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そして執事は鎖を握る






「なぜ、お前がここにいる」

「いちゃ悪いか?」

 堂々と言い換えすと、銀色の甲冑をびしりと着こなしている総長はクッと顔をしかめた。

「悪くないが……どうせ、姫様に頼んだのだろう。戴冠式を一番良い席で見てみたい、とかなんとか」

 誰が暇なだけの式を最前列で見ようなどと思うか。

 そう言い返したいのをなんとか抑え、ただふんっと鼻で笑うだけにとどめた。

 今俺たちがいるのは、昨日連れて来られた丘の頂上あたりに位置する。即席の舞台として組み立てられた、人2、3人分くらいの高さの壇上には、花やら装飾品やらといったお祝いの品々が並び、ついでに口先だけの口上を述べる為に集結した貴族や大臣共も、座り心地の良過ぎそうな椅子にずらずらと座っていた。ここぞとばかりに着飾って来ているが、一応式典ということだけあっけ帯剣は許されていない。暗殺者共が大人数で押し寄せてきた場合には、もしかすると姫様よりあっちの方がまず殺されていくのではないだろうか。

「見るからにうざそうな顔してるし」

「は?」

「いいえ、なんでも」

 怪訝な顔をする総長に、優しげな声を出してみた。案の定、気持ち悪そうな顔をされる。

「なんだお前。今日は大人しいじゃないか」

 万が一計画のことを口走らないように、極力お前との会話は避けたいんだよ。

 内心でそう叫びながらも、より効果的な台詞を言う事にする。

「なんだ、虐められたいのか?それならそう言えばいいのに。いくらでもののしってやるぞ?」

「そっ、そんなわけないだろうっっ!」

 ああ、これだから真面目な奴はノリが悪くて面白いんだ。

 すると、さっそくもう一人のいじめっ子も参戦してきた。

「騎士ぃ、そんなこと言っちゃダメだよ。やるならとことんやらなきゃ」

「そうか、さすがは我が主」

「ああもうっ!うるさいな。俺は昨日あんまり寝てなくて疲れてるんだ、イライラさせないでくれ」

 ああ、そういえば。こいつは昨夜は虐める側だったんだっけ。

「拷問ではなかなか活躍したそうじゃないか」

「っ?」

 不意打ちの言葉に、総長はぎょっとしたように目を見開いた。まったく、本当にこれで拷問官が務まったのか?

「なぜそれを……」

「ん?あ、あー……別に今思いついて言ってみただけだ。あはは、まさか本当に活躍したのか?まさかな、その性格じゃまともな拷問なんてできなかったろう」

「そんなっ……ことは………」

 と反論しかける総長だったが、その声は急激に勢いをなくしていき、ついには消え去った。そしてそのまま、沈黙に入る。

 まぁ、仕方がなかったとはいえ、二人とも死んだんだからな。目の前で何もできないまま見ているしかなかった当人にとっては、悔しかったろう。

「内容までは言わなくていいぞ」

 すでに知ってるしな。

「お前の顔の疲れを見れば、だいたいどんな様子だったのか想像できるしな」

 そのとたん、総長がハッとした顔をした。言われて初めて、自分がしょげた表情をしていることに気づいたのだろう。そして、みるみるうちにその顔に生気が戻ってくる。

「疲れてなどいないさ。今日は一番大切な日だ、ヘマする訳にはいかない」

「そうだな、いつなん時何があるかわからないんだからな」

 うんうんと頷いていると、総長はなぜかビッと人差し指を向けてきた。危ないな、もうちょっとで頭甲に指紋がつくところだったじゃないか。

「だからお前も、何かあればこの席代分くらいは働くんだぞ!」

 それだけを言い残し、去っていく治安保守総長。

「……愚かな」

「騎士ぃ、人がいっぱいだねーっ」

 総長のことはそこまでどうでもいいらしい少年は、さっそく去ってしまった奴のことなど忘れ去り、状況観察に戻っていた。

「一生のうちに一度、見れるか見れないか……ぐらいの稀少な式典だからな」

首都の人間はもとより、各国から勢ぞろいしているんだろう。俺と少年や限られた富裕層は、金もしくはコネで手に入れた臨時の椅子に座れているが、他の人々は皆立ち見だ。席から見れば壇上も丸見えだが、端っこの方にいる人たちは、一体何が楽しくて立っているんだろう。人の頭が無数に並んでいるのが一望できるだけだと思うのだが。

 人人人人人人人人人人人人人人人人人人人………ああ、目がまわりそうだ。どこを見渡しても人だらけ。かといって唯一人が少ない壇上を見上げれば、禿げかかった貴族の頭がキラリ。

「はぁ」

 空を見あげた。太陽がまぶしいが、そのまぶしさの方がまだ健康的だ。



 そのまぶしさに目を鳴らしていると、ふと、暗い部屋での会話を思い出した。





「……断れば、この部屋から出ることはできないんだろうな……一生」

 そう言うと、計画を全て話し終えた少女は、いつも通りの微笑みを見せた。

「あら、気づいてたの」

「上の階と下の階に呪者が数人………お抱えの呪者か?なかなか強力だ。ちなみにお前も、上にいるんだろう」

 すると少女は本当に驚いたらしく、目を見張って頷いた。

「本当に凄いわね。ええそうよ、あなたが見てるのは私とこの子の幻影。実際は違う部屋にいるわ」

「やっぱりな。危険な男の部屋に丸腰で来るなんておかしいと思ったんだ」

 苦笑いしているのが充分相手に伝わるように言ってやる。すると少女は俺が考えていることがわかったのか、珍しく深く頭を垂れてきた。

「無理を言っているのは承知。しかも、このような卑怯な手で……脅すようなやり方で要求するなど、無礼この上ない。でも、それでも守って頂きたいの」

 ああ、まただ。また、あの時街道で感じた神秘的な空気が、少女を中心に流れだす。

「騎士様、どうぞ私をお救い下さい」

 だけど、俺は―――――――――



「僕が救ってあげる」



「主っ?」

 こいつ、いつから起きてたんだ?

 寝たふりをしていたらしい少年は、ゆっくりと上体を起こしながら、相変わらずのやわらかな微笑みを少女に向けた。

「僕が救ってあげるよ」

「何言ってるんだ、林檎も向けないくせに」

「騎士と僕はひとまとまりだよ。だから、僕が救うってことは騎士が働いてくれるってこと」

「ああなるほど。それなら納得がいく」

 納得と承知はまた別だが。

 だが少年の言葉にホッとしたらしい少女は、いつもの口調を取り戻して言った。

「あら、じゃああなた自身は何をしてくれるの?」

「僕は笑顔で応援するよぉ。そうすれば騎士は絶対死なない、最強人間になれるんだもの」

それは人間とは言わないのでは。

「ともかく、騎士」

 何があっても俺は承知しない。絶対に嫌だ。そんなことするわけないだろう?なぁ、お前もわかってるよな?

 それら全てを鋼を通して伝え続ける。

 そして少年は、微笑んだ。

「主は、僕だから」






「ごめんね、騎士」

 突然の謝罪に見おろすと、少年のやや困ったような微笑みがあった。

「本当は嫌だったんでしょ?こんなことするの」

 ………はぁ。

 そんな風に謝られると、こちらとしてはとてもやりにくいんだがな。……まともに怒れなくなる。

「気にすることはない。どちらにしろ、あの時は了承するしかない流れだったしな……それにどうせ〝胸にバツ印のある人間〟がからんでいるのだとしたら、放っておく訳にもいかなかったから」

「そっか!じゃあもう気にしないね!」

 そう言い放ち、再び人間観察に戻る我が主。

 なんだろう、この………すごく、丸めこまれた気分………。


   コ――――ン   コ――――ン   コ―――――ン


 どこからか、澄んだ鐘の音が聴こえてきた。不思議と響き渡るその音に、会場と化している丘中のざわめきが静まっていく。

「始まるか」

「わぁー、見て、騎士!あの子がいる!」

 恥ずかしいから大声だして指差すのは止めなさい、とたしなめた後、少年が指さした先を見やる。

 白い、比較的簡素なドレスに身を包んだ少女。

 刺青を隠す為か長袖を選んでいるが、首や顔の白い肌と白いドレス……その中で、燃えるように赤い髪だけが、彼女の存在を知らしめるように揺れていた。


 一番初めに会ったときに感じた。この少女は風のようだ、と。


 壇上の真ん中まで流れるように進み出てきた少女は、スッと正面を向いた。その動作で巻き起こった微かな風力が、彼女の髪をふわりと広げる。

 人々の間から、深いため息のような声が漏れあがった。髪の毛をわざとくくらず出てきたのは、おそらくこの効果を狙ってのことだろう。策略的というか姑息というか……。

「皆、今日はよく集まってくれた」

 よく響く声が、今日はより通って聴こえる。魔術か何かで調節するようになっているのだろう、本人は大声を張り上げているわけでもないのに、端々にまで聴こえる音量になっている。

「皆の知っての通り、つい先日、我が父である前国王陛下は、病により亡くなった。医術師にさえ原因がわからぬ、奇病だったらしい。それを聴いて、ある者はその不幸に涙を流し、ある者は己にもその病が移るのではと恐れ、ある者は呪いではないかと、そう言った」

 その瞬間、ざわっと会場中がざわめいた。

 呪い?なんでそんな話が………。

 だが俺の脳内は、次の少女の言葉で一旦停止することになる。

 さっと片手をあげてざわめきを静め、姫様は大きく頷いた。

「皆も聴いたことがあるだろう。この国に古くから伝わる………伝説、のことを」



 背中に、冷たい風が通り抜けた気がした。




『これはね、伝説。でも、真実なのよ』





 ………………………うるさい。



『信じれば、どんなものでも真実になれるの。ねぇ、あなたは信じる?』



 視界から、色が褪せていく。



『あなたは、何を信じる?何を知り、何を聴き、何を見て、そのどれを理解し、信じるのかしら』



 視界がある色に染まってゆく。そして、その中に流れる―――――――





 ――――――――――――――ああ、これは歌だ。




『これは、あなたの為の歌よ。これを歌い続けて?それが――――――』





 歌。ああそうだ、俺は歌わなくては。これは俺の歌だから。そして――――――






「騎士」





 一気に雑音が押し寄せてきた。

手が迷わず背中に伸びかける―――――だがそれは、少年の小さな手によって阻止された。

「騎士、どうしたの?」

 小さな手。力も込められていない。しかし、その小さな重みが無ければ、俺はこの人前で抜刀していたかもしれない。

「………いや、ちょっと………胸糞悪くなっただけだ」

 もう大丈夫だ、と少年を安心させ、少女の演説に耳を戻す。少し聴きそびれてしまったが、どうやら伝説の内容を語っているらしかった。

「そして騎士は、剣をもって邪悪な魔物を倒した。その戦いで一生癒えぬ傷を負ってしまったけど、やっと苦しんでいた人々を解放できた。そして騎士は、自由になった民たちを従え、王となり国をつくった………その子孫が、我、王族とされている」


 ……………は?


 頭の中が一瞬ごちゃまぜになる。


 ちょっと待て。それはどういう――――――


 だが俺の中で疑問が確立する前に、声をあげた者がいた。

「姫様」

 壇上の一番右の席に座っていた、まだ若い貴族の男だった。彼は何を考えたのか、姫と呼んでからそのままつかつかと少女のもとへ向かって歩みだした。

 ………敵か?いや、それにしては殺気を感じない………が、万が一ということもあるしな――――

 一応、いつでも飛びかかれるように身構えておく。

「姫様、御無礼を承知で、お頼みしたいことがございます」

 少女の前で立ち止まった彼は、優雅にひざまづき、そのままペラペラと話しだした。

「とその前に……私は当主となってまだ数年の若造。そんな者までこの栄誉ある式典にお招き頂いたこと、まず御礼申しあげます」

 突然でてきて語り出した若者に、少女はもとより他の来賓や衛兵までもが戸惑っているようだ。壇上のわきに控えている衛兵たちが、どうしたものかと顔を見合わせている。敵が襲ってきた場合は迷わず突撃できるだろうが、相手は貴族、しかも襲ってきたわけではない。――――少女の困った顔を見る限り、それでも突撃してきてほしい心境だろうが。

 とりあえず笑顔をとりつくろった少女は、ざわめきが広がりつつある会場を気にしながら、なんとか返答した。

「ご丁寧にありがとう」

「そんな若者の無礼、どうか若気の至りとして聴き入れて下さりたい」

 聴いちゃいない。

 やけに熱い若者は、丁寧なようで押しつけがましい口調で、ついに「頼みたいこと」とやらを口にした。

「今姫様がお語り下さいました伝説の件で………姫様は、それを信じていらっしゃいますか?」

「え?」

 突拍子もない質問に、姫は一瞬顔を硬直させた。ふむ、あの女王様を硬直させるなど、なかなかやるではないか。

「え……ええ、信じているわ」

「なぜ」

 すると、少女の顔に「合点がいった」という表情が浮かんだ。どうやら、この男が言いたいことがわかったらしい。

「私がその子孫だから」

 堂々とそう言い放つ少女。対し、若者は反論することもなく頷いた。

「わかりました。しかし、私は信じ難いのです」

 ………いや、お前の信じる信じないなんて知らねぇよ

 誰かがぼそりと呟いたのが聴こえてきた。確かに、申し分ない意見だ。

 少女も内心ではそう思っているだろうが、あくまでも顔には微笑みを浮かべている。

「そう、それは残念だわ」

「残念とお思いですか」

 だから、今残念って言ったところだろう。

 そう声をあげたくなるのを我慢していると、若者は姫の言葉が返されるよりも前に、「ならば」と身をのりだした。

「証拠を、お見せ下さい!」

 会場中が、一気に沈黙に包まれた。

戸惑い、それだけが国民の間に流れる。

 だが一人、赤髪の姫だけは、そう言われることを予想していたかのように余裕の微笑みを浮かべていた。

「証拠?それはどういった」

「聴いたことがあります。姫様や、その他王族の血を引く者には皆――――傷が、あると」

 おい、総長はどこにいった?さっさとでてきてこの男を連れていけばいいものを。これ以上式が長引くようなら、寝てしまうぞ。

「それも、次期国王となる者にだけ………伝説の騎士が負ったと言われる傷と、全く同じ傷が」

 ……は?なんだ、それ?そんな不思議なことが起こるのか?

 すでに収集がつかないほどざわめいている丘の中で、少女だけは落ち着いていた。そして、若者が本当に言いたいことをずばりと言ってみせた。

「つまり、その傷を見せてほしい、と?」

「なっ!」

 真っ先に反論を見せたのは、来賓席の左側に座っている貴族だった。憤慨したように若者に指をつきつける。

「貴様、どれだけ無礼なことをしているかわかっているのか!王族の正当な血筋を疑うなど、反逆罪に値するぞっ!」

 ふむ、傷を見せて下さいと言った程度で処刑されるのもどうかと思うが、まぁ、無礼といえば無礼だろうな。なんせ、傷を見せろということは、つまり肌を見せて下さいということなのだから。傷がどこにあるかは知らないが、太ももや胸だった場合、これはかなり危険な要求になってくるぞ…………。

「いいでしょう」

 ざわめきが、ぴたりとやんだ。

 沈黙のなかで、少女の二度目の「いいでしょう」が響く。

「ひ、姫様!」

「構わない。それで我が家臣の気がすむのであれば、傷くらい何度でも見せようぞ」

 そう言い放ち、少女は手を持ち上げた。

 その手が向かう先は――――――胸。


 ビリリッ


 ああっ、という声あがり――――続いて、女の安堵の声と、男の残念そうな声が聴こえてきた。

 少女はちゃんと、ドレスの下にもう一枚着ていたのだ。だが、肝心の〝傷〟の部分はしっかりと見ることができた。


 鎖骨のあたりに、まるで、刻印のように刻まれている傷。






 ―――――――――――――――――――バツ印。




 全身から汗が噴き出すのがわかった。



 なぜ?なぜこの娘の胸にこれが?


 ぐるぐると回り出す脳内。すると、ふと少女がこちらを見つめていることに気づいた。



「黙っていてごめんなさい」

 その目は、そう語っていた。



「バツ印の………傷………」



 ぼそりと呟かれた言葉に、ハッとして少年を見やった。

 ぼーっと、それ一点だけを見つめている少年。

「あ、主………」

「騎士」

 ぐるりと、顔がこちらに向いた。

 真っ黒な目。

 まるで、そこには何もうつっていないかのような。

「騎士、あの子は―――――――」



「この傷が!」


 ざわめく会場が一瞬にして静まった。

 魔術によっていつもより大きくなっている声量は、彼女の真剣な声を丘中に、充分に響き渡らせた。

「この傷こそが、呪いだというものがいる!先王が亡くなったのも、その呪いのせいだと!傷がある王族は死に絶え、そして再び魔物が復活する!その前に、新たな王族をつくるべきだとのたまう者までいるのだ!」

 そこで息を整え、少女は少し悲しげな微笑みを浮かべた。

「だがこの傷は、今まで私に次期国王としての覚悟を与えてくれた。そしてこれからは、王としての責任を教えてくれることだろう。この傷は、私が王であることを照明し、また自覚する上で必要な証」


 風のような少女は、もうそこにはいなかった。

 風が吹き、少女の髪を巻きあげる。

 まるで、火炎のように。


「それが呪いだというのなら、私はそれすら受け入れよう!王族にあだなす者たちよ、その呪いに触れる覚悟があるならば、くるがいい!私は闘うぞっっ!!」


 うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!


 いかつい雄叫びが、あちこちであふれ返った。

 壇上の貴族たちはあわてて立ち上がり、青年のようにひざまづく。……あの体型でここまで俊敏な動きができるとは。


 うああぁあああぁあああああああああああああああああああああああああああっっっ!


 ………あー、うるさいことだ。

 涙を誘うすばらしい演説に感激した民衆たちの雄叫びに、思わず耳を塞ぎたくなる。最前列でさすがにそれはできない―――――もちろん、我が主は自分に忠実になって、耳を塞いでいるが。

 ところで、そろそろかな。

「少年」

「………………」

「少年」

「………………」

 両耳の手をもぎ取り、まわりの雑音に負けないように耳元で叫んでやった。

「しょーねんっっっっっ!!」

「………うるさいよ、騎士。演説に興奮したのはわかるけど、もうちょっと落ち着こうよ」

 なんでそんなに上から目線?

 そう言い返したくなるのをぐっとこらえ、少年にそろそろだということを伝える。

「奴らが動くとしたら今だ。いいか、俺が動いたらお前は事前に言ってた避難場所に一目散に「騎士、危機」

 バッと振り向き、瞬時に少年が見たものを目で捕らえる。

 怪しい訳ではない。だが、その手にはキラリと光る何かが握られ、しかもそれはまっすぐに姫の方へ向けられていた。

「飛び具かっっ!」

 すぐさま席を立ち、壇上に向かって飛びだした。

「姫っっっ!」

 この大騒ぎの中でも、姫はすぐにこちらに気づいてくれた。そして、敵はどこかと振り返る――――そこでしゃがんでくれたら嬉しかったんだがな。

 そう思った瞬間、意外な人物が行動にでていた。

「姫様っ!」

 さきほどの無礼な若者だ。ひざまづいた状態から前に飛びだし、姫にとびついた。そしてそのまま、地面に押し倒す。


 シュッ


 短い音が鳴り、光る何かがつい一瞬前まで姫の首があったところを通り抜けていった。若者が姫を押し倒していなければ、おそらく太めの針か何かが姫の首に突き刺さっていたことだろう。

「よくやった」

 壇上に飛びあがり、そのまま勢いを殺さずに暗殺者目がけて突進していく。

「はっ」

 ドタドタドタっ

 俺に正面から突撃されたそいつは、第二発目を撃つ前に地面に組み敷かれることになった。

「き、貴様!どういうことだ!無礼だぞ!」

「無礼無礼と、そんなに無礼がお好きか?」

 さきほど青年貴族に向かって「無礼な!」と声をあげていた男の貴族は、唾をとばしながら怒鳴り出した。

「衛兵!何をしている!早くこやつを捕らえよ!」

 突然のことにあわあわとしていた衛兵たちは、その声にあわてて壇上に向かってきた。ふむ、一応俺はただの一般客ということになっているからな……肩書はすぐに不審者へととって変われる訳だ。

 なので、俺は貴族の真似をしてみることにした。

「衛兵、何をしている。早くこやつを捕らえろ」

 俺を捕らえようと駆け寄ってきた衛兵は、その言葉に「え?」というように固まった。不審者に堂々とこんなことを言われれば、そうなるのもおかしくはないが。

「ほら、手に飛び具握ってるだろう?姫様を暗殺しようとしたんだよ、こいつは」

 ああ、やはりこの口調が一番しっくりくる。

 手短に説明し、男の握りしめている右手を無理やりこじ開けて証拠を見せてやると、さすがは鍛え上げられた衛兵、瞬時に事情を理解し男を取り押さえるのに協力してくれた。

「無礼だぞ!おま、お前!私が誰だか知っての狼藉かぁあああ!!」

 あばれる男だったが、衛兵は続々と壇上にあがってきて、男を取り押さえるのに参加しだしている。もう大丈夫だろう。

 そう判断し、今度は命を狙われた方に駆け寄った。

「姫様。ご無事でしょうか」

 青年の手をかりて立ち上がっていた少女は、俺の姿を見ていつもと変わらぬ微笑みを浮かべた。

「約束通り助けてくれたわね。ありがとう」

「いいや?助けたのはその青年だろう。その青年がお前を押し倒してなければ、お前は死んでた」

 まぁ、それはそれで別に構わなかったんだが。

 面倒な仕事は放棄できた訳だし。……あれ、本当にそうすれば良かったかも……。

 少し物騒なことを考えていると、青年貴族が少女に向かって頭を垂れた。

「姫様、とりあえず物影へ。まだ仲間がいるかもしれません」

 ん?なんだ、この声……さっきまでの青年のものと少し違う………?

 不思議に思っていると、今度は聴きなれた声が聴こえてきた。

「騎士!」

 ………………なんで…………。

「………なんで壇上に来たんだ………」

「だって、下、物凄い大混乱なんだもん。あの中を移動なんてできないよぉ」

 俺の傍まで駆け寄ってきた少年は、ぷーっと頬を膨らませて壇上の下を指差した。

 確かに、今丘はものすごい大騒ぎになっている。

 突然衛兵が男を取り押さえだしたのを見て、危機を感じ逃げ惑う人。何が起こったのかわからず、ただオロオロとしている人。何が起こったのか見たくて、逆に背伸びをしている人。皆、何かしらの行動をとっている。

 その蠢く人々の中で、冷静なままこちらへ近づいてきているのは――――おそらく、暗殺者の仲間なのだろうな。

 すでに壇上へ到着している数人が、次々と飛び乗ってきた。男が二人、女が二人…………男の貴族がしとめるのに失敗したら、こうするように計画していたんだろう。登ってきた位置も、ちょうど姫たちを取り囲むように計算されている。

「こないだの奴らより、殺気出しまくってるな」

 ちょうど正面から来る男に向かって声をかけてみると、意外にも反応してくれた。最近の暗殺者はおしゃべりならしい。

「こないだの………金色の騎士か」

「へえ?もしかして前の闘いの時、遠くから観察でもしてたのかな?趣味悪いねー」

「相手の戦力を見極める為の急襲だったからな」

「つまり、あの時襲ってこさせた奴らは皆捨て駒だったってことですか」

 声に微笑みを含ませて言うと、相手はクッと顔を歪めた。

 ―――――歪んだ笑顔。

「面白いことを言うな。捨て駒?今更何を。俺たちが顔も隠さずこうして現れているのは、命を捨てる覚悟があるからこそ。俺たちは皆、あの方の為に尽くすことを誓った人間なのだ」

 わぁ、こいつ、自分に酔ってる。

 遠い目をしながら語り続ける男に、他の仲間もただ黙ってこちらを睨みつけてくる。内心「さっさと始めろよ」と思っていたりしないんだろうか。

「あの方ってのは………胸にバツ印の傷がある人間のことか」

 言いながらチラッと姫を見ると、真顔のまま首を横に振ってきた。まぁ、わざわざ自分を殺すように命令することなどないだろうから、こいつらの頭が姫であることはまずないだろう。

ということは、姫の他にも胸にバツ印の傷がある人間がいるということだ。

「ああ、あの二人が吐いたのか?」

 俺の言葉に苦笑いし、男は素直にも頷いた。

「そうだ。あの方の胸にはバツ印がある。俺や他数人しか見たことはないが、たしかにあれはバツ印だった。………あの方はおっしゃった、自分こそが伝説の騎士の子孫なのだと。新たなる魔物復活を阻止するべき人間なのだと」

 ……なるほど。そうやって信者を増やしてきたわけか。

 そのバツ印の人間は、なかなか人心掌握に長けている人間らしいな。

ふむ、それにしても。

「暗殺者にしてはよくしゃべるな」

 言うと、男は怪訝な顔をした。

「は?」

「まるで、注意を引いているみたいだ」

 そのまま、後ろに宙返りする。

 大きく円を描きながら飛行、そしてそのまま、姫の真後ろに着地した。


 ザキンッ


 ちょうど姫の真後ろにあたる床に、大剣を突き立てる。「ぐっ」というくぐもったうめき声があがり、何かがどしゃりと崩れ落ちる音がした。

「殺気は上手く隠せてたが、足音は消えてなかったぞ」

 床下から狙うとは……まぁ、暗殺方法に決まりなんかはないが。

「さて、あとは強行突破って策しか残ってないんじゃないか?」

 振り返りながら言うと、男は思い切り顔をしかめていた。まるであいつみたいな溝ができている。

「殺せ!」

 短い指令。それが発令された瞬間、四人は同時に飛びだしてきた。

 とりあえず姫と少年の腕を引っ張り、俺の後ろに立たす。それから、青年をチラリと見た。だが彼は、意外にも冷静に立っている。

「おいお前―――――――」

 呼びかけた瞬間、すでに闘いは始まっていた。

 青年に向かったのは女が一人。残り三人は一気にこちらへやってきた。全く、多人数で一人を虐めるなんてどうかしている。


 ガキガキガキンッ


 二つは剣で受け止め、一つは鋼の左手で掴んだ。もう一本腕があればなんとかなりそうなんだが……。

「はっ」

 覇気とともに、剣で受け止めた二つの短剣をなぎ払う。その威力に男二人がよろけている間、女の体を引き寄せてみぞおちに綺麗な膝蹴りを埋め込ませてもらった。

「がっ……」

 一瞬にして意識が飛ぶ女。あとは重力に任せて放置し、すでに攻撃態勢に移っている男に向かって剣を突き出した。


 キィンッ

 パキャッ


 短剣を割られた男は、顔をしかめて後ろに飛びさった。良い判断だ、もう少しでそのまま顔面を貫通するところだったからな。

 それから間髪いれずに飛びだしてきた、一番初めにべらべらと喋っていた男は、スッと右にそれて俺の一撃をかわした。

「喋るだけのことはあるじゃないか」

 ほぉ、と感心してやると、相手は苦々しい笑みを浮かべてきた。

「一撃をかわしたくらいで褒められてもな」

「いやいや、俺の一撃をかわすなんて相当だぞ?」

 そう会話する間にも、剣を激しくぶつかりあわせる。しまいには短剣を折られた男までが、予備の短剣を持って参戦してきた。ガキガキガキガキキンカッガッと、耳に悪そうな音があたりに充満する。

「あーもう、うるさいな」

 ある一撃で思い切り力を込め、二人分の短剣に剣を叩きつけた。パキーンという小気味いい音がし、二本とも砕け散る。だがよし刺そう!と身構えた瞬間、二人は大きく飛びすさって、間を開けられてしまった。そしてまた予備の短剣を取り出している。

「一体何本持ってるんだよ……」

 なんだか、だんだん面倒臭くなってきた。

「だいたい、なんで俺がここまでしなくちゃいけないんだ?元はと言えばただ通りかかっただけじゃないか。それをこんな面倒臭い胸糞悪い事態に巻き込ませやがって……しかも衛兵はいくら待っても助けに来ないし………ああ、他の暗殺者が相手してるからこれないのか。チッ、あんなの足止めにもならない戦力じゃないか、ちゃちゃっとのしてこっちに駆けつけてくれよ。一体どんな訓練してきてるんだ選りすぐりの衛兵ともあろうものが。貴族共は我先にとどっか逃げてったし、武器持ってないにしてもあの青年貴族のように立ち向かって――――」

 そこでふと青年貴族も武器を所持していなかったことを思い出し、新しい短剣を手に飛びかかってきた男の攻撃をかわしながら素早く振り返った。

 青年貴族は、予想と反してまだ闘っていた。女の執拗な攻撃を素早くかわし、しかも武器のようなものを握り攻撃までしている。

「………あれは」

 あの鎖。

 …………………まさか。

 男の剣激を飛んでかわし、そのまま後ろの方に避難していた姫たちの眼前に着地する。

「なぁ、あの青年貴族………もしかして」

「あら、気づいたの?」

 少年とともにただ戦闘鑑賞にあけくれていたらしい少女は、俺の言葉に苦笑した。

「そうよ、あれは私の執事よ」

 やはり執事だったのか………ではなくて。

「じゃあ、さっきあいつがした無礼な行いは……」

 男が走り寄ってくるのを背後に感じながら尋ねると、案の定にこりと微笑まれた。

「傷を見せる為の振りよ。おかげで、いい演技ができたわ。民も盛り上がってくれたし」

 …………………こ……………こいつ……………………。

「女って恐ろしい生物なのよ?」

 にこり。

「死ね!偽りの王族がぁあああああ!!」

 ………ああもう、このまま背後の男に殺させてあげようか。

 そう本気で考えてしまう笑顔だった。

「騎士、危機だよ?」

 だが、この危機感皆無の主は守らねばならない。

 ああ、仕方ないな。


 ザシュッ………


 そう、仕方ないんだよ。


「ぐっ……がふっ……」

 腹を切られた男は、そのまま地につっぷした。いや、血につっぷしたと言うべきか。


ドチャリとねばりつく音があたりにはねる。足元に、手に、剣に、頬に―――――。



「……………さて、歌を歌おうか」




『これは、あなたの為の歌よ。これを歌い続けて?それが―――――』






  それが―――――――――あなたを救うから。





 音が消えた。

 まるであの時のようだ。

 沈黙で、静寂で、まるで全てが止まってしまったかのような世界。

 その中で、唯一色をもっている、その色。

 あの子がなかなか覚えてくれない、赤の色。

 一歩、二歩と歩を進めると、なぜか目を見開き、体中を震わせている男。

 敵。

 少年の、敵。

「……王に……な…るべき……人間………は………のお方………お…前らに…………邪魔…………は………」

 足元の赤が何か言っているが、聴きとりづらい。無視してもいいだろう。

その赤はもう、立ち上がることはないのだから。


 五歩目で、目の前の男も赤に染まった。

 そして、俺の手も、大剣も、金色も、視界も。

 ああ、この世は赤だらけだ。



「騎士」



 ………………ああ。

 そう、そうだった。


 いくら赤だらけになろうと、お前の髪だけはいつも、白かった。

 塗りつぶされた視界の中で、唯一見える笑顔。

 振り返り、頭甲の中で微笑む。

 お前は歌だ。だから、

 お前を生かすこと、それが、歌を歌うということなんだ。



 だから




 少年に手をのばし、突き飛ばす。



 ドンッ


「き………」

 胴甲の隙間―――ちょうど脇腹にあたるところ―――に大きな衝撃があたってきた。

「騎士!」

 突き飛ばされたおかげでその一撃をくらわなかった少年は、愚かにも俺に駆け寄ってきた。…………こういう時は逃げろと教えてたはずなんだがな。

「騎士様!」

「………おいおい、あんたぐらいは空気読んで逃げてくれよ……」

 いや、文句を言っている場合ではないか。

 視線を右側にやる。そこには、いかにも怪しい人間が立っていた。

 フードを目深にかぶった、ローブ姿の人間。

 もう、明らかに奴らの仲間――――しかも、顔を仮面で隠しているところを見ると、かなりの重役だろう。

「それか、お前が主犯だったりするのかな?」

 脇腹に刺さった短剣を抜きながら尋ねると、相手は沈黙したまま手にもった短剣を構えた。どうやら戦闘に誘ってくれているらしい。

 先に怪我を負わせてから誘うとは。なかなか慎重な奴じゃないか。

 大剣を握り締め、背筋をのばしてみる。ドクドクッと脈が傷口から漏れ出ていく感覚にめまいがしたが、まぁ少しくらいはもってくれるだろう。

「騎士様、ダメよ。下がって」

「どちらかというとお前の方が下がっていてほしいんだがな」

 言うと、まだ幼さの残る少女はキッと睨んできた。珍しく怒った顔だ。

「その怪我で動くつもり?」

「この怪我で闘うつもりだ」

 頭甲の中でニヤリと笑ってやった。もちろん相手にそれが見えることはないが、雰囲気で笑っているとわかったらしい。顔がより厳しくなる。

「私を守った英雄としてあなたを埋葬するのに、またお金が高くついてしまうわ。今はそんなことにお金をかけている予算はないの。それにお金を払うのは誰だと思ってるの?不運にも巻き込まれる市民たちなのよ」

「市民の皆さんもだが、一番巻き込まれてる俺も不運だとは思わないか?」

 人の葬式を「そんなこと」呼ばわりするとは。本当に守りたくない女だな。

 こちら側の小さな論争を、仮面の人間はただ静止したままじっと見据えてきた。まるで終わるのを待ってくれているようだ。………意外と心の広い奴なのかもしれない。

「でも、これ以上待たせるのは失礼だよな」

 呟き、剣を構えた。そして、飛びだす。

「騎士様!」

 小姑の叫びが聴こえてきたが、無視の方向で。

 腹からブチブチッという音が聴こえてきたが、とりあえずそれも無視の方向で。

 飛びだしたと同時に迫ってきた短剣―――――も無視して突進していく。

 第一撃はかわすと見ていたのか、飛びこんできた俺に相手は少なからずギョッとしたらしい。短剣の勢いが一瞬にぶり、それからハッとしたように腕甲の隙間に突き刺してきた。

 ブシュウッと激しく飛び散る音がし、視界の左側で赤がはじける。

 ………まぁ、それも無視の方向で。

「愚かな」

 そのまま肩をねじると、深く刺さった短剣は男の手から離れ、そのまま流行しなさそうな装飾品として俺の左肩を飾る。

「お前は刺青がいいか?」

 速度をゆるめることなく相手のふところに飛びこみ、耳元で囁いてやった。

「赤い刺青とか」

 ズバッと大剣を横に薙ぐ。

「おっと、ちゃんと避けてくれたか。良かった、手加減を忘れていてな、もうちょっとで刺青どころか真っ二つ――――――」



 ………………………まぁとりあえず、こいつが男だということがわかった。

 そして…………――――――――


「……なんだ、洒落た刺青してるじゃないか」


 裂けたローブの胸元。そこから覗く、肌色と―――――――


「……いや、傷、というべきか」



 バツ印の剣痕。




 ―――――― あの方の胸にはバツ印がある ――――――



 先ほどの暗殺者の男の言葉を思い出す。


 ―――― あの方はおっしゃった、自分こそが伝説の騎士の子孫なのだと ――――


「なるほど、自らの胸に傷を刻んで、自分こそ王になるべきなんだぁー、ってか?名演技じゃないか、拍手を送るよ」

 わざとらしくパンパンと手を鳴らすと、相手は変わらぬ沈黙のまま、懐から新しい短剣を出してきた。まったく、こいつらの懐はどれだけ深いんだ。何本も仕込みやがって………。

「まぁ別にどうでもいいんだけど」

 相手が短剣を何本持っていようが、やることは変わらない。

 やるべきことも。

「確認したいことがある」

 俺の突然の言葉に、相手は走りだそうとしていた足をピタリと止めた。俺は大剣をだらりと横に垂らし、とりあえずは攻撃しないことを示す。相手もそれがわかったのか、動きをとめたまま俺の言葉を待ってくれた。

「お前は、人を殺したことがあるか」

 しん……と静まる二人の空間に、まわりの雑音や悲鳴がやけに耳にうるさく聴こえた。

「………黙っているということは、肯定とうけとっていいのか?」

 沈黙。だがなぜだろう、仮面の向こうに笑みが浮かんでいる気がする。同じく顔を隠している者同士、何かわかってしまうのだろうか。

「じゃあ次の質問」

 これこそ、聴かねばならぬこと。

「金髪の夫婦とその娘を殺したことはあるか」

 …………沈黙。

 ………肯定、と、うけとっていいのだろうか。

「……残念だな。答えによっては手加減も出来たかもしれないのに」

 大剣を握り直し、相手の心臓に標準を合わせる。

「今日はほんと、胸糞悪い一日だ」


「姫様ぁあああ―――――っっ!」


 突如叩きつけられる大声。焦りと不安と恐怖と興奮がおり混ざったようなその叫び声に、仮面男と俺は動きを止めた。

「姫様、ご無事ですか!」

 そう叫びながら駆け寄ってきたのは、昨日姫たちと一緒にいた若い青年兵だった。まだ舞台から離れたところにいるが、他にも十人ほど衛兵をひきつれているのが見える。

「その男を捕らえろぉおおおおっっっ!」

 うぉおおおおおおおっという鬨の声があがり、一斉に暑苦しい男たちが爆走してくる。

「……引くわぁ」

 そう呟きながら、俺はさっさと戦闘態勢を解いた。せっかくあれだけのやる気を出しているのだ、任せられる仕事は人に任すにかぎる。

「……チッ」

 小さな舌打ち。目をやると、ちょうど仮面男が大きく飛びあがったところだった。

 風にローブをはためかせながら飛んだ男は、そのまま舞台から飛び降り、一目散に人込みの中につっこんでいく。さすがに衛兵十数人相手では歩が悪いと考えたのか、逃げる気らしい。

「にっ、逃がすなぁああああああああっっっ!」

 血気盛んな若者たちは、そのまま男を追って人込みの中に突入していった。だがその姿も、あっというまに混乱した客たちで埋め尽くされてしまう。

「はぁ……どうします、姫様。追いかけますか?」

 うんざりしながら尋ねると、姫は首を横に振ってくれた。

「いいえ、どうせこの人込みの中……退路の確保くらい抜かりなく用意していることでしょうし、深追いしても無駄だわ」

 さすが、よく分かってらっしゃる。

 ならば今追いかけていった衛兵たちにも同じことを言ってやれば良かったのに……と言いそうな少年よりも先に口を開く。

「他の襲撃者たちは……」

「衛兵が片付けた分と……逃がしてしまった分と。後者の方が多そうだけれどね」

 苦々しげに言ってから、姫は「さて」と辺りを見渡した。

 客は腰が抜けて動けなくなっている者たちを除きほとんどが逃げ去り、丘の上は彼らが落としていった帽子や鞄、靴なんかで悲惨な有様だった。よっぽど慌てて逃げたのか、泣き叫ぶ我が子まで置き去りにしている奴までいる。

「迷子が……五、六人いるな」

 ぼそっと呟くと、姫も同じことに気がついたらしい。綺麗な顔をぐしゃっと潰した。

「ああ……貴族の子か。保護させよう」

 そう言って、姫を保護しに駆けてきた衛兵に子供たちの保護を指示しだした。

 なるほど、確かに取り残された子供は貴族らしい高貴な服を身につけている子が多い。

「騎士、あの子たちのお父さんとお母さんは?」

 話を聴いていたのか、少年が俺の脇腹の傷を眺めながら問いかけてきた。

「ああ、貴族というのはとにかく自分の保身を大事にする人種らしいぞ。主君の命よりも、我が子よりも」

「えー、そうなのー?」

「そうそう。ほら見ろ、奴ら、危険が去った今になって帰ってきたぞ」

 そう言って舞台に駆けてくる一群を指差すと、脂汗をかきながら壇上に到着した貴族たちは、我先にと姫の眼前まで迫っていった。

「姫様!ご無事でしたか――――」

 ジャキンッという音が鳴った。

 俺の手に握られた大剣から。

「なっ……」

 姫まであと数歩―――というところで大剣を持った騎士に遮られた年寄りたちは、ギョッとした顔で後ずさった。

 姫を守るように突き出した大剣を、今度はそいつらに狙いを定めるように構えてみる。すると先頭にいた禿げ頭の貴族が、憤慨したように怒鳴り出した。

「なんだ貴様は!お前が剣を向けている人間がどういう人間かわかって「主君の命より自分の命が大切な人たち」

 堂々と遮ってやると、十数人の貴族たちのうち約十人がさっと目をふせた。残りの数人にはいる禿げ頭でさえ、一瞬うっと言葉に詰まる。

 だが姫の眼前とあってか、さっそく知恵を働かせ始めた。

「何を言う!我らとてただ逃げて避難していた訳ではない。お前たちが見ていないところで粉骨砕身、敵と闘っていた」

「そいつらは仮面をつけてたか?」

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 ああ、禿げ頭に太陽の光が反射してまぶしいな。

「あ、ああ、つけてい「嘘だな」

 はい終了、となおも言い訳を放出してきそうな禿げたちをばっさりと切り捨て、俺は少女を振り返った。

「姫様」

 さて、俺は約束通りに姫の身を守った。そこら辺に転がっている赤がその証拠だ。

 そう、ここまではいいのだ。

 ここまでは。


――――― あなたにはもう一つやってほしいことがあるの ―――――


 昨夜の申し訳なさそうな声が耳に蘇ってくる。



「はっ?そんなことできる訳ないだろう!」

 大音量で断る俺の言葉に、笑いを含んだ声で答えたのは部屋の中で一番幼い少年だった。

「守ってあげなよ騎士ぃ」

 一番幼い少年。

 俺の、主。

 小さな少年は、いつも通りの満面の笑顔でこう言った。

「主の命令だよ、雇われ騎士」



 ああー、胸糞悪い。

 思わずそう呟きそうになるのをかろうじて飲み込み、剣を背中の鞘に戻す。そして床にしゃがみこみ、人生初だろう片膝立ちになった。

 さぁ出ろ、真面目な声……… !

「姫様」

「ぷはっ」

 …………あぁのクソガキ………。

 慌てて口を押さえ後ろを向く少年を心中で呪いながら、なんとか声にまで笑いが入らないように喉の震えを押さえる。この際、顔面は諦めよう、すでに羞恥と笑いと苛立ちで崩壊している。

「ひ……姫様。この度は出過ぎたまねを……も、うし訳ございませんでした……」

 ダメだ。どうしても声が震えてしまう。背後にいる老人たちが、それを緊張のせいだと受け取ってくれればいいのだが。

 それに対し少女は、さすが王となる者だけのことはある。口角をピクリとさせることもなく、淡々と冷静な声で話しだす。

「いや、礼を言わねばならぬほどだ。そなたがいなければ、私の心臓は反逆者どもの白刃に突き刺されていたところだろう。そうだ、何か礼がしたい。何か望むものはないか?そなたの願い、可能な限り叶えよう」

 「そなた」って!

 こいつ、俺の顔筋を再起不能にさせたいのかっ?

 ぶくははははは、とついに笑いだした少年の笑い声を意識から追い出してから、俺は予定通りの言葉を口にする。

「……あの……お礼……ぐふっ……いえ、そのっ……」

「なんだ、遠慮せずに申してみよ」

 少女の目にギラリとしたものが光る。

 いや、笑ってしまうのは、お前の喋り方がいつもと違い過ぎるせいでもあるんだがな。

「……こほん。では、姫様にお願いしたいことがございます」

 平常心を思い出しながら、羞恥心を飲み込み、なんとかそれを口にする。

「どうか私を―――――姫様の近衛兵として、お雇いして頂きたいのです」

 ……あれ?「お雇い下さい」だったか?いや、「雇って下さい」?……まぁいいか。結果は最初から決まっているんだし。

「何を大それたことを!」

 まぁ……〝結果〟を知らない者としたらそう言いたくなるだろうな。

 禿げ頭が怒鳴り散らしだした。ああ、唾が飛んでこなければいいが。

「お前は!自分が何を言っているのかわかっているのか!け、警備兵ならまだしも、近衛だとっっ?」

「息子と二人旅……貯蓄も尽き、私たちに残されたのは、この剣と己が身のみ。どんな危機からも姫様を救いましょう、どうぞ、私をお雇い下さい」

 必死に懇願する傍ら少年を盗み見てみると、奴はなんと半泣きになりながら姫を見あげていた。……あいつ、いつの間に嘘泣きなんぞ覚えた……?

 知らぬ間の子供の成長に驚愕している間も、貴族たちの反対の声は鳴りやまない。

「なんという恥知らずな!」

「少し役にたったからと言って出過ぎた真似を!」

「身分違いも甚だしい、貴様のような田舎騎士が衛兵団に入るなどありえ「いいだろう」

 一言。

 ああ、やっぱり権力って凄いな。勢いよく怒鳴っていた禿げたちが、一瞬にして黙った。

「ひ、姫様……?」

「次期王の決定だ。この者を私の近衛として雇う」

 なおも不満そうな顔をする貴族たちに、少女はフッと微笑んだ。

「それに、ちょうど今日、一人分の給料が減ることになったしな」

 その瞬間、脂ぎった顔たちがキュッと引き締まった。それぞれの頭に、裏切ったあの貴族の最後の姿が浮かんだのだろう。

「そうだ、皆にききたい。この者の子供の分の給料は……誰の分を与えればいいだろうか?」

 それまでとはうって変わって沈黙になる老人たち。後ろを振り返ることはできないが、その顔に浮かんでいるだろう脂汗は容易に想像できる。

「姫様」

 沈黙を破ったのは、幼い声だった。

「僕はまだ剣を上手く扱えません。お給料は、いつか父のような剣豪になった時に考えて下さい」

 まるで、まだ言葉を発するのも不慣れな幼子のように……目をうるませながら言ってのける我が主。

 少年の即興の台詞に、姫は穏やかに微笑んだ。

「ふふ、わかった。そなたが父と肩を並べて闘うようになるその日まで、金のことは保留しておこう」

「ありがとうございます、頑張りますっ」

 和やかな会話に、微笑みあう少女と少年。

 ほんと、台本通りに演じているとは思えない名演技だ。おそらくそれも、彼らの腹黒さがなせる技なのだろう……清らかな俺には到底無理だな。

 さて、これで〝姫が雇いたくて騎士を雇った〟ではなく、〝頼まれたので仕方なく雇った〟という筋書きは無事公演された。少年の名演技も加わったのだ、貴族たちが姫は焦っているから騎士を雇ったんだ、などと思うことはないだろう。

「………ところで」

 俺はそっと右の脇腹に手をあてた。さきほどから少しずつ魔力を注入しているおかげで皮膚はすでに再生しているが、じくじくとした痛みは変わらない。

「できれば……医師……を……」

 少し、魔力を使い過ぎてしまったらしい。

 視界が………………ぼやける。

「大丈夫だよ、騎士」

 優しげな声に目をむけると、少年が微笑んでいた。

「もう、おやすみ」

 その言葉はまるで魔法のように ―――― 俺の意識を、暗闇に突き落とした。






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