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25  婚約者が元婚約者になった日

「ミフォン……、本当に君は僕のことをなんとも思っていなかったのか」


 泣き始めたシンは、ショックからか一人で立ち上がることもできなくなってしまった。いつまでも彼をここに置いておくわけにもいかないため、ミフォンと同じく、彼を牢屋に連れて行くようにステラが命令した。

 シンは一切抵抗する様子は見せず、ただ泣き続けるだけで兵士に担がれて、この場を去っていった。

 そんな彼の姿を見つめながら、リリスは誰にともなく問いかける。


「シン様はこれからもミフォンのことが好きなのでしょうか。それとも彼女を見限るのでしょうか」

「脳内が浅はかな女狐に占拠されているからどうだろうな。自分の分も幸せになってほしいと考えるかもしれない」


 リリスの肩に優しく手を置いて言ったファラスの言葉は真実となり、次の日の朝には、シンは全ての罪を被る供述をした。もちろん、それでミフォンが何の罪も問われなくなったわけではない。彼女がどう裁かれるのか決定する前に、リリスはジョード伯爵家に訪れるために宿から自分の家に戻って準備を始めた。すると、昼過ぎになってリリスの元にジョード伯爵夫妻が訪ねてきた。

 シンの話は王家から連絡がいったらしく、突然の訪問を詫びた二人の顔は青ざめていた。


 伯爵夫妻を待たせていた応接室に、リリスと父、そしてファラスが入ると、二人は頭を下げる。


「息子が本当に申し訳ないことをした。許してほしい。息子も被害者なんだ。婚約は破棄しないでほしい」

「息子が申し訳ございませんでした。でも、主人の言う通り、あの子はミフォンに騙されたのよ!」


 二人はミフォンを責める発言だけでなく、シンとの婚約破棄はしないでほしいと、勝手なお願いをしてきた。


「私は浮気された側の人間です。どうして、やってはいけないことをした人の家族の願いを聞いてあげなければいけないのですか?」

「それはそれだろう!」

「そうよ、リリスさん。婚約者がいなくなって困るのはあなたよ? あなたのために言っているの」


 リリスを味方にできれば、ステラからの命令も聞かなくて良くなり、国王からの罰も受けなくて済むと都合の良すぎる考えを持った伯爵夫妻は、なんとかしてリリスを懐柔しようとした。

 だが、リリスも、一緒に話を聞いている父とファラスも伯爵夫妻にほだされるわけがなかった。


「シン様はいつ牢から出られるかはわかりません。出られてもすぐに家に戻ることは難しいでしょう。そんな人と婚約関係を続けろですって? どうかしてます」


 リリスが断ると、伯爵が訴える。


「君に一切原因がないと言いたいのか? そんなわけがないだろう! 君が息子を繋ぎ止めていてくれればこんなことには」

  

 伯爵が話している途中だったが、いつも温和な父が突然立ち上がって叫ぶ。


「さっさと婚約の破棄を承諾する書類を書いて出ていってくれ! これ以上、私の娘を馬鹿にするな!」

「な、なんだと!? 子爵の分際で伯爵にそんな口をきいて良いと思っているのか!?」

「……どんな罰でも受けましょう。娘が馬鹿にされているのに黙っていることのほうが辛い」


(まだ、ジョード家は伯爵家。お父様が罰を受けなければならないのなら、私も一緒よ)


 父の気持ちに感動したリリスは、そう思いながら父の手を握った。


「ジョード伯爵にお聞きしたいんですが」


 ファラスが眼鏡のブリッジを押し上げ、冷たい目で伯爵を見ながら続ける。


「あなたの息子さんは王家に喧嘩を売ったようなものですよ。子爵家のうちに来るよりも王家に謝りに行くのが筋なのでは?」

「こ……こ、断られたんだ」

「ああ、それは絶望的ですね。あなた方は近いうちに子爵家よりも低い地位になるでしょう。それがわかっているのに、そちらの脅しが効くとでも思っているんですか?」


 父と同様にリリスを馬鹿にされたことに、ファラスは怒っていた。彼に睨まれた伯爵夫妻はびくりと体を震わせた。リリスは父の手を握ったまま、伯爵夫妻に話しかける。


「ジョード伯爵、私とシン様の婚約を破棄しても良いと、ステラ様はおっしゃってくださっています。あなた方は王女殿下の決定に逆らうおつもりですか?」

「そ……、そんなっ、そういうわけでは……」


 ステラから、ノルスコット家からの婚約の破棄を受けるように言われていたことは確かだが、リリスが断ればそれで良いのだと思っていた。伯爵夫妻は、この時になってやっと、自分たちの立場がもう修復のきかないところまできていることを認識した。

 

「せ……、せめて、貴族でいられるように取り計らってもらえないだろうか。も、もちろん、婚約の破棄は受け入れます」

「お、お願いします!」


 伯爵は開けた場所まで移動すると、その場で膝をつき、額を茶色のカーペットの上にこすりつけた。夫人も夫にならって隣に座り、額をカーペットにつける。


「王家の決定に子爵家が口出しできるわけがないでしょう?」


 リリスはため息を吐いて立ち上がると、すぐに笑顔になって伯爵夫妻に話しかける。


「婚約の破棄は受け入れるとおっしゃいましたよね? 婚約破棄を受け入れるサインをこちらにお願いします」


 リリスとシンの婚約は親同士が決めたことだ。サインをするのはシンでなくても良かった。

 リリスからテーブルに置かれていたペンと紙を差し出された伯爵は「どうしてこんなことに……」と嘆きながらも、婚約破棄を承諾する書類にサインをしたのだった。



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