39 元男爵令嬢にさよならを ①
宝石店の一件から10日が経った頃、リリスの元に一通の手紙が届いた。それは彼女が待ち望んでいたもので、ロタに提案した話を実行してもらうためには必要な返事だった。
「やっと、あの身の程知らずの獣を鎖に繋ぐことができるんだな」
「お兄様、ミフォンのことをミホンと呼ぶのはやめたんですか?」
「そうだった。リリスがつけたあだ名なのに悪かった。だが、ミホンという名前はあの女には可愛すぎる気がしてどうかと思ったんだ」
ファラスはポンと手を打って言ったあと、心配そうな顔でリリスを見つめる。
「今回、リリスが行かなければならない理由はあるのか?」
「そうしないと、ミフォンは諦めない気がしますし、それに、ちゃんと私の手で決着をつけたいんです」
「……わかった。だが、僕も付いていくからな!」
予想外だったので、リリスは焦った顔になる。
「あ、あのお兄様、気持ちは嬉しいのですが、お忙しいでしょう? ディル様も来てくださいますから、心配なさらなくても大丈夫ですよ」
「心配ももちろんあるが、僕たちと同じ言語を話すのに、わけのわからないことを言う生き物が、どんな反応をするのか見たいんだ」
「承知いたしました。では、私のことも見守っていただけますか」
「当たり前だ」
ディルの非番の日を聞いていたリリスは、自分とファラスの仕事の調整をして、日にちを決めた。そして、ロタに連絡を入れ、とある場所で、ミフォンだけでなく、ある人物と待ち合わせることにしたのだった。
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ミフォンとの別れの日は、朝から雲一つなく、どこまでも青い空が広がっていた。気温は風がなければ暑く感じるが、汗ばむ程ではない。
「うん。清々しい朝だ。ゴミを捨てるにはちょうど良い日だな」
「ゴミ捨て場扱いされる場所に失礼だからやめろ」
「社会のゴミにゴミを引き渡すだけだから良いだろう?」
「あながち間違ってねぇけど、これから一緒に働く人たちに失礼だろ」
「ディル、お前は真面目すぎる」
「お前は意見が偏りすぎなんだよ」
これから精神的に大仕事なのだが、目的地に向かう馬車の中で仲良く話す二人を見て、リリスは和んでいた。
ミフォンは今のところ、何の罪にも問われていない。だから、罰を受けさせることができない。ただ、今の彼女は平民である。今までを不問にしていた貴族であるリリスへの無礼を、今回は問うことにした。
ミフォンにとっては辛い罰を受けさせ、尚且つ、リリスやディルに彼女が近づけなくなる方法を思いついたのだ。
それはミフォンを盲目的に愛している人物に、彼女の管理をさせることだった。
馬車が目的地の近くに停車したため、リリスたちは馬車を降りて、人通りの少ない細い道を歩いた。少し歩いた先に開けた場所があり、そこに腕を拘束されたミフォンが、屈強な男性と共に立っていた。
まずはリリスだけが近づいていくと、ミフォンは不機嫌そうな表情を一変させた。
「リリス! どうしてここに!? 助けに来てくれたの!?」
「いいえ」
リリスがきっぱりと否定すると、ミフォンは少し怯んだ様子だった。だが、リリスが胸に抱えているものを見て反応する。
「それ、シルバートレイじゃないの! もしかして、おばあさまから私へのプレゼント!?」
「残念でした。元々はあなたにあげるつもりだったみたいだけど、コレット様は私にくれたのよ」
「……わたしのものだったはずなのに! それ、ほしい! ちょうだい!」
「渡すわけがないでしょう。コレット様から受け取る権利を自ら放棄したのはあなたよ」
「放棄したつもりはないわ!」
ミフォンは悔しそうにリリスを見つめたあと話題を変える。
「わたしをこんな所に連れてきてどうするつもりなの?」
「もうすぐ約束している人が来るわ。その時に話しましょう」
仕事の邪魔になってはいけないと、ミフォンがこれから住む場所から、ある人物をここに連れてきてもらうことになっている。
「約束している人? ロタじゃなくて?」
「ええ、そうよ。ちなみにレイドン子爵はあなたを捨てたわ」
「……なんですって?」
ミフォンが眉根を寄せて聞き返した時だった。
「ミフォン! ミフォンじゃないか!」
男性二人に腕を掴まれた状態で現れたのは、重労働のせいか、ストレスのせいかはわからないが、すっかりやせ細り、昔の面影がほとんどなくなってしまったシンだった。