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33  子爵令嬢には通じない ①

 ミフォンは自分の思い通りにならないことに苛立ちを募らせていた。男爵家時代にはいなかった侍女もいて、好きなだけ食べたり飲んだりできる。だが、心は満たされなかった。

 ロタが妻から離婚を切り出されたことも不満の一つだった。ミフォンはロタから「僕がいなければ妻は困るから、離婚を切り出したら泣いて縋ってくるだろう」と聞いていたため、いつ泣き言を言ってくるのか楽しみにしていた。

 だが、実際は離婚を言い渡されたのはロタのほうだった。夫人に「ごめんなさいね」と謝るふりをしてやろうと思っていたミフォンの計画は一瞬にして消えてしまった。

 そして、満たされていない一番の理由はディルと会えないことだ。今までのディルは、ミフォンがどんなに断っても何日かに一度は必ず顔を見せてくれていた。ディルにしてみれば、婚約者として当たり前の事だったが、ミフォンは愛を感じて幸せな気持ちになっていた。

 外見も地位も言葉遣いの悪さも、人気があるのに他の女性と浮気もせず、ミフォンに尽くそうとしてくれるところが好きだった。

 シンを優先していたのは、リリスを悲しませようとしただけで、ディルと別れたかったわけではない。


(何でも許してくれると思っていた。だって、ディルはわたしを愛しているんだもの)


 ミフォンはディルのことを考えて、何度も涙していた。それと同時にリリスのことを思い出すと、腸が煮えくり返ってくる。

 昼間だというのに寝間着姿で寝転んでいたミフォンは、近くにあった本を壁に投げつけて叫ぶ。


「ああ、もう本当に腹が立つ! リリスの分際で私からディルを奪うだなんて! ディルと会うことができたら、リリスよりもわたしのほうが良い女だって思い出させることができるのに!」


 ロタはミフォンを家の外に出してくれない。そのため、ディルに会いに行きたくても無理だった。

 

「窓から抜け出してやろうかしら」


 ミフォンがそう呟いた時、扉がノックされた。返事をすると、長身痩躯で吊り目気味の愛想のないミフォンの侍女が中には入ってきた。


「仕立て屋が訪ねてきています」

「そう。暇だから行くわ」


 ミフォンは侍女に着替えを手伝わせ、身支度を整えると、応接室に向かった。

 ドレスを作るための生地が持参されており、部屋の中がいつもより狭く感じる。ミフォンは上機嫌で生地を選ぼうとしたが、すぐに動きを止めて、仕立て屋に尋ねる。


「似た色が多いわね。今の流行りなの?」

「はい。とある女性の瞳の色だと言われています」

「これって水色よね」

「そうでございます」

「……まさか、リリスじゃないわよね?」


 生地に触れながら、ミフォンが呟く。水色の瞳を持つ人間は珍しく、ミフォンもたった一人しか知らない。


「おっしゃる通り、ノルスコット子爵令嬢です。ひどい婚約者と別れたあとに、素敵な男性と婚約されたのです。まるでお話のようだと多くの貴族の女性がノルスコット子爵令嬢を羨ましく思っているのですよ」

「……何よそれ。政略結婚みたいなものでしょう?」

「周りの薦めもありましたが、お二人の意思だそうです。ノルスコット子爵令嬢とエイト卿は、とても仲が良いらしくて、エイト卿が非番の日は必ず会う約束を交わしているそうです」

「何なのよそれぇ」


 醜い表情になったミフォンを見て、仕立て屋はまずいことを言ってしまったと考えて焦る。


「余計なことを申してしまいました。お許しください。他の色も持ってきておりますので、ご確認ください」

「もういらないわ!」


 ミフォンはそう叫ぶと、侍女たちが止めるのも聞かずに応接室を飛び出した。そして、ロタのいる執務室に向かい、勝手に部屋の中に入るとロタに叫んだ。


「お願いだから、今すぐリリスに会わせて!」

「いきなりどうしたんだい?」

「リリスがわたしよりも幸せになるなんて許せない! しかもディルとよ! そんなの絶対に駄目! 二人の仲を引き裂いてくれるならなんだってするわ!」


 ミフォンにとっては感情的になって放った言葉で『なんだってする』に深い意味はなかった。しかし、ロタはそうではなく、素直に受け止めた。


「わかった。そのかわり約束は守ってほしい」

「は? 約束? まあいいわ。とにかくリリスに会わせて! それから、リリスを誘惑してディルに婚約破棄させるように仕向けてよ!」

「それもわかったよ。おい、リリス嬢が今、何をしているか確認してくれ」


 男性に免疫のないリリスだから、簡単に落ちるだろうと思い込んでいたロタは、笑顔で付き人に指示をしたのだった。



******



 ロタがリリスの動きを調べさせた2時間後、リリスは宝石店にいた。店の奥にある応接室に案内される前に、値段の確認をしておきたくて店内をゆっくり見てまわっていた。

 この後、ステラがやって来ることになっており、あと30分後には店の扉には『営業中』から『貸切』というプレートに変更されることになっている。

 店内には3組ほどの男女がおり、一人で宝石を見ているリリスに時折、好奇の目を向けている。

 王族の動きは、関係者にしか知らされない。店の人間以外はリリスが一人で宝石店に来ているのだと思い込んでいた。

 

 ステラからは婚約祝いに好きなものを買ってやると言われたが、どの宝石を見ても子爵家のリリスには手が出せない金額で、値段を見るだけでほしい気持ちが失せてしまった。


 それでも一つだけ気になったのは、ディルの瞳と同じ色の宝石だった。店員が「お好きなアクセサリーに加工できますよ」とほくほくした顔で声をかけてきた時、外で待たせていた護衛がシルバートレイを持って入ってきた。


「レイドン子爵たちがこちらに向かって来ていて、もうすぐこちらに着くそうです」

「私に会いに来るつもり?」

「そのようです」


 奥に入ろうかと思ったが、逃げてもまた同じことが起こるようなだけだと感じたリリスが店員に話をしようとすると、店の扉が開いた。


 ピンク色のドレスに身を包んだミフォンは、偶然を装ったふりをしてリリスに話しかける。


「リリス! 会えて嬉しい! やっぱり、わたしたちは離れられない運命なのね!」

「……ミフォン、大人しくしていればいいのに、どうしてもあなたは破滅の道を歩みたいみたいね」


 冷たく答えたリリスを、ミフォンの隣に立つロタが睨みつけたが、すぐに目的を思い出したのか笑顔になる。


「ああ、あなたが噂のノルスコット子爵令嬢ですね。お会いできて嬉しいですよ」


 レイドンは内向的な性格ではあったが、昔から整った顔立ちのため女性にはモテていた。この笑顔を見せれば、リリスの頬も赤らむと思い込んでいた。現に、リリスの隣にいる女性店員は白い頬をピンクに染めていたからだ。

 だが、リリスの反応は彼にとって予想外だった。


「レイドン子爵にお会いできて光栄ですわ。もうすぐこのお店は貸切になりますから、私のことは気にせずに店内を見て回られたらよろしいかと思います」


(とりあえず、話をするつもりはないという態度を見せておきましょう。それでもしつこいようなら……) 


 リリスは心の中でそう思いながら、ロタたちに背中を向けたのだった。



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