41 いらないものを捨ててみたら
ミフォンをシンの元へ送り届けてから10日が経った頃、リリスにシンからの手紙が届けられた。
そこには、ミフォンが脱走しようとして捕まり、現在は懲罰房に入っていること。その際、監視の人間を誘惑しようとしたことで余計に入所期間が長くなりそうだということだった。
「すごいな。あの物体は自分が人間の形をしているだけで人間ではないと理解しているから、好き勝手できると思っているんだな」
手紙の内容をファラスに伝えると、彼はうんうんと頷いて納得した様子だった。
(ミフォンはこの場所から逃げ出したいという思いが強すぎて、我慢をすれば少しでも早く出られるようになるということを考えない。気がついた頃には、生きている間に外に出ることができないくらいの年数になっているんでしょうね)
シンからの手紙の最後にはこう書かれていた。
『僕はどうしようもない駄目な女が好きらしい。君には本当に迷惑をかけて申し訳ないと思っている。そして、僕を捨ててくれてありがとう』
シンは働くことによって人との関わり合いが増え、自分の考え方が間違っていることに気がついたようだった。そんなシンからの手紙をファラスが手に取りながら呟く。
「ゴミ箱でもまだマシなゴミ箱だったな」
(マシなゴミ箱って何かしら)
先日、ディルに注意されたからか、ゴミ箱をシン限定とわかるようにしたらしい。そんな兄を見てリリスは微笑んだあと、ミフォンを押し付けてしまったお詫びとして採石場や更生施設で働く人たちの環境を少しでも良くするために寄付をすることに決めた。
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それから約1年の時が流れた。
さすがのミフォンも自分が自由に行動できる身分ではなく、規則違反をすればするほど、ここで働かなければいけないことに気がついたようで大人しくなっていた。だが、働くこと自体は嫌なようで自分が嫌なことは人に押し付けようとするため、周りとは上手くやれていないようだ。ただ、彼女の一番の悩みはシンからの愛だった。シンは彼女にとってタイプではない。自分好みの男性を見つけてアプローチしようとしても、シンに邪魔をされたり、あっけなくフラれたりして、毎日のように悔し涙を流している。
そんなミフォンとは正反対にリリスは今、幸せな日々を過ごしていた。
ディルとの婚約関係も1年が過ぎ、そろそろ結婚という話が持ち上がり新居を探すことになった。本来ならば、結婚後はコレットが住んでいる別荘に住むつもりだったが、今はコレットとミフォンの祖母が暮らしているため、二人にのんびりと余生を過ごしてほしいと考えて、新居を構えることにしたのだ。
ノルスコット家の談話室で、リリスはディルと新居の間取りについて話をしていた。
「自由設計にしたいから新築のほうがいいよな」
「そうですね。ある程度の希望だけ決めて設計士の方に相談してみましょう」
「ここが寝室だとして、左右にそれぞれのプライベートルームを作るか」
ディルの提案にリリスが答える前に、なぜか一緒にいるファラスが手を挙げる。
「寝室とリリスのプライベートルームの間に、僕の部屋を作ってくれ」
「言うと思ってた! なんで俺とリリスの家にお前の部屋が必要なんだよ! しかも位置を考えろ!」
「僕はリリスの兄だから当然の権利だ。なんなら、父の部屋も作ってくれ」
「お義父さんの部屋は許せてもお前は絶対に嫌だ」
「心配するな。住むわけじゃない。3日に一度行くくらいだ」
「来すぎだよ!」
いつものやり取りを始めた二人をのんびり眺めているリリスに、これまたなぜか同席していたステラが話しかける。
「私もディルとリリスの家に部屋がほしい! 作ってくれるよな!?」
「「無理です!」」
ディルとファラスがいち早く反応して却下すると、予想していた反応だからか楽しそうに笑う。
「いいじゃないか。夜にファラスの部屋に忍び込んだりなんかしないよ」
「押しかける気じゃないですか!」
「なら大人しく、私と結婚してくれ!」
「無理です!」
「王女命令で愛を受け止めろと言わないだけ、良い女だろう!?」
「そういう問題ではありません!」
「二人とも、落ち着いてください!」
部屋の中で追いかけっこを始めた二人をリリスが止めようとしていると、ディルが隣に座って首を横に振る。
「やめとけ。あれはあれで楽しんでいるだろうから」
「そうでしょうか」
リリスにしてみれば兄が本気で嫌がっているように見えるのだが、相手は王女殿下なので仕方がないのかもしれないと納得した。
「部屋の間取り、本当にどうしましょう。お兄様の部屋は必要でしょうか」
「いや、あいつの部屋なんて作らなくていいから。客室は必要だけど、あいつの寝る場所は談話室のソファでいいだろ」
「それをすると、ディル様の部屋に押しかけてきそうな気がします」
「その場合は客室に閉じ込めてやる」
ディルの表情があまりにも真剣だったので、リリスは吹き出してしまった。
(私にとって必要のないミフォンを捨てただけで、こんなに幸せな日がくるのね)
「ファラス! 私はいつでも子爵夫人になる心構えはできている!」
「僕はあなたを妻に迎える心構えなんてありません!」
「ああ、もううるせぇな」
バタバタと走り回る二人にやはり我慢できなくなったディルが立ち上がる。リリスはこれから始まるであろうディルとの新婚生活に胸を弾ませながら、彼と一緒に騒いでいる兄たちを止めにかかったのだった。
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