第7話 山上斗真
俺が妻と出会うまでに付き合った女性は、たった二人だけだった。
どちらも長続きはせず、正直なところ、女性との交際経験は少ない。
もともと真面目な性格で、恋愛を駆け引きのように楽しむタイプではなかった。
親譲りの身長や顔立ちで、それなりにモテてはいたと思う。
それでも、相手を振り向かせるために努力をすることや、頻繁に連絡を取ることには、どこか煩わしさを感じていた。
恋愛に没頭するあまり、仕事や自己成長の機会を逃してしまうのはもったいない。
それに、時間や感情、金銭的なコストをかけたとしても、必ずしも期待通りのリターンが得られるとは限らない。
妻は控えめで気遣いがあり、負担を感じさせるようなことはしなかった。
料理の腕も確かで、さらに自身の仕事を持ち、経済的にも自立していた。
俺もそんな彼女を敬い、それなりに大切にしていた。
言い換えれば、妻は俺の人生の安定を支える存在だと思っていた。
結婚して何年かが過ぎ、仕事でもそれなりに成果を上げて、自分自身の立場が確立されてくると、少しは色っぽい遊びも経験しておくべきなのではないかと思うようになった。
妻の存在が当たり前になり、関心がなくなったのも事実で、加奈への感謝や恋愛感情も日々薄れてきていた。
そんなとき、大学時代の友人がパーティーを企画するから人数合わせで参加してくれという連絡が入った。
いわゆるギャラ飲みというやつで、華やかな飲み会を簡単に実現できるため、これは今の流行りのシステムだと言われている。
キャバクラなどの店舗を利用するよりもカジュアルで、アプリを通じて好みや要望に合った女性をリーズナブルに招待できるらしい。
女性の経歴や趣味なども調整できて、相手は仕事として割り切っているから、あとくされがなくてコスパが良いみたいだ。既婚者が合コンなどに参加するのは問題だろうが、そういうものなら気軽に楽しめると思った。
会社接待などにも活用できるようだから、俺も興味本位で参加することにした。
自分の若さや魅力を再確認したいという気持ちもあったのかもしれない。
俺はそこで優香というOLと出会った。
彼女の言葉は軽やかで、深く考えずに流れていく。
その場の雰囲気を盛り上げるのが上手で、誰もがつい話に乗せられてしまう感じの女の子だった。
長い髪を指先でくるくると遊ばせながら、甘えたような声で話す。
「ねぇ、こういう場って楽しいですよねぇ?」
彼女はバッチリメイクをして派手ではあるが若さを感じた。まだ20代前半だろうと思った。
彼女の服装はトレンドを意識したワンピース。派手すぎず、それでいて流行りを意識したデザインだった。
服装にあまりこだわらない妻と比べると、その違いは歴然だった。
さらに、視線の合わせ方が自然で、相手の興味を引き出すのが上手だった。
「人脈づくりって大事じゃないですかぁ?」
優香は軽く俺にボディータッチしながら、スマホを取り出す。
連絡先を交換するのも、まるでゲームのように楽しんでいるようだった。
「普通にOLしているだけでは出会えないじゃないですかぁ。若いうちにいろんな人に会って、いろんな経験をしたいなって思ってるんです」
「へぇ、そうなんだね」
「山上さんは技術職なんですね、凄いですね。大手だし将来安定していて羨ましい。奥様は高スペックな旦那様をゲットしたんですね。自分が働かなくても暮らしていけそう」
「まぁ、そうかな」
加奈は自分でも働いているし、安定で言うなら彼女の方が上だろう。公務員だしな。
そう思いはしたが口には出さなかった。
「私はギャラ飲みを副業にしています。キャバクラやガールズバーより自由で、短時間で効率よく稼げるのが魅力です。もしまた接待などで利用する機会があれば、割引サービスでかわいい子を集めますよ」
割り切ってアルバイトとしてやっているようだから、後々面倒なことにもならないだろう。
軽い気持ちで優香と連絡先を交換した。
***
その後、彼女から食事を御馳走して欲しいという連絡があり、たまたま時間も合ったから一緒に飲みに行くことにした。
「私は割り切って考えるタイプなので大丈夫ですよ。その場が楽しければそれでいいんです。重たい恋愛って、ちょっと面倒ですよね?」
「そうだな。俺は結婚しているし、面倒なことになるのは避けたい」
「斗真さんは、おいしいご飯をご馳走してくれるし、かっこいいし。なんだか、お兄さんみたいな感じですね。あと、結構真面目っぽいところがいいなって思います」
「でも俺はけっこうシビアだよ。君もそうかもしれないけど、ビジネスライクな考えができる相手と付き合いたいと思ってる」
「同じですね。私もそう思います」
そう言って、彼女は俺の腕にそっと腕を絡めてきた。
俺は新鮮な刺激や承認欲求を満たすために、妻を裏切ることを選んだ。
もちろん絶対にバレないように慎重に行動した。
「私、かっこいい男の人がいたら、嬉しくなっちゃって、すぐに自分のものにしたくなっちゃうんです。当然、奥様がいても、自分が一番って思えるのがいいんです」
「まぁ……遊びの関係でのことだよね?俺は、妻は大切にしてるよ」
「当たり前じゃないですか!それはそれ、これはこれです。結婚したからといって、旦那の世話をするのは嫌なんです。自分ひとりなら、他人の洗濯をする必要もないし、自分の食べたいものを自由に作れますから」
「優香は独身向きだな」
「そうですね。でも、お手伝いさんを雇って、何もしなくて済むなら話は別かな?そんなお金持ちの石油王みたいな知り合い、いませんか?」
「はははっ……いや、それは、いないかな」
彼女は何の責任も負わず、自由気ままな人生を楽しんでいた。
その姿は、遊び感覚で生きる若者特有の自由さを感じさせ、俺の目には眩しく映った。
それから、彼女とは毎週水曜に会うようになった。
忙しくて会えない日もあったが、月に2度は必ず時間を作った。
妻とはもう1年ほど同じベッドでは寝ていなかった。
彼女はどちらかと言えば控えめで、積極的な情交はない。
だからといって、優香を妻に迎えることは考えられない。彼女は恋愛よりも遊び向きの存在だ。割り切った関係だからこそ、続けられているのだ。
俺は調子に乗り、若い女の子との。逢瀬に夢中になっていた。
まさか、それが妻に気づかれているとは知らずに。