プロローグ
誰しもが超能力を持って生まれてくる。
その力は、日常生活を送るうえで、邪魔以外のなにものでもない。
人々は、いつしか超能力を病気として扱うようになっていた。
超能力疾患。
現在、中学卒業までの完治率が、九十九パーセントをこえている病気の名前だ。
――どうせなら、受験前に治っといてほしかったな。
入り口の門をくぐりながら、シゲルは心の中でぼやいた。
公園のように広い庭には、様々な植物が生えている。
おそらく、庭師でも雇っているのだろう。手入れがいきとどいている。
動物の形に切られた植物を眺めながら歩いていたが、庭の中央あたりでシゲルは足を止めてしまった。
「でけぇ」
二階建ての洋館に圧倒されて、間抜けにもつぶやいてしまう始末だ。
この館は、シゲルが来週から通う禄上学園の理事長の家だ。
理事長の神楽木は、一風変わった人として有名だ。
学園に超能力者だけの特別クラスを作るように命じたのも彼らしい。
さらには、超能力者たちに家事の手伝いをさせるのを条件に、館の空き部屋を下宿先として提供している。
競争率の激しい審査をパスし、シゲルは神楽木の館で働けるようになった。
超能力疾患が治ったから、その権利も剥奪されるのではないかと不安がある。
――そうなれば、高校にも通えないのではないか。ほかに行くあてもないんだ。それだけはどうにかしないと。
心の準備が出来るよりも先に、無情にも館の入り口がひらく。
メイドにドアを開けさせて、黒髪ロングの女の子が外に出てきた。
ロングスカートを履き、タートルネックの黒い服を着ている。
そこはかとなく、気品を感じる。シゲルと年齢が近そうだ。彼女が神楽木のお嬢様なのだろう。
庭の中央で突っ立っているシゲルに、お嬢様はきづいたようだ。シゲルにむかって真っ直ぐ歩いてくる。
こうなれば、流れに身を任せるしかない。あごヒゲをさすりながら、シゲルはお嬢様にむかって進んでいく。
お互いの顔が確認できる距離になったころ、立ち止まってしまった。
彼女のアイドルのように綺麗な顔に、思わず見惚れてしまったのだ。
「あ、やっぱりそうだ」
お嬢様はどこか嬉しそうにいった。彼女の視線は、シゲルのヒゲにむけられている。
ヒゲを生やし始めたのは、一年ぐらい前からだ。
下の毛が生える時期に超能力疾患は治っていく。
そのため、ヒゲを伸ばしていないと「おまえ、まだチンコ剥けていないんだろ」と心無い悪口をいわれることが多いのだ。
「お母様からきいてるわ。わたしと同い年の子が今日から下宿するって」
悪口防止のヒゲを見て、彼女はシゲルが超能力を患っていると確信を持ったようだ。
「あなたが、サイコメトリー疾患の男の子でしょ。ぜーったいの絶対に、そうでしょ?」
サイコメトリーとは、物体から記憶を読み取る超能力のことだ。
何度も茂を地獄に陥れた病気。
完治しても、まだ足を引っ張るというのか。
「いや、俺は――」
『本当のことを話して、治ったという』
『嘘をつき、サイコメトリー疾患だと話す』
大ヒットしたアダルトゲーム『超能力疾患』において、最初の選択肢が表示された。
神楽木鞘香を攻略するためには、ここで嘘をつく必要がある。