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ニジコン  作者: 倉木さとし
第一章
3/5

2

 始業式とロングホームルームを終えると、今日は下校の時間となった。

 学校からの帰り道、茂は線路沿いの道を歩いていた。一時間に一本しか走っていない汽車が、正面から近づいてくる。


「ようやく来たか」


 ポケットから携帯電話を取り出す。あらかじめ用意しておいたイヤホンを耳につける。

 聴こえてくるメロディーと九登を走る汽車の音との相性は、抜群によい。

 それには当然ともいえる理由があった。茂が聴いているのは、超能力疾患というゲームのBGMだ。

 このゲームは、九登をモデルにして作られた作品なのだ。


 曲のタイトルは『汽車』。

 ゲーム内で、主人公が九登に引越してくる冒頭シーンで流れた重要な曲だ。

 リピートで『汽車』を聴きながら、茂は線路沿いをしばらく歩く。

 引越しを決めたときから、転校初日は帰り道にゲームのモデルとなった場所でBGMを聴こうと決めていた。いま、ようやく念願が叶ったのだ。

 茂にとって、九登は三年前まで暮らしていた町だ。だから、どの場所を巡ればいいのかと、あらかじめ計画を立てるのも簡単だった。

 ちなみに、ゲーム内で鞘香が「決めたことを必ずやる男が好き」といったことがある。計画通りに行動を起こしたので、鞘香に好かれる男に、また一歩近づいたことになる。


 学校と山が同時に見える位置で、曲を変更するために、再び携帯電話を操作する。

 そのとき、茂の背後から、いままさに再生しようとしている『学校』という名のBGMが聴こえてくる。

 振りかえると、舗装された道を痛車がゆっくりと走っていた。

 痛車というのは、車体にアニメキャラのイラストを貼り付けた車のことだ。そのイラストは超能力疾患のヒロインの一人だった。だが、茂にとってはどうでもいい女だ。透視疾患の眼鏡メイドなどを貼らずに、鞘香を貼れ、鞘香を。

 なんにせよ、そのドライバーが『学校』を流しながら車を走らせているらしい。

 助手席に乗っている男が、デジカメで風景を撮影している。彼らの角度から見えるのは、ゲームの背景に使われた場所と一致しているはずだ。

 痛車は茂を追い抜くと、町内会の掲示板の前で停車した。写真撮影ができる程度の時間を置いてから、再び走り出した。


 掲示板の前で、茂も立ち止まる。

 萌えおこしについて書かれているポスターが、貼られている。実にくだらない掲示物しか貼られていなかったのが、いまとなっては懐かしい。

 ちなみに、萌えおこしというのは、二次元の萌えキャラを使った町おこしのことだ。

 数年前、超能力疾患を作ったゲーム会社が、いろいろあって倒産した。その際に、この町がキャラの版権を買い取って地域おこしに使いはじめたのだ。


 目の前のポスターには、神楽木鞘香のイラストがつかわれている。原画家が、わざわざ萌えおこしのために書き下ろした渾身の一枚。ウエディングドレスが、こんなにも似合う女性を鞘香以外に茂は知らない。

 イラストのほかにはゲームファンの聖地『神楽木の館』の宣伝が載っている。右下に記載されているのは、館の住所と電話番号だ。

 そして、これが一番大事なところ。ゲームファンがどうして館に集うのかも、大きな文字で書かれている。


『ぜーったいの絶対に、結婚してよね』


 館に行って条件を満たせば、萌えおこしの一環でゲームのヒロインと結婚できるのだ。

 あるルートから、この非売品のポスターを茂は譲ってもらった。だから、いままでに何度も同じものを見たことがある。それにも関わらず、町中で不意に出会ったこともあり、バカみたいに口がひらいてしまう。


「はい、そのために転校してきました」


 間抜けなつぶやきは、歩いて下校している男子二人組みに聞かれてしまった。

 ノッポの男子が、歩きながらチビにいう。


「おい、なんかひとりごといってるぞ」

「バカか、声が大きいぞ。あいつだぞ、後藤って」


 チビが目を血走らせて注意する。すると、ノッポの顔が見るからに青くなった。


「マ、マ、マジで? オレまだチュウもしたことないのに死にたくねぇよ。生きたいっ!」

「すぐに逃げたら大丈夫だって。多分、喋ってたのも萌えおこしへの怒りだろうから」


 チラリと茂が二人を見る。すると、一目散に逃げられてしまった。


「ちがうっての。なんだよ、あいつらは」


 勘違いもはなはだしい。

 萌えおこしに怒りがあるはずもない。むしろ、素晴らしいものだと思っている。

 茂が九登に戻ってきたのは、なにを隠そう神楽木鞘香と結婚するためだ。

 どんなゲームファンよりも真剣に、本気で鞘香を愛している自信がある。

 他のファンで引越しまでしてきた奴がいるだろうか。仮にいたとして、ゲームのモデルとなった高校に通っている男がいるのか。さすがに、いないはずだ。

 九登に戻ってくれば、鞘香ファンとして優越感にひたれるだろうと予想できていた。

 そしてもうひとつ、この町に住む茂と同年代の連中の反応も想定の範囲内だった。

 この町の若者たちは、茂のことをおそれていて、そのうえ嫌っている。


 茂は中学二年のときに九登を離れて都会に引越した。

 その際に、都市伝説を残していったのだ。

 伝説のはじまりは、学校のヤンキーを面とむかって片っ端からバカにしていったことだ。

 どうせ九登には二度と戻ってこないだろう。若かりし茂はそんな風に考え、自由に行動した。

 調子に乗った結果、巨大ヤンキー組織『熱死威』に呼び出しをくらってしまった。

 もっとも、呼び出しをくらった日に引越すのが決まっていた。

 だから茂は最初、無視しようと思っていた。

 時を同じくして、茂はヤンキー組織『畏獲帝』にも狙われていた。『畏獲帝』と『熱死威』の仲が悪いという話をきいた茂は、妙案を閃いた。『畏獲帝』の連中に、文句があるなら来いと、『熱死威』との決戦場所に呼び出したのだ。


 掲示板のポスターの前で、茂はいきなり腕を引っ張られた。

 昔のことを思い出していた。そのせいで、もしかしてヤンキー組織の構成員が拉致しにきたのかと焦る。

 視界の端で、赤いポニーテールが揺れている。

 沙耶だとわかった瞬間に、茂は腕をふりほどく。彼女の顔を指さしながら、文句をいう。


「おまえ、ビックリするだろうが。『熱死威』か『畏獲帝』の連中かと思って、泣きそうになったぞ」


 茂の言葉を受けて、沙耶は冷めた表情になった。


「はぁ? その二つなら、アンタが壊滅させたでしょうが」

「だから、俺は抗争のキッカケを与えただけであって、直接手を下したわけじゃねぇし。勝手に潰しあっただけだろ」

「それ、私ぐらいしか信じてないわよ」


 転校の挨拶のときを思い出してみても、沙耶のいうとおりなのだろう。


「みんな、俺が全員をボコボコにしたと思ってるのか?」

「そうみたいよ。なんで、そんなの信じるのか私にはわかんないんだけどね」


 沙耶が哀れむような目をして、うなずく。彼女だけは、茂が喧嘩をしても弱いことを知っている。


「てかよ、俺ってこのままだとこわい連中に襲われたりするのか?」

「どうなんだろうね? 実際のところヤンキー連中もアンタの伝説を信じているみたいだからね――おそれられてるみたいだし。逆に安全なんじゃないの」

「ならいいんだけど。でも、このままだと新しいダチができねぇよな」


 ゲーム内で鞘香が「引越ししてきてすぐに、友達ができるあなたがうらやましい」と主人公にいっていたシーンもあった。鞘香に羨望の目でみつめられるためにも、この都市伝説が嘘だとみんなに知ってもらわねばならない。


「効果があるかはわからないけど、私から真実を伝えていってあげようか?」

「さすが、沙耶。ナイスな提案をしてくれるな。ぶっちゃけ、そういうことでいま頼れるのは、おまえしかいないからさ」


 はにかむように笑いながら、沙耶は茂の腕をあらためて掴んだ。


「それをいうなら、私も同じなんだけどな。いまの私を助けられるのは、茂ぐらいしかいないのよね」

「はぁ? どういうことだよ?」


 問いかけながら、茂は沙耶の腕をふりほどこうとする。が、しっかりとしがみかれていて、うまくいかなかった。


「説明するから、歩いてくれる?」

「あ。はい。わかりました」


 ただごとではない雰囲気に、思わず茂は敬語になってしまう。沙耶は声を潜めながら、早口になった。


「実はいまね、面倒な奴につけられてて」

「ん?」


 なにも考えずに茂は振りむこうとする。後ろをむく前に、沙耶が茂の頬っぺたに手をぶつけてきた。


「前みてて、たぶんもう、すぐ後ろまできてるから」

「先に口で言え。痛ぇだろうが」

「ああ、ごめん、ごめん――で、足止まってるから、さっさと歩いてよ」


 舌打ちをしながらも、茂は沙耶に従って歩を進める。その間も、ずっと腕をつかまれたままだった。


「なぁ、もういい加減に腕はなせよ」


 肘の先端が、微妙なサイズの胸にあたっている。解放して欲しいのは、それが直接の原因ではない。単純に、関節技がきまっているように痛かったのだ。


「交換条件があるんだけど――はなすから、あいつと二人きりになるのを阻止してもらえないかな?」


 あいつ、というのは十中八九、沙耶を追いかけてきている奴のことだろう。


「二人きりってどういうことだよ? 別にデートの約束してる訳じゃねぇんだろ。無視しとけばいいだろうが」

「――いや、それがね」


 沙耶が言葉につまったのを茂は見逃さなかった。


「したのか? え、どんな奴と?」

「だから、振りむこうとするなって!」


 腕を解放されたと思ったら、茂は腹を殴られた。よだれが口からたれ落ちる。このパンチ力があれば、たいがいの奴は武力行使で追い払えるのではないか。

 そんな失礼なことを茂が考えていると、沙耶は思っていないのだろう。たずねてもいないのに説明をはじめた。


「勘違いしないでね、しょうがなかっただけなんだから。あいつが私の後輩にちょっかい出そうとしてたみたいで。手を引かせる流れで、一回ご飯に行くって約束しちゃったの」

「なるほど。おまえが後輩のためになにかをするとはな。クラスでも沙耶ちゃんって呼ばれて慕われてるし、成長したんだな」

「なによ、その顔。バカにしてんの?」


 どんな表情をしていたのか、自分ではわからない。ただ、それを見た沙耶は、不満げに目を細めた。


「だいたい変わったのは、私だけじゃないでしょ」


 沙耶が見ているのは、あきらかに茂のあごヒゲだった。なんとなく恥部をさらけ出しているような気分に陥って、手でヒゲを隠す。


「別にそこだけじゃないからね。結婚しに戻ってきたってのが、私の中じゃダントツで意外だったんだから。茂って、そういうの疎いと思ってたから」

「ああ、あれか。沙耶には、ちゃんと紹介しないとな」


 茂がへらへらしながらいうと、沙耶は無表情のまま低い声を出す。


「いわなくていいから。別にききたくないし。てか、あんまり調子に乗ってると殺すわよ」

「物騒なこというなよ。おまえだって、男にモテてんだろ? 幼なじみとして、俺は別に祝福してもいいと思ってるんだぞ。だからこそ、沙耶も俺と嫁のことを――って、痛っ」


 沙耶に思い切り足を踏みつけられる。痛みを感じて、茂は体を仰け反らせる。


「さっきからいってるでしょ。私は別に、あんな奴にモテたくないんだって。だいたい、小松なんかにいいよられて、喜べる訳ないでしょ?」

「小松? 小松って、あの小松か?」


 ぽっちゃりした体型の眼鏡をかけた小学生の姿が、頭の中に浮かんだ。髪が短いのに毛がぐねっている男の子だ。

 懐かしい名前をきいて、久しぶりに顔が見たくなる。沙耶が制止するひまもなく、茂はふりかえった。


 金髪チャラ男が、微妙な笑顔を浮かべて歩いていた。茂と沙耶の会話が聞こえそうなぐらいの近い距離だ。

 茂は失礼だとは思ったが、金髪を指さしてしまう。


「待て待て待て。俺が知ってる小松っていったら、眼鏡のチビだったと思うんだけど」

「眼鏡のチビって――うん、うん。そういやそうだった。ははは、なんか懐かしいわ、それ。思い出したら、おかしくなってきた。はははははは」


 茂の言葉がツボに入ったのか、沙耶が腹をかかえて笑いはじめる。彼女の耳まで真っ赤になっているから、しばらくこの状態が続きそうだ。


「おい、待て待て。笑わないでほしいね。だいたい、そりゃ何年前の話をしてるんだい」


 小松は口の端をつりあげて、余裕の表情をみせる。それがカッコいいと思っているのか、喋りながら腰に手を当てていた。

 どことなくダサさが漂うポーズを見たことで、茂の納得も早かった。


「ああ、なるほど。つまり高校デビューしたのか。うんこしてる時に水をかけられても笑ってたブリーフの男だったのになぁ」

「喧嘩売ってるのかな、それは?」

「いや別に。思い出話をしてるだけだろ。懐かしいなぁ、おい。元気そうでよかったよ」


 それにしても、小松はずいぶんと変わってしまった。髑髏のネックレスをつけ、耳にピアスを開け、小便のように黄色い頭になっている。どれもこれも、決して憧れを抱くような変化ではない。それが旧友としては残念でならなかった。


「おまえ、もう少しいろいろと外見について勉強したほうが良かったんじゃねぇか?」

「うるさいよ、その同情の目がムカつくし」


 文句ありげな表情で小松がにらんでくる。

 げらげらと笑っていた沙耶が、目元をこすって息を整え終えた。


「あー面白い――てか、小松。アンタは喧嘩売るより先に、茂にお礼いわなきゃいけないはずでしょ」

「はぁ? なんで僕が?」

「そっか。よくよく思い出せば、小松をいじめてたのって『畏獲帝』の連中だったもんな――よし。なら、崇めながらお礼をいってくれ」


 茂の横柄な態度が気に入らなかったのか、小松は舌打ちをして沙耶のほうに顔をむける。


「やだね。だいたい前嶋さんは誤解してるよ。あれは、僕がヤンキー共と遊んでやってただけじゃないか」

「遊んでって、どっからどうみても、いじめられてたでしょうに」

「そんなことはないね。わざわざパンを買いに行ってやってたのは、あいつらの分を買うことで応募シールを集めて食器をもらいたかっただけだから」

「ものはいいようね。一般的に、それはパシリっていうのよ」


 沙耶は呆れた様子で額に手をおいた。


「そんなことよりも前嶋さん。今日の食事をする店を決めようよ」

「なんだコイツ、無理やり話を変えようとしてるぞ。黒歴史に触れるなって、ことか」


 茂の指摘に無視を決め込んで、小松は沙耶にたずねる。


「こう見えて僕は、オシャレなバーに顔が利くんだ。でも、やっぱり居酒屋とかのほうが気楽でいいのかな?」

「どこでもいいけど、茂も一緒でいいかな?」


 小松の表情が曇る。見た目が金髪のチャラ男になっていても、情けないときの顔には、昔の面影があった。


「――なんで、後藤と一緒なの?」

「いやなら別にいいよ。その代わり、もう二度とチャンスはないからね。だって、いやがったのアンタなんだから」


 無理やりな理屈だが、沙耶のペースだ。感心するのが先で、茂が巻き込まれていると気付いたのは、小松が「それでいい」と答えてからだった。

 否定するタイミングを逃したこともあり、茂は妥協点を探す。


「あのさ、俺あんまり金かけたくないんだけどよ」

「じゃあ来なきゃいいんだよ」


 俺も行きたくないんだがな、小松よ。それをいうと、沙耶に足を踏まれそうだから、我慢しているというのに。


「それならこれでどうだ? 俺の部屋で飲むってのは」

「茂の家? さすがに、おじさんやおばさんに迷惑でしょ」

「あれ? いってなかったっけ。俺、一人でこっちに越してきたんだよ。ほら、昔は田んぼだったところに、六階建てのマンションできてるだろ。エレベーターつきのところだよ」

「いや、場所とかは、どうでもいいけど。ホントに一人暮らしなの?」


 驚いた沙耶の横で、小松は意味深にうなずいた。


「なるほど。結婚するために親の反対を押し切ってやってきたんだよね。親がいたら結婚相手を連れ込みにくいもんね」


 小松に勝手な解釈をされてしまう。

 沙耶の刺すような視線に気付き、茂は慌てた。


「おい、黙れション便頭。てめぇが調子に乗ったせいで、俺が殺されるかもしれねぇだろ」

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