3 友人関係の終わり
シルバーブロンドのストレートの短髪に夕焼けのような赤みがかったオレンジ色の瞳。シンよりも少しだけ背が高いディルは整った顔を歪め、自分の部下を睨みつける。
「仕事中に抜け出して、どこへ行ったかと思えばこれか。お前、やる気あんのか?」
怒気を含んだ問いかけに、シンは恐怖で体をぶるりと震わせた。
ディルはリリスたちよりも二つ年上で、若くして副隊長に抜擢された将来的に団長候補でもある騎士の一人だ。入って間もない見習い騎士のシンが逆らえるわけがない。
しかも、相手は辺境伯令息でもあるから、身分でもかなわないのだ。
「も、申し訳ございません。婚約者がどうしても私に会いたいと言うもので」
「そんなことは言っていません! あなたがラーナ男爵令嬢に会いたくて来ただけでしょう? というか、勤務中なのに抜け出してきたのですか!?」
「し、仕方ないだろ」
リリスが責めると、シンは眉尻を下げて頷いた。
昨日の間にミフォンはシンに手紙を送り、日時や場所を書いておくことで、シンが自分に会いに来るように誘導したのだ。
ミフォンに夢中であるシンは何が何でもここに来たいと考え、少しくらいならバレないだろうと持ち場から離れたのだ。
ディルは大きな息を吐いて告げる。
「ジョード卿、お前のせいで俺たちの隊は反省文と清掃係の代わりに10日間便所掃除だ」
「も……申し訳ございません」
眉尻を下げ、深く頭を下げるシンをディルだけでなく、周りの騎士たちも冷ややかな目で見つめた。
(こんな人のどこが良かったんだろう)
一時でも彼のことを好きだった自分の神経を疑いたくなったリリスだが、それよりも今、やるべきことをしようと頭を切り替える。
「ディル様、この度はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした」
「気にするな。それより怪我はなかったか?」
「お気遣いいただきありがとうございます」
リリスとディルは全くの無関係というわけではなかった。社交場でミフォンから何度か紹介をされたことがあるだけでなく、彼女の兄とディルは同級生で仲が良かったこともあり、社交場以外でも何度か話をしたことがあった。
二人にとっては当たり前の会話をしただけだったが、ミフォンはそうは思わなかった。
「や、やだ、ディルったらあ! 怒らないでよぉ! 誰かなと思って言っただけで、あなたのことがわからなかったわけじゃないのよ?」
甘ったるい声を出し、近づいてきたミフォンにディルは冷たく応える。
「レーヌ男爵令嬢、婚約者がいる身分で、婚約者以外の男性の体に必要以上に触れるのは、常識を疑われるからやめろと何度注意したらわかる?」
「もう、ディルったらヤキモチ妬かないで! あ、リリス! 紹介するわ。彼がディル・エイトよ。わたしの婚約者! 素敵でしょう?」
自慢げにディルを紹介するミフォン。そんな彼女を悲しげに見つめるシン。呆れ顔のディル。三者三様の反応を見て、リリスは答える。
「ええ。本当に素敵ね。というか、ミフォン。あなたは私に何度もディル様を紹介してくれているわよ?」
「すまないな。彼女は物忘れが激しいんだ。何度も聞いているはずの俺の声がわからなかったくらいだしな」
嫌味を言ったリリスに、ミフォンではなくディルが嘲笑して答えた。
(ディル様はミフォンのことを良く思っていないのかしら)
リリスがそう思った瞬間、ミフォンとシンが声を上げる。
「ディル! ひどいわ!」
「自分の婚約者のことを悪く言うなんて信じられません!」
二人に責められたディルは、大して動じる様子もなく、冷たい目を向けて口を開く。
「本当のことを言っただけだ。レーヌ男爵令嬢には何度同じことを言っても反省する様子はないし、やってはいけない行動を繰り返す。言われたことを忘れてしまっているとしか思えないだろ。それともわざとやってんのか?」
「……そういうわけじゃ」
言い淀むミフォンを一瞥し、ディルは視線をシンに向けて話を再開する。
「自分の婚約者を悪く言うなんて信じられないと言ったな? お前に言われたかねぇよ。俺は本当のことを言っただけだ。お前は自分の婚約者になんて言ってた?」
「ミフォンを……、いえ、レーヌ男爵令嬢を悲しませたので謝れと言っただけです」
「どう悲しませたんだ?」
「僕の婚約者は私とレーヌ男爵令嬢の仲が良いことを嫉妬して、レーヌ男爵令嬢を悲しませたんです」
自分は間違っていないと確信を持って、リリスを指さして答えたシンだったが、ディルは失笑する。
「どうしてお前は、自分の婚約者よりも他の女を大事にするんだ? 彼女が嫉妬してレーヌ男爵令嬢を悲しませた? ノルスコット子爵令嬢に嫉妬させるようなことをするお前らは悪くねぇのか」
「そ、それは……、僕とレーヌ男爵令嬢はとても仲が良くて」
「ああ、はいはい。幼馴染ってやつだよな? 話が長くなりそうだから場所を移すぞ。レーヌ男爵令嬢、君も一緒に来い」
「はぁい!」
嬉しそうにディルに返事をしたミフォンは、立ち去る前にリリスに近寄ってくる。
「今日はごめんね? また誘いに行くから、一緒にお出かけしようね」
「するわけないでしょ」
「どうしてそんな冷たいことを言うの?」
「早く行きなさい。ディル様が待ってるわよ」
「はぁい!」
ミフォンは完全にリリスを舐めきっていた。
正義感が強く優しい心の持ち主であるリリスに、自分を切り捨てることなどできない。
そう思い込んでいたが、彼女の読みは甘かった。この日から、ミフォンはリリスの家の門扉をくぐることさえできなくなったのだった。