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あの翼が黒い理由[弐]

 翌日。地獄の稽古、もとい扱きを耐え抜き、次の日は商売。この連携にはどうにも慣れない。体のあちこちが悲鳴を上げている。

 そんな限界の体に鞭を打ちつつも、茜が作り貯めしていた漬物や惣菜を荷車に積み、町市場での商売に勤しんでいた。

 そして、結果から言えば保存食の売れ行きは順調。いつもより荷車は重かったが、飛ぶように売れていく漬物や惣菜達を見て疲れが吹き飛んでいく。


『試しに食わせてくれ。美味かったら買う』


 町について早々にこんな事を言い出した客がいた。量ならあったし、売れなければ始まらない。

 了承し、客がたくあん一切れを手掴みして口に運ぶと……。


『美味いッ! うちのかーちゃんのよりうめぇ!』


 と叫ばれた瞬間は驚いたが、そのおかげで茜特製の保存食達が一気に売れ始めた。

 ……茜の目に止まる商品はまず売れるらしい。恐るべし自家製たくあん。


「今日は好調だね」


 オヤジさんだ。


「え?」

「売れ行きだよ。それにいつもの雑貨が全然ねぇじゃねぇか」

「あ、ああ。妹の腕がいいんで許可もらって並べてるんですよ。他の商品も売れなかったし、物は試しと思って」

「その妹、茜ちゃんだっけか。村に置いとくには惜しいなぁ」

「はい?」

「髪飾りの形とか色合いは、その子があんちゃんに言って作らせたんだろ?」

「ええ。俺はそれを売ってるって感じです」

「俺も何かご教授願おうかな」


 茜の髪飾りと言い保存食と言い、面白いくらいに売れていくな。オヤジさんも驚きを隠せないみたいだ。あいつは商売の神にでも好かれているんだろうか。



            ★



 保存食と髪飾りしか持って来なかったおかげか、商品すべてが売れてまった。店を閉める時間になってが列ができてしまった為、帰るのはいつもより遅い時間になってしまったいる。

 参ったな、茜は先に帰っているだろうか。

 でも保存食と髪飾りだけだと、いまいち利益が出ない。もう少し量を持ってこよう。


「つうか、荷車軽っ」


 二刻以上を費やして毎日毎日村から町を往復しているが、今日は異常なまでに軽い。

 積み荷が全部売れたからな。財布は結構重いけど。


「やばい、顔がニヤけてきた!」


 荷車が軽いおかげか、足取りは順調。だが辺りはすっかり暗くなり、未だ人が通らない山の中を歩いている。いつもならここら一帯は陽のあるうちに抜けるのに。

 こんなところでニヤつくのも怪しいが、もっと怪しい連中が辺りにいるかもしれん。


「荷車は軽いし、少し急ごう」


 荷車を引いて村にも戻る。歩く速さはいつもより早い、いつもは多少売れ残って重みが残るからな。


「ん?」


 村まであと一里と言うところで、暗がりの道にいくつかの明かりが灯る。


「この辺に民家はないはずだけど」


 ゆらゆらと蠢くそれは、俺の方へと進んできた。

 揺らぐあの火は妖怪の類でもない。恐らく、松明だろう。第一、幽霊や妖怪なんてただの噂だ。毛ほども信じてはいない。

 が、堂々とそれを掲げている様子から、山賊じゃないのは確かだ。わざわざ目立つ真似はしまい。

 俺の積み荷や財布が目的なら、暗がりから奇襲して、盗るものを盗るはずだ。


「っと!」


 光が近づいてくる前に、荷車と共に脇の茂みに滑り込む。荷車を奥へ追いやり、俺は身を隠せる茂みに座り込んだ。


『クソッ、どこにいやがる!』

『ここのところ毎日だぞ、また見つからなかったら倉崎様になんと言われるか』


(あれは……昨日の男衆。倉崎んとこの使用人だ)


 倉崎。村長の性と一致する。その使用人がこんな夜道になんで……?


『チッ。とにかく、誰かに見つかる前に探し出すぞ。手負いだ、飛べようと飛べまいと遠くまでは行けん』


 ……。

 男衆と松明の光が遠ざかるのを待って、俺は荷車を元の道に戻した。


「あの婆、一体何考えてやがる」


 あの村長は確かに優秀だ。こんな辺境の町を隔離しているというのに、害一つ及ぼさない。

 害と言えば、理不尽にも思える未成年への村内軟禁と有翼人への悪意ばかりが目立つ。あと俺への明確な敵意。


「とっとと帰った方が良さそうだな」


 男衆達は、やはり……リンを探していたのだろうか?

 ……。

 村の入口に茜の姿はなかった。すぐに家へ向かうことにした。


「帰ったぞ」

「兄貴!」


 俺が戸を開けるや否や、茜が俺の元へ走ってきた。


「どうした? そんなに兄貴に会いたかったか?」

「じょ、冗談言ってる場合じゃないよ! そうじゃなくて!」

「?」


 茜の様子がおかしい。

 そう感じ取るのに、総じて時間はいらなかった。


「何があった」

「リンちゃんが!」

「リン?」


 部屋の奥を覗き込むと、そこには布団が敷かれていた。

 就寝時間は近かったが、それでも茜は俺が返ってくるまで眠らない。そう言う奴なのに……。


「!?」


 布団の布が小さく揺れた。


「リン、か?」

「う、うん……倒れてて、怪我もしてたから……」

『チッ。とにかく、誰かに見つかる前に探し出すぞ。手負いだ、飛べようと飛べまいと遠くまでは行けん』


 胸糞悪い台詞が、頭の中を掠めた。


「どんな怪我だった?」

「そんなにひどくない。かすり傷、でも一緒に足を挫いたみたいで」

「軽いのか、そうか」

「わぷっ」


 俺は茜の頭に手を乗せて、そのままくしゃくしゃと撫で回した。


「あ、兄貴! 痛いってば」

「あ、ああ。悪い。でも、よくやったな」

「う、うん。リンちゃん寝てるから、様子見るなら後でね」

「わかった。起きたら教えてくれ」


 男の俺が傍にいても仕方がないよな。ここは茜に任せよう。




 数刻もせず、リンに動きがあった。


「兄貴! リンちゃん起きたよ!」


 ……。

 茜の声で、空を眺めていた俺はすぐ部屋の中に戻っていった。


「起きたか」

「竜司さん」

「怪我は平気か?」

「傷口は塞がりました。掠り傷でしたし」

「まあ、安静にしてろ」

「……はい」


 先日はこの家から逃げるように出ていった彼女。今も、彼女はあいつらに追われている。傷を負ったままで……。


「帰ってくる途中、倉崎家の使用人達がいた」

「!?」


 カマをかける必要すらなかった、反応がわかりやすすぎる。


「兄貴?」

「俺が見たのは二人。たぶん他にも何人かに分かれて探してるんだろう、手負いの女の子を、な」

「奴らは、お前を追っていたのか?」


 畳みかけるように、布団で半身を起こすリンに話しかける。


「事情があるなら言ってくれ。どうして逃げたりしているんだ」

「それは……」


 リンの浮かない表情を見て、それはだんだん俺の背中に圧し掛かってくる。


「無理にとは言わない。ただ……乗りかかった船だ、ほとぼりが冷めるまで家にいていいし、


 ただ事情を話してくれる気になったら、俺か茜に相談してくれ」


「ごめんなさい」


 まだ言いたくないのなら、それでもいい。

 少なくとも、茜はリンをまったく疑っていないようだ。


「助けたんだから、ありがとうだと思うけど」

「え、その、えっと……」

 茜のイタズラっぽい台詞に戸惑い気味の様子だ。

「ありがとう、茜さん」

「他人行儀だなぁ。呼び捨てでもいいんだけど」

「でも、そんな」

「リンちゃ~ん」


 何やら茜が怪しい声でリンを誘惑しようとしていた。何コイツ。そういう趣味があったのか?


「茜、って呼んで?」

「え」

「ほらほら。呼び捨て呼び捨て」

「あ、あか、ね。あうぅ、これちょっと恥ずかしいんですけど」

「ぐはっ」


 茜が俺の方に振り向く。


「兄貴、超かわいいよ! リンちゃんてば超かわいいよ!」

「……興奮するな」

「え、えと、恥ずかしいんですけど」

「じゃあ、ちゃん付けでいいよ。私もそうしてるし」

「あ、茜ちゃん?」

「そうそう。いいねー、こっちのが呼びやすいでしょ?」


 笑顔を崩さない茜に対し、リンは少し困惑しているのか俯き始めてしまった。


「お友達は」

「え?」

「お友達同士では、こういった呼び方が流行っているんですか?」

「流行ってるっていうか、普通はそうだよ。さん付けなんて友達にはしないよ。ね、リンちゃん」

「お前ご機嫌だな」

「友達増えたし」

「そうかい」

「友達」


 リンはまた何かを考え込むように俯いた。


「私が友達じゃ嫌?」

「そ、そんな事は」

「嬉しいねー。まあ私と友達って事は兄貴も友達って事さ」


 なんか俺オマケみたいに扱われている。


「え、えと竜司ちゃん?」

「いや、それはなんか違うぞ」

「そ、そうだね」

「竜ちゃんですか? 確かに、こっちの方が言いやすいです」


 男にちゃん付けするのは、子供の時とおばさんだけだぞ。この子は少しばかり抜けているのかも知れない。


「竜司でいい。さん付けしても構わないけど」

「それは、私と友達になりたくないって事ですか……?」


 ……そうきたか。


「違うって。……友達だ、変わりに俺がお前を呼び捨てにする」

「り、リン」


 うわ、なんかこれ恥ずかしい。


「兄貴、目が卑猥」

「もう何も言うな」

「くすくす」


 茜がその笑い声に惹かれて、リンを見据える。


「リンちゃん」

「え、えと。何、茜ちゃん?」


 ニヤつきながら、茜は自分の手をリンに向かって伸ばす。

 法衣の少女に差し出された掌に、当の本人は多少混乱していた。


「手、乗せて?」


 茜に言われた通り、リンはその小さな手に自分の掌を乗せるように置いた。

 指に力を入れて握ると、リンもそれに習う。


「友達。友達ってのいつの間にかなってるものだけど、こうした方がわかりやすいよね?」

「は、はい」

「よろしくね? 他の所、怪我してない?」

「だ、大丈夫です」

「もー、女の子同士なんだから恥ずかしがらなくてもいいでしょ?」


 あの、俺がいるんだけど。


「で、でもこれは」

「リンちゃんってば我慢しちゃいそうだからダメ! さっきだって自分で歩けるって言って倒れそうだったじゃん」

「さっき?」

「あ、リンちゃん村の入口で倒れてたの。それでここまで運んできたんだけど……」

「かすり傷と捻挫でそんなになるか?」

「気絶していましたから。あ、茜ちゃんもう大丈夫――」


 一つ違和感があった。

 布団に入ったまま法衣を着ている事。


「せめて寝るときくらい法衣くらい脱いだらどうだ? 男衆から顔を隠すためのものだろ、それ」

「こ、これは……」


 リンが目を逸らす。法衣はどうあっても脱ぎたくないらしい。


「茜の服持ってくる。それでいいだろ?」

「……はい」


 着替えに同室するわけにもいかないので、俺は玄関を抜けて外にいよう。


「兄貴、とっとと出てけ」

「今出ていくよ」

「ふっふっふっふ……」


 なんだか怪しい笑いが聞こえた。

 俺が外に出て、暗くなった空を見上げ始めた直後。


『きゃ、ちょっと茜ちゃん!?』

『お着替えの時間ですよー』

『ひ、一人でできるから茜ちゃんも外に』

『いいんだって。さ、さ、法衣洗ってあげるからさ、脱いでってば』


 ……。

 って、なんで俺は聞き耳立ててんだよ!


「少し離れるか」


 二歩進んで二人の会話に間が空いた気がした。


『だ、ダメッ!』


 控え目だった声から豹変し、リンの高い声が外にまで響いてきた。

 多少迷いはしたが、玄関へ向き直った。


「おい茜! フザけるのも大概に」


 戸を開けるつもりはなかった。

 強く戸を叩いて、茜を注意しようと思い立っての事だったのだが、そんな考えとは裏腹に戸は横へと流れる。


「リン?」


 開いたのはリン自身だった。


「り、リンちゃん。ごめん」

「いいんです。こうして接していれば、わかることでしたから」


 俺や茜に表情を見せまいと俯くリン。が、茜の足元には法衣が転がっている。

 リンは法衣の下に服を着ていたようだが、それは貸し出された茜の服ではない。まぎれもなくリン本人の服だ。

 そして、リンが法衣を脱ぎたがらなかった理由は……。


「リン、お前有翼人だったのか」

「…………」


 背中から生える大きな黒い翼。

 黒い翼を持つ有翼人は、初めて見る。

 恐らくリンは、これを隠すために法衣を着ていたのだろう。

 追われていたのは、有翼人だったから? この村は有翼人の出入りを禁止している。それに、この前男から渡された黒い羽根の一件だってある。


「リン、ちゃん」


 茜が法衣を拾い上げて、リンに手渡そうとする。

 リンはそれを俯きつつ受け取り、そのまま黙り込んでしまった。


「珍しい色、だよな」

「ッ!」


 リンは俺を突き飛ばし、そのまま駆け始めた。


「いツっ」

「……ッ。ご、ごめんなさい」


 謝罪して、再び走り出す。

 俺は、その後を追えなかった。

 リンはすぐさま飛び立ったらしく、翼の羽ばたく音が遠くから微かに聞こえて来る。

 闇に溶けるように、黒い翼を広げてゆっくりと消えていった。俺達に寂しげな羽ばたきの音だけを残してだ。


「茜」

「私のせい、だよね」

「いや」


 立ち上がり、今にも泣きそうな茜の傍に寄る。


「この村の事情を知っていたのかもな、だから法衣を付けていたんだろ」

「お前、有翼人を見るのは初めてだっけ?」

「うん。リンちゃんが初めて」

「どうだった?」

「びっくりした、けど」

「けど?」

「…………」


 茜は黙りこんで、リンの消えていった夜道を見据えた。

 そこには誰もいない。

 ずっと続くのではないだろうかと言う沈黙を破ったのは、独り言であろう小さな茜の呟きだった。


「リンちゃん……なんで泣いてたんだろう……」

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