異常事態発生
統一戦争終結から三年、日本皇国は各州一丸となって近代化を進めていた。しかし、その間にも国外的にはさまざまな変化が起きていた。むろん、東アジアと中部太平洋、東南アジア方面という限定された範囲であるが、それなりの状況は把握できていたといえるだろう。持続的な地震は幾度か発生し、そのつど状況は変わっていたが、皇国もあえて外地に出ることはしなかった。例外は皇国の誕生とともに新たな領土となった樺太州および台湾州、大連州、南洋州であっただろう。
ちなみに、欧州、北米、南米の主要国には、瑞穂日本帝国の外交官が存在していたが、統一戦争後は日本皇国の外交官としてそのまま滞在していた。むろん、旧日本国外務省から補佐役に当たる書記官が派遣されていたが、彼らはあくまでも補佐役であった。というのも、この世界の情勢をもっともよく知るのが彼らと旧瑞穂日本帝国外務省役人であったからである。これが旧日本国の外交下手を改善する、否、各州の外務省役人を取り込んだことが、皇国政府外務省が一変する理由といえた。
わずか三年、樺太州は飛躍的に発展していたといえる。各州からの移民、特に由古丹州からの三〇〇万人、沿海州からの二〇〇万人、瑞穂州、山城州、秋津州からの移民二五〇万人、日本国からの五〇万人の移民もあって人口は八五〇万人と急増し、開発は急速に進んでおり、皇国政府は来年、移転暦六年四月をもって準州から独立州に格上げすることを決定している。由古丹州や沿海州からの移民が多かったのは、統一戦争後の州内の混乱を逃れ、新天地で一旗あげようという人たちが多かったといえるだろう。
台湾では瑞穂日本帝国時代からの政策を一八〇度転換し、軍政から民政に移行しての融和政策を実施、それによって州内情勢が安定化、瑞穂州からの移民も三〇〇万人、日本国からも一〇〇万人の移民を数え、域内開発も進みつつあった。しかし、こちらは未だ準州のままであった。樺太州と異なり、資源は少なく、産業もそれほど発展していないこと、海峡を挟んだ大陸で内戦が起きていることが原因といえた。
中国東北部、旧日本国の歴史では満州といわれた地域の遼東半島租借地、その中心都市が大連であった。かっては関東州と呼ばれていたが、この世界では大連州と改称されていた、では南満州鉄道や炭鉱採掘権といった権益があったが、皇国としては特に魅力を感じる地域ではなかったといえるだろう。しかし、二点、皇国、特に旧日本国の食料事情改善、中国大陸中央、半島の共産化を阻止する、その二点でのみ必要な地域であった。さらに、黒龍江省、史実では大慶油田のあった地域ではやはり油田が発見されていた。
そして、ここでも旧瑞穂日本帝国時代に満州国建国が予定されていた。もっとも、その策謀は英国も知っていたとされる、が行われており、皇国建国に遅れること半年、建国が宣言されていた。結果として皇国は満州国に関与していくこととなるが、史実のように支配下に置くことはなかった。影響力を残した緩やかな浸透を満州国に対する国策としていたのである。黒龍江省の土地の購入を決定、開発を開始した。しかし、これは極秘に行われていた。なぜなら、この油田の存在が明らかになることにより、中国共産勢力の侵攻やソ連の侵攻を恐れたからである。この時点では未だ軍備は整っておらず、仮に戦争となった場合の対応が不可能であったからである。
もっとも、この時点では皇国のエネルギー事情、特に化石燃料たる石油事情は大幅に改善されており、樺太の尾羽油田、瑞穂州の周防油田があるため、国内消費は十分まかなえると考えられていた。しかし、国内開発は割高であり、安い石油が入手できるに越したことはないと判断された結果、開発が進められることとなった。尾羽油田はともかくとして、周防油田はまだ産油が始まったばかりであったからである。さらにいえば、石油輸入がストップした場合に備えての温存策でもあった。
他方、朝鮮半島であるが、やはり瑞穂日本帝国が併合を目指していた地域であり、反日感情が強く現れていたのである。この地域に対する皇国政府の決断は、独立を認め、半島から撤退することにあった。しかし、これまでの投資分を回収することは忘れてはいなかった。これまでの投資分を返済できるなら認めると通達し、できなければ応じられない、と宣告したのである。この移転暦五年当時においてはすでに動産は引き上げており、残るは不動産のみであった。そしてその総額は二五億ドル近いものであった。もっとも、当時の朝鮮半島ではとても返却できる金額ではなかったとされている。
皇国にとっては半島の赤化も困るが、反日感情の強い狂犬のような隣国を持つのはもっと危険であると判断していた。そこで皇国が目をつけたのが済州島であった。瑞穂州の北西一六〇km、半島との距離は一三〇kmあり、大きさは史実より倍近く大きい三三八二平方kmあった。この島を売却するなら返済額を一/五にすると提案したのである。結果として、大韓帝国(当時)は同意し、この年二月に皇国領となったのである。
移転暦五年六月、統一戦争の混乱も三年を経たことで、皇国は落ち着きを取り戻し筒あった。皇国軍の早期警戒管制システムも整いつつあり、北は千島列島や日本海、西は台湾州、南は小笠原諸島と整備されていた。未だ南洋州は手付かずであったが、それでも、旧日本国や瑞穂州がら多くの人員が派遣されており、漁業基地としての整備を中心に開発はは進められていた。
この二年、特に問題は発生しておらず、移転前のような生活に戻ったと思われたとき、一通の電信が傍受されたのである。その電信の前に何通かの電信を受信していたが、いずれも解読できないでいたのである。もちろん、日本国や諸州でも使用されているものではなかったからである。その電信が解読されたのはちょっとした気まぐれからといっても良かった。たまたま、皇国海軍戦史研究室の大尉が自身で作成した解読プログラムにより、過去に遡ってその暗号の解読を試みたところ、第二次世界大戦時の帝国海軍の暗号解読コードにより、解読されたのである。現在では、レッド暗号、といわれるものであり、その本文は、「発:聯合艦隊司令長官 山本五十六 宛:大日本帝国海軍大臣 米内光政」で始まっていたのである。さらに、それ以前のものでは、宛先が軍令部などのものであることが確認されたのである。
さらに、中津島(太平洋側弧状列島のほぼ中央に存在する島)に駐屯する海軍の対戦哨戒機が小笠原諸島に接近する国籍不明機とその後方にある大艦隊を捕らえていた。対応が遅れると事故が起こる可能性もあった。ここでいう事故とは戦闘発生ということもあるが、航路上での座礁のことである。太平洋側の弧状列島は環礁であると書いたが、中津島近郊の一部を除いて海面下に隠れていることが多く、何も知らなければ座礁する可能性があったのである。特に喫水が一mを超える艦艇は確実に座礁する危険があった。
ここに至って海軍本部本部長 田代信吾大将は、国防大臣 田中長一郎に、中津島沖での接触、状況確認すること、十分な状況説明の必要性、それがなされなければ皇国は同士討ちになる可能性がある、ということを進言することとなる。そうはならなくても、多くの艦艇が座礁し流れ出る重油によって海洋汚染が起こることもあるとした。
そうして、人を派遣してこの任に当てることとしたのであるが、ここで問題が起きることとなった。誰を派遣するが、ということであった。仮にも聨合艦隊司令長官の山本五十六であれば、海軍大将であり、下手な人物を派遣することも考えがたかった。結局、ことの発端となった件の大尉を充てることとしたのは、彼が第二次世界大戦に関したレポートを多く書いていた、ただそれだけであった。それだけではなく、ゆっくりと検討している時間がなかったということもあっただろう。
件の大尉、大井保海軍大尉は小笠原沖を北上する艦隊の旗艦へとSH-60Jシーホークヘリコプターで向かった。むろん、電信による連絡は付いていたが、艦艇による接触は拒否されていたから、この方法しかなかった。この間にも艦隊は一六ktの速度で北上していたのである。戦艦『大和』後甲板下りた彼を迎えたのは小銃を構えた多数の兵と一人の佐官であった。
「日本皇国海軍大尉大井保であります。乗艦許可願います」この大井の言葉に佐官は一瞬顔色を変えたが、すくに答礼して名乗った。
「大日本帝国海軍中佐渡辺安次です。乗艦を許可します。長官がお待ちです」
「はっ、ありがとうございます」
「日本皇国とは何だ?聞いたこともないが」
「説明すると長くなりますが、まずは艦を、艦隊を停止させないと大変な事故になります」
「事故だと?」
「はっ、この先には暗礁があって座礁する危険があります」
「座礁する?とにかく、長官公室にて話を聞こう」
「はっ、よろしくお願いいたします」
そうして渡辺戦務参謀に案内されて長官公室に向かう。その間は互いに一言も発することはなかった。長官公室の扉の前で立ち止まり、渡辺戦務参謀が声を発した。
「渡辺であります。連絡のあった武官、大井保日本皇国海軍大尉をお連れしました」一瞬の間を置いて、それに答える声が聞こえた。
「ごくろう、入れ」
「はっ、入ります」
部屋に入ると、そこには七人の男たちがいた。聨合艦隊司令長官山本五十六海軍大将をはじめ、聨合艦隊司令部の面々であった。彼らは何者だ。という顔つきで大井を見たが、何もいわない。そして時間がない大井は名乗る。
「日本皇国海軍大尉大井保であります。機会をいただき、ありがとうございます。まず、艦を、艦隊を停めていただきたい。このままでは大事故が起きます。もう余り時間がありません」
「なぜだ?」そういったのは参謀長の宇垣纏海軍少将であった。
「いま、説明の準備をいたします。とにかく、艦隊を停止させてください。でなければ、座礁事故が多発することとなります」そういうと、大井は持ってきた大型のスーツケースからノートパソコンと小型プロジェクターを出してセットする。スーツケースにはバッテリーパックが入っており、二時間程度ならプロジェクターを動かせるはずであった。
その切羽詰った大井の表情と言葉、行動に山本大将は艦隊停止を命じ、各艦に通達するよういった。そして、山本大将は大井の行動を興味深そうに見守った。
準備を終えた大井大尉は部屋を暗くしてもらい、説明を始めた。
「まず、日本皇国はこのような領土を有しています」そういって衛星写真から作成された地図をみせる。そうして、座礁事故の危険性を知らせた。ここで艦隊を停止させた山本大将に礼をいい、さらに日本皇国の成り立ちを説明し始めたのである。移転と統一戦争、軍備については詳細に渡って説明したが、経済や制度については簡単に済ませた。
「・・・というわけであります。我々としましては、艦隊を開発されたばかりですが、中津島港に停泊させていただき、今後について協議を進めたいと考えております。もちろん、皇国本土にお連れしたいのですが、このような大艦隊を停泊させるだけの余裕はありません。横須賀にしても呉にしても民間航路が入っており、その運行を停めるわけにはいかないのです」約一時間にわたる説明を終えて大井はいった。
「その中津島といったか、そこには上陸はできるんだろうね?」黒島亀人先任参謀が聞く。
「もちろんです。ただ宿泊施設は多くありません。二週間待っていただければ、士官用個室と兵用の四人部屋、共同浴場など整備できます」
「二週間!?たった二週間でできるというのかね?貴官は!」宇垣参謀長がいう。
「可能です。もちろん、プレハブという仮設住宅ですが、きちんとプライバシーが保てるだけの設備であることはお約束できます」
中津島は淡路島ほどの大きさ、六○○平方kmほどの細長いの島であるが、自給自足でき、まとまった部隊を配備できるだけの大きさであることから、中部太平洋に対する備えとして、また、南洋州への中継基地として三年前から開発が続けられており、この年、商港設備や軍港設備は完成していた。軍事施設は未だ手付かずであったが、沿海州や由古丹州からの移民もあって、農業が行われていた。むろん、沿海州や由古丹州からの移民は出身地に作物を売却することで多くの収入を得ていたとされる。
「一つ聞きたい」山本大将がいう。
「はい、何でしょうか?」
「なぜ軍高官、つまり、将官や佐官ではなく、尉官の君が我々に接触する役を与えられたのかね?」
「ああ、まず、私が聨合艦隊の使用していた暗号を解読したこと、そして座礁事故を防ぐためには急を要した、それだけであります」
「暗号を解読しただと?!」大井の暗号解読、という言葉に山本以外の全員が口をそろえるかのようにいった。
「歴史として一部残っておりましたので、解読プログラムを組んでいました。先の暗号電をそのプログラムにかけたら解読された文章が出てきたのです」
「プログラム?」
「はっ、詳しい説明はいずれさせていただきますが、このコンピューター、いわゆる電算機ですが、これで動かすためのソフトウェアを造ることをプログラミングといいます。誤った使い方でプログラムと略されることがおおいのです」
「ふむ、確かに説明のあったとおり、異なる時代、あるいは世界に来たのかも知れないな」
「はあ、我々も戸惑っておりました。もちろん、聨合艦隊司令部の皆さんや将官の方たちには本土に行くことになろうかと思います。ご希望でしたら今上陛下との謁見も可能であります」
こうして大艦隊は中津島に向かうこととなったのである。