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4  辺境伯令息が婚約者を見限る夜

 次の日、リリスが店に迷惑をかけたことを詫びに行くと、店長からすでにエイト辺境伯家からお詫びの品や、昨日の迷惑料などをいただいていると言われた。


 店の人間にとっては原因を作ったのはミフォンやシンであり、リリスは被害者だという認識だった。


「あの時、助けることができず申し訳ございませんでした」


 店長や店員から謝られたリリスは、彼らを見て温かい気持ちになった。 


(世の中、悪い人ばかりじゃないのね)


 そう思った彼女は、ディルたちに助けを求めてくれた令嬢たちにお礼の品を贈ることにした。


 数時間後に家に帰ると、兄のファラスが眼鏡のブリッジを押し上げながら、難しい顔をして近づいてきた。

 ファラスは黒い髪に赤い瞳を持つ、少し神経質そうな顔立ちの美青年だ。雰囲気だけで言えば、ファラスが優等生でディルが問題児といったような例えができそうだ。


「お兄様、ただいま帰りました。不機嫌そうですが、私がいない間に何かありましたか?」

「おかえり。あったも何も、あの記憶力が低下している令嬢が訪ねてきたんだ!」

「……ミフォンですか。あの人が何かしてきたのですか?」

「可愛い妹を責めるつもりはないということを前提にして、話を聞いてくれ」


 ファラスは前置きしてから、早口で話し始める。


「あの勘違い令嬢は、脳内ピンク野郎と自分は恋愛関係ではない。あくまで仲の良い友人だと言いながら、なぜか僕に胸の谷間をアピールしてきた。見せられたくないものを見せられて大変不快だから、あなたの婚約者に苦情を入れ、あなたの家には慰謝料を請求すると言ったら、ピーチクパーチク鳴きながら帰っていった」

「お兄様が対応してくださったのですね。申し訳ございません」

「リリス、お前を責めるつもりはないと言っただろ。悪いのはあの男とあの女だ」

「ミフォンとシン様ですね」

「咎められることがないなら、生きたまま埋めてやりたいと切に願う男女だ」

「どうしても名前を口に出したくないのですか」

「気の置けないもの以外の前では、ちゃんと正式名称で呼んでやるから安心してくれ」

「……正式名称」


 リリスは苦笑して兄を見つめた。ファラスは母が幼い頃に亡くなってからずっと、父と共に妹を守り続けてきた。妹のことを目に入れても痛くないくらいに可愛がっており、シンとの婚約も彼女がとても喜んだから承諾したのだ。

 だが、すぐに後悔することになった。

 ミフォンがリリスにしつこく付きまとうようになり、シンとの仲をアピールするようになった。それと同時に、シンはミフォンへの隠していた愛情を表に出すことになったのだ。


 猛省した父とファラスは、ジョード家に婚約破棄を訴えたが、伯爵家の財力に敗北してしまった。 ジョード家はシンとの婚約を破棄するなら、孤児院への寄付を全て止めると言い出したのだ。孤児院にはなんの罪もない。こんなことを言われたと知ったら、リリスの心に限界が来ても、子供たちのために我慢するだろうと思ったファラスたちは、リリスにはこのことを内緒にしていた。

 だから、リリスはここまで兄や父が怒る理由がわからず、困惑している部分もあった。


「今回のことについては、あの男にも苦情を入れておいた。説明しろと言っておいたので、非番なら訪ねてくるはずだ」

「ええ!? まさか、ディル様を呼びつけたんですか?」

「ディルがあの勘違い系動物と、さっさと結婚しないから駄目なんだ。あいつの祖母の望み通りに人型動物と結婚してやって、ちゃんと飼育すべきなんだ。文句くらい言ってもいいだろう」

「ディル様もミフォンの被害者ですし、昨日は私を助けてくださったんです。それに辺境伯令息なのですよ? 文句を言ってはいけません」

「……リリスがそう言うんなら控えるよ」


 しゅんとする兄を見たリリスは「お兄様のお気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます」と微笑んだ。


 エントランスホールで立ち話をしていた二人に、執事が声をかけてくる。


「門兵からディル様がお見えになっていると連絡がありました」

「そうか。ありがとう。応接室まで僕が案内するから入ってもらってくれ」

「かしこまりました。では、こちらまでお連れいたします」


 執事が去っていくのをファラスは満足げに見送ったあと、優しい眼差しを妹に向ける。


「リリス、お前も一緒に話を聞きなさい。勘違い女を好き好き浮気男が、今、宿舎でどうなっているか確認しよう」

「承知いたしました」


(ちょうど良かった。お店の件のお礼を手紙ではなくて、直接伝えることができるわ!)


 リリスはディルの来訪を心から喜んだのだが、彼の口から衝撃的な話を聞くことになる。


 お礼を述べたリリスに、彼は「当たり前のことをしたまでだ」と答え、話題を変える。


「今日の晩、俺のクズ婚約者とリリス嬢のクズ婚約者が密会するという情報を仕入れた」

「夜にですか?」

「ああ。そこまで馬鹿なことをしないとは思うが、うちの者に監視させるつもりだ」

「どうしてディルが行かないんだ?」

「今日の俺は夜勤だ」

「どうして同じ隊のクソ野郎は夜勤じゃないんだ?」

「使えないからだよ」


 躊躇うことなく答えたディルに、ファラスは満足そうに何度も頷く。


「そうだな。使えない奴を勤務させるわけにはいかないよな」

「そういうことだ。……リリス嬢、今晩、あの二人が何をしようと俺は止めてもらうつもりはない。何をしようと、の意味はわかるよな?」

「もちろんです。二人にお互いの婚約者への思いがあるのなら、最悪の事態には至らないはずですから」


 こう答えたリリスだったが、シンたちに期待はしていなかった。 

 そして次の日、ディル自らがリリスを訪ねてきた。届けられた報告書には、二人が夜の公園の茂みで関係を持っていたと書かれていたのだった。


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