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そして彼女は告白する





「まただ」

 誰かの足音と自分の声。

「いや、まだだ」

 誰かが部屋に入ってくる音と自分の声。

「まだ終わってくれない」

 誰かの声と自分の笑い声。

「……何がそんなに可笑しいの?」

「やっと、やっと終われると思ったんだ!」

 叫ぶと、その幼い少年はただ首を傾げた。

 そりゃあ、お前には理解できないだろうなぁ。

「殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺した」

 50だったか100だったか。途中で数えるのが面倒になってしまうほど。

「色んな人間を殺した」

 子供も大人も老人も赤子も妊婦も。

「それでもこの衝動は止まらなかった!」

 女も男も他人も家族も恩人も。

「だから、物凄く大それた殺人をしようと思ったんだ」

 そうすれば、治まってくれるかと思ったんだ。

「至高にして至極の殺人。国王陛下、暗殺だ」

 だが、そこにこいつは現れた。

「お前らが……あの騎士がいなければ、あの戴冠式の時に殺せていたのに」

 そもそも、お前らと出会ったあの日から予定は狂ってしまったんだ。

「あの日……街道であの執事を殺せていれば……その為にしかけた襲撃だったのに!選りすぐりの信者たちを七人も捨てて!お前らがいなければ、常に姫を見張っている邪魔な執事なんざ充分に殺せていたはずなのに!そうすれば戴冠式の暗殺も成功していたのに……」

 そうだ、全てはこいつらのせいなんだ。

 街道で邪魔な執事を殺せなかったのも、戴冠式で姫を殺せなかったのも、オレが人を殺したくなってしまうのも、全部全部こいつらのせいなんだ。

「じゃあ、殺してしまわなきゃ」

 悪いやつは殺すべきだ。

 そう、だからオレは殺せばいい。

 あの金色の騎士と、騎士が大事にしているこのガキを。

「……僕は死なないよ」

 長剣を突き付けられても、その顔には不安や焦りなどは何一つ浮かばなかった。

 むしろ、穏やかな表情だ。

「だって、騎士が守ってくれるから」

 騎士が守ってくれるから?

「あはははははははははははははははははははははははははははははは」

 こいつは、本当に馬鹿らしい。

「忘れたのか?奴がここに来るには姫の魔力が必要だ。だが姫は、ほら………」

 そこで、赤だらけになって倒れてるじゃないか。

「残念だったなぁ。でも安心しろ。姫の赤も、お前の赤も、あの騎士の赤も、皆同じ色だから。きっと、混ざれば魂も一緒になれるよ」

 だから、大人しく殺されてくれ。

「さようなら」

 剣を少年の心臓に近づける。


「あはは」


 ぞわり、と、背中が震えた。

 なんだ、こいつは。

 なぜ、笑っている?


 その少年は、笑いながら言った。





「おかえり、騎士」










「ただいま」




 光が、闇をけちらした。

 すぐさま目をつぶったが、瞼の皮膚程度ではその光を遮ることはできない。大量の光の侵入に眼球が震え、せめての防護壁として涙が放出される。

「……っっ?」

 その光がおさまった時―――――オレが目を開けた時、そこにはあらたな輝きが立っていた。



 少年を守るように立つ――――――金色の、全身甲冑(フルメイル)



「……殺しても、おさまらなかったんだ」

 なんでだろう。なぜなんだろう。ずっと思ってた。

「やっとわかったよ」

 大剣を掲げる騎士。

 黄金色の、いかにも国王より強そうな。

「まだ殺したい人間がいるからか」

 こいつを殺したら終われるかな。

「お前に言いたいことがある」

 黄金の向こうで何を考えたか、騎士が口を開いた。

「さっぱりわからんっっ!」


 そりゃそうだろうね。

 だって俺は、狂ってるんだから。










 薄れゆく意識の中、目の前で始まった闘いを、ただ見つめるしかできない。心の中で、全く状況が把握できないことに苛立ちを感じながら。

 そして頭の中では、あとどのくらい生きれるかを計算している。

「往生際の悪い……」

 腹を一突きされたのだ。そう時間はかからず終わるだろう。諦めるしかない。

「諦めるのは死んでからでも遅くはないよぉ」

 突如、視界の外から声がした。

「………少……年……?」

「大正解。君の執事に変わって、少年が助けに来たよー」

 その答えとともに、何かが腹の穴に宛がわれた。

「なにを……」

 尋ねるよりも前に、何をされているのか理解できた。傷付近が暖かくなり、熱湯のような流れが体の中に入り込んできて、血管を流れてゆく。

「魔術……か」

「中級魔法だから、大きな血管をいくつか修復するぐらいしかできないんだよねぇ。あとは筋肉十数本に皮膚の再生かな。それでも死んだら、自分の運を呪ってね」

「その時は……諦めるわ……。あの世に……行ってから……ね」

 言うと、ふふっという笑い声が返ってきた。だがかなり無理をしているらしく、声が震えている。人体生成をしているのだ、当たり前だろうが……。

「あれが…騎士様の本気……なのね。……やっぱり、強いわ………」

 間をとって対峙し、駆け寄りぶつかり、激しく火花を散らす騎士と総長。その獅子たちが殺し合っているような闘いは、先ほどまでの私と総長の闘いとは全く違う。

「私だけでも……なんとかなるかと……思ったけど………やはり無理だったわね………」

「せめて執事さんと闘えば良かったのに。そうすれば、ちょっとは勝機があったかもしれないよぉ?」

 腹部の痛みに顔をしかめながら、首を振る。

「あの子まで………死なすことになっ……たら……嫌だから………」

 すると、少年はふぅー、と大きくため息をついた。

「そんな風に内緒にするから、あの子はあの子で動いちゃうんじゃん。さっきそこの廊下でまた会っちゃったから、丸腰で戦場に飛びこんでいかないように眠らせておいたよ」

 少年の説明はよくわからないが、とりあえずあの子は無事らしい。それだけでも安心だ。

「あ、ちょっと。安心したついでに魂までとんでいかさないでよ?あなたにはまだ謝ってほしいことがあるんだから」

「………執事を……仮面男として……襲わせたこと、ね………」

 言うと、少年は「そうそう」と頷いた。

「君は前から、総長が犯人かもしれないって気づいてたんでしょ?だから彼を挑発しようとした」

……なんだ、全てお見通しなんじゃない。

「そう……自分と同じ格好……同じ仮面をつけた者が……現れたら……焦るだろうなって……そしたら、もっと派手に動く……ようになって……証拠も掴みやすく……なるかもしれない…って………」

「それならそれで言ってくれれば良かったのに。いきなり襲ってくるんだもん、びっくりしたよ」

 のんびりとそういう少年に、思わず微笑んでしまいそうになる。

「ごめんな……さいね……。まだ、確信が……もてなかったの……あの人が仮面の男だという、証拠も……なかったし」

「じゃあ、なんで総長が暗殺者かもしれないって思ったの?」

 …………それは。

「………だって、私が小さい時から……ずーっと一緒に……いたのよ……?仕草だけで、それが総長……だと……わかった……わかってしまったわ。だから………」

 だから、こんなに時間がかかってしまった。

 きっと私の勘違い、気のせいだと、何回も思ってしまった。

「でも結局……彼は暗殺者どころか……殺人鬼、だったのね………」

 もっと早くにこうしていれば、助かった犠牲者もいただろう。

「でも……信じたくなかったの……」

 だから、最後の最後までこんな無茶な真似をしてしまった。

 騎士や城のほとんどの衛兵を外に出し、私自身の命を囮に使う。もし彼が本当に暗殺者なのだとしたら、この機会を逃すはずはないと思った。

 けど、もしかしたら違うかもしれない……「話があるので、大理石の部屋へ来て下さい」というあなたの言葉は、とても純粋に聴こえたから。

 ただ、純粋に私を殺したかっただけなのでしょうね。


 ガキンッ ガガガッ 


 耳に聴こえてくる激しい剣激音。まるで全てを破壊しようとするかのように、それらは空気を引き裂いていく。

 ああ、いっそのこと、全部壊れてしまえばいいのに。

 そう思った瞬間、沈黙していた少年が口を開いた。

「そういえば、お宝のことだけど」

「お宝?」

 聞き返すと、少年はうん、と頷いた。

「君がせっせと集めて、大きな部屋に隠していた宝たち」

 ああ……そこまで知られているのか。

「………やっぱりあなた………覗きの趣味が……あると思うわよ」

「誘拐犯に趣味のことなんか言われたくないね」

 思わず苦笑してしまった。こうも率直に言われるとは。

「……あの子たちの……体には、たくさんの傷がある……いいえ、体だけじゃない……心、にも………」

 語りだした私に、少年は意外と静かに聞いてくれた。

「子供たちへの……虐待……。正当に保護してあげたい……けど、相手は貴族…………王族といえど、そう簡単に権力者の家庭内事情に………割り入るのは難しかった……」

「だから、誘拐という形で連れてきて、親達にはバレないように保護しよう……って思ったの?微妙な考えだね」

 微妙……そう、微妙だ。微妙で愚直で、愚かな行為。

「けど、私にはそれしかできなかった」

 いつかバレるかもしれないという焦りも、不安にならない魔術をかけられ、ただ部屋にこもらされている子供たちへの罪悪感も、全てが私にとっての責務だと思った。

「……君の体も傷だらけだね」

 少年が、私の腕を軽く撫でながら言った。

「刺青でよく見えなくなってるけど………打撲痕や火傷………結構あるねぇ。あ、もしかして、自分の過去とあの子たちの過去を重ねちゃったの?」

 穴にかかる重さが増え、思わずウッと息を詰める。だが痛みは鈍いものしかこず、傷が着実に治ってきていることを証明していた。

 そして、同時に疼く胸のバツ印。赤子の頃、親に剣で刻まれたこの傷は、主の成長とともに肥大化してきた。今では己の一部だ。



―――――伝説通りの傷がなければ――――――


――――この子こそが姫なのよ――――――



 心の奥底に押しこんでいた記憶の声。

 こんなにも鮮明に蘇ることになろうとは。

「……世継ぎのことで……もめていた時期があった……」

 まだあれは、私が生まれてすぐのことだ。

「先王正室である……母よりも先に、王の子を身ごもった女の人がいた……その人は男子を産んで、この子こそが世継ぎになるべきだと……言った。けれどその人は……正室ではなかったし、それに、この国の人間ではなかった……」

 直接会ったことはないが、その子を見ていれば母親がどんな人だったか、なんとなくわかる。

 きっと、子供とよく似た………綺麗な黒髪だったのだろう。

「そして、自分の娘が王になれないかもしれないと……危機感を抱いた私の母は、私の胸にバツ印を刻み……伝説が語る王の子孫は、傷をもつ私の方だと……そう言い張った」

 なんとも、愚かな話だ。

「その後、精神不安定になった母からうけた苦痛……それをあの子たちに見てしまったんだ。一人家に取り残され、お仕置きと真冬の玄関先に立たされて、パーティー会場で放置され、体と心に傷を負った子供たち。……どうしても、手をさしのべてしまった」

 だが少年は、私を愚かだとは呼ばなかった。そして、ふと思いついたように呟いた。

「あの子たちは、玉当て遊びの台の上の景品と同じだ」

「あ……え?」

 きょとんとする私に、少年は穏やかな声のまま続ける。

「台の上に乗せられて、玉を当てられ傷つけられて。中には、台から落ちてしまうものもある。それが嫌で景品を台に貼付ける店主が、今の陛下だね」

 玉当て……遊び。

「遊び……なんかじゃない、真面目よ。………子供達を、愛してるの」

 囁くように言うと、少年のふふふ、という笑い声が聴こえてきた。

「ならば大きな子供も愛してあげなよ。あなたは全国民の保護者なんだから」

「景品を……台からボトボト落とす客を愛せと?」

「貼付けなくても、台と客を遠ざけるだけでいい」

 明瞭に戻りつつある視界が、柔らかな微笑みを捉えた。

「客からも見える位置に。だけど玉は当たらないように。当たりそうになったら、店主が割り込んで身代わりになればいい。そうでなければ、子供達はずっと篭の鳥。大きな子供達は学べない」

 ……………そうか。

「……痣ができそうな商売ね」

 私に足りないのは、勇気と…………

「覚悟くらいしなよぉ。誘拐するくらいなんだからさぁ」



 もっと、強くならなくては。












 こいつもそうだ。

 こいつもあいつと同じことを言った。

 『終わりたいから』と。

「ならばさっさと潰えればいいものをっ!!」

 半ば殴るようにして大剣を叩き付けるが、残念ながら、狙っていた頭蓋骨パックリ作戦は相手の巧みな剣さばきによって破られた。

 まぁそれはいい。それよりも、だ。

 相手の顔面に張り付いている三日月がカンに障って仕方ない……っ!

「やけくそになってはダメだぞ、せっかく良い得物を持っているのに」

「はっ。言っている間に、貴様の獲物は生き返ったようだぞ?」

 目の端でちらちらと映っている、少年と姫。治療はすんだらしく、少年がふらふらの少女を立ち上がらせている。

「ああ、アレ、なぁ……」

 私と間をとり、剣を構えながら鬱陶しそうな顔をする青年。濁った目に、生まれたばかりの小鹿のような姫を含ませる。

「今となっては、あいつが強いと思っていたオレの感性がわからない。剣技もいまいちだったし…………正直期待外れだったんだよなぁ。すぐに刺されるし、やっぱり女は弱いからダメだ」

「あー、それはわかる。女って口は強いくせに、実際は弱いよな」

「な」

 意気投合しながら、再び剣を統合する。

 に見せかけ、相手の剣を滑らせ払いのけ、顔面に突きをいれた。

「おっと」

「チっ」

 頬を掠っただけか。

 だが青年はやや驚いた顔をして、「へぇ」とか偉そうに言いやがっ……くそっ!

「イライラするな……あの青年の頼みさえなければ、少年を連れてさっさと逃げれるのに」

「青年の……頼み?」

 首を傾げる総長に、俺は説明してやる。

「お前の部下の、青年兵くんから頼まれたんだ。総長を止めて下さい、って」

 すると総長は、「ほぉ」という驚いたような声を発した。

「あいつには、仮面の男の姿でお前を襲うよう命令していたんだが……まぁ、行く時からすでに緊張しまくってたからな。どうせ失敗するだろうとは思っていた……が、まさかそんな依頼までしているとは」




―――――戴冠式の時、仮面男の闘い方を見て、すぐに総長だとわかりました――――



 微笑みながら語る青年の声は、とても静かだった。

「遠目でしたが、はっきりと」

「だから、あの時お前は……あんな遠くからでも、仮面の人間が男だとわかったんだな」


―――――その男を捕らえろぉおおおおっっっ!――――


「はい。……あの後、総長に聞きに行ったんです。あの仮面の男はあなただったんじゃありませんか?って」

 その言葉には、さすがに呆れてしまった。

「よく口封じに殺されなかったな」

「ええ……殺すより、使った方が得だと思ったのでしょう」

 自虐的に笑いながら、青年は首を振った。

「でもきっと、一番愚かなのは……その通りに使われた私なんでしょうね」



 まぁ、確かに愚かと言えば愚かだが。

 目の前のこいつよりは、まだ素直で優しい子だと思うぞ。

「ああ、そうか」

 目をギラつかせる総長に、俺は初めてコイツと出会った時のことを思い出した。

「そうか、お前の目、どこかで見たことがあると思った」

 愚かで綺麗だったあいつらと似た目をしている。

 だけど、あいつらほど綺麗ではない。

 濁った、胸糞悪い目。

 するとその目が、訝しがるように細められた。

「なぁ、お前。なんでこんなに強いのに、あんな少年に隷属してるんだ?」

やけに真面目な顔で問いかけてくる総長に、俺は苛立たしく首を振った。

「質問の内容が理解できないな」

「じゃあ、なぜあんな少年の配下に「主従でいい」主従関係なんだ?」


 ………………………………………………………………………………………あはは。

「はは……はははははははははははっ」

 大剣で大きく弧を描いた。突然の攻撃に、青年は防ぐ間もなく利き腕を裂かれる。まぁそのまま切断されないよう身を引いただけでも賢明か。

 …………闘い以外においては愚からしいが。

「なぜ?なぜあいつに従ってるかって?」

 なんと愚かな質問か。

「父も母も姉も全て失い路頭に寝転がっていた少年に、金を望むと?中級魔法までしか使えない毒舌学以外の学もほとんどないガキに、知識を望むと?林檎一つ剥けない人間に、力を望むと?」

 馬鹿馬鹿しい。

「望んだところで手に入らないものを望むのは、ただ愚かしいだけだ」

「ならばなぜ」

 総長とまで上り詰めた男は、ただ真摯な顔で尋ねてきた。表情だけ見れば、好青年に見えなくもないのになぁ。

 大量殺人鬼という肩書きがついただけで、求婚者は零に近くなるだろうて。

 それに比べ、見てみろあのひ弱そうな棒のような男子を。剣どころかひよこ相手にも殺されそうな童顔だ。今でも姫を抱きかかえながら、こちらへニコニコと笑顔を振り撒いている。どうせまた、「騎士は死なないから全然大丈夫だもんねぇ」とか思っているんだろう。

 ああ、思考を元に戻そう。

 なぜ、あの子に付き従ってるかって?

「なぜと思う?」

 聞き返すと、相手の顔が少し引き攣った。なんだろう、まるで私の顔が魔物にでもなったかのように、驚愕の表情で見つめてくる。


 いや――――驚きというよりは、恐怖、か。


「なぜと思う?」

 再び呟きながら、歩を進める。

 まぁ、呆けた顔をしたこいつにはわからないだろう。

 こいつにも、どいつにも。


 だから、私がやるべきことは一つだけ。



「歌を歌うよ」



 あなたの為に。彼の為に。『あの人達』の為に。 




 ああ、とっても胸糞悪い。















 なんだ、この威圧感は。

 なんなんだ、こいつは。

 まるで、魔物と対峙しているような―――――恐怖?

「この俺が……?」

 大剣を片手に、構えて威嚇するでもなく、ただ立っているだけの騎士。

「……恐怖……?」


 こんなの、生まれて初めてだ。


 生れつきがたいが良く、剣術も道場の中で常に一番の腕前だった。治安保守兵隊に入隊した時は、いつか必ず近衛兵長にまでなってやると思っていた。だが、田舎の小国から出てきたオレの道は、初めから決められていた。どんなに強くても、よそ者は治安保守総長から先にはなれない。治安大臣は禿げた無能だというのに、なぜ、なぜオレはここで止まらなくてはならないんだ?

 日常でたまっていく不満や怒りがはじめて和らいだのは、初めて人を殺した時だった。

 とても、強くなれた気がした。

 殺して殺して殺して殺して。そうするうちに、いつしかオレは人を殺さないではいられない狂人になってしまっていた。

 先王を毒殺しても、言葉巧みに愚かな信者を増やしても、その衝動はおさまらず……いつしかオレを癒していた〝殺す〟という行為は、オレ自身を苦しめるようになっていた。

 そんな、恐怖をつかさどるような男が。

 人間ごときに恐怖している……?

「……金色の甲冑効果か?」

 いや。本当は、ただ認めているだけだろう。

 この男は、自分よりも強い、と。

「だからかなぁ」

 呟いていると、騎士が駆け出してきた。まっすぐ、こちらへ突っ込んでくる。

「ますます、すり潰したくなるんだ」

 右手をあげた。

 その掌が向いている方向に気づき、騎士が叫ぶ。

「逃げろぉおおおっっ!」

 もう遅い。

 掌に光の玉として集まった魔力の塊は、白い尾をひきながら発射された。ちょうど、少年と王の真上に向かって。

「砕け散れ」



ドカァアアアアアアアァァァンン



 打ち上げ花火のような音が部屋中に響き渡り、魔力に触れられた天井が砕ける。

「くそっ」

 騎士が毒づきながら、俺に向けていた体を捩曲げ、再び地を蹴った。

 馬鹿が。もう砕けた天井の塊は、二人の頭に迫っている。


 まぁ、それでも間に合うのが忠実な騎士さんなんだろうが。


 少年と少女へ掌を向け、扉へと吹っ飛ばす騎士。急な魔法は得意ではないらしく、規模の小さい風圧しかおこせていない。が、騎士自身がぶつかったのも手伝って、二人は無事、背後の開け放たれた出入口から、安全な廊下まで吹き飛んでいった。

 そして、手を伸ばした状態の騎士に降る、降る降る降る降る降る大きな大理石の塊たち。



 ドガガガガガゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………



 地鳴りというより、地震に近い振動が部屋中にこだます。煙がもうもうとたち、金色はその固体と気体に覆われて見えなくなってしまった。

「騎士っ!騎士っ?」

 少年が叫ぶ声が、煙の向こうからくぐもって聴こえてきた。だが、ちょうど入口を塞ぐ形で積み上がった瓦礫のせいで、部屋に入るどころか中の様子を覗くこともできないようだ。





「あは」

 煙がおさまり、少年の声もしなくなった。パラパラと小石が転がり落ちる音しかしない。


 その小石が転がった先に、金色が光っていた。


「はは」

 守るだけ守って、結果どうなった?

「はは」

 死んだ。

「はは」

 死んだんだ。

「はは」

 よな?

「は…」

 長剣を握り締め、瓦礫の山へ近寄る。纏わり付く煙を肩でどかし、足を踏み出す踏み出す踏み出すグサッ。

 大理石の塊と塊の間から飛び出る上半身の、鋼と鋼の間。頭甲と胴甲の間。もう慣れ親しんでしまった、剣が肉に分け入る感覚。


 確実なる死。


「……せめて、オレの言う通り甲冑を脱いどけば、もっと俊敏に動けたかもしれないのにな」

 馬鹿な奴だ。












「愚かな」







 声がした。






 ガラッ




 音がした。





 瓦礫の山の頂上。駆け降りて来る影近づいて来たもう目の前に金色の――――――



 ガキィイイイッ



 金髪の娘。




 銀色の大剣と、それに纏わり付く魔力の光。

 なんとか長剣を立てて受け止めたが、そのまま後ろに吹っ飛ぶように押される。娘も一緒になって突き進んで来るので、態勢を立て直すこともできず、剣を交えた状態でされるがままに後退する。



 なぜ?


「鋼の中……ちゃんと…肉……」

「上級魔法の一つに」

 長い金髪の娘は、微笑んでいた。

「敵に幻覚を見せる術がある。冷静な奴相手には無効だが、興奮状態や正常な判断力を欠如している野郎には、充分だったようだな」

 チリチリと、何かが焦げる臭いがした。見ると、娘が持つ大剣が異様なほどに光っている。

「白熱して……?」

 そしてその熱によって、溶けていく俺の剣。だが臭いはそこからではなく、俺の血の滴る手から裂かれた腕から胸にかけてから漂っていた。

「焦げ……て……く……っ」

 服が火を放つこともなく灰と化し、その下からミミズ腫れのようなばってん印が現れる。オレが、幼い頃に自分でつけた傷。あの頃は、同じ道場の奴らに自分を強く見せるのに必死だった。

「なぜあいつに従うのか、と聞いたな」

 声に、目をあげた。そして、思わず力を抜いてしまった。

 当たり前なことに、後進する速さはぐんと上がったが、それよりも―――――

「その理由は教えられないが、代わりにあることを教えてやろう」

 とても美しい笑顔だった。思わず殺してしまいたくなるような。

「少年の家族を殺したのは、胸にバツ印の傷がある人間」

 とても悲しそうな眼光だった。思わず殺してしまいたくなるような。

「胸に、十字のバツ印がある人間」


 甲冑の下に着る薄い白い浴衣を灰と化しながら、露出している肌を焦がしながら、頭二つ分高い男を押しつづける娘。


 その娘の、焼け爛れた腕や傷だらけの鎖骨に囲まれるようにして、その十字は胸のど真ん中を飾っていた。

 俺のばってん印の剣痕とは違う、十字の剣痕。


 まるで、彼女の大罪を主張するように、咎めるように。


「だから、喧嘩は苦手なんだ」

 自虐的な笑みを浮かべる娘。

 その大罪とは、なんだろう?

「相手を殺さない程度に加減するのが苦手だから」



 その言葉を聞き終えた時、二つの出来事が起こった。


 一つは、大きな爆発。

 轟音と共に、出入口を塞いでいた瓦礫の山が爆散し、誰かの叫び声が響いた。

 もう一つは、何かが砕け散る音。

 いつの間にか、部屋の端まで来ていたらしい。かすれかけの魔力が灯った娘ごときが男を押しつけた程度で割れた硝子を呪おうか。それとも、最初から斬ることではなく、相手を転落死させることを狙っていた娘を呪おうか。


 それとも、愚かな狂った殺人鬼を呪おうか。





 最後に見たのは、とても綺麗な涙だった。


















 そうだ、歌を歌おう。



 今までしてきたように、歌を歌おう。

 誰かの為に。死んでしまった誰かの為に。殺してしまった誰かの為に。この身が真下の地にぶちあたり、飛び散るその瞬間までずっと。

 それが、私の罪滅ぼし。



『これは、あなたの為の歌よ。これを歌い続けて?それが、あなたを救うから』



 金色の鋼から出ることさえ許されない私の、報われることのない懺悔。



「騎士!」


 ああ、なのになぜ。

 なぜお前が駆けて来るんだ。

 最後の最後で、一番見せたくない姿を、一番見られたくない奴に見られてしまうとは。


「騎士っ!」


 哀れなガキが。お前が手を伸ばしている先にいる女の胸に、罪人の証があるということも知らず。最後の最後まで騙されたまま、私を呼ぶか。


「騎士っっ!」


 さぁ、最後の最後に種明かしだ。空中、しかも魔力も精力も尽きた体で後ろを振り返るのは至難の技だが、そうして奴にこの傷を見せなければ。

 あの子が捜し求めていたものが、復讐される前に死ぬのだということを理解させなければ。

 そうでなければ、あいつはこれからもずっと、居もしない復讐相手を捜し求めてさ迷うことになる。

 もう、お前の復讐劇は終わるのだと理解させねば――――――



「騎士ぃいぃいいいいいっっっ!!」





『ごめんね』



 いつの日か聞いた、母の声。



『もう、しんどかったから。終わりたかったから』



 胸糞悪い記憶の中で。




『解放してくれて、ありがとう』



 自分の手を止めることも、夫の手を止めることもできず、

 最後は子供の手によって止められた、哀れな罪人。




 殺さなければ、殺されていた。


 私も、大切な弟も。




「ごめんね」


 ずっと黙ってて。少しでも傍にいたかったから。


「ごめんね」


 振り返られなくて。最後の最後まで、あなたを守った『騎士』でありたいから。


「ごめんね」


 姉にも罪人にもなれなくて。


 ずっと、私を呪っていてね。





 歌を歌おう。



『それが、あなたを救うから』



 狂ってしまった愚かな殺人鬼の為に。家族をなくした哀れな少年の為に。愚かにも子供を虐待し最後は殺された父の為に。哀れにも愛しい子供を傷つけることしかできなかった母の為に。


 守る為に、殺して死んでゆく、ただの人間の為に。





 最後に見たかったのは、私の背中に手を伸ばす愛しいガキの顔だった。





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