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俺が空を仰ぐ理由[弐]

 ふと空を見上げる事は、誰もがしてしまう事だと思う。

 仕事が忙しいだの何だの言って、首が上がらなければこんな綺麗な青空は見えやしない。


「空はなんで青いんだろうな」


 ほどよく頑張り、ほどよく力を抜いて妹との家計を守る俺には、空を仰ぐのが楽しみだった。


「兄貴」


 町の市場に店を出しているが、客足はお世辞にも多いとは言えない。暇な時間はこうやって空を見上げて、こんな事を考えている。


「しばらくは快晴が続きそうだな」

「兄貴ってば!」

「うわっ」

「あれ」


 とっさに振り返ったが、俺の視線の先には誰もいない。


「ここだよ、馬鹿兄貴」


 上を向いていたせいか、首の位置が高かったらしい。首の角度を下げていくと、嫌でも毎日顔を合わせる妹がそこにいた。

 どうやら呆けていたらしい俺に、こいつは少々ご不満のようだ。


「驚かすなよ」

「驚かしたわけじゃないよ。反応しない方が悪いんでしょ」


 俺を兄貴兄貴と呼ぶこいつの名前は天木茜。

 俺の妹で、近所の女の子と比べると活発な方だ。多少子供っぽく生意気な所もあるが、兄の俺から見ても女としては整った顔立ちをしているのではなかろうか。

 村の中で茜狙いの男は多い。


「で、また空見てたの? 好きだねぇ」


 厭みな視線と台詞が飛んでくる。溜息に混じりに考えた事だが、村の男達に一言だけ忠告したい。後悔するぞ、とな。


「子供には関係ない」

「子供扱い禁止。私もう――」

「はいはい。ほらとっとと学舎まで行くぞ」

「って、こらーっ! 無視すんなぁ!」

「別に眺めるくらい別にいいだろ。減るもんじゃないし」

「でも、掟は?」

「『空に憧れを抱くことなかれ』か? バレなきゃいいんだよ、あのババアも人の心を読むわけじゃないし」

「はあ、出ましたよ。兄貴ってば村長に反抗しすぎじゃない?」

「あのババアの有翼人嫌いがどうしようもないように、俺の村長嫌いもどうしようもないものなんだよ。あの婆がかけた厳しい掟のおかげで村の人口は一向に増えないし、村から数里離れている町に行かなきゃロクに稼ぎにもなりゃしない。いい迷惑だ」

「その掟のおかげで村の治安はいいんだけどね」

「それだけだって。ほら、そろそろ行くぞ」


 急かすように歩を進める。


「あ、待ってよ!」


 俺達の家は、村の中で最西端、木々が生い茂る村はずれの小さな土地にある。

 家から空を仰いだ場合、葉が空を囲んでいる形になっている。見上げる空がいささか狭いのだ。正直、その所為で家の立地には未だに納得ができていない。

 隣の家はすぐそこにあるもの、なんて常識は、こんな田舎の村には通用しない。

 しばらく歩くと、空が一気に広くなった。森を抜けたのだ。


「んーっ!」


 おもむろに立ち止まり、背を伸ばす。


「兄貴、いちいち背伸びしないの。とっとと行くんでしょ」

「はいよ」


 森を抜けるとしばらくは畑が続く。村の情景は、そこに民家が点々と立てられている形だ。決して豊かと呼べる村ではない。

 ちなみにこの町で畑を所持していないのは、俺達天木家だけである。

 ここからまた少し歩けば、学舎、そして村の出口へ辿りつく。


「あら、竜ちゃん、茜ちゃん。おはよ」


 声のした方へ振り返ってみると、近所に住んでいるおばちゃんが鍬を抱えてこちらに手を振っている。


「あ、おはようございます。朝から畑仕事ですか。お疲れ様です」

「いつものことよ。それより竜ちゃん、ウチに来ない? 旦那が腰やっちゃって役に立たないのよ」

「婿入りは勘弁ですけど、手伝いくらいなら。仕事と稽古の後でになりますけど」

「あら、まだ村長の稽古続けてたの?」

「……あれしか特技がないものでして」

「兄貴、翼師の才能は皆無だもんね」

「うるさいぞ」

「でも竜ちゃん、お仕事は商人でしょ? 稽古もするなんて大変じゃない?」

「今は気が向いた時にしか行かないんで。では、茜を送らにゃならんので行きますね。行くぞ、茜」

「うん。じゃあね、お姉さん」


 茜が「お姉さん」に挨拶をしている間、俺は商売道具である荷車を引いて一足先にその場を離れた。



               ◆




 茜の学舎は俺達の家から一里もない場所にある。

 村もそんなに大きい訳でもない為、そんなに遠い訳ではない。ただ俺の場合、荷車を引いて歩くからか効率が悪い。

 馬なんてものは金持ちが持つものだから、自分達の足に頼る他ないのだ。


「いけいけー」


 茜は俺の引く荷車の上に乗って楽をしている。

 俺が茜の馬になっている訳だな……って――


「降りろよ」

「やだ。疲れたもん」

「早いよ。あのな、この荷車は兄ちゃんの売り物を乗せる物なの。だから降りなさい」

「兄貴は自分の妹を売る気か、この鬼畜外道め!」

「殴っていい? 殴っていいよね?」


 そこからしばらく続いた言い合いにも疲れ果て、とりあえず学校までは乗せていくことにした。

 学舎は教室が全学年統一されていて、年が違う者でも必然的に同じ教室になる。

 俺はとっくに卒業しているから関係ないのだが。


「じゃあ、俺は町行ってくるから」

「はーい」


 いつも俺は茜を学校に送って仕事に出る。兄妹で学校に通ってかなり経つが、卒業してもこれを繰り返すのは正直しんどい。ましてや成人してからは稼ぎに出ている為、途方もない労力を消費している気がする。

 退屈しないのはいいが、茜を乗せた荷車を引いていくこの状況はどうにかしたいと考えている。

 ……ほどなくして、茜の学校へ辿り着く。


「あら、竜司くん」

「あ、先生。ども」


 茜を送っていく都合上、卒業しても尚、先生と顔を合わせる羽目になる。

 同じ村だから、仕事帰りにバッタリなんて事も少なくはないんだけど。


「これからお仕事?」

「いつも通りです」

「毎日辛くない? 売り物を馬もなしに引いているんでしょ?」

「もう慣れましたよ、ついでに茜も乗せてますし」

「あら、人身売買には手を出しちゃダメだからね」

「先生、乗ってるものがすべて商品ってわけじゃないですから……」

「冗談よ。がんばってね、もう成人なんだから」

「はい」

「兄貴、今町で何が流行ってるか調べてきてよ」

「何が流行ってるかわかっても、どうせ行かないから意味ないだろ」

「いいじゃん、別に」

「わかったよ」

「あー、私も町にいきたーい」


 茜は連れていけとばかりに飛び跳ねる。


「ダメだ」

「なんで」

「村の掟。子供が村出ちゃいかんの」

「ケチ」

「なんとでも言え。それじゃあ先生、よろしくお願いします」

「ええ。ほら、そろそろ授業始まるわよ」

「はーい。ねぇ先生、私昨日習った術式できるようになったよ!」

「あら、すごいじゃない。やっぱり茜ちゃんは才能あるのよ」


 先生と茜の後ろ姿を確認しつつ、俺は町の方面にある村の出口へ。

 村から町への移動は、荷車を引く労力を計算に入れても二刻を要する。数ヵ月でようやく慣れてきたのはいいが、それでも距離が縮まった事にはならない。鍛えている方だが、この往復はやはり体に堪えるものがある。

 市場でぶっ倒れたら商売にならないよな。何か対策を考えないと。


「行くか、荷物も減ったし」



               ◆



 なんとか正午前に到着できた。

 空を仰ぐと、村では決して見る事の出来ない光景が広がっている。

人だ。

 翼を持った人間が優雅に空を飛んでいる。子供の頃に一度だけ見たが、今ではすっかりとこの光景に慣れてしまった。


「さて、始めるか」


 休憩したいのは山々だが、そうはいかない。休みの日以外は夕方まではこの町市場の一角にて雑貨を売るのが俺の仕事なのだから。

 荷車を背に置き、客足の波へ向かって両の手を思いっきり叩く。


「天木が来ました! 女性必見の髪飾り、新しい型ができてるよー」


 俺の声に反応して、女性が数名こちらに視線を送ってきた。

 今言った髪飾りは町の女性に人気があるようで、俺と茜の食い扶持にはなくてはならない存在となっている。

 と言うより、今はこれだけ言っていれば食べていける。


「天木さん。それ一つ」

「はい、どうも」


 さっそく髪飾りが売れた。ありがてぇ、お客様は神様です。

 ただ、なぜ他の商品はまったく売れなんだ。

 ついでに、という感じで常連さんが買ってくれる程度だが、それだけでは赤字は免れない。なにも売れないよりはマシだろうがな。


「もうちょっと、グッと来る商品の案はない? お姉さん」


 今買ってくれたお姉さんに話を聞いてみる。こういう女性からの意見は特に重要だからな。


「そうねー、もういっそ髪飾り専門店にしちゃったら?」

「そんな身も蓋もねぇ事を言わないでくれよ」


 客との談笑ついでに他の商品を勧めて売っていく。今日は順調に売り上げが伸びている方だ。ただ順調に売れているのは髪飾りだけなのは、いつものことである。

 髪飾りの流行が過ぎれば、俺の店の儲けはほぼなくなってしまう。

 これも、何か対策を考えなければならない。

 今後の議題が増えたところで、俺は逃げるように青空を見上げた。

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