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黒海戦線

「第三二師団司令部より入電、我、プロイェシュティの製油所制圧占領せり、です」」

「やれやれですね。ピテシュティの製油所がドイツ軍に破壊されたと聞いたときはどうなるのかと思いましたが」オペレーターの報告に大井は山口にいう。

「まったくだ。とりあえず、モレニ油田と製油所二ヶ所が無事に確保されたのはいいことだ」

「はっ、これで補給物資は食料と武器弾薬だけですみますし、内陸部への補給も容易に行えるでしょう」

「ブルガスに上陸した第三一および第三六師団は西に向かって支配下域を拡大しています。ヴァルナの第三四および第三五師団はソフィアを陥落させ、ほぼブルガリア全土を支配下においています。第三七、第三八師団は西進し、一部部隊はユーゴスラビア領に入っています。コンスタンツァに上陸した第三三師団はブカレストを、先の第三二師団とでほぼルーマニア全域を支配下に置き、第三九および第四〇師団は西進しています」

「しかし、兵力が足らんと思うが、主席参謀はどう思うね?」

「完全に制圧する必要はありませんし、ドイツ軍を駆逐した後は該当国の政府に任せる方針です。装備の技術格差もありますし、われわれも支援しますから大丈夫でしょう」

「うむ、昨日の戦いにおいて黒海でまともな艦艇はわれわれだけになったからな。しかし、アドリア海の制海権がほしいな。そうすればバルカン半島攻略は容易だと思うが」


 この前日、ソ連製艦艇を運用したドイツ軍との戦闘が発生していた。巡洋艦四隻と駆逐艦一八隻であった。しかし、戦いは一方的であった。制空権のない艦隊戦など戦いにならないという証明であったといえた。ドイツ艦隊は遣欧艦隊に近づくことなく、艦載機の対艦攻撃において巡洋艦四隻、駆逐艦一六隻が沈没、結果的に全滅においこまれていた。むろん、性能の劣るソ連製艦艇であったことを差し引いても、運用能力の差は歴然としていた。


 結果として、グルジアやアゼルバイジャンといった地域のドイツ軍に対する補給は陸上あるいは黒海東岸線の海上輸送に頼らざるを得なくなり、補給能力は大幅に減少することとなった。今はまだその影響は現れていないが、日がたつにつれてその影響が出てくることとなる。後にソ連軍首脳部はこの海戦があったればこそ、黒海東岸部およびカスピ海西岸部を奪還できた、といっている。もっとも、皇国としては何もソ連軍を助けるために実施した戦いではなく、あくまでも東欧解放戦の一環であったとしている。


「シチリア、サルディーニャ両イタリア領の島が占領され、英国機動部隊によるタラント攻撃などからイタリア海軍は継戦能力を消失しています。降伏も時間の問題でしょう」

「ふむ、アドリア海の制海権が確保されれば、バルカン戦線は一気に有利になるな」

「はっ、もしかしたら二機艦を分派することになるかもしれません。英国海軍は再建されつつありますが、機動部隊は一個、しかも空母二隻しかありませんから、本国近海で運用したがっているかもしれません」

「ふむ、たしか、改「飛龍」型航空母艦二隻が売却されているのではなかったか?」

「は、英国海軍では「イーグル」型としていますが、現状では錬度が低く、瑞穂州からの<シーライトニング>戦闘機の輸送任務についているようです。既に、二往復しているようで、<シーライトニング>は地中海戦線に投入されています」

「そうか、今度のポートサイド到着から戦闘に参加するのではなかったか?」

「は、地中海戦線で訓練も行いつつ適当な作戦に参加するのが妥当と考えられています。「イラストリアス」型空母二隻からなる機動部隊は<シーライトニング>戦闘機を搭載してスカバフローに向かう公算が大です。英海軍はかなり<シーライトニング>を評価しているといいますので」

「となると、二機艦あるいは四航戦だけでも分派しなければならんかもしれんな」

「はっ。アドリア海の制海権確保と維持、という任務をわれわれに押し付けてくるやもしれません」

「とはいえ、ユーゴスラビアはソ連影響下でなければ分裂するんだろう?内戦状態では安心できんよ」


 ユーゴスラビアはご存知のように、移転前にはスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアに分離独立しており、セルビアの一部であるコソボは独立を宣言した。しかし、内戦状態が続いており、問題となっていた。この世界では未だユーゴスラビアとして存続しているが、戦後の状況によっては、内戦が起こる可能性が高いとされていた。もし内戦が発生すれば、米連合国や米合衆国、ソ連といった国が関与する可能性があった。


 そのような状況になれば、皇国の考えている「転封作戦」が完成されることはなくなる。そこで、皇国はこの東欧占領のどさくさにまぎれて、もう一つの作戦を実施することを考えていた。これに英国など連合軍が関与するのを防ぐために、既成事実を作っておく必要があったのである。そのためにも、ギリシャを除いた地域を皇国が占領する必要があった。むろん、皇国にも試算があった。戦後欧州への貿易拡大のための拠点とすることにより、自国の経済復興の一つの手段とするためであったのだ。そういう意味で、アドリア海の制海権を皇国が手に入れる必要があったのである。


「はっ、上層部ではバルカン半島のみの占領を考えているようですが、私個人の考えではハンガリーやモルドバにも影響力を残すほうがバルカン半島の安全化が促進されると思います」

「ほう、主席参謀もそう思うかね。実は私もそう思う。むろん、山本長官も同じ考えのようだった。しかし、戦力が少なすぎる。モルドバはともかくとして、ハンガリーは難しいだろう」

「はっ、おっしゃるとおりです。ともあれ、二機艦だけでもアドリア海に派遣したほうがよいのかもしれません。一機艦の将兵には苦労を強いることとなりますが」

「今はまだ駄目だが、上陸部隊がスロベニアを押さえれば、考えてみよう。フランスへの上陸作戦とソ連軍の反攻が始まれば実施しやすくなるだろう」

「はっ」


 史実の第二次世界大戦時よりもドイツ軍の規模は大きいとはいえ、占領地域があまりにも広大であり、ソ連のヨーロッパ部分にまで戦力を派遣していることから、ドイツ軍占領地での軍は少ないといえた。その分、イタリアやヴィシーフランス、ルーマニア、ブルガリアなど被占領地域の軍人が各地に派遣されていた。これが皇国陸軍がバルカン半島で優位を保てる最大の理由であっただろう。


 一一月五日、ブルガリアが皇国軍に降伏、一一月一二日、ルーマニアが降伏、一一月一六日、アルバニアが降伏している。皇国陸軍は軍政を敷くことなく、対独戦、対ソ戦のための軍備再編を行った。一一月三〇日には二機艦をアドリア海に分派、未だ降伏しないイタリアに対する防衛と攻略のための準備に入っている。一二月八日、ユーゴスラビアが降伏したことにより、ギリシア以外のバルカン諸国は皇国軍の占領統治下におかれることとなった。


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