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つかの間の休息

 移転暦九年六月、遣欧艦隊はマダガスカル島のマルアンツェトラに集結していた。黒海に進出してきた第三機動艦隊を中心とする第二遣欧艦隊と交代する形でマダガスカル島まで後退してきていたのである。また、トルコにおいて二つの海峡周辺に展開していた第二海兵旅団も皇国本土から進出してきた一個師団と交代して、やはり同地にあった。つまり、聨合艦隊所属部隊と皇国本土所属部隊とがそっくり入れ替わった形であった。


「皇国本土ではありませんが、陸の上で日本食にありつけるのは将兵にとっては喜ぶべきことでしょう。かくいう、私もその一人でありますが」マルアンツェトラ軍港のそばに立つ司令部庁舎横の建物にある士官用食堂で白米に味噌汁、焼き魚、納豆、お新香という和定食に前に大井がいう。

「たしかにな。貴様らの世代ではあまり日本食は好まれなかったというが、異国で日本食を食べたい、という気持ちは同じか」同じように和定食に箸を伸ばしながら山口がいう。

「他の人間はともかくとして、私は日本食が好きです」

「わしらの時代じゃ、海軍の食事は洋食と決まっていたが、ここの皇国では和食のほうが珍しいからな。逆に食べたくなるのはわかるぞ」

「はあ、第二次世界大戦の敗戦を機に大きく変わりましたから。しかし、最近はまた以前のように変わりつつあると聞きます。移転後の世界では五つの日本が混じりあってきていますし、国も民間も軍も変わらざるを得なかったのでしょう」


 統一戦争終結後、皇国の食糧事情が変わってきたのは事実であった。むろん、食材の入手が不可能になったこともあるのだろうが、それだけではないと思われるのである。皇国を形成する諸州が旧日本ほど洋食化が進んでおらず、その影響もあって、食料事情が変わりつつあったのである。北の二州はともかくとして、他の三州にはまだ耕作地が多くあり、復興には農業が重視されていたからである。


「ふむ、ところで、わしらの次の任務はどうなると思うかね?」

「何も情報ははいっていませんが、北大西洋あるは北海での任務かもしれません。長官にも連絡は入っていないのでしょうか?」

「まだだ」

「一つ気になることがあります」そういって大井は周囲を伺い、続ける。

「三機艦にいる同期に聞いたところ、サモアの米連合国海軍の増強に合わせて、オアフの米合衆国海軍も増強され、南太平洋は一触触発の状況になりつつあるといっていました。二機艦も再編中ですが、われわれが派遣される可能性もあるやも知れません」


 この頃、皇国は英国より、譲渡された東ニューギニア、ヴァヌアツ、ツバルへと開発の手を伸ばしていたのである。東ニューギニアとヴァヌアツは史実通りであったが、ツバルはフナフティ島の大きさが異なり、伊豆大島ほどの大きさがあり、最高到達点が四〇〇mほどある島であり、島の東側には天然の良港たる入り江が多くあった。皇国は捕鯨基地(移転当初の食料確保のため、捕鯨は再び始められていた)のひとつとして開発を進めていたのである。


 そう、戦中であるにもかかわらず、すでにこれら地域は日英政府間の合意により、皇国に譲渡されていたのである。そして、皇国は律儀にも受け入れ、開発を始めていたのである。その理由として、今次大戦は欧州が主戦場であり、太平洋ではすでに戦闘が終結し、安全だと思われていたからであった。むろん、米連合国と米合衆国の敵対、米領サモアへの海軍増強の可能性は政府にも知らされていた。


 英国が早い時期に手放したのも、両米国の武力衝突の可能性があり、いずれは米連合国が手を伸ばしてくるだろうことを見越してのものであったといわれる。トケラウや西サモアは米連合国に譲渡されていた。このあたりにも英国の思惑が見て取れる。つまるところ、英国からすれば技術的に進んでいる皇国に、軍拡に走る米連合国に相対させようという魂胆であったかもしれない。


 米連合国の動きは米合衆国の知るところであり、米合衆国はフィリピンに派遣の東洋艦隊、ハワイ艦隊を増強していた。中には潜水艦が多数あり、皇国海軍に探知されることも多かったのである。米合衆国は空母二隻を含む機動部隊をフィリピンに、ハワイにも空母二隻を含む艦隊を増派しており、本国には空母二隻があるのみであった。対して米連合国は東西サモアに空母四隻を増派しているのが確認されていた。


「いずれにしても、欧州戦争が終結しても、南太平洋や東部太平洋、あるいはカリブ海や中部大西洋で両米国による戦争発生の可能性が高いといえるでしょう」食事を終え、食後のコーヒーを飲みながら大井は話す。

「ふむ、問題は皇国の立場だな。彼らとて、皇国の技術力が高いことを知っているし、ドイツの技術確保に躍起になっているとも聞く」

「はぁ、とはいっても、皇国が英仏に提供しているのは二世代前の技術です。対空および対艦誘導弾、対潜魚雷を含めても、最新の技術は輸出しておりません。三機艦にイージス艦がついていないのもそのためでしょう」


 皇国は英仏米などに最新技術の漏洩を恐れており、英仏に輸出される武器弾薬においても、統一戦争時に瑞穂州や山城州、秋津州で装備していたものに限っていた。満州や中華民国に輸出している兵器もそれであった。英国に輸出している<シーライトニング>がもともとの<ライトニング>のパーツを多用しているのもそのためであった。


 ちなみに、両米国とも、航空機や陸上装備は技術的に進んではいたが、海軍の艦艇においては、英国よりも劣っていたといわれている。中でも、潜水艦はドイツのUボートに大きく劣っていたといわれ、両米国とも、英国から鹵獲艦艇を譲渡してもらい、技術力向上に役立たせていた。また、対潜装備においても同様であった。


「仮に北海での作戦となれば、英国との共同作戦もあり得ると考えられますし、そうなると、いくつかの兵装を変更しなければならないかもしれません」

「今まで最新鋭兵装を使用できていたのは、独自作戦であったからということか?」

「はぁ、地上部隊の多くが対戦していたのも枢軸軍でしたし、いずれは漏れるとしても、すぐに漏れることはないと考えられていたからです。北海での作戦では共同作戦は避けたいですね」

「そのあたりは艦隊司令部や統合幕僚本部はわかっているんだろうか?」

「どうでしょうか。ここのところ、軍でも議会でもタカ派が増えていますし、気にかかります」


 大戦が始まってから、議会や軍内部にも、北進派が台頭してきていた。多くは北の二州から選出された議員であり、軍内部でも北の二州から中央入りしている軍人などに多いといえた。それは、ソ連が押されている今こそ、ソ連極東領攻め入り、北の安全を確保すべし、というものであった。移転前にソ連に占領されたり、影響を強く受けていた両地域での考えであると思われた。しかし、政府はそれを認めることはなかったのである。


「仮に太平洋で両米国による戦争が始まったとしても、皇国が参入することはないと思われますし、部隊派遣も自国領を防衛するためのものであろうと思われます。一機艦のような大部隊を派遣する必要がないと判断できます」

「となると、北大西洋か北海での作戦になるか。貴様はそう考えているのだな?」

「はっ」


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