北大西洋空戦
「第二○駆逐隊『吹雪』より入電、北西に国籍不明機の編隊探知、距離三〇〇、高度三〇〇〇、速度九〇〇、機数五〇!」
「く、こんなときに限って現れたか。参謀長、直援機は?」
「はっ、一六機です。しかし、交代時期のため、半数がほとんど燃料がありません」
「むう、仕方がない、八機だけを迎撃に向かわせよう。後続の直援をできるだけ早く上げよ!」
「はっ、念のため、各空母に四機は上げるよう指示します」
「よろしい」
それは最悪のタイミングだといえた。『青龍』の早期警戒管制機が任務に就くために離艦したのだが、エンジンが不調になり、緊急着艦、代替機を上げる準備をしており、一六機が上がっていたCAPのうち、半数が燃料が切れかけているため、迎撃に向かえないというタイミングだったのである。早期警戒管制機は予想外の事態であったため、代替機が上げられるまでは一時間を要するとされていた。CAPは予想されていたため、既に準備が終わっており、発艦が可能であるという状況であった。
そのため、早期警戒管制機が上空に在れば、七〇〇km先で探知しえた敵編隊が僅かに三〇〇kmでの探知となったのである。これは敵編隊の高度が低かったため、探知が遅れることとなった。救いといえたのは、CAPで上がっていたのが<雷電>ではなく、<流星>であったということにあっただろう。なぜなら、<流星>は最大対空装備なら、AAM-4八発あるいはAAM-3を八発搭載することが可能であったからである。対して<雷電>は最大六発(先行量産型であるため、翼下のハードポイントがないタイプ)であったからである。
「第二四駆逐隊『敷波』より入電、南西に国籍不明機の編隊探知、距離二五〇、高度二〇〇〇、速度九〇〇、機数五〇!」
「参謀長!」
「はっ!最初にあげた八機を向かわせます。後は一〇分ほど時間がかかるようです」
「しかし、こちらの位置がこうもたやすく知られるとは、さっきの不審電波かな?」
「はっ、民間船舶では攻撃するわけにもいきません」
「しかし、電波発信を停められなかったのは痛かったな」
「はっ」
「迎撃機が少なすぎる。間違いなく撃ちもらしが出る。対艦誘導弾が飛んでくるな」
「はっ、長官、「こんごう」型四隻には敵編隊が五〇km以内になれば、先に武器の使用自由を与えておくことを進言します。今回は艦隊規模が大きいのでわれわれの目が届かないこともありえます」
「つまり、自由度を与えろというわけだな?」
「はっ」
「よかろう、通達してくれ。同士討ちだけは無いようにしろ、とな」
「はっ」
「第九戦隊『最上』より入電、西より国籍不明機の編隊探知、距離三〇〇、高度五〇〇〇、速度三四〇、機数一〇、大型機!」
「大型機?爆撃機か?」
「おそらくそうだと思われます。速度が遅いですし」
「続けて『最上』より、大型機周辺が真っ白になった、とのことです」
「どうやら、チャフ、アルミ箔か何かを撒いたようです。高度な電子戦には対応できますが、原始的な方法には対応できないのです」
「ふむ、レーダーも万能ではないということだな」
「はっ」
「北西より高速飛翔体接近、数一二!南西より、同じく、数一五!」
しかし、オペレーターのその報告が終わらないうちに、もっとも北側にいた『きりしま』の後部甲板から時間差を置いて炎とともに対空誘導弾が空に向かって飛んでいった。その数一二個、僅かに遅れて、もっとも南側いた『ちょうかい』からも同じように対空誘導弾が発射された。その数は一五個であった。同じころ、聨合艦隊司令部の誰もが驚く事態が起こった。
「大型機より高速飛翔体が発射されました!距離二〇〇、数一〇!」
「なんだと!距離二〇〇でだと?」
「長官、どうやら米連合軍は新型の誘導弾を開発したようです。爆撃機でしか運べない、ということは、かなりの大型誘導弾だと思われます」
「ふむ、あのジュピターとかいうやつの派生型かな?」
「おそらく、しかも、レーダー誘導方式のようです。発射母機が進路を変えていないところから、セミアクティブレーダー誘導なんでしょう」
「北西の誘導弾一〇撃破に成功、二発は接近中!南西の誘導弾一二撃破に成功、三発が接近中!」
「北西の二発は『吹雪』が撃破に成功、南西の三発は『敷波』が撃破に成功!」
ちなみに、このころの聨合艦隊機動部隊は、艦隊より二〇km圏内は自軍航空機の飛行を禁止していた。それは対空誘導弾がもっとも多く発射されるからであり、同士撃ちを恐れてのものであった。この時期の敵の誘導弾、対艦誘導弾は五〇~六〇kmが射程とされ、聨合艦隊艦艇の多くに搭載されていた対空誘導弾はシースパローであり、その射程は二六kmだったからである。一部艦艇(「こんごう」型や「白根」型、「榛名」型)には、射程一〇〇kmの○八式が採用されている。
「『こんごう』が対空誘導弾を発射しました!」
「おそらく、先ほどのチャフは自らが攻撃されて命中率が下がるのを防ぐためでしょう。迎撃機の数がそろっていれば、やすやすと発射されることはなかったのですが」
「仕方があるまいよ。今回はあまりにもタイミングが悪すぎた」
「はっ」
この時点で、未だ皇国の技術優勢は動かないようであり、少なくとも、対応を誤らなければ、まず大丈夫だろう、と思われた。打撃部隊の損害発生、それは対応以前に沿岸部に近づきすぎたということにあった。そのため、航空攻撃を受けることとなったのであろう、とされた。少なくとも、あと一〇〇浬沿岸部から離れていれば、航空攻撃は受けることなく、当然として砲撃戦など起こり得なかったとされていた。
「大型対艦誘導弾八を撃破!残り二発がさらに接近中、『こんごう』が第二射!」
「百発百中とはいかんものだな、参謀長」
「はっ、試験ではほぼ百発百中でしたが、実戦となると少し落ちます」
「いずこの世界でも同じだな、簡単にはいかないものだ」
「はっ」
「対艦誘導弾撃破成功!上空に敵性誘導弾なし!大型機も引き返していきます」
「長官、追撃を」
「無用だ、艦隊を立て直して、次の攻撃準備に入ろう。目標をニューヨークからフロリダに移す。打撃部隊にはマダガスカルへの帰還を命じよ」
「はっ、直ちに」
こうして、最初の対米連合国攻撃は終了することとなった。少なくとも、主力たる機動部隊に関しては損害を出すことはなかった。しかし、補助兵力である打撃部隊は一つの作戦としては、移転後最大の損害を出す作戦となった。そして、聨合艦隊の中に根強く残っていた大艦巨砲主義者の息の根を止める戦いでもあった。皇国海軍においては、この世界でも航空主兵あるいは誘導弾主兵を再確認する戦いでもあった。
この戦いは欧州先進国においても、大艦建造よりも高性能誘導弾を装備した小型艦あるいは中型艦建造へと向かわせることとなった。米合衆国でも、「アイオワ」型に対抗するために建造されていた「モンタナ」型の建造を中止させる出来事となった。この時点で、空母一二隻を有する皇国海軍機動部隊は間違いなく世界最強の海軍だといえたのである。