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俺が空を仰ぐ理由[伍]


 夕刻が近づいて来た。空の色に赤みがかれば、俺が店を閉める合図。


「売れない。商品が減らない」

「と言うより、野次馬達から質問攻めで商売にならなかったな。明日もこんな感じだったらどうしよう……」

「今度からあんちゃんが騒ぎを起こしたら、そのまま店を移動させる事にするよ」

「いや、本当にすいません」

「って、別に俺が騒ぎ起こしたわけじゃないですよね!?」


 あの一件から数刻経ったが、野次馬達と役所の人間が先ほどの騒動の詳細を聞こうと詰め寄って来ていた。今はその波も落ち着いたが、同時に先ほどとは打って変わって人の通りが悪い。一番多い時間帯の一割程度と言ったところだろうか。

 オマケに今日は髪飾りの売上も芳しくない。いつもならもう少し勢いよく売れていくのだが、今日はその勢いがない。やはり野次馬達が店の前を陣取っていたせいだろうか。


「どうしよ」

「伸び悩んでるな」

「それはそっちも同じでしょ」


 商品の雑貨達は嵐の爪痕の如く、売り場に残っている。


「ははっ、もう少し工夫しなされや」

「オヤジさんもな」

「またかあちゃんにドヤされる……」


 俺も茜になんて言おう。売上で飯を買って帰る予定だったんだが、いつも以上に質素になるかもしれない。


「んじゃ、お先に」

「おう」


 虚ろ目なオヤジさんと別れ、俺は町の出口へと向かう。



            ★




 荷車を引いて二刻山道を歩く。慣れたとは言え、それを毎日繰り返していれば、さすがに足が休ませろと駄々をこね始める。休んでやりたいのは山々だが、それをすると帰りがさらに遅くなってしまう。

 町に住めばこんなことをせずに済むのだろうが、置いて行く事の出来ない茜がまだ成人を迎えていない。

成人、病人、城へ働きに出る者以外は村を出る事を許されない村の掟が、俺にこんな苦労を強いているのだ。

 親のいない俺は、誰かに茜を任せることはできない。週に一度戻って生活費を渡すと言う方法も考えた。だが、その間俺が止まる宿はどうする? ないのだ、オヤジさんには世話になってばかりだし、奥さんや子供もいる。

 妹の茜と村の掟。山道と疲労。すべて俺が苦労を背負えば解決する問題ばかりだ。


「厄介な掟作ってくれるよ、あのババア」


 村からの外出許可をもらった日にはいろいろ村長に話を聞かされたが、途中で抜け出してきたので半分も聞いていない。

 茜は町の流行りを知りたがっていたっけ。派手な着物が流行っていると教えておこう。

 家の金じゃ着物は高価なものだから、教えるだけになるけど、今はそれだけで我慢してもらわないとな。

 ……。

「あと、少し」

 村の入口が見えてきた、ここが見えればあとは楽。下り坂しかないからな。


「あーにーきー」


 坂の下。村の入口に立って手を振るのが一人、茜だ。

 俺が近づくにつれ、茜の手を振る速さが遅くなっていく。坂を降り切ったところで、茜は村の敷地を少しはみ出して俺の方へと駆け寄って来た。


「おかえり。商品売れた?」

「大繁盛過ぎて商品が足りなくなった」

「後ろの商品達は何?」

「おうおう、てめぇ荷車必死で引いてきた兄貴に言う言葉がそれか」

「じぃ~」

「…………」

「じぃ~」

「俺を見るな、惨めになってくる」

「でも髪飾りはいつも大量に売れるのに、今日はまた賑やかなまま帰って来たね」

「いろいろとあったんだ」

「髪飾りの在庫がそろそろなくなりそうだよ?」

「んー、売れなくなる反動が怖いな。茜、また別の案くれよ」

「なんですか成人商人。妹君の意見に頼るんですか?」

「実際、そっちの方が売れてるからな」


 そう、実はあの髪飾りの商品、茜の案として採用したものだ。最初は茜の髪飾りを作っただけだったのだが、

 試しに作ってみたら出来がよかったので、売りものにしたらこれが大当たりだった訳である。


「んー。何にも浮かばない」

「いきなりは無理だよな。いいよ、帰って飯にしようぜ」

「はーい」



               ★



「うーん……」


 茜の作った夕食を前に、俺は一人唸っていた。


「どしたの?」

「いや、飯が美味いなと思ってな」

「おいしいといけなかった?」

「別にまずい飯が食いたいなんて言ってないさ。ただ、お前の腕なら将来町で飯屋出せるかなと思っただけだ」

「それ、褒めすぎ」

言われた本人はまんざらでもなさそうである。

「でも洗濯とかやらせるとまったくダメなんだよなぁ」

「ま、まったくダメって訳でもないよ?」

「ほー」

「ほ、ほら。少しばかり苦手になるっていうか、鈍くなっちゃうっていうか。兄貴だってそうでしょ?剣術はすごいのに術式はからっきし」

「術を諦めたからこそ、稽古に力が入ったんだ。よし、ごちそうさま。飯は美味かった」

「すっごく引っ掛かるんだけど。その言い方」

「んー、お前の飯売り出したら儲かるかな」

「移動中に悪くなっちゃうんじゃない? 最近はこの暑さだし」

「となると保存食か」


 二刻も使って仕事場に行くからな。いいかもしれない。


「作れるか? 髪飾り以外の荷物減らせば入るだろうし」

「あっても売れないしね」


 ぐさっ。


「今槍が通ったぞ、俺の胸に」

「ごめんごめん。今からだと時間かかるから、倉庫にある奴持っていけばいいんじゃない? まだ余裕あるでしょ」

「わかった、明日は一日稽古する予定だから、明後日の朝積んでいく」

「ふっふっふっ。ならば……」


 怪しい笑いをこぼしながら、茜は奥の部屋へと消えていく。


「茜特製の味噌も乗せていくといい! 自信作だから!」


 小さな胸を張りつつ構えた茜は、足元の小壺を俺に見せつけて来た。


「ありがとよ。そうだ、お前町の流行り知りたがってたよな」

「え、うん」


 この暑い中だが、町では着物が流行っている。

 子供も親に言われて着る場合があるらしい。親子連れは今日見なかったが、オヤジさんの家がそれなのだそうだ。


「着物か。わかってても着れないよ。家にはお金ないもん」

「それ言わないの。なんだったら成人記念とかに買ってやる」

「ほんと?」

「お前の兄貴が嘘ついたことあるか?」

「商品売れたって言った」

「すいません」

「ま、いいや。待ってるね」

「約束破るかもしれんぞ、金がないって」

「そうだったら諦めるよ。自分で稼ぐし」

「……苦労かけるな」

「それは言わないお約束だよ?」


 その台詞こそお約束だ。


「町の夫婦でもこんな会話しないぞ」

「別にいいんじゃない? 夫婦じゃないし」

「そうだな。明日早いし、寝るぞ」

「はぁーい」


 茜は成人への楽しみが、また一つ増えたようだ。

 町へ出るのはもちろん、着物を着て市場を回る。嬉しそうにそんなことを話していた。


「今はそれしか付けられないけど、な」


 寝入った茜が手に握っていたのは俺の作った赤い髪飾りだった。

 我ながら、地味な形状と色合いだ。

 贈り物としては成功と言っていいだろうが、それ付けて町歩けるようになる頃には、着物の流行りが既に終わっている。


「難しいな……」



                ★



 目が覚めた後は割と意識が冴えていた。

 外でした物音がその原因だろう。外で人が倒れるような鈍い音がした、それもいきなりだ。


「んぁ……あにきぃ、どったのー?」

「あー、寝てろ寝てろ。ちょっと外見てくるだけだ」

「ん……」


 眠気に負け、茜はまた布団でまた寝に入った。

 耳を澄ませば物音よりも、茜の息遣いの方がよく聞こえる。


「寝るの早いな」


 俺は物音が気になってそれどころではなかった。


「裏から、だったよな」


 物音は割と遠かったから、泥棒と言う事はないだろう。

 周囲に気配がないから、これから侵入するってことでもないと思う。


「散歩がてら、見てくるか」


 寝巻きの上から服を重ね着して外へ出る。


「さむ……」


 だが、地面が濡れていない。雨が降った訳ではないようだ。


「こりゃ、明日も炎天下か」


 山の天気は変わりやすい。だけど、まったくわからない訳じゃない。夜冷え込むようなら翌日の天気は晴れ、それも恐ろしく暑くなる。

 しばらく団扇が手放せそうにないな。

 物音を追って外まで来たはいいが猫一匹いない。


「気のせいだったのか?」


 よし、寝よう。

 そう思って、裏口から布団への直行を決め込んだその時だった。


「天木!」

「ん?」


 呼ばれて振り返ってみれば、二人、三人、四人……六人の男衆が松明を掲げてやってきた。


「こっちに誰か来なかったか」


 俺は少し考えてから、やってきた男衆を指差してこう言い放った。


「あんたら。それも夜中、集団で」

「いや、そうじゃねぇって。他に誰か来なかったか?」

「物音が気になって出てきたんだけど、たぶんネズミだと思う」

「そうか」

「何かあったんですか?」

「実は――」

「オイ」


 途中、口を割りこませて、別の男がそれを中断させる。


「すまないな。この辺に山賊が迷い込んだってんで」


 怪しい……。

 咄嗟の嘘か、とりあえず誰か探しているのは間違いなさそうだ。

 ま、触らぬ神に祟りなしだ。関わらないでおこう。


「そうですか」

「茜ちゃんの傍にいてやんな」

「そうします、山賊なら仕方ない。気を付けてくださいな」

「ああ」


 早々に会話を切り上げ、松明六本の明かりを見送った。


「なんなんだよ……」


 今のは確かに村の男衆だ。村長の家にいる使用人も混じっていたようだが、本当に何かあったんだろうか。

 結局物音の正体はわからず仕舞い――

「ッ!」


 視界の隅で何かが動いた。

 それと、茂みからの物音。今度はハッキリと聴こえて来た。


「……山賊か」


 身を守る武器か何かを持ってくればよかったと思いつつ、一歩後退。


(待て、茜が中で寝てる。家に近づける訳にはいかない)


 下げた足を、そのまま振り子のように前へと進ませた。


「おい、誰だ」


 茂みへ向かって話しかけて見るが、反応はない。


「あの男共はいない。俺達二人だけだ」


 暗がりに目を凝らしながら、茂みの中を覗き込むように近づいていく。

 男衆が松明率いてやって来たあの騒がしさは微塵も残っていなかった。


「…………」


 何尺ある?

 そう考えた時、葉が擦れる音が俺の耳に流れ込んできた。


「ぐっ!」


 とっさのこと身構えるが、音がしただけでなにも起きない。


「……おい?」

「う……」


 違う、山賊なんかじゃない。

 直観に従って茂みに駆け込み、邪魔な葉を掻き分けていく。


「おい!」

「ひッ」


 聴こえてきたのは、あまりにか細い声だった。

 見えたのは、暗がりに浮かぶ控え目な黄金色の法衣だ。


「あ、あの」


 口を開こうとすると、その顔が月明りに照らされた。

 そこにはとびきりの美人がいた。こんな美人、村でも町で見た事が……。


「あれ」


 こいつ、今日村で連れて行かれそうになってた奴じゃないか?

 法衣の色も似てる。ところどころ穴があるけど、山道でひっかけたんだろう。


「お前、昼の町にいたよな」

「え、あ、あなたはあの時の方ですか?」

「どうしてこんな所に?」

「それは……」


 少女は法衣で顔を隠してしまった。どうやら言いづらいらしい。

 体も法衣隠れていたが、随分と細見であることがわかる。

 昼も頭を限界まで隠していたから、この法衣は目立ちたくない故のものだろうか。

 だが、先ほどの月明かりで、少女の顔は一瞬ではあるがハッキリと確認できた。

 法衣の少女は依然、俯いて俺の視線を拒絶するように黙り込んでいる。


「お前、追われてるのか?」

「…………」


 肩を震わせていた。それは法衣の上からでもわかる。


「怖いのか? 大丈夫、あの男衆は行っちまったよ」


 少女は俺の言葉に耳を傾けてくれたのか、ゆっくりとこっちを向いた。


「事情はあとでゆっくり聞く。家に来い、妹起こして何か作らせるから」


 こうやって家に連れ込むと、何かされるんじゃないかと思われるかも。

 ただ、妹と言う単語で彼女の表情が変わった。

 人がいる、それも自分と同じ女性。言葉だけで信じるのもどうかと思うが、ここは言わないよりマシだろう。

 どうやら、それで安心してくれたらしい。

 法衣の少女は控え目にだが、頷いてくれた。



              ★



「あは、あったかい」


 法衣の少女は外で冷えた体を囲炉裏と粥飯で暖めていた。


「ご、ごめんなさい。突然だったからお粥しか作れなくて」

「構いません。突然だと言うのに食事まで用意してくださって……」

「茜も悪いな、寝てたのに」

「まだ眠いけどね。それで、兄貴。こんな綺麗な人、どうやって連れて来たの?」

「町で」

「あの、そこの茂みなんですけど」


 即訂正されてしまった。

 茜に何か聞かれると素直に答えたくなくなってしまう。でも町で会ったのは事実だぞ。


「あらあら。えっと、私は茜。天木茜。こっちの馬鹿兄貴が竜司」

「馬鹿は余計」

「馬鹿が竜司」

「おい、馬鹿が余計なんだよ! 誰が兄貴抜けと言ったんだ」

「茜さんに、竜司さんですね。私は――」

「私は、リン。リンです」

「りん? この村じゃ聞いたことない名前だな」

「そうだね。町にそういう人いないの?」

「お前、町にいるとしても特定の一人を覚えている訳ないだろ。常連客なら別だけど……」


 しかし、リンは町の子なのか? どことなく品のある仕草が少し気になった。


「で、落ち着いてきたところ悪いんだけど。なんで追われてたの?」

「え、リンちゃん追われてたの!?」

「あ、えっと……」


 慌てた様子に、聞くのはまずかったと今更後悔。


「イノシシにな、そうだろ?」

「え? あ、はい。そうです」


 慌てているのも不自然だったので、助け舟を出してやる。

 元々は俺の不注意だが……。

 法衣の少女、リンに目配せをする。町で絡まれていたことは黙っていた方がいいよな、訳ありみたいだし。


「あー、今の季節ならいても不思議じゃないけど。村に入って来ちゃったんだね、気をつけないと」

「はは、罠でも張っとくか」


 ごまかせたかな?


「今日はもう遅いから、ここで休んでいけよ」

「い、いえ。私もう出ます、これ以上迷惑かけられませんし」


 遠慮がちな娘だ。でも、こんな夜中に外へ出す訳にはいかない。

 理由はわからんが、集団に追われていたのだから。


「悪い人じゃなさそうだもんね。リンちゃん、私の布団使っていいよ」

「でも、私、行かないと」

「えー」

「ほ、ホントにいいですから」

「遠慮しなくていいんだぞ?」

「兄貴、目に卑猥な意味が込められているように見えるよ」

「なっ!?」


 俺の目、卑猥か? そんな卑猥か? 下心丸出しに見えるか、おい。


「リンちゃん気を付けてねー、男はみんなイノシシだから」

「それオオカミじゃねぇの? 男はみんな猪突猛進ですか、あながち間違っちゃいねぇけど」

「あ、あの、私はこれで!」


 茜に気を取られている間、リンは身を翻して立ち上がりそれこそ玄関へ猛進した。


「お粥、ごちそうさまでした! それと、助けてくれてありがとうございます!」


 別れ際、思い出したように振り返ってお礼を述べると、リンとその声は玄関へ消えていく。


「おい、待」

「……て?」


 玄関を抜けると、そこは暗闇だった。月明かりに照らされた夜道だが、妙に暗い。

 十秒も経たず玄関へ向かったはずなのに、そこにリンの姿はなかった。


「兄貴?」

「いなくなっちまった」

「まさかぁー。……あれ、本当だ」


 茜も信じられないと言った感じで、曇った月明かりに照らされた夜道を眺めていた。

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