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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第三章 夏前。

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第8話 放課後の遭遇

 5月16日、高揚を内に秘めるのが困難になる直前で、なんとか放課後を迎えた。


 しかし放課後を迎えても、彼女が正門前で待っていることに半信半疑な自分がいた。まだ彼女が僕の恋人となった事実が、腑に落ちていなかったのだ。


 結局は正門を出ると、例の手提げバックを抱えて佇む少女がいるのだった。



 僕と授業の終わる時間は同じなのに、どういうわけか、彼女は先に正門へ辿り着いていた。ただ、このときの僕には、そこまで詮索する余裕がなかった。


「わざわざ学校まで、ありがとうございます。」

「いいのよ、水道橋からなら通り道だし。それに二週間も会えないのは、私自身、少し寂しかったから......。それにしても、まだ優斗と出会ってから、二ヵ月も経っていないのよね。」

「そんな唯花は、一ヵ月足らずで僕に告白しましたけどね。」

「まずかったなら別れま......。」

「大丈夫です問題ないです大歓迎です!」

「......冗談なのに必死になっちゃって。面白いわね。」


 その冗談によって、心臓をズタズタにされかけた少年がここにいる。


 彼女はケラケラ笑って、しばらくしても、僕をからかえたことに、ある程度満足気な表情をしていた。


 夢で彼女が通告した、そのままの展開だった。妄想と化したとは言っても、やはり容姿・性格・情報は彼女そのものだ。これからも執拗に耳を傾けようと心に決めた。



 僕らは世間話をしているうちに、僕の高校の最寄駅である、白山駅の構内までやってきた。


「優斗って、どこ住みなんだっけ?」

「西巣鴨です。なので、三田線一本で高校に通えるんです。」

「......私も最寄り駅、西巣鴨よ。」

「じゃ、じゃあ、あのカフェデートのときも、西巣鴨からやってきていたんですか?」

「......そうよ。」

「え、中学は......、そういえば、私立でしたね。」

「小中高一貫の女子校だから、公立の学校とは縁がなかったわね。」

「......やっぱり、唯花ってお金持ちのお嬢さんですね。」

「お金持ちではないけど、裕福ではあるわ。」

「それを世間は金持ちというんじゃ......。」

「......でも、優斗と地元が同じなのは驚いたわ。あ、それなら、これからは毎日、一緒に下校できるわね。私は優斗の高校前で待ってるから。別に苦じゃないから平気よ。」

「もちろんです、もちろん大歓迎ですけど......、今日みたいに早く来すぎなくていいですからね。これから暑くなりますし......。」

「善処はするわよ。」

「......つまり、実現は程遠いと。」

「そういうこと。」

「えぇ......。」



 それからの平日はほとんど毎日、僕らは一緒に下校することになり、時間さえ合えば登校も共にするようになった。


 ただ、高校から西巣鴨までは、歩いて乗っても十分程度で済んでしまうので、若干の物足りなさを感じていた。


 しかし、それも一緒に登下校をするうち、これがちょうどいい時間配分だと思うに至った。この何気ない日常が、実際には青春の大部分となっていった。




 中間テストと体育祭が重なったせいで、僕らはなかなかデートができていなかった。ただ、基本は毎日同じ電車で登下校をして、家でもここ一ヵ月で、五回ほど電話した。


 ようやく交際から二月弱が経ち、僕は彼女の性格をそれなりに理解したつもりでいた。




 6月3日土曜日、土曜授業の放課後、僕らはやっぱり同じ電車に乗っていて、彼女は僕にこう提案してくる。


「私、今日はこのあと暇なのよね。」

「今日『は』暇なんですね。」

「なにか言ったかしら?」

「い、いえ⋯⋯。そ、それでどこに行きましょうか?」

「⋯⋯高校生の定番といえばなにかしら。」

「カラオケとか⋯⋯、ですかね。」

「なら行くわよ、カラオケ。」


 彼女の一言により、僕らはカラオケに向かうことにした。二人とも昼食はとっていなかったが、最近はカラオケフードもわりかし充実しているので、このまま直行することになった。



 高校生は学割のお陰で、部屋代は無料でワンドリンクの飲み放題は英世で釣りがくる。カラオケは本当に高校生の最高の隠れ家だ。


 値段相応の狭い部屋に入ると、彼女は曲を選ぶことはせず、先に食べ物を注文した。僕は富豪でもないので、比較的安価なうどんを頼むことにした。そうすると、彼女がこう尋ねてくる。


「こういうときにお金は使うのよ?」

「⋯⋯唯花が食べるならまだしも、僕は贅沢に食事したいとは思わない人種ですから。」


 僕の回答に彼女はため息をついて、こんな芝居を披露してきた。


「あーあ、間違って頼みすぎちゃった。私一人じゃ食べ切れないわね。優斗が食べてくれないと、私、食品を無駄にする極悪非道な女になるわね。」

「⋯⋯なんか、下手ですね。」

「下手で悪かったわね。」


 僕らは狭い空間で昼食を共にし、僕はカラオケの飯も悪くないと思い食べ終わると、本題のカラオケに挑むことになった。



 彼女は流行りの曲から昭和の楽曲まで大体網羅していて、僕にそれなりの歌声を披露してくれた。対する僕も奮闘して、辛うじて八十点を超す程度の歌唱をした。


 僕らは必死になって歌い合い、少しやつれた姿になった。それを互いに見合って、最後は馬鹿みたいだと笑い合った。


「これが青春なのね⋯⋯。」

「高校二年生で今更すぎる気もしますけど。」

「⋯⋯優斗が私に青春を教えればいいのよ。」

「まぁ⋯⋯、間違ってはいませんね。」

「⋯⋯頼んだわよ。」

「頼まれましたよ。」


 僕はこの雰囲気こそが青春なのだと、二度と戻らないものなのだと思い、目をかっぴらいて焼き付けておいた。



 ただ、よく考えてみれば、僕らの何気ない毎日だって総じて青春と呼べる存在であり、今日は特別ではあるが、特別ではなかったのだった。




 6月16日、『いつも』と呼べる程度には習慣化した彼女との放課後、僕は最大級の幸せを送るべく、彼女へこんな提案をすることにした。


「......夏休み、もし時間と体力に余裕があったらでいいんですけど、一緒に泊まりがけで旅行に行きませんか?」


 ハッキリ言ってこの一文は、下心の権化にしか思えない。実際は全く違うのだが、僕の内情を知らなければそう誤認するのは必須だ。それを承知で、かつダメ元で質問をしたのだ。


 すると予想外に、ものの数秒で、彼女から返信が返ってくるのだった。


「いいわよ。でも海外なら、日本以上に治安のいい国限定ね。」

「......えぇっ、いいんですか?」

「自分の弱いところを見せてくる人が、私に危害を加えることなんてないわ。」

「そういう問題ですかね......。」

「......それ以前に、ご両親は心配されないの? だって得体の知れない女と、遅くまで夜遊びなんて、高校生には早すぎるから......。」

「いや夜遊びに早い遅いなんてないですけど......。」


 毎度言う機会を逃していたことだが、この機会に僕の家庭事情について、彼女に語ることにした。


「......実を言うと、一昨年、僕は両親と死別しました。二人とも病に倒れてそのままポックリ。そしていまは、祖母と叔父の二人で暮らしているんです。でも二人は、放任教育が基本方針なんで大丈夫ですよ。」


 若干の間を置いて、彼女は真顔になりつつも、普通に口を開いてくる。


「それは、本当に災難だったわね。」

「......なんか、思ったよりもあっさりした反応ですね。」

「私も一緒になって悲しんでほしかったの?」

「......別にそうじゃないですけど。」


 彼女は真顔を維持したまま、僕に語る。


「......一緒にしちゃうと悪いけど、私も似たり寄ったりな境遇なのよ。私が小学生の頃、両親が離婚して、母が親権を握ったの。でも、母は仕事の兼ね合いで、ずっと北海道住みなの。」

「どうして唯花は、北海道に行かなかったんですか?」

「単純に私の通っている学校が、中高一貫の女子高だからよ。せっかく築き上げたコミュニティがあったから、悩んだ末に私は、東京に残ることを決めたの。この判断はいまとなっては、大正解だったわね。」

「......寂しくなかったんですか?」

「最初はやっぱり寂しかったわよ。孤独って表現しても、差し支えないぐらいにはね。あのときの私は、生きる意義を見失っていて、私がこの世から消えても、誰も何も困らないとまで思っていたわ。でも......、ある日気づいたのよ。私の未来は、決して暗くなんかないって。」


 僕は彼女も孤独を経験していたことに、並々ならぬ親近感を覚えた。正確に言うと、僕は身近なよき理解者の存在に、浮かれていたのであった。僕は彼女にこう言う。


「......にしても、よくその発想に行き着きましたね。」

「細かくは覚えていないけど、でもたしかに、そう自覚した契機があったのよ。そういう優斗はどうなの......?」

「僕は孤独もいいところでしたよ。ある日、僕が籠る部屋の裏で、二人が僕との『家族関係解消』を口にしていて、それが聞こえてしまってからはもう、誰も信じられなくなりました。そういう経緯で、人生を絶望視していたさなか、僕は唯花と会ったんです。......あれは、奇跡だったんですよね、多分。」


 僕は運命が不変であり、また運命に懐疑的な視点を持たないことに、何の違和感も覚えなくなっていた。すると彼女は、僕にこんなことを言ってくる。


「......でも私は、その夢に現れる私と、意識を共有していないのよね。夢の私は、一体なに者なのかしら。」


 僕は押し黙ってしまった。適切な返答の方針が立っていなかったからだ。


 僕が彼女の未来を知っていることに、彼女自身が嫌悪感を抱いてしまう可能性がある。そしてそうなった暁には、僕との交際云々以前の問題になって関係崩壊に至り、誰も得をしない結末を迎えるだろう。


 そう考えた僕は、彼女の疑問を軽く受け流しておくことにした。


「世の中には理論じゃ片づけられないものも、いっぱいありますからね。」

「......答えを出すのに、やけに時間がかかったわね。まぁいいけど。」


 次に彼女はこう呟く。


「......孤独が結んだ運命、ってことなのかしら。」

「どうなんでしょうね。そういうことにするのも、一つ名案だと思いますよ。」

「でも、いまの私たちは、確実に孤独なんかじゃないわよ。」

「そうですね。」



 今日、僕らは孤独を共有し合ったことで、より一層、親近感というものが湧いた。


 それに加えて、今日の僕は、彼女の運命に心をえぐられそうになっても、それを顔に出すことをせず、そっと胸の内に秘めることができた。僕は彼女の幸せのため、着実に成長を遂げていた。

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