パナマ攻略戦
「北条機関より入電、敵レーダー施設一二ヶ所より爆炎確認、攻撃は成功せり、です」
「どうやら先遣隊の攻撃は成功したようだな、参謀長」
「はっ」
「第一次攻撃隊の準備は?」
「はっ、各艦四機、計三二機の準備は整っています。半数は護衛のため、対空装備、残りは○四式対レーダー誘導弾二発、自己防衛用AAM-3四発装備です」
「よし、発艦はじめ!」
「はっ、通達します」
「八咫烏は上がっているか?」
「『蒼龍』から上がっています。しかし、予定以上にパナマに接近しています」
「そうか、角田さんらしいといえばそうだが、護衛は付いているのか?」
「いいえ」
「困ったものだ。護衛を上げよう」
「先遣隊から割きましょう。それくらいの燃料は残っていると思われます」
「うむ、そうしてくれ」
その頃、潜水艦部隊もパナマ湾沖五〇〇km地点に向かっていた。潜水艦狩りにより、一〇隻以上を撃沈破してしていたからである。今回の二個潜水戦隊には対地攻撃誘導弾は搭載していない。巡航誘導弾を発射するのは戦艦であり、最大射程の一五〇〇kmから発射するが、敵にその射程を知られないための潜水艦部隊の接近であった。とはいえ、これらは米連合国に対してのものではなかった。そう、米合衆国に対してのものであり、英仏に対してのものでもあったのである。
「第一次攻撃完了しました。八咫烏より入電、同地域一帯のレーダー波停止を確認、ただし、小出力レーダー波は多数探知している、とのことです」
「サモアのときのあれだな、CIWSだな」
「はっ、私もそう判断します」
「少し厄介だな、第二次攻撃隊は?」
「はっ、通常爆弾装備です」
「レーザー誘導爆弾ではないのか?」
「いえ、ですが、ある程度、高度を下げないとなりません」
「被害が出るか・・・」
「カリブ海側から攻撃させましょう。パナマ湾に向かって設置されていると考えられますので、被害が限定されるかと思われます」
「そうしてくれ」
「はっ」
第二次攻撃隊は第一攻撃隊と同じく、各艦四機、計三二機、うち一二機が対空装備で出撃する予定であった。第一次攻撃隊は敵戦闘機と交戦するも、被害なしで帰還途上にあった。これは対空誘導弾の性能にもよるが、電子戦の結果でもあった。米連合国側の空対空誘導弾は射程が短いこと、セミ・アクティブ・レーダーホーミング方式のためであった。この頃の米連合国の誘導弾は、史実のスパロー誘導弾の初期型、ベトナム戦争当時の能力しか有していなかったためでもあった。
史実のベトナム戦争での対空誘導弾の命中率はかなり悪く、機銃を搭載しなかった米軍機は、ソ連製ミグ戦闘機にバタバタと撃墜されていたという。それを考えれば、結果はおのずと見えてくる。それほどに、この世界での誘導技術の差は大きいといえた。そして、聨合艦隊所属搭乗員は先の世界大戦でジェット機、誘導弾による実戦を経験していたこと、初歩的な電子戦を経験していたことがこの戦闘の結果を皇国側有利にしている原因といえただろう。
第一次攻撃隊が帰還した後、第二次攻撃隊が発艦していった。そして、後方にあった戦艦部隊が一一式巡航誘導弾の発射準備にかかる。各艦四発、計二八発が放たれる予定であった。目標は陸海空司令部と思われる施設、その他の軍事施設であった。ちなみに、第二次攻撃隊の目標は港湾施設および艦艇であった。対艦誘導弾および対地誘導弾を使わないのは、米連合国に誘導弾の性能を知らせないためであった。
「第二次攻撃隊、攻撃を開始しました。戦闘機による迎撃、対空誘導弾による迎撃はありません」
「第一次攻撃隊の成果だな。まだ、移動式レーダーは配備されていないようだね、参謀長」
「はっ、米合衆国もなかったようで、パトリオットの各種車両に驚いていましたから、技術的にも難しかったのかもしれません」
「第二次攻撃隊より入電、攻撃は成功せり、被弾したもの五機、飛行可能なれど、母艦までは不可能かもしれない、とのことです」
「長官、一機艦角田長官より、母艦を前進させる許可を求めています」
「いや、だめだ、まだ大型誘導弾の基地が未確認である、駆逐艦を充てよ」
「はっ、通達します」
「南雲長官に航空攻撃は完了せり、と報告!」
「はっ、報告します」
幸いにして、航空機は全機帰還するも被弾した五機は使用不可能と判断された。重症者は二名、いずれも後席レーダー要員が脚を負傷していた。その数十分後、パナマ各地で二八個もの爆炎が立ち上った。対空レーダーが停止したことで、演習に等しい命中率であった。少なくとも、対空レーダーが存在していれば何発かは撃破されていたかもしれない。米連合国のジュピター弾道弾と異なり、一一式はターボジェットエンジンであるため、速度が遅いからである。
そうして、戦艦部隊は次の任務のために、パナマ湾に侵入した。港湾と沿岸部の米連合国施設に対する艦砲射撃を行うためである。航空攻撃による破壊は派手ではあるが、それほど深刻なダメージを与えることは難しい。しかし、戦艦の主砲による艦砲射撃の威力は航空攻撃の比ではないのである。三五.六cm砲でも多大な被害を与えることが可能であるからだ。ましてや、四〇.六cm、四五.七cm砲であれば、その威力はすさまじいものがあったのである。しかし、それが悲劇を生むこととなった。
「なんだと?!『鞍馬』が大破して南雲長官が戦死された?!」山口が大声をあげる。
「はっ、『ちょうかい』からの報告では、コロンビア沿岸部からの誘導弾攻撃を受けたようです。『ちょうかい』と『みょうこう』が迎撃に当たりましたが、うち、一発の誘導弾が『鞍馬』の至近、二〇〇mほどで撃破したものの、弾頭部分が『鞍馬』の艦橋を直撃、爆発は起きなかったようですが、南雲長官を含めて数人がその破片の直撃を受けたようです」
「なんだってCICじゃなく、艦橋に居られたんだ?」オペレーダーの報告に大井が怒鳴る。
「参謀長、わしにはわかるよ。海や周囲が見えないところでは不安だったんだろう。わしも最初はそうだったからな。欧州に派遣されたときに慣れてしまったがね」山口がそれに答える。
「その他の被害は?」
「『長門』『陸奥』『金剛』『霧島』が小破、『比叡』『榛名』が中破、『大和』は損害なし、です」
「長官、すぐに部隊を引き上げさせましょう。艦橋を破壊された『鞍馬』は曳航が必要です。それと、コロンビア沿岸部の米連合国基地をたたきましょう」
「攻撃は終わっていたのかね?」
「はっ、攻撃を終えて回頭中に攻撃を受けたようです」
「よし、戦艦部隊には現場を離れるように伝えよ。指揮は栗田中将に執ってもらおう。コロンビア沿岸部への攻撃はしない」
「しかし!」
「参謀長らしくもないな。コロンビアを攻撃することは国際問題になるぞ」
「あっ!」
「コロンビア沿岸部への攻撃は戦艦に搭載のヘリにより、既に実行されています。純粋に誘導弾発射基地のみへの攻撃であった、と報告がきました」
「なんだと?!」
「とにかく、戦艦部隊を後方に下げましょう。それと偵察のために五機艦および六機艦から八機上げましょう」落ち着きを取り戻した大井がいう。
「むっ、そうしてくれ。通信参謀、海軍作戦本部宛、経過を報告してくれ」
「はっ、直ちにかかります」
その後の偵察により、十分な損害を与えた、として作戦終了が決定された。潜水艦部隊には補給後、可能な限りの偵察および哨戒を行い、順次後方に下がるよう命令が出された。こうして、僅か二日間の攻撃を行っただけで、パナマ攻略作戦は終了、全艦艇はツバルを経由して帰還することとされた。しかし、パナマではその後も戦闘は続くこととなった。米合衆国が約一〇万の陸軍上陸作戦を展開したからである。これは現場の人間は知らされてはいなかったが、皇国と米合衆国両政府間では決定事項であったとされている。
この戦いは、九月には終結し、米合衆国はパナマ全土を占領したのである。被害は少なく、約二〇〇〇人とされ、対して米連合国は総数六万人とされた。総数というのは、聨合艦隊のパナマ攻略戦と米合衆国上陸作戦と合わせたものであるとされ、米合衆国上陸戦に限れば、五〇〇〇人ほどとされている。ともあれ、こうして米連合国は太平洋への進出を断念せざるを得なくなったのである。対して、米合衆国は、大西洋、ひいては大陸東海岸への進出のための道を得ることとなった。
結果として、太平洋は安定することとなった。現状では、皇国と米合衆国との間で戦争は起こりえないからである。少なくとも、東南アジアのオランダ領を除いては。しかし、皇国にとってはこれ以降、米合衆国と米連合国との戦いに目を向ける余裕はなかった。なぜなら、北の大国がついに動きだしたのである。