37 子爵の後悔
警備兵に押さえつけられていたロタは、なんとかこの状況を乗り切らなければならないと考えた。
ミフォンに夢中になっていた時は、自分よりも爵位が上の人間に楯突くことも怖くなかった。だが、恋が冷めてしまった今は違う。本来の臆病な性格が表に出て、とにかく助かりたい。そんな気持ちしか浮かんでこなかった。
「は、恥ずかしながら彼女の……、彼女の外見に騙されていたんだ! それにシンからもあんな女性とは聞かされていなかったんだよ!」
「ジョード卿と連絡を取っているんですか?」
現在のシンは採石場で働かされている。休みの日も寮から出ることはできないが、外部との手紙のやりとりは許されている。そのことを知っているロタは、何度も頷く。
「シンが……、シンが悪いんだ。彼はまだ彼女のことを諦めていなくて、手紙では彼女を褒める発言をしているんだよ。だから、僕はその言葉に騙されて、ミフォンを素敵な女性だと勘違いしてしまった」
「今さらですか? 何日も一緒に暮らしていたんですよね?」
「そ、それは、その、仕事が忙しくて彼女にかまう暇はなかったんだ」
ロタはミフォンよりも仕事を優先させていた時もある。そうしなければ、ミフォンに贅沢をさせられないと思ったからだ。といっても、それは彼女の散財を知っていたからだし、夜は彼女と一緒に眠っていた。彼女の本性にもっと早くに気づけただろうと言われたら否定はしないが、今はできるだけ自分の立場を被害者側に持っていきたかった。だが、彼の考えは甘かった。ロタの付き人から連絡をもらっているリリスが、彼の嘘に気づかないわけがない。
「私はあなたのことをよく知りませんから、そう簡単にあなたの言葉を信じることはできません」
「わ、わかった、わかったよ。とにかく落ち着いて話をさせてくれないか。床に這いつくばるような状態では話しにくい。頼むから彼らに僕を放すように言ってくれないか」
「嫌です」
リリスはきっぱりと断ると、ロタに近づき、彼を見下ろして話を続ける。
「あなたが危険人物ではないとは言い切れません。話が終わるまではその状態でいてもらいます。話を戻しますが、あなたはミフォンのために私に近づこうとしていたが、今はミフォンの本性に気がついて後悔しているのですね?」
「そ、そうだよ。この機会に僕はミフォンを捨てる。だから、だから許してもらえないだろうか」
「何に対して許しを請うつもりです?」
尋ねたリリスは、シルバートレイを手で軽く叩きながら答えを急かす。
自分がミフォンのためにリリスを口説こうとしていたことがバレていることに驚きはしたが、今はそんなことにかまっている余裕はない。
「ミフォンのために君を口説き、君が僕に恋に落ちたら捨ててやろうとしていました。本当に僕は愚かでした。どうか許していただけませんか」
この時のロタは冷静に物事が考えられなくなっていた。シンたちが受けた罰は王家が関わっていたから重いものになった。今回は子爵令嬢のリリスが相手であるため、まったく状況が違うことに気づけないほどパニック状態になっていた。シンやシンの両親が受けた罰を自分も受けなければならなくなるかと思うと、怖くて仕方がなかった。
「リリスが許しても俺は許さねぇからな」
リリスが答える前に、今、やって来たばかりのディルが答えた。
「ディル様!」
「遅くなって悪い。大丈夫か?」
隣にやって来たディルの顔を見ると安堵感を覚え、リリスは微笑む。
「はい。警備の方が取り押さえてくれましたし、いざとなったら、コレット様からいただいたシルバートレイで額に一発入れようと思っていましたので!」
「令嬢が満面の笑みを浮かべて言うことじゃないけどな」
「す、すみません。シルバートレイを持つと気が大きくなってしまうんです」
(笑顔になったのは、ディル様を見たからなんだけど、今はそんな話をしているばあいじゃないわよね)
シルバートレイを撫でながら答えると、ディルは苦笑する。
「無理はすんなよ」
「もちろんです」
二人のやり取りを見つめていたロタだったが、黙っていられなくなって叫ぶ。
「エイト辺境伯令息! 申し訳ございませんでした! 本当に反省しています! この店に迷惑をかけた罰金はお支払いします! ですから、どうか見逃してください!」
「俺に言われても無理。許すつもりはねぇから。ただ、お前をどうするかはリリスに決めてもらう」
ディルは冷たく答えると、リリスに尋ねる。
「リリスはどうしたい?」
「……そうですね。はっきり言って、私は彼についてはどうでもいいと思っています。やはり許せないのはミフォンです。ですから、ミフォンをこらしめるために、彼にやってほしいことがあるんです」
「やってほしいこと?」
「はい」
リリスは頷くと、跪いてロタの目の前でシルバートレイの平らな部分を叩く。
「これからお願いすることを実行できたら、私に対してしようとしたことやしたことは水に流しましょう」
「ひっ」
リリスの微笑みを見たロタは情けない声を上げた。
「お願いを聞いてもらえますか?」
「は、は、はいぃぃっ!」
リリスの問いかけにロタは何度も頷き、何をすれば良いのか尋ねたのだった。