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第四章「保健室のシュークリームと筆談の秘密」
――義理義理高校の食堂にて。
カレーコロッケを頬張る河合さんを前に、僕は混乱していた。
さっき部室で見た、天井の小型録音機。
窓の外の、人影。
そして、河合さんが僕だけに伝えた、モールス信号の「SOS」。
あれが、僕の勘違いや厨二病の妄想でないとしたら?
僕と河合さんは、今、この瞬間も「監視」されている。
「カオル君、どうしたの? カツカレー冷めちゃうよ?」
「んぼぼぼぼ(もぐもぐ)……」
河合さんは、口にカレーを詰め込んだまま、僕の顔を覗き込む。
その瞳は、先程の部室での怯えた様子など微塵も感じさせない、無邪気なものだ。
……演技か?
そうだ、ここも「監視」されているかもしれない。
食堂という開けた場所。大勢の生徒。その中に、「敵」が紛れているとしたら?
僕は、スプーンを握る手に汗が滲むのを感じた。
僕の名前は、尾形カオル。
あまりにも美しすぎて、老若男女問わず皆が鼻血を吹き出し、倒れてしまうことで、この街で名が知れている、内閣総理大臣の息子だ。
いやあ、それにしても、最近僕に、顔を赤らめながらパンティーを見せてきたあの近所の婆さんのパンツの色って、ピンク色と白色どっちだったか……
……ダメだ。
必死にどうでもいいことを考えて、恐怖を紛らわせようとしている。
重要なのは、僕と魔法少女らしい河合さんが、本当に何故かは分からないけど、何者かに監視されていることだ。
「カオル君」
河合さんのその声で、僕はハッとした。
彼女は、少し憂鬱な目で、考え込む僕を見たあと、視線を窓に移した。まるでそこに何者かがいるかのように。
(……!)
彼女も、気づいている。
この食堂にも、「目」があることを。
彼女の綺麗な青の瞳が、いつもより暗い。
もしかして、落ち込んでいるのか……?
さっきのことを、僕に気づかれたことで。
それか、僕を心配してくれてるのか……?
僕が、この状況に怯えているとでも?
……いや。
それはない!!
ここで僕が怯えたら、彼女の「SOS」に応えられない。
ここで僕が暗い顔をしたら、彼女を不安にさせるだけだ。
(そうだ……こういう時こそ、アレだ)
僕が彼女を励まし、彼女の(そして僕自身の)心配を断ち切る!!!
だから!!
僕は立ち上がり、椅子を蹴倒す勢いで、色白な彼女の青い瞳をしっかりと見て、ライオンの映画の有名なあの言葉を叫ぶ!!
「心配ないさ」って意味の、あの呪文を!
「しいんばぁいないさあああぁ……!!!」
やべ、久しぶりの大声で、喉が枯れ……
「カオル。うるさい」
僕の首筋に、トン、と軽い衝撃が走った。
恐るべき速さの手刀。
この僕でも、見逃してしまっ………………た。
――こうして、僕は気を失い、河合さん自身の手で保健室に運ばれた。
「おーい!! カオル!! 起きろ!!」
「はにゃあ……?」
僕はそんな情けないいびき(?)をかきながら、意識を取り戻した。
消毒液の匂い。柔らかいベッドの感触。
ここは、保健室か。
僕は、寝ていたわけじゃない。河合さんの手刀によって、気を失っていた…… はにゃあ?
「寝るのもいい加減にしろよぉ!!! おぎゃあばぶばぶばぶばぶばぶ……!!!!」
「うるさい」
僕は、意識の覚醒と同時に、たまたま(?)ポケットの中に入っていたシュークリームを、彼女の口にぶち込む。
もちろん、僕のイケメンぶりに興奮した女子生徒が、下駄箱に詰め込んでいた貢物の一つだ。
「はぶ……!! ばぶぶ……!!! おぎたの……!!?」
彼女は、その大きなシュークリームをゆっくりと飲み込みながら、すごい形相(もはや、変顔……?)で僕の目を見つめてきた。
そして、彼女は僕に言う。
「何……? 私の顔に何かついてる?」
そして、その顔があまりにも面白く、僕の顔に笑みがこぼれる。
「な……なによ。カオル君」
彼女はそう言って、ほっぺたを膨らませたが、今やその顔が愛おしい。
僕は、ベッドからゆっくりと起き上がり、彼女のほっぺたについているシュークリームのカスを、たまたま(?)ポケットに入っていたハンカチで拭いて、取ってやる。
もちろん、このハンカチも貢物だ。
「ほっぺただよ。シュークリームついてるぞ」
僕がそうカッコつけると、思いのほか、彼女は少しニヤつきながら、こう言ってきやがった。
「へ〜。カオル君、意外と優しいじゃん」
「な……なんだよ。河合さん」
「な……なんでもないから。……ブフッ」
僕は、これからも彼女のほんの少しだけムカつくけど、愛おしいニヤけ面を守りたいと、心の底から思った。
……でも、何か大切なことを一つ忘れてる気が……
うーん。
……!!?
ああ、そうだ……!!
食堂での「ハクナマタタ」の絶叫。その前の、部室での盗聴器。
僕はなんでここに連れてこられたんだっけ……!?
「そう言えば、河合さん!! なんで僕はここ……!!!」
僕がその疑問を口にした瞬間。
河合さんは、さっきまでの笑顔を消し、真剣な顔で僕の口を(シュークリームとは違う方の手で)塞いだ。
そして、無言で「シィー」と人差し指を立てる。
彼女は、保健室のベッドのカーテンを素早く閉め切り、僕らのいる空間を外界から遮断した。
そして、カバンからノートの切れ端(A4一枚の紙)とペンを取り出した。
彼女から帰ってきた言葉は、声からは発せられなかった。
その答えは、a4一枚の紙に書かれた手書きの文字だった。
彼女は、語らなかった。
多くどころか、何も。
そうだ。
よくよく考えれば、小型録音機がある以上、重要な話は何も話せないのだった。
彼女は、ペンを走らせ、僕にその紙を見せた。
そこには、不器用だが、力強い文字が書かれていた。
『カオル君。私達の会話は、LOADに聞かれてる』
そして、彼女が不器用に書いたこの直筆の文字は、これから僕達が日常を演じつつ、立ち向かわなくてはならないかもしれない敵を暗示していたのであった。




