戦後の見通し
「やれやれだな。これでいくばくかの平和が続けばいいのだが」
「そうですね。長く欧州にいたので兵たちも休ませてやりたいです」
「山本長官、山口長官、それは難しいかと思います」
「大井中佐(昇進)、君は長く続かないというのかね?」久しぶりに会う大井を見て山本がいう。
「はっ」
「どうしてだね?」山口が問う。
「まずソ連です。この戦いにおいてソ連は何も得られなかった。ポーランドやチェコスロバキア、ハンガリー、バルカン半島は手に入ると考えていたと思います。それを我が皇国が取り上げていますから、必ず何らかの行動を起こすと思われます」
大戦の混乱が続く東欧や欧州中原でソ連が活発な動きを見せていた。むろん、戦争行動ではなく、後に言われる共産主義輸出であった。特に、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキア、ルーマニア、ブルガリア、スロベニア、モルドバといった地域で、ソ連共産党政治局員がこれら地域の政治家と会談を行っていたのである。皇国としては阻止したいのであるが、ソ連は国連で行われる会議のための視察だとして、うまく言い逃れていた。
「たしかにな。その顔だと他にもありそうだな?」
「はっ」
「幸いにしてここにはわしと山口君と君しかおらんよ。詳しく聞こう」
「はっ、ソ連は先ほどいったとおりですが、もうひとつ、極東で行動を起こす可能性が考えられます。中国共産勢力に梃入れしての内戦激化、中国共産勢力の正当な領土として満州に侵攻することも考えられます。黒龍江省油田もありますし、ソ連極東での石油入手には必要でしょう」
「ありえますね、長官。われわれの世界では樺太がソ連の手にありましたし、この世界ではそうではありません」
「うむ、そうだな。樺太と大陸とは五〇km離れておるし、ソ連にはたいした艦艇はない。それなら陸続きのほうがやりやすいと考えるだろう」
大戦終結後、ソ連は米連合国から得た支援、その多くは日常品や医薬品であったが、地上戦用兵器、戦車などを得ていた。この当時の米連合国の戦車などはソ連製戦車をはるかに上回っていた、を自国の軍隊に配備し、性能の落ちる自国製の戦車などをモンゴル、中国共産勢力、中央アジアに供与(という名の輸出)および配備していた。特に、モンゴルや中国共産勢力には多量に供与されていたといわれる。むろん、ソ連極東軍にも多く配備されていた。
中華連邦共和国(旧中華民国南京政府)は皇国に示唆されていた、ソ連が欧州に傾倒している際の反攻を実施することができなかった。理由は、国内整備と軍備再編に手間取っていたためであり、ようやく軍の再編が終わったときには大戦が終結していたのである。しかも、旧中華民国重慶政府総統であった蒋介石は側近たちとともに海南島に落ち延びていたのである。中華連邦共和国を率いているのは汪兆銘であった。
蒋介石は皇国の忠告にもかかわらず、戦費を得るために国民に重税を科し、汪兆銘ら良識派と衝突してしまったのである。以後、汪兆銘の南京政府が台頭し、さらに多くの軍閥が汪兆銘側に流れたため、中華民国内での権力争いは、中国共産勢力の付け入る間もなく、終結していた。結果として、蒋介石らは海南島まで追いやられ、それ以外の地域を汪兆銘らの勢力が引き継ぐ形となっていたのである。
そうして、中国大陸は四つに分裂することとなったのである。中華連邦共和国の汪兆銘総理大臣は、満州国を承認し、通商条約さえ締結していた。さらに、欧州列強(ここでは英仏を指す)とは一定の距離を置き、皇国よりの姿勢を取るようになっていた。むろん、欧州の足元の火が消えない間はそれほど問題となっていなかったが、徐々に表面化するようになっていた。というのも、蒋介石は米合衆国へ傾注していき、米合衆国から英国にその情報が流れたからである。とはいえ、大戦が終結したばかりの欧州、米連合国との関係がきな臭くなっている米合衆国はそれほど気にかける余裕がなかった。
「おっしゃる通りです。ソ連ではありませんが、米連合国と米合衆国の問題があります。ルーズベルトが米連合国の大統領になるまでは両国間はそれほど対立していなかったといいます。しかし、彼が大統領になってからは北米統一が加速しているとのことです。欧州が大戦で疲弊、皇国も疲弊していると考えたなら、太平洋で、しかも、台湾に真近いフィリピンで戦乱が起こる可能性大と考えます」
「なるほど、君が以前にもいってたことだな。ましてや、戦時中に英国から西サモアも手に入れており、開発も進めていると聞く」
「ツバルやヴァヌアツ近海でも幾度か艦艇が目撃されております。石油の入手や天然資源の入手に動いているといわれていますね」と山口。
「米合衆国も同様です。わが国や満州に石油輸入の打診をしているとも聞いております」二人を見ながら大井はいう。
「ふむ、きっかけひとつで戦争の発生がありえるか」と山本が結論付ける。
米連合国の艦艇、多くはタンカーであった、は以前はオーストラリア東部を経由してトレス海峡を通過することが多かったが、東南アジアからドイツ軍が一掃されて以来、東ニューギニアとニューブリテン島の間、ソロモン諸島東側を北上する航路が増えていたのである。米合衆国は樺太や満州に石油を求めていた。以前は米連合国と同じように、東南アジアの石油を求めていたが、港では問題が多発していたともいわれている。
「貴様のその顔だとまだあるようだな」と山本が続ける。
「はっ、これは必ず起こると考えていますが、東南アジアです」
「なぜだ?」
「長官、ありえるかもしれませんよ」山口がいう。
「説明してもらおう」
「はっ、英国領のマレー、シンガポール、ボルネオ島西部、ビルマ、インド、フランス領のベトナム、ラオス、カンボジアは今後五年以内の独立が約束されています。しかし、オランダ領スマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島東部、西ニューギニアなどは約束されていません。オランダ領の植民地は以前から独立紛争が多発していました。必ず紛争が発生します。しかも、かなり大規模にです」
「ああ、皇国の歴史でも起こっていたな。つまり、東ニューギニアや今回得た領土、南洋領に飛び火するかもしれない、ということか」
「山本長官、逆です」
「逆?」
「ええ、皇国は南洋領や今回得た地域の体制が整えば独立させると公言しています。トラックのあるミクロネシア、皇国からの移民の多いマリアナ、漁業基地が整備されているパラオやナウル、独立心の強いマーシャル諸島やギルバート諸島などは早いうちに準備政府が設立されるはずです」
「なるほど、それら地域の独立が約束されていると知れば、独立心の強いオランダ領東インドが蜂起するわけか」
蘭領東インドでは、以前からスカルノやハッタといった独立運動家による武装蜂起が起きており、ために、オランダは多くの兵力を割かなければならず、それがオランダ本土の早期の降伏と関係があったとされている。既に、東南アジアの他の国が五年以内の独立が認められた、との報が入っており、武装衝突が激しくなっていた。内密に皇国の外交官に接触すらしていたとされている。
「その通りです」
「しばらくは落ち着けんか。中佐、君の今後はどうなっている?」ため息をつくと山本は話を帰るようにいう。
「はぁ、昇進はしましたが、しばらくは現職に留められるようです。軍備再編が決定してからの移動となると考えています」
「わしとしては、貴様には離れてほしくはないがな」山口がいう。
「ありがとうございます」
「すまんが、今いったことをレポ-トにまとめてくれんか?できれば対処方法も付け加えてな」と山本が締めくくるようにいう。
「はっ、一週間ほど時間をいただきます」