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第11話

斗真さんからのメッセージが入ったのはその日の昼頃だった。



『悪い今日は、外で食べてくるから遅くなる。先に休んでいて』

『せっかく加奈が戻って来るのに、早く帰れなくてごめん』



……ごめん?


なんだか違和感がある。


急な残業でも入ったのだろうか。

私がなかなか家に帰らないことに苛立ちを感じているのかもしれない。

しかし、本来怒るべきなのは私の方のはずだ。

裏切られたのは私であり、しかも林優香にまで突撃されたのだから。


彼の帰宅が遅いのならばと、私は部屋の掃除を済ませる。夕食は一人で摂る。


食事をしながら、回収したボイスレコーダーの録音を再生する。


昨日、日曜日の夜に、夫の苛立った声が録音されていた。

ボイスレコーダーがようやく、その本来の役目を果たしたのだ。


リビングに響く夫の声。

電話の相手は……


『いい加減にしてくれ、君とは別れただろう……』


夫はリビングで電話をしている。

電話の相手は間違いなく林優香だろう。


『俺は妻と離婚するなんて言った覚えはない。最初から遊びだっただろう?お互い納得していたはずだ。そうでなければ君とは付き合っていない』


『そもそもなんで君と結婚するなんて話になるんだ?なに……写真?』


沈黙の後、彼の声がさらに荒くなる。


『ありえないだろう!妻になんてことをしたんだ!……くそっ』


それに続いて、何かを蹴飛ばす音。 苛立ちを隠せない夫の様子が、音越しにも伝わってくる。


……この音声は浮気の証拠になるはず。


『分かっているのか?不貞したんだぞ、君が訴えられて慰謝料を支払わなければならないんだぞ?』


『あるよ。当たり前だろう、離婚になったら慰謝料300万を妻に君が支払うんだぞ?』


『……分かった。話は明日だ。もし、これ以上変なことをすれば、俺は弁護士に相談するから』



今日早く帰れない理由がはっきりした。

彼は、林優香と会っているから、遅くなるんだ。


あの子が夫に自分から連絡し、私に会ったことを告げたのだろう。

私には内緒にするように言っていたけれど、我慢ができなかったのかもしれない。


電話を切った後、歩き回る荒っぽい足音が聞こえる。


「なに考えてんだ……自分から加奈にバラしてどうする!どれだけマヌケなんだ……」


怒りに満ちた夫の声が響き、その言葉は普段温厚な彼にしては、あまりにも酷かった。


でもこれで、私が優香さんとの不貞を知ったと確信したはずだ。

今夜、斗真さんは彼女に会い、これからどうするか話し合っているのだろう。



「彼の帰りは遅くなりそうね……明日も仕事なのに、今夜夫婦で話し合うことになるのかしら」


そんなことを考えふと時計を見るともう22時を過ぎている。

先に寝る準備と明日の用意をしておこうと考え、全ての家事を終えることにした。



夜も深まり、時計の針は0時を指している。


……夫は帰ってこない。


「これはまずいわね、朝帰りコースが考えられるわ」


待つだけ無駄だと思い、スマホにメッセージは入れず、夫に「先に寝ます」という短いメモを書いてテーブルの上に置いた。



久しぶりに自分のベッドに横になり、静かな部屋の中で夫のことを思い浮かべた。


今、夫はまさに修羅場の最中にいるはずだ。


電話の内容からすると、別れを告げたにもかかわらず、相手はそれを受け入れず、自分の知らぬ間に妻に会い、関係を明かした。


彼にとって今の時間は、きっと地獄のようなものだろう。

想像するだけで、夫がどれほど追い詰められているかがわかる。

彼はどんな言葉を選び、どんな顔をして話をしているのだろう。


夫が混乱の渦の中心にいるのは確かだが、その結果どういう結論を出すのかが問題だ。

それにより私の行動も変わってくる。


ただ静かに横になり、ゆっくりと呼吸を整えながら目を閉じた。


決断の時は、もうすぐ訪れる。

この状況から逃げ続けるわけにはいかない。

ただ、この嵐が過ぎ去るのを待つだけではなく、自分の進むべき道を見極めなければならないのだ。


「帰って来たら、斗真さんは私に謝るのかしら……」



パターン1、浮気のことを謝罪して、君が許してくれるのなら今後も夫婦としてやっていきたいという。

パターン2、浮気を謝罪し、私との夫婦関係を続けられないから離婚してほしいという。

パターン3、離婚するかしないかは君が好きに選んでくれと私に投げる。


この3つのうちのどれかだろう。


林優香が私に会いに来るまでは、浮気はしたけれど、彼は私と再構築を考えていると思っていた。

私は浮気のことは忘れて、彼とやり直そうと考えていた。


けれど、彼女に仲睦まじい写真を見せられた瞬間、私は思い知らされた。

私たちの間には、あんなに親しげな瞬間はなかった。

彼は、水曜日の彼女との逢瀬を選び、私たちの結婚記念日も誕生日も忘れていた。


それは、私への関心がすでに失われてしまった証拠だった。


平凡で変化のない夫婦生活に、彼は耐えられなかったのだろう。


変わらぬ日常に安らぎを感じていたのは、私だけだった。


斗真さんの裏切りに対して、もっと怒りを露わにし、思いの丈をぶつけるべきだったのかもしれない。

それをしなかったことが、彼の心を遠ざける結果を招いたのだろう。


私はベッドの上で寝返りを打ちながら、私たちの夫婦関係を落ち着いて分析する。


そして、考えれば考えるほど、別の思いが浮かび上がってくる。


私が怒り狂わずに冷静に考えられるのは、きっと理由があるはずだ。

その理由を突き詰めていけば、答えが見えてくるのかもしれない。


そもそも、私は本当に夫を愛していたのだろうか。

夫の浮気に傷ついたのは確かだ。

けれど、それは裏切られたことへの憤りなのか、それとも愛していたからこその痛みなのか。


もし私が心から彼を愛していたのなら、もっと嫉妬し、もっと怒り、もっと悲しんでいたはずではないか。

それなのに、私はただ静かに受け止め、冷静に理由を探している。


それが何よりも不思議だ。


私は夫を愛していたのか、それともただ「夫婦という関係」を守りたかっただけなのか。


その答えはまだ……見つからない。


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