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第5話



福岡から帰ってきてから、斗真さんの帰宅時間が早くなった。

そして、浮気相手の影が薄くなった。


やっぱり旅行の日の朝に、私が言った言葉で、浮気が私にバレたと分かったのかもしれない。

残業せずに帰宅する姿は、彼が良き夫であろうと努力している証のようだった。


もし彼が浮気相手と別れたのなら、その女性とはただの遊びだったのだろう。

けれど、本当に彼女を愛していたのに、結婚という契約のために無理をして関係を断ち切ったのなら、それは少し気の毒に思える。


それとも夫はまだ私を愛しているのだろうか?

私には分からなかった。


離婚は結婚よりも大変だと聞く。

仕事のことや世間体の問題もある。

もし彼の浮気がただの遊びだったのなら、今回は何も言わずに静かに見守ろうと思った。


週に一度の彼女との逢瀬がなくなり、久しぶりに私を抱く気になったのだろうか。

それとも、妻を放置しすぎたことにようやく気づいたのか。

水曜日の残業がなくなり、彼は私を抱いた。


一年ぶりのそれは、彼の贖罪なのだろう。


もう女として見られていないと思っていたから、彼が私を抱いたことに少し驚いた。

同時に、水曜日の彼女の代わりに妻が選ばれただけなら、少し悲しい。


「今度の土曜だけど、加奈が好きそうな映画が始まったから、一緒に観に行かない?」


珍しく斗真さんが私を映画に誘ってくれた。


「うわっ!そうなんだ。ありがとう」


彼が勧める映画のタイトルを見たら、それは『真夏の奇跡』だった。

私の好きな作家が原作の作品だ。


「泣ける恋愛映画だって書いてあったから、女性は好きだろこういうストーリー? この作家の本、加奈が読んでたのを思い出して」


「ああ……そうなんだ、覚えててくれたんだね。この人の本はすごくいいのよ。賞も取っているし、感動する話が多いの……でも」


「でも?」


「これはやめておいたほうがいいかな。他の映画はどう? アクションでもいいよ」


「別に俺だって恋愛映画も観るよ。なんで嫌なの? この原作は面白くないの?」


「うん。あまり面白くないのよ。違うのにしない?」


「そう、わかった。じゃあ、また別のが公開されたら言うよ」


彼は私のために、私好みの映画を探してくれた。

それなのに断られてしまい、少し機嫌が悪くなったようだ。

怒った様子で、自分の部屋へ入って行った。


けれど、その映画の選択は、彼の失敗だ。


駄目でしょう。

だって、その話は不倫がテーマだもの……しかも結構ドロドロだ。



少しぎこちない形ではあるけれど、私たち夫婦の再構築が始まった。

彼の浮気には触れず、私たち夫婦の、今までと変わらない日常が戻ってきた。



***



旅行から1カ月が過ぎようとしていたある日。


「山上斗真さんの奥さまですよね?」


駅の雑踏の中で、突然その声が降ってきた。

振り向いた瞬間、若い女性の真剣な眼差しが目に飛び込んできた。


彼女はスラリとした長身で、セミロングの髪をゆるく巻いている。

メイクはしっかりめで、目元のアイラインが強調されていた。


白のクロップドトップに、ハイウエストのテーパードパンツ。足元はブランド物のパンプスで、全体的にトレンド感のあるスタイル。


「はい……どちらさまですか?」


胸の奥がざわめく。何か嫌な予感がする。


「私、斗真さんとお付き合いしている林優香といいます」


時が止まった。 鼓動が耳の奥で響く。

そうだ。送られてきた画像に、夫と仲良く写っていた女性は確かに彼女だった。


「……ああ」


驚きと混乱が一気に押し寄せ、一瞬言葉が出てこなかった。

浮気相手の彼女が、直接、私を待ち伏せしていたのだ。


挨拶をすべきだろうか?『主人がお世話になっています』かしら……いや、そんなのはありえない。


どうすればいい?


「あの、もう斗真さんとの夫婦関係は冷め切っていて終わっていると聞いていました。なのに、なぜ私が彼と別れなくちゃならないんでしょう?」


直接的な言葉に困惑する。私はこの場で何を言えばいい?


「え……と……」


「奥様、斗真さんのことを愛していませんよね? 私が送った九州旅行の写真、見ましたよね?」


彼女は自分のスマホを差し出した。


「これ、どうぞ見てください」


画面にはホテルの客室。バスローブ姿でベッドに腰かける彼の背中が映っている。


寒気がした。

こんな場所で写真を確認しろと?


そのままスマホを引っ込めない感じだったので、仕方なく私はスマホを受け取った。

画像をスクロールしていくと、ツーショット写真がたくさん出てきた。

どれも夫と彼女の旅行の記念写真だった。



「大宰府……天満宮に、行かれたのですね……」


口が乾く。視界が揺れる。


「大宰府だけじゃないです。いろんなところへ行きました。だから、早く彼を解放してください。あなたはもう愛されていないんですから!」


彼女の言葉が心臓をえぐる。

それはまさに、事実だろうけれど、こんな場所で、不倫の話を大声で語るなんて常識がなさすぎる。


「承知しました。ここは人目につきますし、また改めて連絡してください。あ、いえ、もしよろしければ斗真に言っていただければ、話は早いと思います」


彼女はすぐさま反論してきた。


「だから、斗真さんは奥さんに言いづらいんですよ。今の状態だったら、彼は浮気した有責配偶者じゃないですか?」


「……確かにそうですね」


「不倫」は配偶者の信頼を裏切る行為だから、それが原因で離婚をするのなら、彼は有責配偶者になる。


けれど駅の喧騒の中、この話題を持ち出すのはあまりに場違いだ。

立ち話で片付くようなものではない。


私は、何故か彼女に追い詰められていて、抵抗できる手段を思いつかなかった。



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