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この村に掟がある理由[壱]

 早朝。俺は一睡もできずに日の出を迎え、二人が起きるのを待っていた。

 衣鈴は丁寧に挨拶してくれたが、茜はこれ見よがしに、


「おっはよー」


 などと気の抜けた声で俺に話しかけてきた。俺がその後出した溜息は何に対してだったんだろう。徹夜の影響か、考えるだけでも億劫だった。


「ふあぁぁぁ……」

「おやおや、でっかいあくびだね」

「交代の時間に起きなかった奴のおかげで、俺は見張り延長したんだぞ」

「ワー、まったく気付かなかったー」

「覚えてろよ……」

「りゅ、竜司さん。やっぱり近くで休んだ方が良いですよ」


 茜とは反対に、こちらの体調を気遣ってくれる衣鈴。


「いいよいいよ。どうせ少し歩けば町だ、しばらく泊まる宿もなんとかしねぇとだし」


 いつもなら仕事に行くために準備している時間。日が昇って一刻も経ってない早朝だった。

 そして、徹夜明けの体を引きずって、歩く事一刻半。ようやく町の声が耳に届いてきた。


「まだ賑わってないな。それなりにはいるけど」

「わぁ。すっごい人!」


 茜はまばらにいる人並みを眺めて目を輝かせていた。

 彼女からすれば町は初めての事、これだけの人混みでも村では滅多にお目にかかれるものではない。

 今視界に入る人数だけでも、村で見る一日の人より多いんじゃないだろうか。


「これからもっと込んでくるぞ。はぐれずに付いてこい」

「あ、あの……私これじゃあ」

「法衣は持ってきてるのか」

「一応」

「じゃ、着て来い。頭には被らなくていいから」

「わかりました」


 この町で顔を隠そうとすれば逆に目立つからな。

 人前に出る事には慣れていない衣鈴には悪いが、少しだけ我慢してもらおう。


「で、兄貴。どこ行くの?」

「いつも店出してるとこ」

「市場?」

「そう。いつも話してるオヤジさんも来てる頃だ」


 ……。


「あんちゃん、今日は早いな」

「少し訳ありでして」

「その結果が両手に花かい?」

「そんなところです」

「兄貴。この人がそうなの?」

「仕事仲間のオヤジさん。こっちは妹の茜、んで――」

「親戚のリンです」


 衣鈴が使っていた偽名を利用し、紹介を適当にごまかした。


「妹さん? でもよ、あんちゃん。妹さんはまだ」

「いやー、どうしても町に行きたいって聞かなくてさ。遊びに来たリンちゃんも行きたがってたし」

「ほー」


 なんかすごい疑いの視線が飛んでくるんだけど。


「ようするに、村を飛びだしてきたんだろ?」

「うっ。オヤジさんには敵わねぇや……悪いんだけど」

「わーったよ」

「え、いいの?」

「俺とあんちゃんの仲だろ? 黙っておいてやる」


 いや、そこまで深い仲でもないんだけど。


「宿は?」

「これから探すところです。ただ、しばらく店出せないって事だけ伝えに来たんで」

「そうかい」

「んじゃ、俺たちはこれで。ほら、宿探しに行くぞ」


 いつもの店から席を立ち、二人を促す。


「……待ちな」

「ん?」

「当ても金もねーだろ。三人なら宿代きついだろうし、家に来いや」

「え、でもそこまでさせると」

「ガキが何人もいるんだから変わらねーよ」

「結構居座ると思いますけど」

「女房の説得には骨が折れそうだ。一杯くらい奢れよ」

「オヤジさん……。わかりました」

「ありがとうございます」

「よろしくお願いします」



             ★



 その後はオヤジさんの手伝いをして、早目に店を閉めた。

 そして、オヤジさんに連れられて、この長屋に来たまではいいんだが……。


『ふざけんじゃないよあんた!』

『なあ、頼むって』

『何言ってんだい! 子供が三人もいるってのに居候増やすって?!』

『増やすんならそのカツラの下に生えてる毛と収入増やせっていつも言ってんだろ、あァ!?』

『た、頼むって! 俺も家事手伝うし、あいつらにも手伝いさせっからさぁ』

『わかったよ、飯代はあんたの小遣いから引いとくからね』

『え、そりゃねぇって!』

『黙りな!』


 夕焼け空に甲高い声と、鈍い音が響き渡った。


「夕焼けって綺麗だよね」

「急になんだ、茜」

「いや、血の色みたいだなって」

「茜ちゃん。その例え、すごく怖い」


 ……。


「おほほほほ、ごめんなさいね。ささ、上がって上がって」


 しばらくして、先ほどの声の主と思われる女性が俺達を出迎えてくれた。


「え、あの」

「いいのよ。上がって? 泊まるとこないんでしょ?」

「すいません……お世話になります」


 多少遠慮もしたが、やはりここはご厚意に甘える事にしよう。あとオヤジさんの勇気に。


「おじゃまします」


 敷居を越えれば、新しいとも古いとも言えないごく普通の木造の家。


「天木竜司です。こっちは茜とリン」

「竜司さんのことはあの馬鹿から聞いてるわ。茜ちゃんに、リンちゃんね」

「お世話になります、お姉さん」

「あらやだ、もう茜ちゃんったら! お世辞でも嬉しいけど!」

「オヤジさん、大丈夫ですか」


 部屋の隅に追いやられているオヤジさんに寄り、話しかけてみる。


「よぉ、あんちゃん……」


 オヤジさんはどこをどうされたのか、全身生傷が多々見える。


「どうしたらそんな生傷が増えるんですか。たった説得の五分で」

「頭があがねぇからな、あいつには」

「苦労してるんですね」

「まあな。そうだ、嵐がそろそろ来るんだよな」

「あ、いっけね。店開けないんだった」

「ははは、なら俺が稼いできてやるぜ、もう釘やら板やらし仕入れてるからな。情報量として利益の二割渡してやらぁ」

「さすがオヤジさんだ」

「竜司さん。ご飯炊けてるけど」

「あ、すいません。いただきます」

「あー、俺にも」

「ごめんねー、お米が足りないわ」

「おおおおぉ……!」


 すいません……。


「で、竜司さんでしたっけ」

「はい」

「あなたが。なるほどね。旦那から話は聞いてます。狭い所ですけど、自分の家だと思えばいいからね」

「突然おじゃましちゃって、本当に申し訳ないです」

「いいのよ、今は寝てるけど子供も多いし。別に三人増えたところで変わらないわよ」

「で、できるだけ早く宿探しますんで」

「当てはあるの?」


 横で茶々入れてくる茜。


「い、いやねーけど」

「この長屋なら空きがあったと思うけど」

「借りられますかね、部屋」

「大家さんには顔が利くから。話してみるわ」

「ありがとうございます。何から何まで」

「いいってば。お金はあるの?」


 そういえば婆から逃げてて取りに行く暇なかったな……どうしよう。


「財布、村に忘れてきちゃったようです。手持ちは先日の売り上げくらいで」

「あらま、それじゃ三人分の米すら買えないわよ」

「ですよね」

「家出なら計画的にしなきゃ」


 家出。ある意味近いな……。リン、衣鈴は大体そんな感じだし。


「明日にでも金取りに戻ります」


 村に戻れば町で住む時の為の貯金があるんだが、今戻る訳にもいかないか。


「ふあああ。ごめんなさい。私もう寝るから、好きに部屋使ってね」

「はい。ありがとうございます」

「竜司さん、子供達もいるから静かにね?」


 オヤジさんの奥さんはそう言って奥の部屋へ。

 てか、意味深ですねおい。

 子供達もあっちの部屋で寝ているんだろう。


「くがぁぁぁ……」


 オヤジさんはなんかこっちの部屋で寝てるけどさ……。

 ……。

 しばらくして静まり返ると、俺達は家主を起こさぬように小さな声で会議を始めていた。


「衣鈴――いやリンって言った方がいいか」

「そうですね。皆さん寝てますけど、その方がいいかと」

「婆の息がどこにかかってるかわかんねーからな。あれで顔広いし」

「兄貴。お金あるの?」

「……家に戻ればな。しばらく三人の飯と宿代くらいは出せる」

「でもそれって、この町に引っ越してきたときの資金なんじゃ……」

「使い方は間違ってねぇだろ。町に出るのが何年か早くなっただけだ」

「竜司さん……」


 とは言っても、三人分となると食費がかさみそうだな。

 金と一緒に商売道具も持って来ないと一週間もたないぞ。


「待てよ、ここは村じゃないんだからアレが作れるんじゃないか?」

「…………」

「あにきー?」

「あの、どうしたんですか?」

「明日、金と荷車取ってくる。商売道具もな」

「ひ、一人でですか!? 危険です! また家の使用人達が」

「別に捕まりに行く訳じゃないって。それに金がないとオヤジさん達にも迷惑かかる」

「でも兄貴、荷車は屋敷の横だよ?」

「あ」


 しまった!

 慌てていたから忘れてきちまった!


「…………」


 婆の罠に飛び込むだけのような気もするが、それでも行かなければ何も始まらない。


「金貯めて、三人で町を出よう」

「本気?」

「本気も本気。こっちだって命かかってる。荷車は難しいだろうが、家の金と護身用の木刀もいるかもしれないな」


 木刀ならオヤジさんから買えるけど、道中で襲われるかもしれないし。


「竜司さん……私を連れていったら、絶対ご迷惑かかりますよ? 今ならまだ」

「だぁら、今更だろ? もうこっちは刀振り回されて追いかけられた身なんでからな?」

「う、そうですけど」


 寝転がったまま、衣鈴の頭に手を乗せて撫でまわす。


「わっ、わっ……!」

「……守ってやるよ。最後までな」

「え、う……よろしくお願いします」

「素直でよろしい」

「兄貴兄貴、君の愛しき妹は?」

「走らないとぶった切られるよ?」

「守る気なしですかい兄貴」

「お前もお前で村の敷居越えちまったからな。困ったもんだ」


 成人しきっていない茜がリンと共に村を出ていく。これは立派な掟破りだ。

 俺もそれを手助けしたと見られる。その前にリンの件もある。


「俺なんか誘拐犯の位置にいるし」


 これじゃ、後戻りなんてできるはずない。


「ま、どっちにしろ理不尽な掟だったんだ」

「そうだそうだ! 私だって町に行きたかったんだ」

「声でかい、抑えろ」

「……ごめんなさい」

「くすくす」


 方向性としては、いつでも夜逃げできる体勢を取って長屋に住む。

 と言う事で決定。

 これから忙しく、気の抜けない生活が始まりそうだ。



             ★



 俺が予想した通り、嵐はすぐそこまで迫っているようだった。

 灰色に染まる鬱な空を眺めながら、背後にいる彼女を見つけたのはついさっきの話。


「衣鈴、留守番って言っただろ?」

「で、でも。私だって役に立ちたいです」


 早朝の山道を早歩きで進んでいた時、背後から余分に足音が聞こえてきた。使用人かとも思ったが、振り向けばそこには衣鈴がいたのだ。


「村へは一人で行くつもりだったんだけど。それに役に立ちたいって、昨日助けてくれただろ」


 婆の家から、俺達二人を助けてくれた衣鈴。

 軟禁用の術式札を剥ぎ取り、俺達を倉崎の屋敷と言う籠からにがしてくれた。衣鈴がいなければ今頃どうなってたことだろう。


「とにかく、今度は俺がお前を守る番だ。ほら、傘入れよ」


 後ろからやってきたリンに、傘を差し出す。


「ありがとうです」

「それに……」

「?」


 友達だから、な。

 左肩が傘から出て、その部分だけが濡れ始める。


「なんですか?」

「さーて歩くぞー」

「無視しないでくださいよ!」


 急に気恥ずかしくなった。

 並行して横を歩くリンを一瞥するも、直視できない。

 仕舞いにはチラチラと挙動不審になるばかりで。


「あの」

「!?」

「私の顔に何かついてます?」

「い、いや。なにも……」


 ついてないけど、どうしよう。

 何を話したらいいかわからないまま、俺達は村への道を順調に進んでいた。

 今からリンを返す訳にもいかないし、茜もいれば特に気兼ねしなくてもいいんだが……。


「……?」


 さっきのことで不思議と感じたのか、今度は衣鈴が俺の顔を覗き込んでくる。


「な、なんだ。俺の顔に何かついてるか」

「い、いえ。なんかお顔が赤いような――」

「き、気のせいだ。さ、ここからは裏道だぞ」

「え?」


 法衣の袖を掴んで、リンを茂みに誘導する。


「あ、あの、竜司さん!?」

「どうした?」

「どうしたもこうしたも、こ、こんな昼間から」

「あいつらも昼間から荷物取りに来るとは思わないだろ? でも、表から行くと目立つ。裏から回って家まで行くんだ」

「え? あ、そ、そうですよね」

「?」


 もしかして、勘違いされた? まさかな。

 裏道――既に道とは呼べないけど――を通って家の前までやってきた。


「さて」


 案の定、俺達の家には頼んだはずのない見張りがいた。玄関と裏口に一人ずつ。

 歩いて周回を繰り返しているのが一人。

 三人か。


「どうしましょう……これじゃあ中に入れませんよ」

「誰か呼ばれても厄介だし」


 木刀はおろか木の棒一つ持っていない。相手もそれは同じ条件だ。人の家の前で刀持って立つ訳にもいかなかったのだろう。


「竜司さん、私が囮になります」

「おい、待て。そんな事したら人を呼ばれるぞ」

「でも、このままじゃ家に入れません」

「そうだけど……いや、俺が囮になる。お前は引き出しに入ってる貯金と、机の下にあるヘソクリを持って来てくれないか」


 女の子に囮役なんてさせられない。


「でも、家のどこに何があるのかわかりませんよ?」

「あ……」


 それもそうだ。家の構造を理解していない衣鈴では、探すのに時間がかかるかもしれない。


「信じてください」

「……集団に捕まったら、俺逃げるかもだぞ」

「信じていますよ? 竜司さんのこと」

「……わーったよ! 無茶するなよ?」


 はい、とハッキリとした小さい声。

 軽い打ち合わせをした後、俺と衣鈴は二手に分かれた。

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