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第二章「偽りのデートと本物の魔法」

「満足してくれたなら良かった」

僕がそう言うと、河合さんは少し照れたように「ありがとう」と言った。

「大丈夫! カオルくんもカッコいいよ!!」

ん……?

急にどうした、河合さん。展開が早すぎるぞ。

僕のイケメンさに、君もついに屈したのか? あまり、僕を失望させるなよ。

「顔以外は!!!」

……やっぱ、今の言葉無しで。

君は完璧な女性だ。

僕が求めていた、僕のステータスを無効化する、唯一の存在。

僕は感動で胸がいっぱいになり、彼女のその清々しいほどの毒舌に感謝を述べようとした。

だが、その時だ。

彼女は、またしても突然、あの発作(?)を起こした。

「あと!! カオルくん!! ばぶうばぶうばぶうおぎゃおぎゃおぎゃあばぶうばぶうばぶ…… ね?」

彼女は無邪気にそう言って笑った。

いや、やっぱ可愛いな。河合さんは。

なんて言ったかはわからんけど。

だが、待て。

そのリズム……「ばぶうばぶうばぶう(・・・)」、「おぎゃおぎゃおぎゃあ(―――)」……

まさか、モールス信号か?

『S・O・S』……?

いや、馬鹿な。自意識過剰だ。

二日前にアマチュア無線のコンテストに二徹で出て、頭がおかしくなっただけだろう。俺の耳も、相当イカれてる。

そう、ただの幼児退行だ。

……そうじゃなきゃ、こんなに可愛いわけがない。

クレープを食べ終え、すっかり日も暮れてきた。

新宿の雑踏は、偽りのカップルである僕らにとっても居心地が悪く、僕らは帰路につくため、駅へと続く裏路地を選んだ。

「……なあ、河合さん。今日の『付き合ってるフリ』って、一体なんだったんだ?」

「んー? カオルくんが、あんまりにも非モテのオーラを出してたから?」

「……本気で言ってるのか?」

「ばぶう」

はぐらかされた。

僕が彼女の真意を掴めずにいると、前方の暗がりから、二人の男が姿を現した。

「ああ!!? やんのか!!? ゴラァ!!」

「ここは俺らのテリトリーだ!! 通行料金払え!! ゴラァ!!!」

絵に描いたようなヤンキーだった。

河合さんが、小さく「げ」と声を漏らす。

(……フッ)

だが、僕は内心で笑っていた。

チャンスだ。

この情けない僕が、君(河合さん)の前で唯一カッコつけられる、絶好の機会じゃないか。

「河合さん。下がってろ」

僕は河合さんをかばうように、前に立つ。

「……カオルくん?」

「ああ!!? なんだテメェ! そのイケメンなツラ、ムカつくんだよ!」

「まあ、落ち着けよ。ブラザー。金だ。金さえ貰えば……」

僕はそんなヤンキー達に頭を下げて、1000円札を払うふりをした。

そして、ヤンキーの懐に入り込んだ瞬間――

「疼くんだよ……俺の左腕がッ!!」

「は?」

「喰らえ!! 『ブラッティ・レイン』!!!!」

僕の厨二病の集大成。

ライオンさんがしょんべん散らして逃げ出すレベルの特大の左フックを、ヤンキーの顎にぶちかます。

ヤンキーが、面白いようにぶっ飛んだ。

「……フッ。これで全てだな」

僕は左腕をさすりながら、倒れたヤンキーを見下ろす。

総理大臣の息子でありながら、左腕に闇の魔力を宿しているイケメン(俺)は、珍しく僕の顔を見ても興奮しないそのヤンキー達の財布を全て奪う。

「これ、交番に届けておくからな〜。お前らが持ってても、意味ないから。……で、何か言い残すことは」

「……あいつ、何言ってんだ?」

「さあ……厨二病だろ」

「痛え……兄貴、やっちまおうぜ」

「ああ」

しかし、その時。

僕が財布を回収しようとした、その時だ。

ぶっ飛んだはずのヤンキーの一人が、醜悪な笑みを浮かべる。

そして、人差し指を僕に向け、こう言い放つ。

「敵を貫け。黒魔術――”ブラッティ・レイン”」

「――は?」

僕の技(?)と、同じ名前だと?

彼の指から放たれたその純黒の弾丸は、ほんの一瞬の間に、僕の間合いを侵していた。

もはや認識できないほどに、その弾丸は早く――

(……ああ、そうか。魔法って本当にあるんだな)

僕はいわゆる走馬灯ってやつに支配された。

僕が今まで左腕に宿ると信じていた、あの安っぽい「闇の魔力」とは違う。

本物の、死を振りまく「絶望」が、そこにあった。

(……母さん。僕は……。すぐには来ないで、って言われたのに)

僕は、死を覚悟した。

パァンッ!!!!

甲高い、乾いた音。

……痛くない。

僕が恐る恐る目を開けると、

そこには、僕の前に立ちはだかる、河合さんの姿があった。

「……は?? 何してんのこの人」

なんと河合さんは、その漆黒の弾丸を――

まるで、鬱陶しい羽虫でも払うかのように、右手で弾いていた。

「な……何何何何何何!!? 何が起こったの!!?」

「やってくれだなぁ。色白の魔法使いのガキ。お前。さては外国人だな?」

ヤンキーが、明らかに動揺している。

「ああ、私はノルウェー人の両親を持つ日本人だ。だがなあ」

河合さんは、僕の知る限り、最も冷たい声で、そう言った。

「私は生まれも育ちも日本人の魔法使いだ。これだけは譲れない」

「外人が。調子乗りやがって」

「やるぞゴラァ!!! 弟よ!!行くぞお!!! 俺達の闇の魔力を込めた金属バットでこの女の頭をかち割っ……!!! おげえ…!」

……見えなかった。

金属バット(魔力付き)を振りかぶったヤンキーの兄貴に対し、河合さんは一瞬で懐に飛び込み、その頭を空中での蹴りだけで、かち割った。

いや、かち割ってはいない。ギリギリで止めている。

ヤンキー(兄)は、白目を剥いて倒れていた。

「誰の頭をかち割るって?」

河合さん……信じられない。

「ヒィイ化物オ…!!」

残ったヤンキー(弟)が、腰を抜かす。

「約束しろ」

「何が…ッ?」

「二度と私達の前に現れるな。そして、通行人から金を騙し盗るな。次会ったら……殺す」

「ヒィッ!!逃げろ…!! 逃げろおお!!!!」

「あああああ!!! 兄ぢゃああん!!!」

こうして、ヤンキーの2人は逃げ去り、消えた。

これが、魔法少女……!!

あまりにも肉体派すぎるぜ……!!!

静寂が戻る。

僕は……恐る恐る彼女に聞く。

「河合さん……河合さんって何者?」

すると、彼女はいつもの調子で、首をかしげた。

「ばぶ?」

「ばぶ……じゃなくて」

僕が真剣な顔で詰め寄ると、彼女はフッと笑った。

「良いよ。教えてあげる。だけど……その前に」

「その前に?」

「私、頑張ったから……さ。……その」

河合さんは少し下を向いたあと、僕の瞳をじーっと見つめた。

……これは。

まさか、イベントスチルか?

僕がそんな事を考えていると、河合さんは少し照れて、こう言った。

「ば……ばぶう」

もしかして、照れてる……のか?

(……いや、待て、冷静になれ尾形カオル。これは展開が早すぎる。僕の理想とする「自然な関係」はどこへ行った?)

僕は自問自答する。

(だが、ここで「自然な関係」を優先して、このシチュエーションをスルーするのは、男としてどうなんだ? いや、しかし……)

(……ああ、もういい! 悩むのは終わりだ!)

(これは未来のための投資だ!)

僕は、そんな彼女の頭を、ポンポン、と撫でた。

「う……うう……ばぶう」

「うん。そうだな。よく頑張ったな。河合さん。偉いぞ」

その照れ顔を写真にとって、我が家に飾りたいぐらいだ。

僕は、僕の中に芽生えたこの感情を、誤魔化すことができない。

軸がブレてもいい。

今はとにかく、君の隣にいて、君を守りたい。

嗚呼、そうか。

僕は、幸か不幸にも、理解してしまった。

この感情。

この恋心を……”一目惚れ”って、言うのか。

僕が、君の瞳を見つめてうっとりしていると、君は小さくて可愛らしい口を開く。

「……で、私の正体だけど」

「うん」

ゴクリ、と僕は息を呑んだ。

魔法使い。LOAD。父親の陰謀論。全てが繋がる……!

河合さんは、最高の笑顔で、こう言った。

「ひ・み・つ」

「なんだよ……それ」

一こうして、新たな感傷に気づいた僕と河合さんの奇妙な初デートは終わった。

彼女の視線の先にあるその存在に、気づかずに。


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