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桜の雨  作者: 滝沢美月
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慈雨jiu



「私は二‐Fの椎葉 優月(しいば ゆづき)です。よろしく」


 満面の笑みを向ける彼女を、俺は眉間に皺を寄せて見る。


「あなたは?」


 そう聞かれて渋々答える。


「一年の手越 奏真(てごし そうま)


「えっ……一年生なの? 同じ年かと思ってた。じゃあ奏真って呼んでいい? 私のことも優月って呼んでね」


 あまりに無邪気な笑顔をむけるから、見ていられなくて、目をそらした。



 優月は昼休みを半分過ぎた頃に、必ず裏庭の桜の木にやってきた。

 俺は昼寝を邪魔されたくなくて、寝転がったまま、声をかけられても返事をしなかったが、優月は気にもせず隣に腰を下ろすと、その日や前日にあったことを話し始める。

 優月の話のほとんどはテニス部のことで、テニスなんか知らない俺にはさっぱりだったけど、一つだけわかったことがある。彼女の話に出てくる“元宮(もとみや)”というのが、きっと彼女の好きな奴の名前。その名前は頻繁に出てきて、その名前を口にする時の彼女は、頬を少し染めて、キラキラと輝いた瞳をしているから、失恋した相手が“元宮”先輩だと、俺は知ってしまった(・・・・・・・)

 だけどなぜ、優月がここに毎日来るのか、俺にそんな話をするのかはわからなかった。俺は頷きも相槌もせずただ黙ってて、聞いてるかどうかも怪しいのに、それに対して優月が何か言うことはなくて、いつも眩しいくらいの笑顔を俺に向けてきた。

 優月は、今まで俺に近づいてきた女の子達とは違ってて、どう接していいのか少し悩んでいた。



 俺の目の色は淡いブルーグレー、髪も色素が薄く金色に近い茶色、肌も白く、きりっとした二重、通った鼻筋、それらすべては母譲り。初対面の人には必ず「ハーフ?」と尋ねられる容姿は自分で言うのもアレだが、美形な方だ。母親譲りと言ったが、母は外国人ではないし、俺も純粋な日本人。だから、ハーフと聞かれるのはいつものことだけど、少し鬱陶しかった。おまけに、この容姿を羨ましいとか言われるのも煩わしかった。

 確かに、外見のおかげで女の子にはたくさん声をかけられる。でもそのほとんどが外見だけで――

 “俺”を見てくれることはなかった。中学生の頃、それでも嬉しかったけど、女の子にちやほやされる俺に対する男子の視線は冷たくなり、だんだんと外見で近寄られることが嫌になってきた。決まってハーフと尋ねられることも……

 だから、高校に入学してからも、尋ねられる前に逃げた。男なのに逃げるなんて――そう言うかもしれないが、俺にとって、それほど大きなコンプレックスだった。

 クラスに仲のいい男友達はいる。だけど、教室には居辛くて、安息の場所を求めるようにたどり着いた桜の木の下で、君に出会った――



 でも優月は、初めて俺を見る人が必ず口にすることを言わず――


「ありがとう」


 ――ただそれだけを言って走り去った。

 もしかしたら、その瞬間に、俺は恋に落ちていたのかもしれない。

 初めて俺を外見だけで判断しなかった君――

 優月に他に好きな人がいてもいい、ただ昼休みのほんの短い時間を共有するだけで、対人関係に枯れてしまった俺の心は癒されたんだ。




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