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第一部 文化祭編

第一章「血塗れの教室と、輝く瞳」

第二章――僕の名前は、尾形カオル。

今は、文化祭のクラス企画「戦慄の絶叫ホーンテッドハウス」で使う予定の教室で、お化けの仮装(という名のただの白シーツ)を被って、天井に黒いカーテンを吊るす作業をしている男だ。

「カオルくーん、そっち押さえてー」

「おう」

脚立の上で、僕は慣れない手つきで画鋲を壁に押し込む。

床では、クラスメイトたちがダンボールで「墓石」や「井戸」を作っている。夏休みが明け、文化祭本番まであと一週間。クラスの熱気は最高潮に達していた。

もちろん、僕を除いて。

僕は、この熱気が苦手だ。

なぜなら、こういう「非日常」のイベントは、僕の「呪い」を増幅させるからだ。

「よし、カオルくん! その黒い布、こっちに垂らして!」

「ああ」

僕が脚立の上で身をよじり、シーツの裾を払った、その時だった。

「あっ」

シーツの裾が、脚立の金具に、最悪のタイミングで引っかかった。

バランスを崩す、僕。

「うおっ!?」

僕は、落下を免れようと、シーツの中で必死にもがいた。

だが、それが、さらなる悲劇・・を呼んだ。

もがいた拍子に、シーツが、めくれた。

いや、捲り上がった。

お化けの仮装シーツの下は、動きやすさ重視で穿いていた、ただの体操着の短パン(・・・・・)だった。

「「「キャアアアアアアア!!!!!」」」

「うおおおおおおお!! 田中! 見たか今の!! 尾形くんの!!」

空気が、止まった。

いや、正確には、クラスメイトの女子十数名と、男子の田中くんの動きが、止まった。

次の瞬間。

ブシャアアアアアアアアアア!!!!

教室の、あらゆる方向から、鮮血が吹き上がった。

それは、集団鼻血マス・ブラッディ・ハナヂの発生だった。

「尾形くんの……生足……(グフッ)」

「短パン……短パン……(バタッ)」

「ああ……神よ……! 田中、生涯の悔いなし……(ドサッ)」

女子も田中くんも、関係ない。

僕の「イケメン・フェロモン」と「貴重な肌色(短パン)」のコンボは、彼らの毛細血管には過剰な刺激だった。

阿鼻叫喚。

いや、阿鼻叫喚(の鼻血)だ。

ダンボールの墓石は赤黒く染まり、作りかけの井戸は血の海に沈んだ。

床は、まるでジャクソン・ポロックが激情に任せて赤い絵の具をぶちまけたかのような、前衛的なアート空間と化した。

僕が、ゆっくりと脚立から降りると、そこには屍(鼻血で失神)が累々と横たわっていた。

「……また、やっちまった」

――正直、僕は今日という時ほど、自分の、主に異性(と田中くん)の鼻血を出させる能力を呪ったことはない。

全ては、僕が間違えてパンツ(短パン)を見せてしまったばかりに。

本当に、不甲斐ない……!!

(数十分後)

放課後の教室は、夕焼けのオレンジ色に染まっていた。

クラスメイトたちは、無事に保健室に搬送され、この血まみれの惨状が残された教室には、僕と、なぜか「清掃」まで残ってくれた河合さんだけがいた。

「…………」

「…………」

無言。

ただひたすらに、バケツに汲んだ水で雑巾を絞り、床にこびりついた「誰か」の血を拭き取る。

ゴシ、ゴシ、と。

鼻をつく鉄の匂いと、塩素系漂白剤の匂い。

これが、僕の日常だ。

僕がいるだけで、誰かが傷つき(鼻血を出し)、後始末(掃除)が生まれる。

僕は、僕という存在そのものが、公害ハザードなのだ。

「……フッ」

自嘲の笑みが漏れる。

何が「ブラッティ・レイン」だ。

何が「左腕が疼く」だ。

僕は、ただの厨二病ですらない。歩く生物兵器だ。

アメリカに逃げようとしたって、結局これだ。

僕は、誰も幸せにできない。

僕が、床の最も濃いシミ(おそらく田中くんの)を前に、膝を抱えて絶望していると。

そっと、新しい雑巾が差し出された。

「……河合さん」

「……きっと、大丈夫だよ。カオル君」

河合さんは、僕の隣にしゃがみ込み、自分のスカートが汚れるのも構わずに、床を拭き始めた。

「……でも、僕のせいで、お化け屋敷が……」

「大丈夫。みんな、カオルくんのせいじゃないって分かってるよ。あれは、事故・・

「…………」

「それに、みんな、カオルくんのパンツ(短パン)見れて、本当は嬉しかったと思うよ」

「……それは、フォローになってるのか?」

「ばぶう」

僕は、彼女の言葉に、少しだけ救われた気がした。

この教室(惨状)の中で、唯一、血を流さなかった彼女。

僕の「呪い」が効かない、唯一の存在。

夕日に照らされた彼女の横顔は、あの夜の「タイプじゃない」という言葉と同じくらい、僕の心を強く掴んでいた。

掃除を終え、僕はさらに十ページにも及ぶ「お化け屋敷(物理)を血の海にした件に関する反省文」を書き上げ、ようやく教室に戻った。

すっかり日は落ち、廊下は薄暗い。

「ふう……疲れた。さすがに反省文十ページはキツいな」

「お疲れ様、カオル君。あれ? でも、まだ誰か残ってるみたい」

河合さんが、僕らの教室のドアを指差す。

まだ、電気がついている。

そして、中から、けたたましい笑い声が聞こえてきた。

「「アッハハハハ!!! そこで死ぬか!? バカだろアイツ!!!」」

僕と河合さんは、顔を見合わせる。

カラリ、とドアを開けると、そこには一人の男がいた。

知らない顔だ。

黒髪で、高身長。僕とは違う種類の、爽やかなイケメン。

そいつは、イヤホンをしながら、スマホで動画を見て、腹筋が崩壊したように、腹を押さえてのたうち回っていた。

「だれだ〜? あいつ」

僕は、この血生臭い一日の終わりに現れた、やけに陽気な闖入者ちんにゅうしゃを、なんとか茶化そうとした。

だが、隣にいた河合さんの様子が、おかしい。

彼女は、僕の言葉など聞いていなかった。

彼女は、その場に釘付けになり、腹筋野郎の姿を、じっと見つめている。

やがて、その腹筋野郎が、笑い疲れて顔を上げた。

河合さんと、目が合う。

「……え?」

男が、キョトンとした顔をする。

次の瞬間、河合さんが、僕の横をすり抜けて、駆け寄った。

「もしかして…………明夫あきお君?」

彼女の、声が。

僕が今まで聞いたことのない、鈴が鳴るような、高く、甘い声がした。

「あの……小学校で一番仲良かった、明夫君?」

彼女の、あんな瞳、見たことはない。

僕の「イケメン」を見ても、僕の「厨二病」に付き合っても、「タイプじゃない」と一蹴した、あの冷めた青い瞳が。

今、目の前の男を映して、まるで星空を閉じ込めたみたいに、青く、深く、光り輝いていた。

(……なんだよ、それ)

僕の心臓が、ズキリ、と嫌な音を立てて軋んだ。

僕が「ブラッティ・レイン」でヤンキーを倒した時も。

僕が「頑張ったな」と頭を撫でた時も。

彼女は、あんな顔、しなかった。

あんな声、出さなかった。

僕の知らない男。

僕の知らない河合さん。

僕は、その瞬間。

人生で初めて、他人に嫉妬した。


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