36 焦る元男爵令嬢
リリスとロタが話をしている時、宝石店の前ではミフォンが通行人の呆れた視線などは気にせずに「中に入れてよ!」と叫んでいた。
警備兵には追い出す権利があっても捕まえる権利はない。そのため、騎士隊を呼びに行こうとした時、ディルを含む王家直属の騎士隊が現れた。
騎士隊を見た警備兵がミフォンに叫ぶ。
「営業妨害で捕まりたくなければ、ここで騒ぐな」
「ディル! 助けて! この人に暴力をふるわれているの!」
ディルの姿を見つけたミフォンは警備兵を押しのけてディルに近づこうとしたが、ディルの仲間の騎士に止められる。
「どうします? こいつ俺たちのほうで拘束しますか?」
ディルたちの所属している騎士団は王族に関わる事件でない限り逮捕権はないが、緊急時の場合は容疑者を拘束することは許されている。騎士の一人がディルに尋ねると彼は大きく頷く。
「ああ、そうしてくれ。抵抗するようなら王族に対する無礼な行為として逮捕しろ」
「承知しました」
「ちょっ、ちょっと待って! 暴れないから、ディルと話をさせてよ!」
「そんな権利はない」
さすがにこの状況は良くないと感じたのか、ミフォンは急に大人しくなる。
「わかったわ。営業妨害はもうしない。ただ、連れが店の中にいるの。出てくるまで待っていても良いでしょう?」
「連れが中にいる?」
ディルが眉根を寄せると、彼の背後から現れたステラが微笑む。
「ディル、この場を離れることを許可する」
「ありがとうございます」
ディルが一礼して店の中に入っていく様子をミフォンは悔しそうに見つめていたが、強い視線に気がついて振り返る。
ミフォンを見つめていたのは、満面の笑みを浮かべたステラだった。さすがのミフォンも彼女に無礼な態度を取ると、自分にとって良くないことはわかっていた。
「王女殿下にお会いできて光栄です」
貴族の時に習ったカーテシーをして微笑んでみせると、ステラは騎士に守られつつもミフォンに近づいてきた。
「平民になったはずだろう? ここの店は平民の収入では購入が難しいはずだ。それなのにどうしてお前がこんな所にいるんだ?」
「あ……、あの、わたしの世話をしてくれている人がここに連れてきてくれたんです」
「それなら、どうして連れと一緒にいないんだ?」
「それはですね……。その、彼はわたしへのプレゼントを選んでくれているんです」
追い出されたとは言えず、ミフォンは平気な顔をして嘘をついた。
「そうか。その話は嘘じゃないな」
「もちろんです!」
「些細なことでも王族に嘘をつくと罪に問われるぞ」
「え?」
ミフォンが間抜けな声を上げると、ステラは楽しそうに声を上げて笑う。
「さあ、私たちも中に入ろう。彼女の言っていることが本当かどうか確かめないといけないからな」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
焦るミフォンを無視して、ステラは騎士たちを伴い店の中に入っていく。
このままではまずいと感じたミフォンは、一緒に中に入ろうとしたが、店の警備兵に止められる。
「あなたは入店禁止になっています」
「そ、そんな……っ」
ミフォンは逃げ出そうかと思ったが、逃げても行く当てがない。焦燥感にかられつつも、ロタが話を合わせてくれることを祈って、ミフォンはその場で彼が出てくるのを待つことにしたのだった。




