聨合艦隊再編へ
移転暦六年一二月、中津島の軍港近郊にある仮設宿泊施設、そのうちの将官用会議室(いくつかある会議室のうち、将官が集まるための施設)において会議が行われていた。この会議室に将官が集まるのはほぼ一年ぶりといえた。なぜなら多くの将兵とともに彼らも専門課程の教育を受けるため、ここを離れていたからである。今もパイロットの多くは訓練のため、ここを離れていた。
「みなさまの一年半に及ぶ移転解消訓練も先月で終了いたしました。お疲れ様でした。本日お集まりいただきましたのは、海軍本部において提案されている案をお知らせするためと、それに対するみなさまの忌憚のない意見をお聞かせいただきたいと思ったからであります」居並ぶ将官を前にして大井保皇国海軍少佐(四月に昇進)がいった。
このとき彼の前に集まっていた将官を上げてみよう。現れたときの職務も書いている。
主力部隊
司令長官 山本五十六海軍大将
参謀長 宇垣纒海軍少将
第1艦隊
司令長官 高須四郎海軍中将
参謀長 小林謙吾海軍少将
第9戦隊
司令官 岸福治海軍少将
第3水雷戦隊
司令官 橋本信太郎海軍少将
第1機動部隊
第1航空艦隊
司令長官 南雲忠一海軍中将
参謀長 草鹿龍之介海軍少将
第2航空戦隊
司令官 山口多聞海軍少将
支援部隊
第8戦隊
司令官 阿部弘毅海軍少将
第10戦隊
司令官 木村進海軍少将
攻略部隊
第2艦隊
司令長官 近藤信竹海軍中将
参謀長 白石萬隆海軍少将
第5戦隊
司令官 高木武雄海軍中将
第3戦隊1小隊
司令官 三川軍一海軍中将
第4水雷戦隊
司令官 西村祥治海軍少将
第7戦隊
司令官 栗田健男海軍中将
護衛隊
第2水雷戦隊
司令官 田中頼三海軍少将
第2連合特別陸戦隊
司令官 大田實海軍大佐
陸軍支隊
指揮官 一木清直陸軍大佐
第11航空戦隊
司令官 藤田類太郎海軍少将
北方部隊
第5艦隊
司令長官 細萱戌子郎海軍中将
第2機動部隊
第4航空戦隊
司令官 角田覚治海軍少将
アッツ攻略部隊
第1水雷戦隊
司令官 大森仙太郎海軍少将
潜水部隊
第一戦水戦隊
司令官 山崎重暉海軍少将
第2潜水戦隊
司令官 市岡寿海軍少将
先遣部隊
第6艦隊
司令長官 小松輝久海軍中将
第3潜水部隊
第3潜水戦隊
司令官 河野千萬城海軍少将
第5潜水部隊
第5潜水戦隊
司令官 醍醐忠重少将
と二七人もいたのである。大佐二人は海軍陸戦隊司令官および陸軍部隊指揮官ということで名前をあげている。
「さて、みなさんがこの地に現れた時に比べて状況が大きく変化いたしました。テレビのニュースや海軍の広報によってみなさまがご存知のように、欧州でドイツ軍がポーランドに侵攻、ソ連軍もポーランドに侵攻、フィンランドとソ連の間で戦争が始まっています。みなさんの世界でも、もちろん、われわれの過去に起こった戦争と同じです。まったく同じ始まり方をしているのです。異なる点もいくつかありますが」
そう、前年九月一日、史実の第二次世界大戦とまったく同じように、ドイツのポーランド侵攻により、英仏は対独宣戦布告を宣言し、欧州で戦争が始まったのである。日本皇国は山城州がフランス、瑞穂州が英国の影響があり、対独参戦も検討されたが、局外中立を宣言していた。なぜなら、この世界ではソロモン諸島にドイツの植民地があり、東南アジアには史実同様英仏蘭が植民地としていたからである。つまり、東南アジアで戦争が発生すれば、皇国のシーレーンが脅かされ、インドやセイロン島(この世界ではまだ英国の植民地であった)からの資源(多くは紅茶など)、東南アジアからのゴムや香辛料の入手が滞るからである。
「皇国は中立を宣言しておりますが、満州国や千島でソ連軍の動きがあわただしくなっているのが確認されております。また、ソロモン諸島のドイツ海軍が増強されているのも確認されております。英仏蘭の船舶が攻撃を受け、四隻の沈没が確認されております。海軍本部は皇国の船舶が攻撃を受けた場合、対独参戦もありえるとして準備を進めているようです。陸軍参謀本部でも、千島や沿海州が侵攻された場合、対ソ戦の可能性ありとして準備を進めています」そこまで大井が説明したとき、室内がざわめいた。そして、山本五十六海軍大将がいった、
「で、海軍本部はわれわれにももしもの場合の準備に入れというのかね?」
「はい、われわれ皇国海軍、特に旧日本国海軍は第二次世界大戦の敗北以後、ほとんど戦闘経験がありません。先の統一戦争のおりも、沿岸戦闘でした。みなさまの力を借りたい、そういう考えでいます」
「しかし、われわれの軍備に疑念を持っていたではないか、いまさら、むしがよすぎると思わないかね?」宇垣纒海軍少将がいう。
「それに対しては謝罪するしかありません。ただ、海軍としては、いいえ、海軍だけではなく陸空軍とも、政府の命令には逆らえない、ということをご理解いただきたいと思います」
「宇垣君、そうはいっても、現実にはわれわれ将兵一〇万人もの専課教育を終えているよ。生産性のないわれわれを一年半も養ってくれていたんだよ、その費用たるものはかなりの額になると思うぞ」そういったのは高須四郎中将であった。それで宇垣少将も静かになる。
「それで、海軍本部の案をお知らせいたします。今からお配りします資料のとおりです」そういってホチキスで閉じた書類を配る。その表紙には<再編聨合艦隊(案)>と書かれていた。
「ご一読いただいた上で忌憚のないご意見をお聞かせいただければ幸いです」大井のその言葉に、パラパラっとページをめくる音が室内に響く。