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俺が空を仰ぐ理由[肆]


「だからよ、なんで言う事聞いてくれないのかなぁ……」


 ――なんだなんだ?

 ――おい、誰かが男二人に絡まれてるぞ。

 ――相手は?

 ――わかんねぇ、顔見れねぇもん。

 いつの間にやら、市場の真ん中に人だかりができていた。どうやら、面倒事が起きたようだ。


「あんちゃん、出番だぞ」


 オヤジさんが売り物であろう木刀を差し出してくる。


「またですか」

「ほら、行けって。騒ぎに客が持っていかれるぞ?」

「むしろ収まる頃には人通りが増えているでしょ」

「騒ぎが収れば、野次馬はそのまま帰っていくだろ。それこそ、俺らの店には見向きもせずにな」

「あー、わかりました! わかりましたよ!」


 多少面倒だとしても、取るべき行動はこれが一番なのかもしれない。俺は観念した。


「これの代金は?」


 受け取った木刀をオヤジさんにチラつかせる。


「いらねぇよ? こういう時の為に置いてある奴だから」

「……さすが」

「すいません、ちょっと勘定待ってもらえますかね」

「いいですけど」


 女性客二人は何をするのかわからないと言った感じだ。

 それは俺も同じ。こんな面倒事に首を突っ込むなんてのは、自分から見ても理解し難い。

 木刀を背中に隠しつつ、人だかりの近くまで行く。


「何があったんだ?」

「おお、いいとこに来たな。いやさ、見た方が早いよ。ほら、あれあれ」


 視界へ入った手近な野次馬から見知った顔を選び、現状を聞く。すると、話しかけた男は指差しと一言で済ませた。


「来てもらわないと困るんだって。ほら!」

「い、嫌です!」


 確かに口で言うより、見た方が早かった。

 男が二人がかり、黄金色の法衣で顔を隠した女を促そうとしている。


「だ、誰か助けてください!」

「だぁ、こら! 大人しくしろって!」

「嫌ですってば!」

「おい」


 俺のあげた一言に、野次馬達が向き直ってくる。すると、こいつらは一斉に、なんだなんだと視線を送って来た。

 俺はこの瞬間が一番嫌いだ。法衣の女に絡んでいた男二人のドス声よりも、こちらの方が俺にとっては心臓に悪い。


「大の男二人がそんな事してて、恥ずかしくないのか?」

「るっせぇな!」

「客がこっちに集まって迷惑してんだよ。見に来てみたらこれだ、とっとと帰ってくれ」

「はあ? 別にいいだろ、どうせてめぇの店に行く奴なんかいねぇだろうしな」

「なっ……!」

「おい、構うな。とっととこの女連れていくぞ」

「は、放してください!」


 もう一人の男が俺とガラの悪い男の間に入ると、法衣の女の腕を掴む。


「客足は悪いけど、お前らに言われる筋合いはねぇぞ!」

「確かに俺らには関係ねぇよな。何してようが勝手じゃねぇか。おら、行くぞ」

「やっ……!」


 法衣の女は尚も抵抗している。まだ顔は見れないが、そんなことはどうでもいいんだ。


「そうかよ。お前らも訳ありみたいだけど、じゃあもう関係ねぇな」

「何の事だよ」

「俺も勝手にやらせてもらう。そこの女に手を貸すぞ!」

「やったれ天木ィ!」


 野次馬達の盛り上がりように比例して、男二人の表情が苛立ちに染まっていく。


「うるせぇぞてめぇら!」


 ガラの悪い男が叫ぶと、野次馬達は一瞬静まり返った。男の方は、懐に手を突っ込み、もう一人の男に目配せをする。


「お、おい! 術式札は使うなって依頼だっただろう! ここで騒ぎを起こしたら依頼料が」

「るせぇ! ここまで舐められたら、商人と言えども痛い目見てもらう!」


 自棄でも起こしたのか、男は声を荒げながら、それを取り出した。

一枚の札だ。

 それがただの紙切れでない事は、ここにいる野次馬達、そして取り出した当の本人も知っている事だろう。


「チッ。俺は知らねぇからな! おい早く来い、巻き込まれるぞ!」

「嫌ですってば!」


 舌打ち混じりにこの場を離れようとさせた男の誘導も、法衣の女は拒否する。

 札を掲げた男はその仲間の動向すら見えなくなっているのか、こんな事を口にした。


「てめぇらとっとと道開けろ! 術式ぶちこめられてぇか!」


 男の荒げた声に、野次馬達の顔色が変わっていく。


「……ッ」


 一人が振り返り、その場を去ろうとしたのだろう。

 人が波紋の如く、けたたましい悲鳴と共に次々と散らばっていく。残ったのは男二人と俺、そして法衣の女だけになってしまう。


「こんな乱暴な使い方、学舎で習った覚えはねぇぞ」

「ケッ。おい、とっととずらかるぞ。役人が来たら面倒だ」

「待てよ」

「ああ? てめぇも早く消えろ!」

「嫌だね。あーあ、客足なくなっちまったじゃねぇかよ」


 振り返ると、先ほどまでいた女性客二人もいなくなっていた。


「せっかく捕まえたって言うのによぉ……」


 客足がただでさえ少ないってのに、なんてことをしてくれたんだと、だんだん目の前の男達に腹が立ってきた。

 一歩、男達に近づく。距離一丈と八尺、背中に隠している木刀を握る手に力が入った。


「そ、それ以上近づくな!」


 男が札を前に突き出したその瞬間、俺は地面を蹴りだした。男の視界は札で一部隠れている。故に反応が遅れたのか、俺が男の右腕に向かって木刀を薙ぐ間、一切の抵抗がなかった。


「いツッ!」


 札は主の手を離れ、ゆっくりと落下していく。


「しまっ――」


 男がそれを掴もうと左手を伸ばす。しかし予測もつかない空中を舞う札の動きに、男はそれを手にする事はできなかった。

 紙を追って屈む形になった男の顔の右側面めがけ、俺は容赦なく一蹴をかました。

 手ごたえは充分。体勢が悪かったのか、俺の蹴りが予想以上に効いたのか、男はこれでもかと転げていく。


「て、てめぇ!」


 法衣の女を抑えていた男が逆上し、手を突き離した。

 抑えられていた法衣の女がその好機を見逃すはずもなかった。


「こ、こら逃げるな!」


 逃げる女を追おうとするが、


「待てこら」

「ひっ!」

 俺はその男の襟首を掴み、制止させる。先ほどの木刀と派手な蹴りで、かなり怯えているようだ。こいつの相棒は既に気絶している。


「依頼とか言ってたな」

「そ、それが?」

「誰の依頼だ」

「そ、それは絶対に言えねぇ!」

「なら役人に突き出しちまうが、構わないよな?」

「ま、待ってくれって!」

「往生際が悪いぞ」

「わ、わからないんだよ」

「あ?」

「顔を隠して、横にいた男が代弁していた。それに俺ら、そいつらに秘密を握られているみたいで……さ、逆らえなかったんだ」

「そんな話を信じろって?」

「頼む、見逃してくれ!」

「横にいた男の特徴は?」

「む、無翼人だ。それしかわからねぇ。依頼人は影だけしか見えなかった……」


 無翼人。

 有翼人とは正反対の意味で、翼を持たない人間のこと。


「何もわからなねぇのと同じじゃねぇか」

「あとは声しかわからねぇよ!」

「なんかねぇのか?」

「…………」

「おい」

「依頼人と男がいた場所に、こんなもんが落ちてた。で、でもそいつらの物とはわからないぞ」

「寄こせ」


 懐から取り出され、震える手で渡された。

 一枚の羽根だ。


「黒い、羽根?」


 町中で有翼人達を見かけるが、黒い翼を持った有翼人は見ない。それは俺が田舎者で、直に有翼人を見る機会が少ない所為もあるのかも知れないが。


「依頼人は有翼人だったのか?」

「影だけだったから、そんなことまではわからねえよ」

「……はあ」


 特定するのは難しそうだな。影だけなら翼の色なんてわからないだろうし、着物の下に翼を隠していたのならば尚更だ。

 俺は男の襟首を突き離し、こう言い捨てる。


「行け」


 俺の言葉に驚いたのか、男はきょとんとした顔をこちらに向けた。


「い、いいのか?」

「女はさっさと逃げちまったしな。こいつ背負って、町を出ちまえ」

「お、おう」

「次にこの市場で騒ぎ起こしたら、すぐ役人に突き出すからな」

「ひ、ひぃッ!」


 俺が促した通り、男は気絶した相棒を背負い、見事な逃げ足で去っていった。

 見えなくなると現場には野次馬達の大量の足跡だけが残り、虚しく乾いた風が俺の前髪を靡かせた。

 先ほどまで市場を賑やかせていた人達はどこにもいない。いるのは俺の剣の腕を知っているオヤジさんと、近場の店主達だけだ。


「オヤジさん達はなんで逃げないの」

「あんちゃんの活躍を見たかったんだよ」

「物好きですね」


 他にも隠れて見ている奴らがいたのか、ちらほらと姿を現し始めてきた。


「すげぇや天木さん!」

「商人より用心棒の方が才能あるんじゃない?」

「うるせぇ」

「しっかし、術式札を振り回すなんて、野蛮な連中ね」

「おい触るなよ、術者以外の奴が触ると怪我するぞ」

「俺は構わねぇけどな、っと!」


 戻って来た野次馬達の皮肉を受け流しつつ、木刀の切っ先を地面に向け、思い切り突き刺した。狙ったのは先ほど男が落とした紙切れだ。

 通称『術式札』。

 本来、術は有翼人やそういう類の修行をした巫女のみが扱えるもので、それを誰でも使えるようにしたのがこのお札なんだそうだ。

 昔は妖怪退治に使われていたらしい。

 術式に用いる札は破けていたり、札に書かれている文字や記号が潰されたりすればただの紙に成り下がる。これでこの札は無力化された事になる。


「相変わらず良い腕だな」


 と、オヤジさん。


「その代わりに術式は札まったく使えないけどな」

「誰でも得手不得手があるだろう」

「便利な言葉だな、心が軽くなる」

「剣は誰から教わったんだ?」

「村長と学舎の先生。術式を教えられるのも今あの村ではその二人だけ」

「へぇ。術式は俺も苦手だけど、基礎もできねぇのか?」

「才能皆無って言われたよ」

「そ、そりゃあ気の毒にな」

「稽古は稽古で、空眺めている暇があったら素振りでもしてろって、よく竹刀で叩かれた」

「厳しいんだな」

「厳しいっていう言葉で表現するのはなんか違うな……。最近は前触れもなく俺に向かって薙刀ぶんぶん振り回すようになったし」

「元気だなオイ」


 元気って言うのも少し違うと思うんですけど。


「おかげで稽古がいつも命がけです」

「だからあんな動きができるのか。若いのにすげぇな」

「どうも」


 騒ぎが収まったのを感じ取ったのか、野次馬達は続々と戻って来た。


「ほら、客が戻ってきましたよ」


 先ほど預かった髪飾りを品の元に戻し、オヤジさんに向き直る。


「あれは野次馬って言わないか?」

「……あれは、客です。きっと」


 自分にそう言い聞かせるように、俺は所定の位置に戻った。

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