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第16話


半年が経ち、妻の様子が変わり始めた。


髪型を変え、新しい服を身にまとい、化粧も少し濃くなっていく。

以前はナチュラルな雰囲気だった彼女が、いつの間にか洗練され、美しさに磨きがかかっていた。

その変化とともに、彼女は休日に一人で出かけることが多くなった。


「ちょっと出かけてくる」


そう言い残して、妻は軽やかに玄関を出て行った。その姿を見ても、俺は『どこへ行くんだ』と尋ねることができず、ただ黙って見送るだけだった。


何を間違えたのだろう。

どうしてこうなってしまったのか。


妻の変化にどう向き合えばいいのかわからず、胸の奥にくすぶるモヤモヤを抱えたまま、ただ時間を過ごしていた。


妻と向き合うことが唯一の解決策だった。

しかし、それに気づいたときには、すでに手遅れだった。


夫婦の会話はさらに減り、気づけば妻と過ごす時間がほとんどなくなっていた。


仕事の予定が増えていくことが、むしろ救いだった。妻と過ごす時間が苦痛に変わりつつあったから。


それでも、どう謝ればいいのか、どんな言葉を紡げば彼女に伝わるのか。

その答えを見つけることができず、俺はただ目の前の仕事に集中することにした。


俺はスケジュール帳の余白をすべて埋めるように、ひたすら仕事を詰め込んだ。


そうすることで、考えなくて済むから。

そうすることで、自分を保てる気がした。



***



名古屋への出張は3日間の予定だった。しかし急な予定変更で、2日目に帰宅できることになった。


その日、妻には日程変更を伝えず、マンションへ戻った。


もうあれから半年経っている。

このままでは駄目だ。そろそろ自分から動かなければならない。彼女のために何かしようと思い、近くの寿司屋で出前を頼んだ。


新婚当時、両親を招いて、マンションでみんなで寿司を囲んだ。楽しく過ごしたあの日を思い出す。


そういえば、毎年欠かさず実家にお歳暮を贈っていたのは加奈だった。

それに、今でも父の誕生日や母の日には贈り物をしてくれている。

当然のように、それを彼女の役目だと思っていた。


「ありがとう」と言葉では伝えていたものの、何を贈ったのか、お礼の電話はあったのか。

そんなことを考えたことすらなかった。


彼女なら大丈夫だろう。そんなふうに勝手に思い込んでいた。

安心して任せていたというより、ただ面倒なことを丸投げしていたのだ。

今さらながら、自分がいかに妻を気にかけていなかったのかを痛感し、深く反省した。


今日こそ、帰ってきた妻と話をしよう。


最近の彼女は、雰囲気が変わり明るくなったと感じる。

楽しいことでもあるのか、新しい趣味でも見つけたのか。

俺とは違い、妻は日々の生活を楽しんでいるように見えた。

だからこそ、ゆっくりと向き合って話をしよう。もっと、彼女の心に寄り添いたかった。


そういえば、髪型を変えたことに、俺は気づいていたのに、何も言わなかった。

「似合ってるよ」と言っただろうか?


綺麗になった。似合っていると、ちゃんと伝えたかったのに。



出張の土産に名古屋で買った日本酒は、何かの賞を受賞した銘柄らしい。ワインのような芳醇な香りと、すっきりとした味わいが特徴だという。


これなら加奈も気に入るかもしれない。そう思いながら、駅前の専門店で迷わず購入した。


帰ったら、加奈と一緒に飲もう。久しぶりに、肩を並べて晩酌を楽しみたい。

そう思いながら、グラスを用意した。

そう思いながら、リビングで加奈の帰りを待った。


遅くても9時には帰るはずだ。そう信じていた。


職場の同僚と飲みにでも行ったのだろうか。

邪魔をしてはならないと考え、連絡はしなかった。


しかし、その日、妻は帰ってこなかった。




***



駅で偶然、妻の親友である「結城佳乃」と出会った。


彼女は大学の後輩だが、俺の直接の友人ではなく、加奈を介して知り合った後輩だった。


学生時代、彼女と加奈はいつも一緒にいて、グループで何度か遊んだことがある。

連絡先は知っていたが、自分から連絡を取るような間柄ではなかった。


最近の加奈のことが知りたくて、佳乃ちゃんを誘い、飲みに行くことにした。


最近、妻は何をしているのか。

新しい趣味でもできたのか。

仕事が忙しいのか。


俺よりも加奈のことを知っている彼女なら、最近の加奈の状況を何か知っているかもしれない。

優香の件があったとき、加奈は佳乃ちゃんのマンションに泊まり込んでいた。

恥を忍んで、そのときの彼女の様子も聞いておこうと思った。


俺が佳乃ちゃんと仲良くなれば、きっと加奈も今より心を開いてくれるはずだ。

そんな期待もあった。


グラスを傾けながら、佳乃ちゃんはじっと俺を見つめた。


「山上さん、本当にやっちゃいましたね」


「……面目ない」


加奈とは話し合ったことがない浮気の話を妻の親友とすることになった。

もちろん説教されるのは分かっていたし、責められて当然だ。


「私は加奈の親友として、山上さんの味方にはなれませんよ」


「ああ、それは十分わかっているし、君のいうことは間違ってないよ」


彼女は深いため息をついてから、苦笑いした。


「……まぁ、正直……本音を言いますと、浮気くらいは、誰にでもあることです」


「……え?」


意外な言葉だった。


「私の知る限りでは、逆に、浮気していないイケメンなんて一人もいませんよ」


「いや、まぁ……」


「誰にでも間違いはあります。許すことに時間をかけ過ぎて、駄目になったカップルや、離婚した夫婦を何組も見てきましたから」


「そうなんだ……」


「ええ。人はある程度時間が経てば、許すべき時が来るものです。いつまでも意固地になって、ずっと引きずっていたら先へは進めませんし。怒っていたり拗ねていたりするのにも限度がありますしね」


「まぁ、確かにそうかもしれない」


佳乃ちゃんは豪快にビールを飲んだ。

奔放で、はっきりものを言う女性だとは思っていたが、加奈の友人でもある。浮気した俺の肩を持つような言葉に虚をつかれた。


「加奈とはよく会っているの?」


「ええ。仲良しですからね私たち。でも、あの子も自分の幸せをちゃんと理解していないところがありますからね」


「加奈は、幸せなんだろうか?」


彼女は驚いたように目を丸くした。


「大学でも人気がありましたし、見た目も魅力的な旦那様。何より、仕事ができて、頭もいい。一流企業に勤めているエリート技術者。引く手あまたの山上さんを旦那様にできた幸せを、彼女は分かっていないんです」


俺は、グラスの中の氷をゆっくりと揺らしながら、考え込んだ。


「……まぁ、分かっているとかいないの問題ではないよ」


佳乃ちゃんは、俺をじっと見つめる。


「いい人ですね、山上さんは。でもその真面目な性格が、今回みたいなややこしい結果を招いたんですよ」


そう言って、彼女は意味深に微笑み、ゆっくりとグラスを傾けた。


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