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あの翼が黒い理由[壱]


夜が明けて、俺は眠気眼でもやることがあった。


「たくあん?」


 売りに行くのは明日だが、何をどれくらいの値段で並べるか考える必要がある。それで、今持ち運びが楽そうな食料を見つけた。


「でも、売り場にあっても見栄えがないよな。保存食に見栄えを期待しても仕方ないけど」


 見栄えがいいもの、日持ちするものを中心に漁っていたが……たくあんが割かし多い気がする。茜の奴が作り貯めしていたんだろうか。


「どうするかな。にしても、昨日のあいつ……」


 リンと名乗ったあの少女、なんだったんだろう。

 あの後は割と気にならずにすぐ眠れたが、夜が明けた今では夢でも見たような感覚だ。


「あ、いかんいかん」


 新しく並べる商品選びに迷っていたら、他の考え事に手が伸びてしまった。

 俺は気分を変えるため、倉庫の外へ出る事にした。

 空を仰いだ瞬間、眩しい朝の光が伸びてくる。


「お、やっぱり晴れか」


 空が眺めるのが元々趣味だったおかげで身に付いた俺の特技。翌日の天気の予想だ。

 オヤジさんにも教えたけど、結構役に立つんだな、これが。


「いい天気だ」


 と言っても、俺の思考の中を蠢く謎の少女リンは頭の中を曇らせている。


「……リン、か」


 眠ったから昨日の事に思えるが、あれからまだ数刻しか経っていない。


「心配だよな」

「兄貴ー?」

「うおっ」


 振り返れば茜。

 なんでこいつはボーッと考え事している時に話しかけてくるんだ?


「はあ。またですか」

「仕方ないだろ。リンのことだ」

「あら、一目惚れ?」

「ち、違う! そ、そりゃ、町の女よりはよっぽど美人だったけどさ」


 おい茜、なぜそこでニヤつく。


「ふーん」

「な、なんだよ」

「別にー。それで、何出すか決めた?」

「そうだな、臭いがキツイのはいかん。たくあんは売り払っても大して金にならないし」

「たくあんを馬鹿にするなー!」

「お前、たくわん好きだよな……」

「なぜ兄貴にはたくあんの素晴らしさが理解できぬのか」

「わかったわかった。とりあえず持って行こう。それで、なんとなく手に取った俺の木刀を下ろしなさい」


 茜は大のたくあん好き。毎日毎日保存食のたくあんに手を出しては作り足し、食っては作り食っては作りを繰り返している。


「他に持っていきたいのが六種類。最初は全部少なめに、種類を多く持って行こうと思うんだけど、いいか?」

「いいよー。余裕があったら試食させて、反応見てきてほしいかな」

「わかった。覚えとく。それじゃ、道場に行くぞ」

「おー!」



            ★



 村の反対側までやってきた。ここからは村の出入口からも近い。

 俺と茜は週に一度だけ、この村長が住んでいる屋敷にて稽古をつけられる。性格には屋敷の傍らにある道場である。


「よし、着いたぞ」

「入っちゃって大丈夫かな?」

「いいだろ」

「おばあちゃーん? 茜だよー?」


 村外れにある俺達の家の……何倍もある。とにかくでかい。

 敷地を囲う塀は屋敷の門から左右に首捻っても途切れる様子もない。ずっと続いている。


「そういえば、屋敷の中には入った事がないなー。ずっと道場ばっかり」

「そうだな」

「私は稽古の時にしか来ないけど、兄貴は結構来てるんじゃないの?」

「何回か、な。掟なんて無視するような悪ガキだったから」

「空眺めてばっかだもんね。おばぁちゃんが目の敵にしてるもん」

「なんでだろうな」

「ほら、あれじゃない? 昔お父さんに、壊された玩具」

「空へ飛ばすやつか?」

「そうそう」

「これが町でいい具合に売れるんだが、村がこれだから作るに作れない」

「ガキだって事であの時は見逃されたが、今そんな事したらあの婆に何されるか」

「町で作ってすぐに売れば?」

「材料持っていくのか? かなり嵩張るぞ」

「だ、だね」

「あれが村長に見つかった時は怒られたな。掟を守れって」

「……掟は理不尽だと思うけど、どうしてそんなに反抗するの?」

「なんでだろうな」


 それがわかったら苦労はないのかもしれない。


「ほら、行くぞ」

「あ、待ってってば!」


 門を開け、俺一歩敷地内に踏み込んだその時だ。刹那、銀色の軌道が視界端に現れた。

 同時に起きた空気の乱れは、恐らく中から吹いた風などではない。


「うおっ!」

「きえぇぇぇぇぇェェェッ!」


 前からだ。ふと視線をやると、薙刀を振り回す老婆が金切り声をあげて猛進して来る。


「お、おい待てよッ!」


 などと文句を垂れている場合ではない。

 老婆は茜を避けるような動きを取り、俺の目の前まで踏み込んでいた。恐ろしいほど速い間合いの詰め方である。

 老婆は俺だけを刃の軌道、その延長上に置いた。振り切るように薙いだ一撃は頭を低くしてやり過ごす。

 この一発目が振り終わった直後、刃は返され、再び俺に向けられた。


「お、おばぁちゃん!」


 呼ばれた本人は、ようやくその薙刀を止める。そして、この老婆はあろうことか俺にだけ聞こえるように小さく舌打ちをした。

「こ、こんの婆」


 目の前には地味な着物を羽織り先ほどまで薙刀を振り回していた元気な婆さん。元気すぎる気もするが……。

 この人が村の長、倉崎である。

「おー、茜か。来てくれたのかい」

「あ、あははは……」


 茜はと言うと、渇いた笑いで村長と向き合っていた。

 ここに来た事こそないが、茜は数度村長に会っている。

 毎度毎度俺に切りかかって来るが、なんか恨みでもあるんだろうか……。


「なんだい、竜司も一緒かい」

「いつも茜と一緒に稽古してんだろ。なんだ、もうボケたのか」

「……腕が滑っても知らんぞ」


 そういうと、絶妙な刀捌きで俺の首元へと薙刀を持っていく。


「や、やめろって!」

「さあ茜や。今日も頑張ろうかの」

「うん」

「ったく」


 明らかに違う態度を見せつけられたが、これはいつもの事である。問題はここからだ……。



             ★



「この術式の難しいところはここでの」


 倉崎と茜は数枚並んでいる術式札から一枚を取り、それについての講義中のようだった。

 俺はただひたすら素振りでもしていろと、たった一言である。


「術式札は周囲に何らかを影響を与えるが、これは札自体に効果を付与する」

「うん。これはどんな効果なの?」

「ただの魔除け効果じゃよ。巫女がよくやっておる」

「へぇ」


 術式知識の俺が聞いてもまったく分からないであろう内容の会話を聞き流しつつ、素振りを続けた。

 実のところ、茜は本来学舎での学業を終えている歳だ。

 未だに通っているのは、その知的好奇心から術式に関しての情報を先生やこの村長から盗み出そうとしている。

 おっと、人聞きが悪かった。ようするに勉強熱心なのだ。

 本当は働いてほしいのだが、このまま先生や巫女にでもなってくれれば言いとも考えている。生活が幾分か楽になるしな。

 そうこうしているうち、素振りの目標である百回を終える。


「終わったぞ」

「はいもう百回じゃ」

「おいおい、適当すぎやしないか?」

「……仕方ないの」

「ん?」


 村長は陳列された術式札から一枚を取り、俺の近くまでやってくる。


「その札で、どうするんだ?」

「これであと百回やったら、休憩しておれ」


 そう言うと倉崎は俺の手の延長上、素振り用の木刀にその術式札を貼り、巻き付けた。


「ハッ!」


 左手で術式札へと念を送る。術者はこれで札の発動を促すのだが、何をしようと言うのだろう。


「うおっ!?」


 突然、体が地面に向かって引きこまれるような錯覚を覚えた。

 正確には、木刀が急に重みを増し、握っていた俺はそれに引っ張られたのだ。


「お、重すぎやしないかこれ。なにしたんだ!」

「札に重さを付与しただけじゃよ。それで素振りしとれ」

「いや、これ洒落にならない重さだぞ!?」


 重さだけでいつも引いている荷車以上だ。これをあと百回も振れと言うのか。


「その方が鍛錬になるじゃろ。ほら振った振った」

「いーっ、ちッ!」


 言われるがまま持ちあげるが、その動作は決して軽やかとか言えない。振り下ろす動作は重い所為か 素振りの型としてはあまりに出来ていない。無駄なくできれば恐ろしい筋力だろう、実際のところ 俺では三十回が限界だ。


「ほ、本気でこれを続けさせるつもりかよ」


 村長はさっさとやれと言わんばかりにこちらを睨みつけている。なぜだ、今日はいつも以上に厳しいぞ。

 そんな疑問をいだきつつ、俺は超重量の木刀を延々と素振りさせられた。



                ★



「ちょっと厠に行ってくる」

「許可する」


 許可されなくても行くに決まっている。


「あーそうじゃ、ここの厠は修理中じゃ」

「え、じゃあどうするんだ」

「屋敷の方まで歩け。場所がわからなかったら、その辺にいる使用人に尋ねるがいい」

「わかった」


 重さの増した特製木刀を壁に立てかけ、出口へ。

 屋敷へと向かう途中、道場の方から鈍く響く音が聞こえてきた。立てかけた木刀が倒れたんだろうか。

 戻ってもあの木刀だけは握りたくないと往生際の悪い事を考えつつ、屋敷の縁側へ上がる。

 広い。外から見てもやはり広いが、中から見てもその広さは圧巻だ。

 適当に進もうかとも思ったが、素直に縁側で最初に見かけた使用人に厠を訪ねる事にする。


「あの」

「おう、天木。今日は稽古か」

「そうです」

「お疲れさん。いやぁ、昨日は急に押し掛けたみたいで、悪かったな」


 あ、この人、昨日の夜いた男衆の一人か。


「いえ。それで、あの、山賊は掴まりました?」

「いや、まだだ。遠くに逃げたのかもな」

「そうですか」

「ま、精々気を付けてな」

「それであの、厠の場所を聞きたいんですけど」

「ああ、道場のは壊れてるんだったな。屋敷の厠なら、奥行って右だ」

「ありがとうございます。それじゃ」


 お礼の会釈を交え、俺は言われた通りの道順を辿った。



              ★



 用を足し、道場へ戻る途中。ふと何かが目に止まった。

 中庭の茂みに引っかかる一枚の紙切れ――いや、術式札か。


「なんであんなところに?」


 見たところ普通の術式札だけど、かなり古びた紙だな。

「風で流されたのか?」


 あたりを見回すが、この辺なんだろうか。

「あれ」


 また、視界を端で何かを捉えた。今度はのは術式札よりも色が濃く、見つけづらいのだった。


「羽根……?」

『影だけだったから、そんなことまではわからねえよ』


 あいつから預かった黒い羽根とそっくりだ。

 でも、なんでここに?

 袖から預かった黒い羽根と見比べてみると、今拾った羽根は少し拉げているように思える。しなびた花のように瑞々しさがない。

 預かったのは抜けた羽根とは思えないほど、綺麗な形と色をしている。


「抜けて時間が経ったのか?」


 そうだとすると、ここに落ちていた羽根の方が抜け落ちてからの時間が長いのだろう。

 考えていても仕方ない。道場に戻ろう。そして、おもむろに縁側へ視線を戻したその時だ。術式札の貼られていたと思われる小さな柱を見つけてしまった。

 術式札の形に抜き取られたような、柱の変色具合が遠くからでも見てとれる。剥がれ落ちて、羽根と同様に風で動かされたんだろうか。なら、この二つの関連性って……。


「あー、やっぱり兄貴ってばこんなところで休んでるし!」

「――ッ!?」


 咄嗟に声をかけられ、俺は拾った術式札を袖口に忍ばせた。


「ほら、さっさと戻るよ! おばあちゃん待ってるよ」

「あ、ああ」


 空を仰いでいる時以外もいきなり声をかけられたのは久しぶりだ。心臓に悪いな。


「早く早く」


 と茜に急かされ、道場へと踵を返す。

 茜が背を向けていることを確認し、忍ばせていた術式札を一瞥。


(この術式札、何に使うんだ? それにあの黒い羽根がなんで倉崎の屋敷に?)


 練習で村長に問おうかとも考えたが、あの有翼人嫌いに羽根など見せたら何されるかわからない。

その後は何事もなく稽古を終え、俺達兄妹は帰路についた。


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