東南アジアへ
移転暦七年四月三〇日トラック島、第一戦隊を基幹とする第一艦隊、第一および第二航空戦隊を基幹とする第一機動艦隊、揚陸艦四隻を基幹とする攻略部隊が出撃を明日に控えてその準備に追われていた。トラックの司令部での最終打ち合わせが終わり、後は出撃するのみであった。
「司令部からの通達はJ号作戦か。てっきりS号作戦かと思っていたのだが、情報参謀はどう思うかね?」第一機動艦隊旗艦『白根』(聨合艦隊所属になったことで艦名を漢字表記に改めた)の長官公室で山口多聞海軍中将がいう。
「はっ、愚考するには、まず欧州との航路の安全確保、さらに、ドイツ東洋艦隊に対する燃料の供給停止を狙ったと考えます」第一機動艦隊の情報参謀である大井保海軍少佐が答える。
「貴様が愚考なんぞするか?どちらの作戦も貴様が起案したんだろうが」
「ご存知でしたか」
「山本長官から聞いておるよ。で、どうなんだ?」
「はぁ、バレンバンの油田を押さえることで、ドイツ海軍の行動を制限すること、石油がなければ艦艇は動きません。オーストラリアとシンガポールの航路確保することにより、英軍の戦力増強を図るというところです。ソロモンのドイツ植民地は石油がなければ干上がりますから」
「ふむ、だが、ドイツも馬鹿ではないだろう。ある程度の備蓄ぐらいはしているだろう。潜水艦もどれくらいいるかわかっておらんし」
「ジャカルタとティモール、西イリアンのソロンを確保して対潜哨戒機を飛ばします。本土からP3C<オライオン>を持ってきて活動させればよいと考えています」
「よかろう。ああ、それと、貴様には主席参謀を勤めてもらう。少佐で主席参謀とは異例だが、人材がおらんのでな。既に山本長官と海軍本部、艦隊には通達済みだ。期待している」
本来であれば、海軍本部から派遣されてきた矢田部幸一少将が勤めるのであるが、彼はトラックに進出後、虫垂炎を発症、薬で散らしていたのだが、ついに腹膜炎を起こし、トラックの病院に入院してしまったのである。第一機動艦隊には移転組から中佐クラスを各参謀として配属されていたが、大井は情報参謀としてその末席に加わっていたのである。
ちなみに、聨合艦隊司令部と第一機動艦隊および第二機動艦隊には少将クラスが、その他の艦隊や戦隊には大佐クラスがそれぞれ参謀長として加わっている。さらにいえば、各艦艇には大尉クラスが連絡将校として乗り組んでいたのである。これは、現代戦の経験のない移転組のリスクを減らすために海軍本部が実施したものであった。当初は各戦隊規模で考えられていたのであるが、志願者が多かったための配置であった。
「はっ、微力ながら全力を尽くして勤める所存であります」
「うん、すまんが、頼む。で、この作戦案ではマカッサル海峡からジャワ海に入ることとなっているが、南シナ海のほうが英仏蘭の支援が受けやすいではないか」
「長官、これは皇国海軍の初戦でもあります。英仏蘭との共同戦線の前に、皇国の力を示しておく必要があるのです。でなければ、今後の共同戦線において皇国独自の作戦が実行できません。独自の作戦と実行能力があることを知らしめておけば、英仏の作戦指示に対して異議を唱えることができると考えたのです」
「なるほどな。で、対潜哨戒は?」
「これは皇国、というよりも、旧日本国軍がもっとも得意とするところです。前路哨戒としてヘリを前に出して対潜哨戒に充て、後方も同様にします。航空戦力は確認されておりませんが、E2D<ホークアイII>を一機上げて、各空母から二機の<流星>を上げてCAPに当たらせます」
「よかろう。わしも勉強したが、いま少し理解できていない点もある。何しろ、これがはじめての近代戦だからな。で、ジャカルタに対する航空攻撃は各艦から一二機上げるだけでいいのだな?戦力が少ないと思うが」
「いいえ、レーダーと港湾設備を破壊するだけでよいのです。上陸支援には一艦隊を使います。<流星>は一機あたり五.五トンもの兵装が可能ですし、四八機で二六.四トンにもなります」
ここで第一機動艦隊の編成をあげておこう。
第一機動艦隊
旗艦『白根』
第一航空戦隊
空母『飛龍』『蒼龍』
第二航空戦隊
空母『隼鷹』『飛鷹』
第七戦隊
重巡『熊野』『鈴谷』
第八戦隊
重巡『利根』『筑摩』
第九戦隊
重巡『三隈』『最上』
第四水雷戦隊
軽巡『由良』
駆逐艦『朝雲』『峯雲』『夏雲』『朝潮』『荒潮』
第五水雷戦隊
軽巡『大井』
駆逐艦『風雲』『夕雲』『巻雲』『霰』『霞』
第六水雷戦隊
軽巡『長良』
駆逐艦『陽炎』『不知火』『野分』『早潮』『親潮』『黒潮』
第七水雷戦隊
軽巡『北上』
駆逐艦『三日月』『電』『雷』『曙』『潮』『漣』
第二八駆逐隊
駆逐艦『白露』『村雨』『五月雨』『春雨』『夕立』『夕暮』
というものである。
『白根』は元は海上自衛隊のDDH「しらね」型一番艦であった。「ひゅうが」型の配備に伴い、退役の予定であったが、聨合艦隊の旗艦に適当な艦がなかったことから、改装して使用されることとなった。その諸元は次のとおりである。排水量五七○○トン(改装により五〇〇トン増)、全長一五九m、全幅一七.五m、 吃水五.五m、主機石川島播磨二胴衝動式スチームタービン×二基、二軸推進、出力七万馬力、武装五四口径一二七mm単装速射砲一基、VLS一六セル、アスロック対潜ロケットランチャー一基、短魚雷三連装発射管二基、四連装対艦誘導弾発射機一基、二〇mmCIWS二基、対潜ヘリコプター一機搭載、最大速力三二kt、乗員定数三六○名というものである。もっとも大きい違いはヘリコプター搭載数を減らし、指揮通信機能の充実にあった。自らが対潜、対空、対艦戦闘に加わることなく、装備する兵装は基本的には個艦防御のためである。
「飛龍」型航空母艦は移転した航空母艦の代艦として皇国が戦後初めて建造したものである。移転した空母のうち、改装してジェット機運用に耐えられるのが『赤城』『加賀』の二艦しか存在しなかったためである。もっとも、近代空母の建造経験がなかった皇国は、米海軍の「キティホーク」型航空母艦を参考にした。結果として「キティホーク」型空母を二回りほど小さくした形になっている。その諸元は次のとおりである。基準排水量四万九八○○トン、全長二八○m、全幅水線/甲板三六m/六五m、 吃水九.五m、主機石川島播磨二胴衝動式スチームタービン×四基、四軸推進、出力二〇万馬力、搭載機戦闘攻撃機四八機、対潜ヘリコプター二機、早期警戒管制機二機、スチームカタパルト四基、エレベーター三基、武装八連装対空誘導弾発射機二基、二〇mmCIWS二基、最大速力三一kt、乗員定数三二○○名というものである。
F/A-5戦闘攻撃機<流星>は聨合艦隊所属パイロットのために開発された、といっていい機体であった。対空戦闘および対艦攻撃こそ優れてはいたが、対地攻撃はF-2戦闘機ほど高くはない。全幅一一m、全長一六m、全高五m、乗員二名、自重一万○六八○kg、全備重量二万○七六○kg、発動機石川島播磨重工F-5-IHI-80ターボファン推力七二○○kg×二、武装二○mmバルカン砲一基(弾数五六〇発)、空対空誘導弾×四、ASM-2対艦誘導弾×四など最大五七〇〇kgまで搭載可能、最大速力M二.○、航続距離四一○○km(増槽使用)、戦闘行動半径八五○km、上昇限度一万八〇〇〇mというものであった。
「たしかにそんな量を集中して落とせばすごいだろうな。護衛はどうするつもりなんだ?」
「念のため、『飛鷹』の部隊には対空兵装のみで出しましょう」
「よかろう、各艦に指示しておいてくれ」
「はっ!」