南太平洋に異変あり
移転暦八年二月、聨合艦隊の艦艇や陸戦隊は第二の故郷とも言える中津島にあった。損傷を受けた艦、『長門』『陸奥』は修理のためにドックに、『那智』は損傷がひどいため、修理とともに徹底改装のため、IHIMU横浜に入渠していた。そして、中津島の聨合艦隊司令部庁舎では将官による会議が行われていた。
「南太平洋で問題が発生したと?」山口中将が司会役の聨合艦隊参謀長、飯田剛海軍少将に問う。
「南太平洋のどこの地域ですか?」角田少将も問う。
「サモアだよ。米連合国の支配下にある東サモアで艦艇の数が増大しているんだよ」見かねた山本長官が助け舟をだす。
「参謀長、その変化はいつからです?情報源は?」高須中将が尋ねる。
「第一報が入ったのが昨年一一月一二日、S作戦が終了して二○日後で、情報は呉の第一潜水戦隊の『ずいりゅう』です」今度は飯田参謀長も言い回しを使わず、単刀直入に答えた。
「呉の一潜戦といえば、原潜の部隊で、『ずいりゅう』はその三番艦ですが、パナマ沖で監視任務についていたのではありませんか?なぜサモアに?」第一機動艦隊の主席参謀として会議に出席していた大井少佐が聞く。一緒に任務についていた山口や高須、草鹿少将らは驚かないが、他の将官、特に旧日本国から派遣されている将官はその発言に驚いた顔をしている。
「大井少佐、君に発言権はないはず・・・・・」
「参謀長、第一機動艦隊には参謀長はいない。大井少佐は主席参謀として十分参謀長の役を果たしている。発言権はあるよ」何か言おうとした山口中将を手で制して山本がいった。
「長官がそういわれるのであれば・・・・『ずいりゅう』はソロモン諸島の情報確認を行った後、南太平洋、いえ、フィジー諸島からサモアを経てパナマ沖に向かう航路をとっておりました。ところが、サモア沖の異変に気づいて報告してきたのです。以後、交代で監視が行われています」
「それで、統合参謀、いや、幕僚本部はどう考えているのですか?」山口が聞く。
昨年、組織が一部変更され、国防大臣の下に統合幕僚本部が、その下に海軍作戦本部、空軍参謀本部、陸軍参謀本部があり、統合幕僚本部は非常時のみ設置されることとされたのである。統合幕僚本部は海軍作戦本部長および参謀長、空軍参謀総長および参謀長、陸軍参謀総長および参謀長、聨合艦隊司令長官および参謀長の八人によって構成されることとなった。こうして、海軍のトップは海軍作戦本部長であり、聨合艦隊司令長官は海軍ナンバー2ということになった。
とはいえ、実際には統合幕僚本部の下、三軍の長の斜め下に位置する統合参謀会議での決定がそのまま国防大臣に提出されることが多い。この統合参謀会議には三軍の参謀や技術本部の技官などが参加するが、聨合艦隊の旧軍参謀たちは参加するが、技術に関してはほとんど口を出すことはないとされていた。これは技術格差がありすぎるためで、運用面では積極的に参加しているとされている。その際たる人物が黒島亀人海軍大佐であった。
「まだ何も判らない、というのが結論です」
「参謀長、それに関連することと思われるんだが、以前、主席参謀と話したことがある。確認してもよいかな?」山口が聞く。
「は、かまいませんが・・・」飯田参謀長は何のことだ、という表情を見せていう。
「主席参謀、ソロモン諸島の攻略が成ったときに聞いたことをもう一度聞きたい。説明してくれんか?」
「はっ、よろしいのですか?」
「かまわんよ」
「では」
マダガスカル島でソロモン諸島攻略が成功したと聞いて、大井は山口に不安を打ち上げていた。それは米連合国の動きについてであった。米連合国が太平洋に持つ植民地は東サモアだけであり、フィリピンやハワイ、アラスカは米合衆国の州や領土とされていた。ソロモン諸島を皇国が押さえたこと、スマトラ島に皇国軍が進駐していることにより、自国領たる東サモア維持に不安を持った米連合国が米合衆国と締結した休戦条約を破棄、太平洋で軍事行動を起こすのではないか、ということを打ち明けていた。
ハワイの米合衆国軍は強力であり、簡単に戦端を開けるものではない、アラスカは遠すぎる。しかし、フィリピンなら大した戦力はない。それに、ここを抑えることは、東南アジアやソロモン諸島、マダガスカル島と皇国の航路にいつでも手を出せることになる。また、皇国の本領ともいえる台湾が至近にあり、皇国に対して睨みを利かせることも可能である。燃料油たる石油はオランダやイギリスから入手可能であろうし、英蘭には武器援助法で絡めていけば安易に断れないはずであろう。なにより、フィリピンには鉱資源が手付かずのまま残されている。
仮に米連合国と皇国が戦端を開いても、英仏は明確に皇国側に立つかどうかも不明であり、対岸たる米合衆国も不透明である。米連合国が有利になれば参戦することもありうるが、逆の場合は静観するが本土決戦となれば参戦することになるだろう。ましてや、主義が異なるソ連に武器弾薬を供与しているのは、時機を見て対皇国戦に参戦を促す可能性があるし、欧州へ皇国が傾注すれば、その隙を付かれる可能性もある。ルーズベルト大統領の性格からすれば、起こりえる可能性が高い、それを阻止するためにも皇国政府の外交手腕に期待しなければならないし、軍もそれらの可能性を考慮する必要がある。
まずやらなければならないのは、東アジア諸国を友邦国とすることであり、欧州諸国には米連合国戦の不介入を約束させる必要がある。さらに、米合衆国との関係を強化しておく必要もあり、可能なら軍事同盟の締結、対ソ戦を避けるためにも、欧州でソ連に圧力をかけえる地域、特に東欧や北欧に軍を常駐させる必要も考えられる。
そうして、大井が話し終えたときには、山口と山本以外は唖然とした表情をうかべ、特に、参謀長として旧日本から派遣されている将官はショックを隠せない様子であった。平然としていた二人、山本はおそらく山口から聞かされていたのであろう、が、一瞬だけ、やはりな、という表情を見せた。
「で、主席参謀、東サモアの米連合国艦艇の増強、君はどう見る?」その山口の声で一同が我にかえり、その表情を改めた。
「最悪のシナリオかもしれません。これで輸送船や補給船、タンカー、空母が確認されたらまず間違いなく、フィリピン侵攻の可能性があります。スマトラ島やボルネオ島の蘭軍と接触するようならさらに可能性が高くなります」
「できる対策はあるかね?」
「はっ、長官、監視です。しかもそれと悟られないようにする必要があります。それと米合衆国との対話の強化と一部情報の公開です」
「例の衛星は使えないのかね?」
「判りません、長官。われわれが聞いている情報では一個は欧州、一個は北米、一個はインド洋にありますし、南太平洋の監視は不可能なはずです」
「ふむ。山口君を超えて越権行為だが、先の話と対策、作戦案を提出してくれんかね?期限は二週間だが」山本のそれに対して大井は隣の山口にチラと視線を走らせ、山口がうなずいたのを確認してから答えた。
「はっ、できるだけ早いうちに長官に提出します」
「うん、頼むよ」
「はっ」
その後、議題は欧州派遣軍の編成、規模、作戦について話し合われることとなった。しかし、大井は直接発言することはなく、山口や山本、高須に問われる、という形での発言に留まっていた。ちなみに、この会議には、各戦隊の司令官と参謀長の二人ずつ、聨合艦隊司令部からも山本と飯田参謀長のみの出席とされていた。ここでの方針にのっとり、聨合艦隊参謀会議で詳細を煮詰めて統合幕僚本部に上げられ、そこから統合参謀会議に提出されることとなる。
海軍の実働部隊は聨合艦隊であり、皇国海軍は近海の防衛と船団護衛に限られていた。むろん、秋津島や瑞穂州など諸州は聨合艦隊との共同出撃を希望していたが、皇国政府は許可しなかった。これには理由があり、皇国政府としては欧州各国や北米に皇国の戦力は、聨合艦隊と近海防衛の小艦隊のみの戦力であると公表していたからである。事実、一万トンを超える軍艦は聨合艦隊にしか存在しないからであった。この世界では史実のように海軍軍縮条約など締結されていないため、各国の海軍戦力がそれぞれの時代の戦力そのままであった。ただし、対独参戦後は大型正規空母の建造を宣言していた。
これは、米合衆国や米連合国を刺激しないためであったといえる。未だ、対独戦に参戦しておらず、陸軍兵力はともかくとして、海軍戦力が多数装備されている北米との争いを避けるためであった。特に、米合衆国を刺激しないためであるといえた。米連合国は多くの海軍戦力を有してはいたが、その多くは大西洋にあり、太平洋には東サモアだけであった。対して、米合衆国は太平洋を挟んだ隣国であり、太平洋に多くの海軍基地が存在するため、太平洋での武力衝突の可能性が高かったからである。
現大統領のジョン・N・ガーナーの対日戦略は温厚なものではあったが、もし、海軍兵力増強で米合衆国を刺激すれば、ガーナー大統領はともかくとして、米合衆国軍部が黙ってはいないだろう、と考えられていたからである。皇国としては、米合衆国と米連合国の共同作戦として、太平洋で激突することは避けなければならなかった。




