の喘ぎ声が聞こえている。

 ゲームをやりこんでいるから、「あんあん」の言い方のちがいで、イラストの切り替わるタイミングがわかる。今ごろ、モニターでは新しい絵が表示されたころだろう。

 頭の中に、バックでつかれている鞘香のイラストが浮かぶ。

 実に苦しい体勢であるにも関わらず、茂の性器は元気になっている。


「いやいやいや、その状態で勃つってアンタ変態でしょ」

「こらこら沙耶、女の子がそんなはしたない言葉を使うんじゃない」


 そこは鞘香のように、恥じらってくれなければ。最初から女として見てはいないが、いまのでまた評価が下がってしまった。


「てか、少しは恥ずかしがりなさいよね。むしろ喋る余裕があるなら、隠せ!」

 茂は、目をかっと見開いた。

「神楽木鞘香、曰く! 人間には、さらけ出す美学ってもの――おぉーっ、痛いっ」


 名言を口にし終える前に、沙耶に太ももを蹴られてしまう。その力を利用して、横に回転したのち、茂は立ち上がる。

 沙耶は茂に背をむけて、額に手をあてる。


「たくもう。チャイム鳴らしても出てこないから、鍵開けたまま寝てると思ってたのに。ウチのハゲ親父といい、なんで男ってこうもAVが好きなのかしら」

「誤解がある。俺はAVを持ってねぇ」

『ああっ、だめ。そこはだめなの』


 鞘香の声が和室から聞こえてくる。いままでで一番大きな声だ。

 ひきつった笑みを浮かべながら、沙耶が和室のほうを指さした。


「いまのは、ヒゲジョークかなにかなの? 思いっきり変な声が聞こえてるんだけど」

「でも、AVじゃねぇんだよ」

 沙耶は首をかしげて、茂のほうをむく。

「ひょっとして――てか、なんでまだ前を隠してないのよ。このバカは」


 咄嗟に、沙耶は足元にあったゴミの入ったコンビニ袋を拾い上げる。今ごろになって恥ずかしくなってきたのか、それを投げてきた。

 あと数瞬、手で股間を隠すのが遅ければ、チンコにゴミ袋がぶつかるところだった。怪我をするかもしれないと、少しは考えてもらいたいものだ。


「それで、いまだに聞こえてる喘ぎ声の主のことなんだけど。ひょっとしてなんだけどさ。結婚するっていってたわよね。まさか、その相手とかじゃないわよね」

「勘がいいな。そのとおりだよ」

「頭おかしすぎでしょ。他の女が家に上がってきてる状態で、しかも彼氏に放置されたまま変な声出す女とか、絶対におかしいわよ。なによ、調教済みってやつなの」

「おまえ、ひどいこというなよ。俺の嫁をバカにしたら許さねぇぞ。あと、そこはぜーったいの絶対におかしいと強調してほしかった」

『ああっ、もう、おかしくなっちゃう!』


 この台詞が出たか。パソコンのモニターでは、シゲルが射精したころだろう。

 ヌキどころを逃してしまった。悔しい――などと考えている隙をつかれた。

 沙耶が和室にむかっている。


「おい、ちょっと待てよ」


 慌てて追いかけるが、沙耶と鞘香の対面を止めることはできなかった。

 和室に入った瞬間、沙耶は立ち止まった。

 相手が二次元の存在だと、全く予想していなかったのだろう。

 パソコンと沙耶の間に入り、茂は一度咳払いをする。着衣が乱れている鞘香のイラストを手で示した。


「紹介しよう――俺の嫁になる神楽木鞘香だ」


 沙耶は口を半開きにし、何度もまばたきを繰り返す。理解するのに時間がかかっている。数秒間、固まっていたと思ったら、いきなり鞘香にむかって指をさした。


「嫁になるって、ゲームのキャラじゃん!」

「いや、だからさ。この町だと結婚できるだろ? ほら、萌えおこしで」

「嘘? これって、あの女なの?」

「そうか、乱れてるからわからなかったわけか」


 茂が愛してやまない神楽木鞘香は、超能力疾患のメインヒロインだ。沙耶も知っているぐらいだから、この町の至る所で目にする機会があるのだろう。


『え、もう一回するの?』

 ゲーム内の鞘香の声に、沙耶はすかさず反応した。

「誰がするか!」

 叫ぶと同時に、ひざをついた沙耶がパソコンの電源ボタンを押す。


「おまえ、なにしてんだよ!」

「いや、うるさいから消そうと思って」

 急いで茂は沙耶の腕を掴む。だが、ひと足遅かった。パソコンの電源が強制的に切れた。

「そ、そんな! 鞘ちゃん!」

「真剣な顔で叫ぶな、気持ち悪い。だいたい、なにを握った手で、私の腕を掴んでるのよ、このバカは」


 苛立ち任せに、沙耶は茂の手を振りほどく。

 なにやら沙耶が文句をいっている。聞こえてはいるが、その意味を理解する余裕が、茂にはなかった。

 真っ黒な画面を茂はみつめ続けていた。そこに鞘香はうつっていない。無理やり消された。


「おまえ、俺の嫁になんてことをしやがった」

 ぼそりと茂はつぶやいた。


「は!? なんかいった?」

 沙耶の挑発的な態度に、茂の我慢が限界に達した。

「口を閉じろ! そして聞け!」

 大きな声に驚いたのか、沙耶はビクッと震える。


「おい沙耶っ! いまのでデータが消えたら、どう責任を取るつもりだ? ああん!?」


 巻き舌になって、茂はすごむ。だが、教師に怒られ慣れているのか、沙耶はひかない。


「うっさいわね! だ、大事なデータなら、バックアップぐらいとってたらいいでしょ」

「とってるわ!」

「と、とってるの? ――な、なら、そんなに怒るなよ! ばーか」


 沙耶も喧嘩腰になってきた。

 小松を含めた三人でいたときよりも、いまの二人の声のほうがうるさいかもしれない。近所迷惑だったが、それだけ熱くなる価値はある。鞘香のためにも怒るべきだ。


「どれだけ俺が大事にしてるかわかんねぇのかよ」

「全く理解できない。だって、ただのゲームじゃない。その中の登場人物ってだけでしょ」

「ただのゲーム? その中だけ? はぁ、なにいってんですか? アホですか?」


 茂はダンボール箱から鞘香のフィギュアを取り出す。

「ほら! こうやって三次元的に再現されてるものが存在するんだ。すでにゲームを飛び出してるだろうが」

「飛び出してはいない! だいたい、大きさが全然ちがうじゃない」


 いわれてみれば、そのとおりだ。六分の一のフィギュアだから、台座を入れても三十センチ程度しかない。それでも、限定千個の商品だから、見る人が見たらよだれを垂らして興奮するというのに。

 気を取り直して、茂は箱から大きいものを取り出す。ゲーム発売十周年記念に販売された抱き枕カバーだ。


「なら、これならどうだ。等身大だぞ!」

「だから、なによ? いいからパンツを履け。このバカが」


 右手にフィギュア、左手に抱き枕カバー。おのずと下半身を隠せなくなっていた。しかも見れば、茂の性器は今日一番の大きさをほこっている。

 丁寧にグッズを畳の上に置いてから、パンツを拾い上げる。沙耶に背をむける形でパンツを履いていると、背後から大きなため息が聞こえた。


「じゃあ、あたし帰るね」

 茂が振りかえると、沙耶が立ち上がっていた。


「安心して――学校で言いふらすつもりは無いから」

「言いふらすって、なにをだよ?」

「九登の都市伝説こと後藤茂が、よもやオタクになって戻ってきたってことをよ」

 悲しそうにつぶやく沙耶とはちがい、茂は小首をかしげた。


「別にいわれても困ることじゃねぇぞ。好きなものは好きなんだからしょうがねぇだろ」

「マジでいってんの? 困るに決まってるでしょうが」

「沙耶こそ想像力が足りねぇぞ。この町には週末を利用して、超能力疾患のキャラと結婚しに来る奴もいるんだぞ。ということは、萌えに寛容なんだろ」

「ここに住む人間全員が、そのゲームを好きだと思ってるの?」

「じゃあ、嫌いなのか?」

「うーん。だからそれはいろんな意見があるみたいで」

「他の奴はどうでもいい。沙耶はどうなのかってきいてんだよ」

「そこ、重要なの?」

「まぁ、興味本位ってやつだな」

「そうね、私は――」


 フィギュアを見ながら、沙耶はしばらく考えた。そして、茂のほうをむいて口をひらく。

「――なんとも思ってなかったわ。けど、茂が戻ってきた理由に関わってるせいで、嫌いになったかもしれない」

「なんだよ、それ。嫌いになるにしてもゲームしてからにしろよ。訳わかんねぇ理由で見限るなよ」

「ゲームしろって、エッチなやつじゃない」

「それでも泣けるシナリオなんだよ! アカデミー賞映画よりも感動するぞ。あ、そうだ! なんだったら家庭用ゲーム機に移植されたやつもあるから、それを貸すけど」

「キんモっ」

「おまえ、なにもそんな心の底から気持ち悪いっていわなくてもいいんじゃねぇの?」

「だいたい、このイラストもなによ」


 さらに沙耶は、足元の抱き枕カバーを指差しがら、批判を続ける。

「可愛いじゃねぇか」

 茂が即答したことに、沙耶は目を丸くした。

「はぁ? 可愛い? これが? 私には、そうは思えないわ――目が不自然に大きいところとか、あれよあれ。虫みたいだし」


 虫。

 怒りが頂点に達すると、人は笑ってしまうらしい。だが、笑いながらでも怒鳴れる。


「いうにこと欠いて、てめぇ!」


 沙耶に怯んだ様子は全くなかった。真っ向から闘う姿勢を見せている。

「文句があるんなら、私の心が変わるようなことをいってみなさいよ」

「望むところだ。五分以内に、沙耶を神楽木鞘香ファンにしてみせる!」

 絶対的な自信があった。

 何故ならば、鞘香には魅力がたっぷりあるからだ。

 

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