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そして総長は激怒する






 まず思ったのは、金のことだった。


「これを売れば、一体いくらになるだろうな」

「きっと、新しい全身甲冑買えるよ」

「ああ、これももうだいぶ古くなってきたからな……」

「そいういえば騎士、それっていつから着てるの?僕が初めて会った時からずーっと着てるけど」

「あら、お風呂に入るときも着ているの?徹底してるわね」

「そう思うなら嗅いでみるか?お花の香りがするぞ」

「それもそれで気持ち悪いわ」

「違うよぉ、騎士はお花の香りじゃなくて、砂埃と血の臭いがするんだよぉ」

「……まぁ確かにさっき血をあびたところだけど……。というか、さっき抱きついたときに嗅いでたのか?」

「隙あらば嗅いでるよ?」

「……ここにも変態の生き残りがいたようだな………」

「?僕は影から盗み見てなんかないよ?」

「………ああそうだな。お前にそう教えたのは俺だったな………まぁ、この際どうでもいいんだお前の性癖なんか。そう、それよりも………」

 俺は、真っすぐに前方を指差した。

「これは、なんだ?」

 神妙な顔を声で表現すると、少女は怪訝そうな顔で答えてくれた。

「見ての通り、崖よ」

 対し、今度は少年が首を振る。

「その先の物体のことだよ」

 それには、万年しかめっつら(だろう)治安保守総長様が答えてくれた。

「ここは首都だ。城ぐらいあるさ」

 さらりと言ってくれる。

 今俺たちがいるのは、家々が密集している場所から少し離れた、都市の中心部と言える場所だった。そこは意外にも家は少なく、かわりに噴水や緑が人工的に植えられた自然あふれる広場になっている。そしてその広場の少し丘のようになっている斜面を登った先に、それは突如として姿を現した。

 ぷっつりと途絶える陸、そしてその先に見える、巨大な、そう、巨大な、真っ白い塔がいくつもいくつも連なった、総長いわく〝城〟。

 誰が設計したのかは知らないが、よっぽど目立ちたがりだったのだろう。俺の目で見える限り、その壁は細かい彫り物が無数に施されていた。神話にでてくる女神やら神の使いやらが、遥か眼下の壁から雲に阻まれて見えない頂上まで彫り込まれているらしい。

 そしてその城をぐるりと陸地が囲み、さらにそれを湖が囲っている。巨大な城よりも巨大な、微かな風に波打つ海のような湖。王族はこれを「池」とでも呼ぶのだろうか。

 丘の崖っぷちに立つと、遥か直下に岩壁にぶつかる白い波が見えた。

「王族って極趣味だよね」

 また少年作の新単語が聴こえてきたが、なんとなくその気持ちはわかった。〝極悪〟というわけではないが、〝極〟であることは間違いない。

「で、俺たちをこんなところへ連れてきて、どうしようって言うんだ」

 返ってくる言葉はなんとなく予測できたが、それでも一応間違っている場合もある。というか、この場合間違っていてほしいのだが、とにかく聴いてみた。

 だがそれはさらりと、あまりにも当たり前のように返ってきた。

「ここが家だから」

 ほらな、やっぱり嫌な予感は当たるんだ。

「では、あの家の住人であるお前に聴こう。ここからあの門まで、どうやって行くんだ?吊り橋もないし、飛んででもいくのか?」

 落ち着き払ってそう言うと、少女のほうが驚いた顔をした。

「あら、驚かないのね。もうちょっと刺激的な反応が見られるかと思ったのに」

「俺を驚かせたくば、ここの湖を空にして見せることだな」

「ふふ、さすがの私もそんな高度魔法は無理ね。あなたの体内の水を空にするぐらいならできるかもしれないけれど」

「それはこの中で一番の巨体で試してみるべきじゃないか?より刺激的になると思うぞ」

 真面目な声でそう答えると、少女はさもおかしそうにクスクスと笑った。

「確かに刺激的ね、でもこれ以上私の衛兵を刺激しない方がいいわ。彼、今とてもイライラしているから」

 わざとイライラさせているんだと言えば、「彼」は抜刀するだろう……そう思わせるほどの、眉間の溝だ。だが俺にはあえて目も向けず、総長は少女に声をかけた。

「……こんなところで立ち話をしている余裕はないと思うのですが。会議に遅れてしまいます」

「そうね、さっさと始めましょうか」

 始める?

「騎士様、さっきの……どうやって門までいくのかという質問、お答えしますわ」

 そう言うと、少女は白いローブの袖をめくった。そしてそこに現れる、やはりまっ白な細い腕。

 だが一つだけ――――いや、大量に、予想していたのと異なるものも出現した。

 白の中に、黒い紋様。びっしりと、びっちりと、ずっと見ているとクラクラしてきそうになるほど大量の模様が、白魚のような腕に彫り込まれていた。

「おしゃれな腕だねぇ」

 少年が目を見開いてその腕を見入る。素直に褒めているところを見ると、本当に驚いているようだ。

 すると少女は、ふっと微笑んだ。だが少し、苦々しいものが混ざっている気がする。

「ふふ、ありがと」

 少女がそう言ったのとほぼ同時だった。体中の神経が、ざわりとした何かを感じとる。それはあの小さな少女が魔術を使おうとした時に感じたものと同じ―――――気の流れ。だがこの流れは少し違っていた。普通の魔法とは何か違う―――――。

 その時、ふと少女の腕の紋様が光っていることに気づいた。黒だった紋様はだんだん白の輝きを増していき、ついには腕全体を包み込んで―――――。

「開け」

 短い命令文、そして、少女の腕から突如として放出される光の洪水。

 即座に少年の体を抱きかかえ、足を踏ん張る。


そして、俺たちは光にのみ込まれた。









 まっ白。何も見えないのがこんなに不安だったとは。

 一体何が起こったんだ?それと、少年はどこだ?無事なのか?

「騎士」

 ああ、よかった。腕の中の温かさに安堵する。

 ちゃんと、生きてる。

「騎士様、目を開けて」

 誰がお前の命令などきくものか。突然訳のわからないところに連れてきて、訳のわからない魔術を使って―――――

「充分な説明もせず、ごめんなさいね。さぞかし驚いたでしょう」

 ああ、もう少しで防護魔法を使うところだった。

 俺が何も反応しないと見ると、少女は諦めたように語り出した。

「……立ったままだし、意識は戻ってるわね?ならばこのまま、改めて説明するわ。今私が使った魔術は、さっきまでいた丘から、城内部に瞬間移動する為の魔術よ。いつ誰が通る時もこの魔術が必要なの。誰が考えたのか知らないけれど、凄く面倒でしょう?私も一々鬱陶しく思っているんだけど、伝統だから………」

 そろそろ怒っているのも飽きてきた。目を開けてみる。

 するとまず、視界いっぱいに心配そうな主の顔。

「どいて下さいますか、我が主」

「良かった。立ったまま寝ちゃったのかと思ったよ、騎士」

「まさか、少年じゃあるまいし」

無理して背伸びしているせいで、細い足が痙攣している。それでもニコニコと微笑む少年を押しやりながら、まわりを観察してみた。

といっても、とくにこれといって何かがあるわけではなかった。家具もなく、城にありそうなきらびやかな装飾品もなく、照明器具までない。だがなぜか暗くないのは、外に面している壁という壁がすべて、透明の硝子張りになっているおかげだろう。しかし部屋がある位置が高過ぎるため、ここからでは空ぐらいしかまともに見えなさそうだ。

 夕暮れを誇示するかのような赤い光が、天井や床の大理石ををやわらかく照らし出している。まるでさっきの街道のようだ。

「血のようだねぇ」

 ぼそり、と聴こえてきた。………こいつは、いつになったら「赤」という言葉を覚えてくれるのだろうか。

 そう悩んでいると、それとは全く別の疑問を思いついた。さっそく赤髪の少女に問うてみる。

「なぁ、お前の言う魔術で城に入れるのだとしたら、暗殺者とかぞろぞろ入ってくるんじゃないか?」

「それは大丈夫。この魔術は、この国や他国の王族と、一部の人間しか扱えないようになっているから」

 ………ああ、なるほど。確かに、変わった空気をまとった少女だとは思っていた。これで物騒な連中に命を狙われていたのも説明がつく。

「噂には聴いていたが………本当に、齢十八のお姫様なんだな」

 ため息とともに呟くと、少女はふふっと笑った。

「やっぱり驚かないのね」

「俺を驚かせたくばお前の遺産相続権を俺によこすことだな」

「あら、お金に興味あったの?てっきり皆無かと………」

「誰かさんの護身刀でも買ってやろうかと思っててな。体術はからきしだから」

 くくくと笑う少女に、「誰かさん」はきょとんと首を傾げた。どうやら話の意味はわかってないらしい。

「改めてご挨拶するわ。私はこの国の現国王――――になる予定の者」

「予定?」

「前国王の父が急死したから、一応現時点でのこの国の最高責任者は娘である私だけど、戴冠式はお祭りの最終日である明日なの。国民の前で戴冠式が行われる予定で………それが済めば、正式な王になれるわけ。それまでは、まだ〝姫〟よ」

やけに詳しく教えてくれるものだ。

「姫様、そんな内部情報をやすやすとよそ者に教えてないで下さい」

 総長も同じことを考えたのか、姫をたしなめるようにそう言ったが、もちろん少女がそれに従う訳もない。

「あら、よそ者なんて言い方ないんじゃない?この国出身の人かもしれないじゃない」

「この国に白髪はいません」

 隣の少年がぴくっと反応したのがわかった。

 確かに、この国の基本的な髪色である赤髪とは大きく違う、白い髪。街道でもチラチラと注目されているのは気づいていたが、こうはっきりと言われるのは久しぶりだ。

 さて、小さな主はどう対抗するか。

「ちょあんほうへいほう様は立派な銀色の髪ですもんねぇー。確か田舎の方の、自然がいっぱいな国の髪色でしたっけぇ、ねぇ、ちょんほうほほう様ぁ」

 もはや原形をとどめていない。

 だが総長は、相手にするだけ無駄だと思ったらしい。姫様のみを見つめている。

「姫様、そろそろ会議の時間です」

「ええ、わかったわ。でも………」

 そこでチラリと俺と少年を見て、なぜかふっと微笑んだ。

 ああ、凄く嫌な予感。

「お二人を客室に御案内して、お食事も湯あみもして頂かなくては。ていうことで総長、よろしくね」

「はっ?」

 言うが早いか、「え、そんなっ、使用人に任せば……っ」と慌てふためく総長を置いて、さっさと歩きだしてしまった。後ろに付きそう黒い少年も、相変わらずの無表情のまま付いていく。

「ああ、使用人たちは常務で忙しいから……あなたが、御案内してね」

 姫と言うよりは女王に近い台詞を残し、ついに部屋から出ていってしまった。


 気まずい沈黙。


 見捨てられた(かのような)総長が復活したのは、それから十秒後だった。

「…………まぁいい、ちょうど、お前には色々聞きたいことがあったしな」

「?」

 こちらを睨みつけて変なことを言い出した総長に、私は少年のように首を傾げた。聞きたいこと……?

「朝食なら、米とだし汁がいい」

「違うっ!」


 あとで気づいたことだが、これが私と総長の初会話だった。






「まずは、その格好のことだ」

 豪華絢爛な食事を胃に流し込み、装飾華美な風呂に入って、精密に描かれた人物画がズラズラと壁にかけられている廊下を、視線で殺される心地で歩き、事前に言われていた部屋に入ると、「おかえり」の代わりとしてそんな質疑が降り懸かってきた。家庭的男子とは言えないな。

「格好?」

 風呂上がりでも甲冑完全装備の私がそう聞き返すと、甲冑を脱いで楽な麻の服一枚になっている青年は思い切り顔をしかめた。眉間の皺がより濃くなる。

「甲冑と大剣のことだ!」

「ああ、やらんぞ」

「いらんっ!」

 また濃くなった。

「ここ首都は、確かに帯剣を許されている。だが金色の全身甲冑がどデカい大剣を持って街中をうろついていれば、住民は不安がる!せめて頭甲くらいはとってほしいのだがな」

「頭甲以外をとるっていうのは?」

「それこそ不審者だっ!」

 ごもっともで。

「まぁ……考えとくよ」

 考えて、そして答えはすぐに出た。とるわけないだろう、愚か者。

 声には出さず口の形だけで返答し、思わず笑みを浮かべてしまった。こういうとき、頭甲はとても役立ってくれる。だから外せないのだ。

そんなことなど見えるはずもない青年は、私の声に出した返答に渋々といった様子で頷いたあと、再び責めるように言いだした。

「次に、先の乱闘でのことだ。あの小さな娘が死ぬ間際、お前に何か囁いていたな。何て言われたんだ」

ふむ、やけに細かいところまで見ている男だな。

すでに曖昧になりつつある記憶を辿ってみる。



―――― ………――――――め………… ――――――


「め?」

「……は?」

イラッとしたらしい総長に、詳しく説明する。

「いや、あまりにも小さな声で……はっきり言って、聴こえなかった。なんとかかんとかめ……と誰かをののしっている感じだったような気がするが………」

 すると青年は目を細め、失礼にも疑うように俺を見つめてきた。

「お前、人間不信だろう」

「仕事柄、なんでもかんでも疑わねばならなくてな。………まぁいい。こちらとしてもお前らがあいつらの仲間という証拠はないんだ。礼として城に連れてきてもらうことを狙っていたのだとしても、助けてもらったのは事実。今は信じるか信じないかは保留ということにしておこう」

 いやいや、連れてきてもらうことが狙いだったって……どっちかというと、連れてきてほしくなかったのだが……。

「生きた心地がしないところだな、ここは」

 ぽつりと呟くと、総長に怪訝な顔をされた。

「いや、素晴らしい装飾、素晴らしい食事、素晴らしい部屋、何も文句はないぞ?だが、いつもが野宿か運が良くても安宿だからな……どうにも慣れん」

「騎士は野生動物みたいだからねぇ」

「そこまで危険な男じゃないぞ」

 少年の言葉に反論していると、ふと総長が神妙な顔つきでこちらを見ていることに気づいた。目を細め、疑うような怪しむような視線を投げかけてくる。

 おおよそ、俺たちの正体を見極めようとしているのだろう。……が、なかなか思いつかないらしい。それはそうだろう………全身甲冑に大剣を帯び、魔術まで扱う騎士と、その主である白髪の小さな少年。謎な組み合わせであることは俺も理解している。少年の方はどうかしらないが………。

「お前たちの旅の目的とは……どういうものなんだ?」

 ほらきた。

 さて、どこまで明かすか………。

「ちょっと、人探しをしていてな」

「人探し?」

「ああ」

 短く答えてやる。青年はもっと聴きたそうな目をしているが、これ以上はそうやすやすと教えるわけには「胸にバツ印の傷がある人を探してるんだよ」

「………主」

「ん?どうしたの、騎士?」

「いや、まぁお前がいいならいいけど……」

 そうだ、こいつは、人前でさらっと親が殺されたのなんだのと語れるやつだった。

「胸にバツ印?なんだ、それは」

 より訳が分からないと言う顔をして、青年が喰いついてきた。

「そのまんまだ、胸にバツ印の傷がある人間……そいつを探して、世界中を旅しているんだよ」

「そいつを見つけて………どうするんだ?」

 バッと、素直に答えかける少年の口を塞ぐ。さすがに、治安保守総長様に「そいつに復讐するつもりなんです」とは言わない方がいいだろう。

「まぁ、これ以上は個人的な内容になってくるので」

 個人的な内容。なんて使い勝手のある言葉だろう。礼儀のある者なら、個人的な話を追求することはできない。そして相手は礼儀がなくてはならない、総長と呼ばれる立場だ。

「気になるじゃないか」

 ………ああ、なるほど。世の中には例外もある訳か。

「はっきり言おう。これ以上は喋りたくない内容なんだ。お前には関係のない話だしな」

 なお問いかけようと口を開きかけた青年だったが、思いなおしたのか、結局は大人しく頷いた。

「……まぁ、そうだな。無礼なことをした、すまない。何やら物騒な内容のような気がしたから、つい」

 ……なかなか感の鋭い奴だ。やはり総長だけはある。

 話題を変えることにした。

「そんなに物騒なことが好きなのか?それとも一つでも多く事件を解決して、給料を稼ぎたいとか?服も総長らしからぬ麻だしな」

 よれよれの、明らかに使い古されている青年の服装を眺めながら言うと、首を傾げられた。

「は?服なんかなんでもいいじゃないか」

「だからってお前……治安保守総長だろう?体裁くらい気にした方がいいんじゃないか?その目つきでボロボロの服着てたら、人殺しに見えるぞ」

「全身金色の奴に格好がどうのこうのと言われたくないな。それと、総長とはいえ給料が良いわけではない……とくに今は緊急事態だ。まともな給料を要求する方が無理な話だろう」

「緊急事態?」

 聞き返すと、やはり筋肉隆々だった青年(それでも太いわけではなく、どちらかというとギュッと締まっている感じだ。さぞかしモテていることだろう)は「はぁ」と深いため息をついてきた。

 なんだ?この「全くこいつらは…」という表情は?

「まぁよそ者だしな、知らないのも無理はないか」

「そのやれやれという口調は自粛して頂きたいのだが。粛清したくなる」

「すまんが頭甲をとってくれるか?くぐもって聞き取りづらい」

「何か事件でも起こっているのか?今日のことといい、やけに物騒な連中がはびこっているみたいじゃないか」

「話題を変えるな」

「話題を変える以前に、その話題に関して対話しているという自覚はない。そちらこそ話を変えるな」

 ああ言えばこう言う俺に対し、ついに青年はため息をついた。今日一日で何回ため息をつくつもりだろうか。

「機密事項なんだ、そう安々とよそ者に情報を提供するわけにはいかない」

「ほぉ、人の個人的な話には喰いついてきたくせに、自分は何も語らないんだな。お前、女によくふられるだろう」

 瞬間、さっと顔を赤らめる青年。

「なっ!」

「おや、図星か」

「なん、そん、な、わけな、いだろう!の前に!女などつくらん!」

「ほぉー?」

 わたわたと首をふったり手首をさすりだす青年に、思わず呆れてしまう。こんな性格で、よく総長が務まっているな。

 まぁ、いじりがいのある奴は嫌いじゃないが。

「騎士」

 突然、鋼の腕をコツコツと叩かれた。見おろすと、トロリとした目つきの主がフラフラと揺らいでいた。

「なんだ」

「眠たい」

「寝ろよ」

「抱っこ」

「甘えるな」

「うー…」

 みるみるうちに頬を膨らませて、そして―――カクンと落ちてしまった。膝も、意識も。

 瞬時に片腕で少年の細い体を受け止め、抱え上げる。相変わらず、全然重さを感じさせない体だ。

 それを見た総長が、目を細めて言ってきた。

「どんな寝方だ。布団にたどり着くまでも我慢できなかったのか」

「最近っ子は軟弱なんでね」

「もっと強く育てたらどうだ。道中危険な目にも合うだろう」

 は、何を偉そうに。

「育てるって、親じゃあるまいし。俺はただの雇われ騎士だ。つまりは用心棒。主の身を守ることすれ、教育は専門外だ」

「そういう無責任な大人がいるから、曲がった子供が育っていくんだ」

「反面師匠というやつだよ。俺みたいな人間にはなるな、ってな」

 言いながら、少年を寝床へと運び、ゆっくりと寝かせてやる。掛け布団をかけてやると、小さな主はふふふっと幸せそうに微笑んだ。何かを虐めている夢でも見ているのだろうか。

「では、俺も寝させてもらう。連日連夜の見張り番で疲れているんでな」

 ベッドの足にもたれるようにして床に座り込み、片足を曲げ、そのひざ頭に頭をのせる。すると上から、総長の戸惑った声が聴こえてきた。

「ベッド、二つあるから……」

「甲冑を着たまま寝ころんだら、寝苦しいじゃないか」

「……じゃあ…脱げば…?」

 一々おせっかいな奴だな。

「人前で素顔を見せたくないんだよ。誰かさんに惚れられたら大変だしな」

「おっ……男に惚れるわけないだろうっっ!」

 別にお前に、とは言ってないんだがな……この動揺っぷり、ぜひとも主に見せたかった。

 まぁ今頃、夢の中でもっと動揺させているのかもしれないが。

「ったく……なんでこんな奴らを城に………」

 ぶつぶつ言いながら、総長の足音が部屋の片隅に移動していく。

「拷問、頑張ることだな」

 足跡がピタリと止まる。

 やや沈黙が流れた後、再び足音は遠ざかり始めた。

「お前に気絶させられたような奴らだ………口を割らすなんて簡単だろうさ」

 ギィ………バタン

「……ご苦労なことだな」


 さて、今夜は狼に取り囲まれることも夜盗に忍び寄られることもないのだ。久しぶりに、深い眠りにつこうじゃないか――――――









 足音。




 ぱちりと目が開いた。

 ああ、もう。今夜ぐらいはゆっくり休めるかと思ったのに。


 体は動かさないまま、意識を徐々に広げていく。部屋の中から―――扉―――廊下―――いた。

「……二人……か」

 極力足音を消すようにしているが、夜中ということで油断しているのか、完全に隠しきれていはいない。もしくは、隠す気がないのか………。

 大剣を体に引き寄せ、いつでも臨戦態勢に入れるように体中に力を込める。

 だが結局、その足音が部屋の前で止まったとき、体中の力は抜けていった。

「何か用か?赤と黒」

 赤の手が扉を叩くより前に、こちらから声をかけてやった。するとその手はピタリととまり、ややしてから扉の取っ手に向かっていった。

 ギィィィ……と遠慮深そうに扉が開かれ、赤と黒―――――一国の姫様と無表情な少年が姿を現した。

「夜分遅くに失礼致します」

 やけに丁寧なご挨拶とともに入ってきた少女は、昼間見た時とは違い、ちゃんとしたお金持ちらしいドレスを着ていた。対する黒い少年は、執事服のような格好をしている。ああ、それとも本当に執事なのだろうか。歳は少女とあまり変わらないように見えるが……。

「やけに堂々とした夜這いだな」

「さすがですね、まさかバレているとは………さすが、四人も倒しただけはある」

 ………なんだ………やけに丁寧というか………。

 こちらが身構えたのが伝わったのか、少女の顔に相手を安心させるような微笑みが浮かんだ。残念ながら、俺はそんなことでやすやすと安心してやるような人間ではないのだが。

「で、なんの用だ?まさか本当に夜這いか?」

 言うと、少女は昼間の時の口調で笑いだした。

「ふふ、私の好みとしては、もうちょっと刺激的な男がいいわね。あなたは上の下といったところかしら」

「そりゃどうも」

なかなか本題に入らない少女にイラついてきたところで、やっとそれらしい話題がふられた。

「あなたが生け捕りにした二人……死んだわ」

「へー、また総長様がヘマしたのか?」

 冷静なまま答えると、少女は黙って首を振った。

「事を起こす前に、毒を飲んで来てたみたいなの。時間内に解毒薬を飲まなければ死ぬように……ね。奥歯の毒も全て回収してたしかめてたんだけど……血液までは調べてなかったわ。突然苦しみだして、死んでしまった」

「あーあぁ。貴重な情報源だったってのに」

 わざと呑気に言ってやると、相手はふっと微笑んだ。だが暗い部屋で、その目だけがキラリと光ったような気がする。

「ここまで命懸けとはね……ただ依頼されての行動じゃなさそうなの。暗殺組合か何かかと思ってたんだけど、どうやら違うみたい」

「己の信念をもって姫様を殺しに来た奴らってことだな。まぁおかしくはないんじゃないか?世の中、王族を根絶やしにして自分が王になろうと考えてるような奴らもいるらしいうからな。それか、誰か主犯の奴がいて、そいつを王にさせる為に命がけで殺しにきた……それもあり得る。忠心は時として最強の武器となるからな」

 珍しく真面目に答えてやると、赤髪は一つ頷いた。

「そう、おかしくはない。国家転覆を狙う貴族、納税に苦しむ農村の民たち、ただ名をあげたい一心で王族暗殺をたくらむ馬鹿な連中………いくら改善しても、どうしても恨まれてしまうのが王族の務め。まぁ、だからといって殺されてやるつもりはないのだけれど」

「ああ、お前は長生きしそうだ」

「ありがとう。でもね、問題はここからなのよ」

 小さな姫が一歩二歩と近づいてきた。その表情から、ここからが本題なのだと理解できる。

「二人が死んだといっても、それまでに拷問する時間は少なからずあった。うちの総長はああ見えてかなり刺激的な男でね、おかげでいくつかの情報を吐かすことができたわ」

 ほぉ、あの正義漢も、意外と二重人格だったりするのかな。

 へー、と思っていると、少女はピッと指を一本たてた。

「まず一つ、今日の殺害計画は、誰かに命令されてやったということ」

 二本目の指がたてられる。

「二つ、奴らの仲間はまだ何人もいて、でも皆が皆、その誰かの正体を知っている訳ではない。むしろ、知っているのは仲間内でも数人だけだということ」

 三本目の略。

「その誰かの胸には、バツ印の傷があるということ」


 ―――――――――――――――――――――おっと。

 もう少しで抜刀しそうになってしまった。


 俺の中で爆発しかけた殺気を感じたのか、執事服の少年がさっと少女の前に出た。昼間の迷うことなく幼い少女を殺すことといい、かなりやり手な少年らしい。

「ああ、悪い。驚いてしまってな」

「あら、初めて驚かせれたわ」

 ニコニコと嬉しそうに笑う少女。少し悔しいが、今はそんなことはどうでもいい。

 それよりも。

「さっき総長から聴いたわ。あなたたち、胸にバツ印の傷がある人間を探しているそうね」

 ……ああ、なるほど。だから俺たちのところへやってきた訳か。

「俺たちを疑ってるのか?」

 笑いを含めながら言うと、少女は真面目な顔のまま首を振った。

「いいえ。もし本当にあなたたちが私を殺すつもりなら、今すでに動いているでしょう。けれど、私を殺そうとしている人間と、あなたたちが探している人間が同一人物だとしたら………物凄い偶然だと思って。なんなの、胸にバツ印の傷がある人間って」

 ふむ。なるほどな。確かにそれはびっくりする偶然だ。

「同一人物かはわからないが……ちょっと因縁の相手でな。詳しくは言えないが、見つけ出してこらしめたい奴なんだ」

 慎重に言葉を選びながら言うと、少女は少しの間沈黙した。どうやら、「こらしめる」というのが何を指すのかうすうす感づいたらしい。

 だがそれでも、彼女は深く追求するようなことはしなかった。「そう」と短く答えたあと、自分に言い聞かせるように話しだす。

「まぁ、あなたの個人的なことに首をつっこむつもりはないわ。私はただ、国の危険因子を取り除ければそれでいい………ということで、お願いがあるの、騎士様」

 ………ああ、何か凄く嫌な予感………。

「どうか、私を守ってくださらない?」

「断る」

 即答すると、意外にも黒い少年の方が反応してきた。ジャッという音とともに袖から太い鎖のようなものが飛びだしてきて、少年の手におさまる。何かの武器らしい。

「……脅そうってか?」

「姫様の衛兵として働けるなど、騎士にとっての最高の栄誉でしょう。なぜ断るのですか」

 お、初めて喋った。意外と低い声だな。

そして、失礼だ。

「あのな、自分の価値観を人に押しつけるものじゃないぞ。お前にとっては栄誉なことかもしれないが、俺には守るべき主がいる。これ以上お荷物は勘弁だ」

 主を「お荷物」呼ばわりされたことにピクッと反応した黒い少年を片手をあげて制し、それに、と続ける。

「俺ぐらいの騎士なら、そこらへんにゴロゴロいるだろう。金ならあるんだろう?雇えばいいじゃないか」

 すると、今度は少女が答えた。

「そう簡単にはいかないのよ……。私がおおやけに新しい騎士を雇うと、何か危機が迫っているから警戒している、と貴族たちに教えてしまうことになる。そうなれば、奴らの事、その危機に乗じて、自分たちも、と国家転覆を狙ってくるわ。隙さえあれば殺そうとしてくる連中だから……」

「なら、むしろ俺なんか雇わない方がいいんじゃないか?こんな金色の全身甲冑が衛兵としてつけば、それこそ警戒しているのがバレるだろう」

 そう指摘すると、なぜかさっと目をそらされた。

 その顔に浮かんでいるのは………少しばかりの、罪悪感?

「そう。そうなの……でね、思いついたんだけど」

 ………うわ、なんだかものすごく面倒なことを言われる予感………。

「知ってるかしら、明日はお祭り最後の日なの。そしてその最大の見世物として、次期国王の戴冠式……つまり、私が正式な国王になる式がある。その時、おそらく奴らの仲間は襲ってくるでしょう。たいていそうよ、私の生誕祭、立国祭、父の葬祭、そういった式には必ずと言っていいほど暗殺者が紛れこんできたわ」

「あー、なるほど。その時、偶然を装って暗殺者どもを捕らえてくれってか。ふむ、面倒だが……まぁ、それなりの報酬があるというなら、やってやらないこともない」

 王族に貸しなど、なかなか利用価値がありそうだ。

 だが、それでも少女の顔は明るくならなかった。

「いえ、その……その時に主犯も捕らえられたら、それでいいんだけど……。もし、主犯が来ずに下っ端たちだけが襲ってきた場合、あなたにはもう一つやってほしいことがあるの」


 そして小さな姫様は、ついに「思いつき」の全貌を話し始めた。






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