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35  愛が冷めた子爵

 店員は動きを止めたロタに、失礼のないよう柔らかな口調で話しかける。


「お客様、もしよろしければもう少し手頃なお値段の商品もご紹介できますが」

「え……っと、ああ、そうだな」

「嫌よ! わたしはこれがいいの!」


 ミフォンはディルの瞳と同じ色の大きな宝石の原石を指差した。値段は平民の親子4人が100日ほど遊んで暮らせる値段だ。

 子爵家の財産で買えないことはない。だが、ミフォンが子爵家にやって来てから散財がすごかった。さすがのロタもミフォンのワガママに苛立ちを覚えたようで、子供に言い聞かせるように話す。


「ミフォン、悪いが僕は子爵なんだ。使える金額は限られているんだよ。それに、こんなに大きな原石は必要ないだろう?」

「ディルは騎士だったけど、たくさん良い贈り物をくれたわ」

「婚約者への贈り物のお金は、彼が出しているんじゃない。エイト辺境伯家が出しているんだよ」

「何が言いたいの? 結局、あなたはお金がないから、わたしに贈り物ができないって言いたいわけ?」


 胸の前で腕を組んだミフォンは、冷たい目でロタを見た。


「そ、そういうわけじゃない」


 このままではミフォンに嫌われてしまう。ロタは焦って、もう一度、宝石の原石の値段を確認する。何度見ても買うには勇気のいる値段だ。これを買ったらミフォンが節約してくれるならまだしも、そうとは思えない。こうなったら値段交渉をしようとロタは考えた。


「値切ったりなんかしませんよね? ミフォンへの愛情が試されているんですもの」


 リリスに笑顔で尋ねられたロタは、値段交渉を言い出しにくくなり、この場では頷く。


「もちろんだ。定価で買わせてもらう」

「そうですか。原石ですから、ここから加工が必要ですし、結構なお値段になりそうですが、ミフォンのために買ってあげるなんて、レイドン子爵家は大変儲けていらっしゃるのですね」


 リリスの言葉には『本当に払えるんですか?』という皮肉が混じっていた。それに気がついたロタは眉根を寄せる。


「当たり前だよ。君の家と一緒にしないでほしい」

「ノルスコット子爵家は、あなたの伯父様の大部分の領地をいただいたのですが、そのことはお忘れですか? あなたの領地よりも税収は多くなっていますけど」

「そ、そんなことくらい覚えているよ。僕には両親が残してくれた遺産がある。君が思っている以上に裕福なんだよ」

「それは失礼いたしました。では、会計処理をどうぞ。私はここで失礼します」


 リリスは頭を下げ、他の店員に促されて歩き出す。ロタも今度は彼女を呼び止めることができなかった。ミフォンに金を使いすぎてしまった以上、リリスに何かを買ってやる余裕などなかったからだ。


「では、お客様はどうぞこちらに」


 大きな金額のため、ロタもリリスとは別の部屋だが、奥の部屋に案内される。リリスが見ていなければ、やはり気が変わったと言っても良いだろうと思ったロタが店員に話そうとすると、ミフォンが話し始める。


「これだけの大きさの原石なら、たくさんアクセサリーが作れちゃうわね! ああ、今から楽しみ!」


 嬉しそうなミフォンに、ロタは大きな息を吐いて尋ねる。


「……ミフォン、君はお金をどうやって稼ぐか知っている?」

「知っているけれど、わたしがすることではないわ」

「ど、どういうことだ?」

「え? 他の人からもらえばいいんでしょう? わたしは今、あなたにそうしてもらっているじゃない。わたし、ディルと結婚しても仕事をするつもりはないの。わたしのような可愛い女性は存在するだけで良いでしょう?」


 ケロッとした顔で答えたミフォンにロタは恐ろしさを覚え、一瞬にして彼女への愛情が冷めていくのがわかった。


 ミフォンは自分が考えていたような、綺麗で純粋な宝石ではなく、自分のことしか考えていない傲慢な女性だと気がついたのだ。


 ロタは笑顔を絶やさない店員に、小さな声で話しかける。


「悪いが、やっぱりあの原石は買わない。他のものを見せてくれ」

「承知いたしました。では、他のものをお持ちいたします」


 店員は嫌がる様子もなく頷いたが、ミフォンは黙ってはいなかった。


「ちょっと! どうしてそんなことをするの? わたしはあれがほしいのよ! 買ってよ!」

「では、自分で買えばいい」

「自分で買えって……、いきなりどうしちゃったの!?」

「ミフォン、君が本当に僕にふさわしい女性なのかわからなくなった」 

「はあ? 何よ今さら!? わたしの相手はディルしかいないって言っていたじゃない! それなのにわたしを好きだと言ったのはあなたでしょう!? わかっていて贅沢をさせてくれていたんじゃないの?」

「エイト卿しかいないと言いながら、じゃあ、どうして僕やシンと関係を持ったんだ?」

「……それは自分のためよ」


 ミフォンは頬を膨らませると、ソファから立ち上がって部屋を出ていこうとする。そんな彼女にロタが尋ねる。


「どこへ行くつもりだい?」

「決まっているでしょう! リリスの所よ!」


 ミフォンは叫んで部屋を出ていこうとしたが、警備兵に止められて店の外へ追い出されてしまったのだった。



******


 ミフォンが店を追い出されていた頃、リリスは別室でステラたちが来るのを待っていた。


(ステラ様と一緒に護衛騎士として、ディル様も来ると聞いているし、ミフォンと鉢合わせしなければいいのだけど)


 ディルがミフォンに心を動かされるわけがないとはわかっているが、面倒なことになることには変わりない。

 様子を見に行ったほうがいいのかと思った時、部屋の外が騒がしくなった。


「お客様、勝手なことをされては困ります!」

「ノルスコット子爵令嬢と話がしたいだけなんだ! 宝石を買うから頼む! 話をさせてくれ!」

「そのような問題ではありません! 警備兵! この方を押さえて!」


 騒いでいるのはロタだった。リリスはため息を吐き、シルバートレイを持って立ち上がる。

 廊下に出ると、警備兵二人に取り押さえられているロタの姿が見えた。彼は床に頬をつけた状態で叫ぶ。


「ノルスコット子爵令嬢! 僕は目が覚めた! ミフォンが悪いんだ! 僕は何も悪くない! だから、エイト卿に連絡をするのはやめてくれないか!」


 恋心が冷めたロタにとっては、ミフォンは疫病神以外の何ものでもなかった。辺境伯家に睨まれることを恐れて、ロタは必死に懇願した。リリスはそんなロタを冷めた目で見つめて尋ねる。


「それで何事もなかったかのように終わると思っているんですか?」


 もっともな言葉に、ロタの表情が引きつった。



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