N・N・C
この病気は感染症ではない。
人間だれしもが内に秘めている。盲腸のようなものだ。
若い男女の発症例がほとんどで、基本的には時とともに自然治癒することが多い。
ごく一部、この病気と付き合いながら、大人となる人もいるが、その病のため、周囲の者から奇異の目で見られ、敬遠されることも少なくない。
その病の名は――――中二病。
「母上。なぜわたくしをこのような所に連れ出すのです?」
「いいから。愛理ちゃん、大人しく先生に任せればいいから。それに、私は母上じゃなくて、普通にお母さんって呼んでね」
「はっ。ごめんなさい。お母さん。つい、桃蘭が出ちゃったみたい。あの子、警戒心が強いから……」
母親がため息をつく。
医師は、そんな母娘の様子を観察して、結論を出した。
「なるほど。典型的な発症例ですね。大丈夫。すぐに直りますよ」
事務的で事もなげにな口調である。
それに反応して、患者の少女が立ち上がった。
「妄想だっていうの? そんなことない。桃蘭は私の中にいるのっ。ううん。私は桃蘭の生まれ変わりで、彼女は蒜国のお姫様で、趨国に許婚の王子様がいたんだけど、戦争で離れ離れになって、来世で愛を誓うって約束したんだから!」
「ほう。ところで聞きますが、その桃蘭さんとやらは、たいそう美人だったのでしょうか」
「ええ。もちろんです」
医師はにやりと笑った。
「せ、先生。それだけはっ」
察した母親が取り乱す。
「申し訳ございませんが、荒療治が必要なのです」
医師は大きな鏡を取り出すと、少女の顔に突き付けた。
「御覧なさい。この顔。このげじげじ眉毛に、団子鼻。どこからどう見ても、あなたはお母さんの娘だ」
「きゃぁぁっぁ」
のたうちまわる少女。医師がとどめの一言を告げた。
「仮に生まれ変わりに容姿が関係ないのなら、生まれ変わりの殿方もまた、残念な容姿の持ち主かもしれませんよ」
「……いやぁあぁぁぁぁ」
少女――桃蘭はばたりと倒れた。
医師は、患者に一瞥をくれると、鏡を所定の位置に戻した。
「これでもう大丈夫でしょう」
「……ありがとうございます」
母親が微妙な目で医師を見ていた。
この病は、家族にも苦痛を与える恐ろしいものなのである。
「ふはははは。愚かだな。容姿など問題ない。こやつの邪気が美味なのだよ。くっくっく」
次の患者は少年である。女子より容姿に気を使わないため、鏡療法は効きにくい。
「先生。どうやら私の出番のようですね」
現れたのは、ナイスバディにとろりとした目を持つ女医だった。
彼女は、少年を別室に連れ込んだ。助手はいない。二人きりである。
「何の用だ? 女」
「いいのよ。無理しなくて。卒業しましょう」
「なにを……」
「辛かったわね。最初はちょっとした気の迷いだったんでしょ。けれど、学校のクラスメイトにキャラ付けされて、戻れなくなっちゃったのね。大丈夫。きっとみんな分かってくれるわよ」
彼女は聖母の笑みを浮かべて、彼の身体を優しく包み込んだ。
少年はピクリと反応し――堰を切ったように泣き出した。
「わぁぁっぁぁぁ」
少年は泣いた。彼女の柔らかな胸に抱かれて泣いた。ついでに頬ずりした。
彼女は別名「保健室の女神」。親身になって患者の相談に乗り、その容態を和らげるのである。
ちなみに、その豊満な胸が偽チチだということは、大して問題ではない。
今度の患者は少女である。どんよりと暗い表情で、身体を重そうに動かす。
「……私ったら何て不幸なのかしら。生きていてもいいことないし。今日もまた、リスカしちゃった……」
「はい。では、お薬塗っておきますね」
「あの……私……」
「包帯巻いておきましょうね。今晩お風呂は入っちゃだめですよ。シャワーなら問題ないですよー」
「…………」
「ついでですから、痛み止めも付けておきましょうか」
ごく普通の病院の患者である。
続いての患者も少女である。瞳に宿る意志は固く、長い黒髪を紙で結っている。
「私は、聖なる巫女です。治療と称する戯言などには屈しません」
「そうですか、ではこちらへ……」
黒髪少女が通されたのは、学校の教室程度の大きさの部屋だった。そこに彼女と同じくらいの年の少年少女が多数いた。何をしているわけでもなく、各自ばらばらの行動をしていた。
「くだらない。人はカスのようなものだ。絶滅すればいいのに……」
「小鳥さんこんにちは。風くん、今日もありがとう。妖精と会話できるあたしって可愛いっ」
「うん。ごめん、今日予定あって。そう、彼氏。暴力振るう奴。どうしてもより戻したいって言うから」
ぶつくさと虚空に向かってつぶやく少年、窓を開けて身を乗り出して両手を広げている笑顔の少女、時報が鳴り響く携帯電話に語っている少女。
後ずさる巫女。
「さて、あなたからすると彼らには悪霊が取り付いているように見えるでしょう。除霊できますか」
「も、もちろんです」
彼女は、かばんの中から、割り箸とコピー用紙で作った玉串を取り出した。自分は内に能力を秘めているので、これで大丈夫なのだ。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!!」
ついに、やってしまった。いつもはこっそり人目を忍んで力を使っていたのだが、ついに人前で。
頬を上気させる巫女。気づくと、彼女の周りを数人の男女が囲んでいた。
「ふっ。飛竜眼の使い手の俺には、きかねーな。やばっ、今言ったことは秘密だぞ。俺の正体を知られたら、組織に消されちまうからな」
「もぉなにやってるのよ。男なんて乳見せてズボンの上を優しく摩ってやればイチコロよ。あたしなんて、昨日だけで、三人とヤっちゃったよ。二人目の彼、テク凄かったんだから」
「その技は滅びし、シォゲニウェに伝わる秘儀ですな。ただ貴女の力ではロクィウには敵わない。あまり大きな声では言えないんですけど、僕も、オペクァツヴォの賢人の生まれ変わりです。貴女なら修行をすれば、きっとフィオウアを習得できますよ」
囲まれた巫女はぺたりと床に座り込んで泣き出した。
「ごめんなさーいっ。私が悪かったですぅぅぅ」
これは、禁煙やアルコール依存症などの治療にも用いられる集団療法である。
まれに効果がなく、こちら側に加わってしまう患者もいるが、それはそれで別の患者への説得力が増加するという利点がある。また常連になることで、治療費が増えて経営も楽になるのだ。
さて、以上が当クリニックの治療の一部である。
自分には関係ないと思われているあなた。
人とは違う。自分は特別だ、という感情をお持ちではないだろうか?
――すでに発症していますよ。
かって私もこの病を患っておりました(笑)
気になった方は、拙作『絵美と悟のボケとツッコミ』の「天気」の話をご覧ください。