7 辺境伯令息の祖母との初対面
ディルと話をした二日後。ティータイムより少し早い時間に、リリスはディルの祖母であるコレットが暮らす、エイト辺境伯家の別邸にやって来ていた。
別邸は王都にあり、騎士団に入隊するまでの間は、ディルはコレットと一緒にこの家で暮らしていた。
2階建ての白い洋館の横には一回り小さな木造の建物があり、そちらは使用人の宿舎になっている。綺麗に手入れされた庭園が屋敷の周りを囲み、風が吹けば甘い香りがリリスの鼻腔をくすぐった。
ポーチに降り立ったリリスがすぐ近くに咲いている、自分の瞳とよく似た色の花に気を取られていると、ドアマンが動くよりも先に、扉が内側から勢いよく開かれた。
「リリス! ああ、会えてよかった! もう二度と話ができないんじゃないかと思ってたの!」
現れたのはピンク色のAラインのドレスに身を包んだミフォンだった。
今日のリリスは王都内でも有名なエイト辺境伯家の別邸の庭園を見たいという理由でやって来ている。ミフォンにもその情報を流しておいたため先回りしていたようだった。もちろん、このことは織り込み済みで、ミフォンがシンを誘ったことも確認できている。
ミフォンはまるで、自分がこの家の主人だと言わんばかりに、リリスを促す。
「さあ、入って!」
「どうしてあなたがここにいるの?」
「リリスが来るんなら、わたしが出迎えなくちゃ駄目でしょう?」
「意味がわからないわ。それよりもコレット様に贈り物を持ってきたんだけど」
「あとで執事が受け取ってくれるわよ。さあ、早く早く!」
ミフォンはリリスの手を取り、歩きながら話す。
「リリスは相変わらず地味な服装ね。私みたいに可愛らしい服装が、おばあさまの好みなの。お客様として来るんだから、ちゃんとリサーチしておかないと駄目よ」
ミフォンは自慢げにそう言ったが、実際は違う。コレットは今、リリスが着ているような、ダークブルーの生地に白いレースで作られた大きな花をあしらった、落ち着いたワンピースドレスが好みだった。
コレットはミフォンの好みを尊重して、ピンク色のドレスが可愛いと言っていただけなのだが、ミフォンはそれを知らない。
リリスは知らないフリをして口を開く。
「調べたつもりだったけど違ったのね」
「大間違いだけど大丈夫よ。おばあさまは優しい方だから、あなたの服のチョイスを貶したりしないわ」
「そうだとありがたいわ」
ミフォンはメイドが応接室に案内しようとするのを断り、先ほどまで自分がコレットと話をしていた談話室へと向かった。
談話室は十人ほどが集まって話ができるくらいのスペースで、パッチワーク柄のソファや花柄のカーテンなど、落ち着いてはいるが、可愛らしさもある部屋だった。
「今日はここで話をしましょう」
「メイドは応接室に案内しようとしていたけどいいの?」
「わたしがここで話したい気分なの。おばあさまはわたしの言うことなら何でも許してくれるから大丈夫よ」
(私にマウントを取りたくて仕方がないみたいね)
リリスはため息を吐き、困った様子のメイドに話しかける。
「あなたは悪くないとコレット様には伝えるから安心して。とりあえず、ミフォンの希望でここになったと伝えに行ってくれる?」
「ありがとうございます。すぐに伝えてまいります」
メイドはホッとした様子で部屋から出て行った。
「そんなに庭園が気になるなら、もっと早くに言ってくれれば良かったのにぃ!」
ミフォンはソファに座り、立ったままのリリスを見上げて話を続ける。
「シンとも仲直りしたいんでしょう? ちゃんと呼んでおいてあげたからね」
「余計なお世話よ」
リリスは冷たく答えたが、内心は笑みをこらえるのに必死だった。
(本当に単純で助かるわ。あとは、コレット様と仲良くなれるかというところね)
ディルに確認したところ、コレットは心が綺麗すぎて、この世に根から悪い人などいないという考え方だった。
だから、リリスを拒否することはないと思うが、ミフォンの本性を見て、どんな反応をするかは不明だ。
(社交場でお会いしたこともないし、話を聞いただけでは、コレット様はどんな方なのかはっきりとはわからない。ちゃんと見極めなくちゃ)
ディルと兄のやり取りを思い出し、笑みを堪えられなくなったリリスが、他のことを考えようとした時、コレットが姿を現した。
「あなたがリリスさん?」
「お初にお目にかかります。リリス・ノルスコットと申します。本日は無理を言ってお伺いしてしまい、本当に申し訳ございません」
リリスがカーテシーをすると、白髪の髪をシニヨンにした小柄なコレットは、温和そうな笑みを浮かべる。
「私がコレットよ。あなたのことはミフォンちゃんから色々と聞いているの。お会いできて嬉しいわ」
「こちらこそコレット様にお会いできて光栄です」
「ミフォンちゃんのお友達がもう来るまで、ここで少しお話ししましょうか。座ってちょうだい」
「失礼いたします」
ミフォンが座っていないほうのソファに腰を下ろすと、コレットはミフォンの隣に座った。
メイドがお茶の用意を始めると、コレットは満面の笑みを浮かべて、リリスに話しかける。
「リリスさんの着ているドレスなんだけど」
「地味過ぎますよね! ごめんなさい、おばあさま。わたしがちゃんとアドバイスしてあげるべきでした」
ミフォンは話の腰を折ると、コレットの腕を掴んでお願いする。
「ねえ、おばあさま! 私の顔に免じてリリスを嫌わないでくださいね?」
「もちろんよ。ねえ、リリスさん。もしかして、そのドレスはクローツ洋装店のものかしら」
「そうなんです。お恥ずかしながらオーダーメイドではなく既製品なのですが」
「ええ? 既製品なの? リリス、可哀想! そんなシンプルなデザインのドレスでオーダーメイドもできないなんて! そんなにお金がないなんて知らなかった!」
ミフォンは笑いが止まらないといった感じだったが、コレットは違った。
「やっぱりそうなのね! 私はあの店が大好きなの! 既製品でも十分に素敵だわ!」
「……え?」
間抜けな声を上げるミフォンのことは気にかけず、リリスはコレットに微笑む。
「庭園だけでなく、お洋服の好みまで一緒だなんて光栄です。もしかして、今、コレット様がお召しになっているドレスも?」
「ええ、そうよ。クローツ洋装店で仕立ててもらったものなの」
今日のコレットはダークワイン色の生地で、胸元に白いレースで作られた大きな花があしらわれたドレスを着ていた。
「……え?」
信じられないと言わんばかりに、ミフォンはもう一度聞き返したのだった。