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東アジア事情

 独ソ戦が始まるまでは微妙なバランスの上の平和であったが、移転暦九年夏の東アジアは二年前に比べれば、より安定していたといえるだろう。独ソ戦が始まってすぐに締結された日ソ不可侵条約、満ソ不可侵条約、韓ソ不可侵条約もあって極東アジアでは平和ともいえる状況であった。そして、皇国、満州国、大韓民国の三国は戦争特需に沸いていたといえる。


 特に、皇国と皇国からの技術導入により、近代化を図っている満州国にとっては明確であった。満州国では繊維産業や軽工業の発展は著しかった。皇国は満州国や大韓民国で製造できる日常生活用品や衣類を購入し、欧州への援助物資としていたのである。皇国内で製造するよりも安く、多量に用意することができたからである。特に満州国産は品質も安定しており、それなりに使用できていたからでもあった。


 大韓民国製は皇国製にははるかに及ばないものの、それほど品質を求めない地域、中華中央や東南アジア、マダガスカルなどでは重宝されており、それなりの利益を上げていたといえる。それほど皇国製や満州国製に劣る品質のものであった。もっとも、国内事情を考えれば仕方がなかったともいえた。未だ北部では共産主義者や抗日主義者による反政府運動が頻繁に起こっており、治安が悪く、窃盗や強盗といった犯罪も多発していたからである。皇国は自国民に被害がおよばない限りは関与しない方針を貫いていた。


 とはいえ、大韓民国には軍人や外交官以外の皇国人はほとんど存在しないといえた。残っているものにもできるだけ半島から出国するよう勧告が出されていた。その多くは満州国や新たに皇国支配下になったソロモン諸島へと流れていったからである。軍人と外交官を除けば、純然たる朝鮮人国家といえたのである。だからこそ、皇国もあえて関与は停止していたといえる。


 そして、東アジアで欧米列強から注目されている地域が存在した。それが大韓民国より譲渡された済州島であった。皇国政府は元からの住民に対して皇国に帰化するか韓国本土への移住を宣告した。結果として、済州島には約二万人が残留することとなった。そこを欧州から逃れてきたユダヤ人の居住地として皇国が指定したのである。


 皇国政府は総督府を設置し、さまざまな技術を持ち込んだのである。それは農業から工業、果ては漁業などすべてにおよんでいた。むろん、それぞれの技術者も教育者として派遣している。ここに残ったユダヤ人はアメリカ合衆国やアメリカ連合国、カナダなどへの渡航を拒否したものばかりであったから、彼ら自身で生活の基盤を築かせるためであった。皇国が対独参戦をするまでに海路で欧州から脱出した約五○万人、シベリア鉄道を利用して脱出してきた約二○万人のうち、合わせて六五万人強がこの地に入ったのである。それは今も続いていた。


 そして、これを多くのユダヤ人が居住する北米に公開し、支援を要請したのである。移転暦八年初頭には、自治権を与え、議会を開かせている。内政や治安維持にも関与せず、すべてをユダヤ人に任せたのである。ただし、皇国の法律により、犯罪者に対しては厳罰を与えている。居住から五年を経た移転暦一〇年には曲がりなりにも自治体としてやっていけるまでになり、それまで総督府が管理していた住民台帳を役所として機能し始めた市民省に移籍、管理を任せることとなった。


 この頃には初期の居住者による繊維製品や軽工業製品を彼らに代わって欧州あるいは北米へ輸出してもいる。そして住民が望むものを輸入という形で提供してもいたのである。つまり、閉鎖的ながらも一つの国家としての機能を有しつつあったといえた。そして、この皇国の政策が英国をして地中海沿岸にユダヤ人国家建設という約束を忘れさせる事となったのである。


 戦後一五年の移転暦二五年には皇国から居住者に正式に割譲され、同年末には東イスラエル共和国の建国宣言が成されている。建国時の人口は三九○万四一五二人で、非ユダヤ人(朝鮮系および日系)は約一パーセントでしかなかった。そして、真っ先に国交を開いたのが皇国と満州国であった。


 もっとも、これに反対する国もあったのは事実であった。近隣では大韓民国であり、遠くはアメリカ合衆国である。大韓民国は皇国に割譲したのであり、皇国はそれを維持する必要があるとしたのである。いずれはもう一度自らの領土とすることを考えていたのかもしれない。アメリカ合衆国は、自らの力のおよばない地域で白色人種国家が、有色人の手によって成されたことを遺憾の意をあらわしていたのである。


 中華中央はどうなっていたかといえば、相変わらずの内戦が続いていたといえた。しかし、ソ連がドイツ軍に押されている状況であり、中国共産勢力もその影響を受けていたといえる。中華民国が押しているかといえば、そうではなかった。こちらは内部腐敗が明らかになり、権力争いが起こっていたのである。そのため、現状維持がやっとという状態であったといえた。


 それでも、史実のように中華民国が崩壊しなかったのには理由があったとされている。皇国は中華民国総統であった蒋介石に現状維持を進言していたのである。今すぐではなく、時機を見て統一すればよい、としたのである。時期を待って統一し、満州の併合も武力による力ずくではなく、政治的なやり方で行うべきであるとしたのである。満州が発展すれば、黒龍江省油田からは近代国家の血液ともいえる石油が継続的に安定して入手できる、弾薬においても満州で製造できて入手が可能であろう、としたのである。さらに、満州では製造できない武器においては皇国が提供する、あるいは欧米から入手すればよいとしたのである。


 つまりは、まずは現状維持で国力を高めること、内政を整備することを薦めたのである。そして、満州とは反共産という一点でのみ、共同戦線なり同盟を結ぶことも大事である、としたのである。もちろん、蒋介石にとっては受け入れられるものではなかったといわれている。しかし、自らの支援国であった英国がドイツと戦っており、米合衆国も英国に対する支援に重きを置くようになったことで、延滞なく中華民国を支援できるのは皇国のみであると気づいたともいえるだろう。


 結果として、蒋介石は支配下域の現状維持と国内整備を推し進めることとなり、皇国より示された国内における腐敗勢力の追放などに勤めることとなった。共産勢力側の人海戦術に対して、装甲車や戦車、航空機を用いた空陸一体作戦を展開して撃退を図り、あえて共産勢力支配下の地域にまで進出することはなかったといわれている。皇国が蒋介石に示した時期、それはソ連軍のドイツ反攻作戦の実施段階だとされた。その時期においては、ソ連軍も自らの領土を取り返すことに傾倒するあまり、共産勢力に対する支援が疎かになるだろう、としたのである。


 むろん、蒋介石にとっては、現在のドイツ軍の勢力が衰えるとは考えていなかった。一時はドイツ側、つまりは枢軸側に付いて戦うことも検討したとされていたのである。それに対して、皇国は次のように言及していた。国内情勢が整えば、皇国としても欧州に兵力を派遣することになるだろう、としていたのである。蒋介石とて、皇国によるソロモン諸島の制圧やマダガスカル島の制圧は知っていた。


 だからこそ、皇国が大艦隊(このことも知らされていた)を派遣すれば、欧州戦線がドイツ(枢軸軍)寄りから英国)連合軍)寄りに変わるのではないか、そう判断したのかもしれなかった。もっとも、欧州派遣にかまけて自らの支援が減るようでは困るため、釘をさすことは忘れなかった。米国(ここではアメリカ合衆国をさす)からの支援も減少している今、皇国が支援を停止すれば、何とか押さえ込んでいる共産勢力が息を吹き返す可能性もああったからである。


 かくして、中華中央での国共内戦は一時的に沈静化することとなった。 このころの中華中央での勢力分布は中華民国が安徽省、福建省、江蘇省、浙江省、江西省、重慶省、四川省、雲南省、広西省、広東省、貴州省、湖南省、湖北省、海南省を、それ以外を毛沢東の共産勢力が支配している状況となっていたが、チベットは独立を保っていた。


 これで崩壊しかけていた四川省、湖北省の対共産戦線は持ち直すことができたのである。そして、次に手を打ったのが中央集権国家体制ではなく、両アメリカや皇国に準じた連邦制を敷くことであった。各地方の権限をある程度認め、金融と軍事力に関しては中央集権とすることで、国体を保とうとしたわけである。これは皇国も実施していることでもあると明言していた。さらに、臨時首都として南京を指定したのである。南京であれば、列強各国の租借地である上海至近であり、皇国とも近いために利便性が高いとされた。


 極東ソ連を除けば、東アジアはそういう状況であった。一時は悪化していた中華民国との関係が改善されつつあった。そういうこともあり、皇国は欧州への軍派遣を問題なく行えるようになったのである。つまるところ、皇国の近隣地域が安定してくれなければ、皇国軍の欧州への派遣が不可能であった。そのため、仮そめとはいえ、皇国は東アジア地域の安定化を目指していたといえた。少なくとも、懸念を少しでも減らしておきたかったということになる。


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