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26  元男爵令嬢の執着

 婚約破棄が成立した次の日には、ジョード家は伯爵家ではなく男爵家に降格となった。飛び地にはなってしまうが、リリスへの慰謝料として、ノルスコット子爵家がジョード伯爵家から没収された分の領地を管理することを任された。ネックだった寄付の件は、任されたことによって増える税収や利益で、ノルスコット家が出せるようになった。シンについては労働の罰が与えられることに決まった。働く期間は定められておらず、彼がミフォンを忘れ、自分の浮気を正当化しなくなった時点で期間が設定されることになっている。

 このことはシンには伝えられておらず、現在は無期限という形で伝えられていた。


 ディルとミフォンとの婚約関係も無事に破棄された。ミフォンはディルとの婚約を解消したくないと、牢屋の中で泣きながら暴れまわり、看守にかなりの迷惑をかけた。その話はリリスの耳にも届いている。

 王家への罰金と保釈金を払って釈放されたミフォンは、今は屋敷で軟禁状態になっており、近いうちに彼女が一番嫌っている中年男性の愛人になる話が進められる予定だ。

 

 領地の管理が忙しくなってからは、父は新しい領地で過ごすようになったため、リリスは寂しい気持ちもあったが、その分、兄や自分の仕事も増えた。ミフォンたちのことは考えず、今やらなければやらないことをやろうと、リリスは気持ちを切り替えた。


******


 とある日の午後、リリスはシルバートレイを返すためにコレットの屋敷を訪れていた。


「コレット様、お返しするのが遅くなり申し訳ございません。貸していただき、本当にありがとうございました」


 リリスはお礼の品は執事に渡し、シルバートレイはコレットに手渡そうとした。しかし、コレットは受け取らずに、リリスに話しかける。


「良かったら、あなたがもらってくれないかしら」

「えっ!?」

「もう私には必要ないものだから」

「で、ですが! 手元に置いていたということは、大事なものなのではないですか?」

「……このシルバートレイは本当はね、ミフォンちゃんにあげようと思っていたものなの」

「これは、特別なものなのですか?」

「ええ。他国の女性の間で防具や役立つアイテムとして人気なの。とても人気で高値がついているんだけど、あの子がほしがったから奮発して買ったのよ。買ってみたはいいものの、あの子は使い方を間違えそうだったから渡せなかった」


 ミフォンの精神はまだ子供だ。無邪気ととらえる人もいるかもしれないが、コレットにしてみれば、シルバートレイを扱える精神年齢とは思えなかった。


「コレット様がお使いにならないのですか?」

「ええ。私を襲おうとする人もいないでしょうからね」


 シルバートレイをありがたく頂戴することにしたリリスとコレットが、中庭のガゼボで談笑していると、メイドが浮かない顔をしてやって来た。


「あら、どうかしたの?」

「お話し中に申し訳ございません。レーヌ男爵……いえ、レーヌ家の主人が緊急事態だと言っていらっしゃっています」

「……またあの件でしょう?」


 コレットはリリスの前だったため、言葉を濁した。


「はい。あの件についてとおっしゃっていました」


(あの件……って、どういうこと? 婚約破棄のことについて文句を言いにきているのかしら)


 そう考えた時、リリスはひっかかるものを覚えた。王家への罰金、保釈金をはかなりの金額だった。それを男爵家が払えるとは思えない。


「お金を渡しているんですか? まさか、保釈金も罰金もコレット様が出したんじゃ……」


 こんなことは他人のリリスが口出しするべきではない。だが、口に出さずにはいられなかった。


「ディルから話を聞いたのでしょう? 私は彼らをお金で困ることのないようにしなくちゃいけないの」

「そんな! ミフォンたちは悪いことをしたんです。約束を無効にできないのですか?」

「契約のことで話をしたいのだけど、ここ最近は条件を付けられてしまって、会うことができないのよ」

「……そのことをディル様たちは知っているのですか?」

「いいえ」


 コレットはゆっくりと首を横に振り、眉尻を下げて続ける。


「ディルたちに話せば、もう約束は守らなくていいって言うと思うの。私がディルたちの立場なら、そう言うと思うわ。でもね、ミフォンちゃん……、いえ、ミフォンの祖母がいなければ、私は今、生きていなかったかもしれないのよ。命の恩人の望みは叶えてあげなくちゃ。契約書も交わしているんだからね」

「命の恩人の望みを叶えたいという気持ちは理解できます。ですが、ディル様たちに助けを求めても良いのではないですか? それに、ミフォンのお祖母様は真実を聞いているのでしょうか」

「……え?」

「コレット様から聞いている、ミフォンのお祖母様はとても優しい人です。そんな人がコレット様を苦しめるようなことをするとは思えないんです」

「そ……、それは」


 コレット自身もそれは考えていたことだっただけに、リリスに返す言葉がなかった。そんな人間だとは思えない。かといって、彼女が絶対にこのことを知らないとは言い切れず、葛藤して動けずにいたのだ。


 俯いてしまったコレットを慰める前に、リリスはメイドにあることを頼んだ。話を聞いて、苦しんでいる主人を楽にできるかもしれないと思ったメイドは笑顔で頷き、リリスのお願いを実行するために駆けていった。


「コレット様、ミフォンのお祖母様はまだ生きておられるのですね?」

「ええ。そのはずよ」

「どこに住んでいらっしゃるのですか?」

「男爵の爵位は剥奪されたけれど、住んでいる屋敷は私が用意したものなの。だから、そこにいるはず。さっきも言ったけれど、ある条件を呑まないと彼女は私に会いたくないと言っているそうなの」


 コレットは涙目でリリスを見つめて言った。


(ああ、自分の性格が嫌になる。こんな性格だからミフォンを助けて執着されたんだわ)


 リリスは自分自身にモヤモヤしながらも尋ねる。


「どんな条件なのです?」

「……それは言えないわ」


 コレットは目を伏せ、首を横に振った。

 会いたいと願うコレットに、ミフォンの祖母、マヤが出した条件は『ミフォンとリリスを仲直りさせること』だった。

 マヤはミフォンやミフォンの両親から嘘の話を聞かされていた。ミフォンを裏切ったリリスが逆ギレして、彼女を無視しているのだと聞いたマヤは、気が乗らないながらもコレットには迷惑をかけないだろうと思い、そのような条件を出したのだった。

 マヤは寝たきりになっており、手紙を送ろうにも家族に妨害され、相談できる人は誰もいなかった。

 この願いはマヤの願いではなく、ミフォンの願いだと気がついたコレットは何の関係もないリリスを巻き込むわけにはいかず、マヤに連絡が取れない状況でいた。


 リリスはあっけらかんとした口調で、コレットに話しかける。


「良かったら私が話をしてきましょうか?」

「だ、駄目よ! あなたを危険な目に遭わせるわけにはいかないわ!」

「では、援軍を待ちましょう」

「……援軍?」

「はい。私が勝手にしたことです。コレット様が気に病む必要はありません。罰ならいくらでも受けます」

「な、なんのことを言っているのかわからないわ」


 困惑しているコレットに、リリスは苦笑して答える。


「私はどうもおせっかいな性格なんです。悲しんでいる人を前にして放っておくなんてできません! とにかく厚かましく、今日は長居させていただきますね」


(コレット様が会って話をすることができれば、ミフォンのお祖母様だって約束の契約内容を撤回してくださるはずだわ。それにしても、どんな条件をつけたのかしら)


 コレットの気遣いを知らないこの時のリリスは、ミフォンの父と顔を合わせても冷静に対処できると思っていた。


 1時間後、未だにコレットの屋敷の門の前で待たされていた、ミフォンの父は怒りが限界に達しそうだった。そんな彼の前に現れたのは、リリスがメイドに連絡するように頼んだ相手、ディルだった。


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